最高の贈り物 [03]
その日、打ち合わせたわけでもないのに、
克哉はローストチキンやシーフードのグリルを調達してきて、御堂はとっておきのワインを開けた。
クリスマスだからといって特別なことはしないでおこうと話し合ったものの、
やはりせっかくだから雰囲気だけでも味わおうかと、お互いに思っていたらしい。
二人は食事を終えると、ダイニングからリビングへと場所を変える。
先にソファに腰掛けた克哉に、突然御堂が少し大きめの箱を差し出してきた。
「御堂さん……これは?」
克哉が受け取ったその箱は、赤い包装紙で綺麗にラッピングされ、緑のリボンが掛かっている。
どこからどう見ても、クリスマスプレゼントだ。
克哉は焦った。
「御堂さん! これ……」
「いいから、開けてみたまえ」
話が違うじゃないですか、と言おうとするも、あっさりと御堂に遮られてしまう。
「でも、こんな……」
「いいから」
「……」
躊躇いながら、克哉は丁寧にラッピングを解いていく。
箱の蓋を開けると、中からは見たことのない形状のものが姿を表した。
丸くて、地球儀のようにも見えるそれを取り出し、克哉は不思議そうに眺める。
「これ……なんですか?」
「こうするんだ」
御堂は部屋の照明を落とした。
そして暗がりの中、テーブルに置かれたそれのスイッチを入れる。
「わぁ……!」
克哉が思わず声を上げたのは、部屋いっぱいに星空が映し出されたからだった。
それは家庭用のプラネタリウム機だった。
御堂はソファに腰を下ろすと、目を見開いて星空に見惚れている克哉の横顔に、満足げな笑みを浮かべた。
「気に入ったか?」
「はいっ! あ、でも……」
克哉はまた表情を曇らせる。
特別なことはしないと言っていたのを間に受けて、プレゼントを用意していなかったことを気に止んでいるのだ。
そんな克哉を、御堂は事も無げに笑い飛ばす。
「これは君へのプレゼントというわけではない。
私も一緒に楽しむ物なのだから、問題無いだろう?」
「それは、そうかもしれませんけど……」
「インテリアがひとつ増えたと思えばいい」
そう言って、御堂は克哉の肩を抱く。
克哉は小さく「はい」と返事をして、その胸に体を預けた。
御堂はいつも、自分のことを想ってくれている。
抱き締められるのも、キスをされるのも、嬉しい。
驚かされたり、からかわれたりするのも、楽しい。
ずっと一緒にいたい。
ずっとずっと傍で生きていきたい。
克哉は部屋いっぱいに広がった星空を見つめながら、ただそれだけを願った。
ただ、それだけなのに―――。
「……ごめんなさい」
克哉が、呟く。
御堂は訝しげに克哉の顔を覗き込んだ。
「……何がだ?」
「ごめんなさい、オレ……」
克哉はそっと御堂の胸を押し返す。
離れていく温もりに、御堂の腕が力なくソファの上に落ちた。
「何を謝っている? プレゼントのことなら、気にするなと……」
「違うんです! そうじゃないんです……」
克哉は慌てて否定する。
我ながら狡いとは思ったけれど、本当は黙っているつもりだったのだ。
けれどその出来事は、秘密にしておくにはあまりにも大きすぎて、今にも心を押し潰してしまいそうになっている。
だから克哉は、震える声で白状した。
「オレ……御堂さんのお父さんに、会いました」
「なんだと?」
御堂は驚いて、克哉の肩を強く掴んだ。
「いつだ? 何を言われた? どんな話をしたんだ?」
「……」
「克哉!」
身体を揺さぶられ、克哉は御堂の真剣な眼差しから逃げるように、目を逸らしながら答える。
「……あなたと……別れて、ほしいと……」
「……っ」
それを聞いて、御堂は悔しげに唇を噛んだ。
それから克哉の肩からそっと手を離し、重苦しい溜息を吐く。
「まさか、君にまで連絡がいくとは……」
「御堂さん……」
「すまない……」
項垂れた御堂の口から零れた苦しげな呟きに、克哉は必死で首を振った。
謝る必要などない。
御堂はずっと、父親からの電話を自分に隠してきたのだ。
それが自分に対する思いやりからだったのだということは、よく分かっていた。
「それで……? 君は、なんと答えたんだ?」
「オレは……」
克哉は、あの日のことを話し始めた。
「ま……待ってください!」
克哉はなんとか声を振り絞り、立ち去ろうとしている御堂の父を引き止めた。
足を止めて振り返った御堂の父は、無表情なままで克哉を見つめている。
その感情の読み取れない目に、克哉の心は一瞬怯んだ。
けれどここできちんと自分の気持ちを伝えておかなければ、きっと後悔するだろう。
―――もっと、自信を持て。
御堂の声が聞こえる。
克哉はごくりと唾を飲み込むと、意を決して言った。
「オレ……御堂さんとは、別れられません。申し訳ありません……!」
そして、深々と頭を下げる。
この答えにどんな反応が返ってくるのか、克哉は怖くてぎゅっと目を瞑っていた。
どれぐらい、そうしていただろう。
御堂の父がゆっくりと戻ってきて、克哉のすぐ目の前に立った。
「……答えを出すのが、早過ぎるんじゃないかね?」
「いえっ……!」
克哉は顔を上げる。
「どれだけ考えても、この答えは変わらないと思います……。
ですから、今お返事させて頂きました」
まっすぐに目を見てそう言ったものの、声は震えてうわずっていた。
自分がとんでもないことを言っている自覚はある。
それでも、嘘はつきたくなかった。
「オレはもう……逃げたくないんです」
「……逃げる?」
克哉は小さく頷きながら、以前の自分のことを思い返していた。
傷つけることも、傷つくことも怖くて、何も出来ずにいた自分。
自分の中にある感情や、欲望や、浅ましくて醜いものから、ずっと目を背けていたこと。
そんな自分が嫌で嫌でたまらなくて、ずっと変わりたいと思っていたこと。
「……オレは、弱い人間でした。自分を曝け出すのが怖くて、
悪いことが起きる可能性ばかり考えて、結局何も出来ずにいて……」
「……」
「でも……御堂さんと会って、オレは変わることが出来ました。
あの人は、決して逃げたり諦めたりしません。オレは、あの人に相応しい人間になりたい……。
だからオレも、諦めたくないんです。好きなのに、別れたりしたくないんです」
ここで諦めてしまえば、御堂に出会えたことさえも無意味なものになってしまう。
身を引き裂かれるような痛みに耐えたことも、想いを告げたときのことさえも。
しかし克哉の訴えを険しい表情で聞いていた御堂の父は、言う。
「……今は、それでいいかもしれん。だが、この先」
「この先どんなことが起きるか分からないのは、男と女であっても同じことではありませんか?」
「……!」
そこで初めて、御堂の父が言葉に詰まった。
不愉快そうに顔を顰められ、克哉は思わず頭を下げる。
「すっ、すみません。オレ……」
「……いや」
そう言って、御堂の父は克哉に背中を向ける。
そして去り際に、断固とした口調で告げた。
「君の気持ちはよく分かった。だが、私は君達のことを認めるつもりはない。それだけだ」
「……」
ひとり残された克哉に出来ることは、もう無かった。
「オレ……きっと、御堂さんのお父さんを怒らせてしまったと思います……。
本当に、すみません……」
「克哉……」
克哉の話を黙って聞いていた御堂は、不意に立ち上がると何処かへ行ってしまった。
不安な気持ちで待っていると、やがて御堂は一通の封筒を手に戻ってきた。
「今日、届いていた」
克哉は差し出されたそれを受け取る。
宛名には御堂の名前が、そして裏面には御堂の父の名前が書かれていた。
「読んでみてくれ」
「えっ……いいんですか?」
「ああ」
克哉は恐る恐る、封を開ける。
中に入っていたのは、クリスマスカードだった。
少し意外に思いながらカードを開く。
『孝典へ
お前とは親子の縁を切る。
今後一切、連絡はしない。
お前もしてくるな。
だが十年後もお前達の意志が変わらなかったときは、二人で顔を見せに来い。
それが、縁を切る条件だ。』
これは、どういうことだろう。
克哉は呆然としながら、紙面に並ぶ達筆な文字をしばらく見つめていた。
「……どうやら、クリスマスプレゼントのつもりらしいな。
突然こんなものを送ってくるから、どうもおかしいとは思っていたんだが」
御堂が笑いながらそう言っても、克哉はまだぼんやりとしている。
「あの……これ……」
これは、喜ぶべきことなのだろうか。
しかし御堂は親子の縁を切られてしまったのだ。
どう受け取っていいものか分からず、克哉は混乱した表情のまま御堂の顔を見つめる。
御堂は、どこか嬉しそうだった。
「どうやら、君の方が交渉術に長けていたようだな」
「そんな、そんなんじゃ……」
「……克哉」
御堂は、克哉を抱き締めた。
「君のことだ。私の為に身を引くなどと、言い出しかねないと思っていた……」
「そ、それは……」
それは、当たっている。
確かに直前までは、そう思っていたのだ。
あの言葉を聞くまでは。
『何を言っても、別れないの一点張りで』
御堂の父からそれを聞いたとき、目が覚めたような想いがした。
ここで別れるなどと言い出せば、御堂の気持ちを裏切ることになる。
厳格な父親に自分達のことを話してくれた、その覚悟に応えたかった。
自分だけがいい子になろうとして、傷つくことから逃げるのはもうやめたのだ。
我侭だと言われてもいい。
みっともなくてもいい。
何があっても別れたくないのだと、駄々を捏ねて、足掻きたかった。
たとえ誰を傷つけても、傷ついても。
「……ありがとう。克哉」
御堂が克哉の耳元で囁く。
「君が父に、私と別れないと言ってくれたこと……。
それが私にとっては、最高のクリスマスプレゼントだ」
「御堂、さん……」
そして二人はキスを交わす。
満天の星空の下、十年後に想いを馳せながら。
それはとても長くて、とても短い時間。
今、部屋を満たす星空はずっと変わらないけれど、
本物の星空が少しずつ姿を変えていくように、
想いの形は変わっても、ずっとそこに在り続けるに違いない。
見えない未来を不安に思うより、何が起きるかを楽しみにしていたい。
唇が離れると、克哉は御堂に言った。
「十年後……お父さんに、会いに行きましょうね」
「ああ、そうだな」
笑いながら答える御堂に、克哉も微笑みで返す。
聖夜の約束は、きっと叶うと信じて。
Happy Merry Christmas.
- end -
2007.12.25
←前話
←Back