Classical

最高の贈り物 [02]

克哉は白い息を吐きながら、足早に雑踏をすり抜けていく。
街中はクリスマスムード一色だ。
歩道に植えられた木々は、眩しいほどのイルミネーションで飾りたてられている。
けれど今の克哉には、擦れ違う人々のように、それを鑑賞している心の余裕はなかった。
さっきから、歩くスピードに負けないほどの速さで心臓が鳴っている。
御堂が残業で良かったと思ったのは、今日が初めてだ。
指定されたホテルが見えてくると、克哉は腕時計を確認した。
約束した時間に、五分遅れている。
克哉は足を止めないまま早々にコートを脱いで腕に掛けると、小走りでホテルのエントランスに飛び込んだ。

ロビーのラウンジには、数名の客がいた。
克哉はその中から、目的の人物を探す。
すると一人の男性が、掛けていたソファから立ち上がった。
こちらを見ている。
克哉はその人物こそがそうだと確信して、真っ直ぐに男性に近づいていった。
「あの……」
「佐伯君?」
「はっ、はい」
思わず声が裏返ってしまい、克哉は顔を赤くする。
しかし相手はそんな克哉を笑うこともせず、スーツの内ポケットに手を入れた。
「……一応、これを渡しておこうか」
そう言って、名刺を差し出される。
受け取ったそこには、ある有名総合商社の重役である肩書きと、『御堂 正典』という名前が書かれていた。
御堂の、父。
昼間、MGNで電話を受けたときに聞いた名前と同じだ。
彼は息子に知られたくないがために、嘘の名前で電話を掛けてきたのだった。
「あっ、あのっ、オレの名刺も……」
克哉が慌てて自分の名刺を探そうとすると、彼はやんわりとそれを制する。
「いや、構わないよ。君のことは、だいたい知っているから」
「そう……ですか……」
キクチの社員を装って掛けてきたことから考えると、既に克哉のことはある程度調べてあったのだろう。
そんなことをさせてしまった原因には、思い当たる節がある。
以前、御堂は父親に、自分には佐伯克哉という同性の恋人がいると電話で報告したことがあったのだ。
それは不安に襲われてばかりいる克哉を安心させる為、御堂が自ら下した決断だった。
克哉は御堂から、彼の実家に関する詳しい話を聞いたことがなかった。
けれど今、この名刺を受け取って、御堂の父親もまたエリートであることが分かった。
なんとなく予感はしていたものの、その肩書きだけで圧倒されてしまう。
これは、ただでは済まないだろう。
その現実に絶望しかけている克哉に、御堂の父が椅子を勧めた。
「どうぞ」
「はい……すみません」
緊張に、身体も声も震えているのが分かる。
克哉が向かい合わせの席に腰掛けると、すぐに女性従業員がやってきた。
「コーヒーでいいかな?」
「あっ、は、はいっ」
「では、コーヒーを」
かしこまりました、と頭を下げて従業員が立ち去る。
克哉はいたたまれなさに俯いた。
いったいどんな顔をして、ここにいればいいのだろう。
これから、いったいどんなことを言われるのだろう。
硬直している克哉に対し、御堂の父は淀みない口調で話し始めた。
「……ところで」
「はっ、はい!」
克哉は慌てて姿勢を正す。
「まずは、確認させてもらいたい。君が孝典と一緒に暮らしているというのは、本当かね?」
「……はい」
震える声で答える克哉に、少しの間も置かず、次の質問が放たれる。
「では、君達がいわゆる恋人関係にあるということも?」
「……っ」
克哉は膝の上に置いた拳を、ぎゅっと握り締めた。
往生際が悪い。
ここまで来たら、素直に話すしかないではないか。
克哉は顔を上げ、まっすぐに目を見て答えた。
「……はい。そうです」
その返事に、御堂の父親は細く長い溜め息をついた。
呆れているのだろう。
思わず謝罪したくなる衝動に駆られて、克哉はきつく唇を噛む。
謝ったりしてはいけない。
確かに御堂の両親に申し訳なく思う気持ちはあるが、今は駄目だ。
すると従業員がやってきて、さっき注文したコーヒーをテーブルに置いた。
「さあ、どうぞ。遠慮しないで」
「は、はい。いただきます」
お互いブラックのまま、カップを口に運ぶ。
そこで克哉はようやくきちんと、御堂の父親の顔を見た。
御堂によく似ている。
怜悧に感じられる、整った目鼻立ち。
僅かに白髪の混じった髪と、御堂よりは恰幅のいい長身の体躯。
仕立ての良い、上品なスーツを着こなしているところまで、そっくりだ。
「……アレは、一人息子でね」
御堂の父が話しだす。
「だからこそ甘やかさないよう、厳しく育ててきたつもりだ。息子は息子なりに頑張ってきたようだが…… 誰に似たのか、少し意固地なところがある。努力していることを人に知られるのを、極端に嫌うんだ。 器用そうに見えて、あれで意外と不器用者なんだよ」
「それは……分かります」
「ほう?」
克哉の相槌に、父親の表情が若干和らぐ。
それに気が緩んだ克哉は、おずおずと話し始めた。
「……御堂さんは、誰よりも商品に関して勉強されてますし、仕事においても絶対に手を抜いたりしません。 他人に厳しいかわりに、自分に対してはもっと厳しい方で……本当に、尊敬しています」
「……なるほど」
御堂の父親は、コーヒーを口に運びながら克哉をじっと見ていた。
そして低い声で尋ねる。
「尊敬する上司……で、終わることは出来なかったのかね?」
「……! そ、それは……」
鋭い切り返しに、克哉はまた俯いてしまった。
「君のご両親は、このことを知っているのか?」
「いえ……まだ、知りません」
「……だろうな。話さないほうがいい。親を泣かせるのは、良くない」
「……」
やはりこの人は、自分達の関係を認めていないのだろうと克哉は思う。
当たり前だ。
手塩に掛けて育てた大事な一人息子が、同性の恋人を作って一緒に暮らしているなど、 親として簡単に認められるようなことではない。
子供のいない自分でも、それぐらいのことは分かる。
けれど、どうすれば良かったのだろう。
好きになってしまったのだ。
その気持ちを抑え込むことは、どうしても出来なかった。
そして御堂は、その気持ちに応えてくれた。
同性同士で愛し合うことは、そんなにもいけないことなのだろうか。
黙り込む克哉を御堂の父は真剣な眼差しで見つめ、そしてとうとう―――その言葉を口にした。
「別れてくれないか」
顔が似ている者同士は、声も似るという。
御堂の父親の声は、御堂の声によく似ていた。
だからまるで御堂本人からそう言われたようで、覚悟はしていたものの、 その言葉は克哉の胸に深く突き刺さった。
「あの……オレ……」
「私は別に、世間体だけを気にして言っているわけではない」
御堂の父親はソファから背を離すと、僅かに克哉に向かって身を乗り出した。
「ただ君達がこのままでいて、幸せな人生を送れるとは、到底思えないんだよ。 君達のような人間が大勢いることは、私も知っている。 だがそういった関係は、まだまだ社会的に認知されているとは言い難い。 これから先、辛い目にあうことも、失うものも少なくはないだろう。 そうと分かっていながら、一時の感情に流されて、子供を作ることも、いずれ家族になれることもない関係を続けていくことに、 どんな意味があるというんだね? 仕事上のパートナーとしてでもいい、良い友人としてでもいい、 他に選択肢は幾らでもあるじゃないか」
「……」
返す言葉も無かった。
彼の言うことは、多分正しい。
この人はただ、自分の息子の将来を案じているだけなのだろう。
克哉自身、考えたことがないわけではない。
このままの関係を続けていけば、いつか御堂を不幸にしてしまうのではないかと、何度も思った。
彼が人一倍努力して手に入れた地位も名誉も、何もかもを失わせることになるのではないかと。
(それでも、オレは……)
克哉は、もう冷めてしまったであろう目の前のコーヒーをぼんやりと見つめた。
本当に愛しているからこそ、別れるべきなのかもしれない。
そうすれば、もう御堂を困らせることもなくなる。
別れたときはどんなに辛くても、時が経てばいつかは傷も癒えるだろう。
頭では、そう考えることも出来た。
けれど―――。
「……っ」
御堂と別れることを考えるだけで、恐怖にも近い感情に襲われてしまう。
膝の上で握り締めたままの拳は、既に冷たい汗でじっとりと濡れていた。
身体が震える。
全身の細胞のひとつひとつが、そんなのは嫌だと叫んでいる。
オレからあの人を奪わないでほしいと、大声で泣き出してしまいたくなる。
土下座でも、なんでもしますから。
殴ってくれても、構いませんから。
だから、どうかあの人だけは。
「……佐伯君?」
「……!」
克哉は我に返って、顔を上げた。
御堂の父は短く溜息をつくと、腕の時計を見ながら言う。
「とにかく、孝典と一度よく話し合ってみてくれたまえ。 私も何度か説得しようとしたんだが、あれは取り付く島もなくてね。 何を言っても別れないの一点張りで、話にならない」
「御堂……さんが……」
「さて。呼び出しておいて申し訳ないが、そろそろ失礼させて頂くよ。 今日は時間を取らせて、悪かったね。ありがとう」
「あ、あの……」
御堂の父が席を立つ。
まだだ。
まだ自分の気持ちを、何も言えていない。
克哉は慌てて立ち上がると、ひりつく喉から必死に声を振り絞った。

- To be continued -
2007.12.23

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