Classical

最高の贈り物 [01]

シャワーを浴びた克哉がリビングに戻ってくると、そこに御堂の姿はなかった。
「あれっ……?」
髪を拭いていたタオルを首に掛けながら、克哉は御堂を探す。
洗面所は通ってきたから、トイレでないことは確かだ。
とすると、書斎か寝室か。
一目で無人と分かるキッチンの横を通り過ぎ、奥の部屋へと続くドアを開ける。
顔だけ出して覗いてみると、御堂が書斎として使っている部屋のドアが僅かに開いていた。
克哉はなんとなく足音を忍ばせて、そのドアへと歩み寄る。
部屋の中からは、御堂の声が微かに聞こえてきた。
「……ですから、それは」
御堂は、誰かと電話で話をしているようだった。
しかしその声は押し殺したように低く、口調は酷く苛立っている。
何故か、これ以上聞いてはいけないような気がして、克哉はそっとその場を離れた。

最近、御堂の様子がおかしいことに、克哉は気づいていた。
二人きりでいるときにも何処か上の空で、難しい顔をして黙り込んでいることが多い。
そして携帯には、頻繁に電話が掛かってくる。
今、御堂は新しいプロジェクトを立ち上げたばかりで、かなり多忙な毎日を送っているから、 始めはその所為なのだと思っていた。
実際、仕事に関する電話は多い。
けれど御堂は時折、掛かってきた電話に敢えて出ないことがあった。
さっき克哉がバスルームに向かう前にも、御堂は掛かってきた電話を無視したのだ。
そして恐らくは今のように、一人になったときに掛け直しているらしい。
どうやら特定の人間からの電話だけにそうしているようだったが、 それがいったい誰からのものなのか、克哉には分からない。
あの電話の雰囲気からいって、浮気という感じでもなかった。
あまりにも不自然に思えて、何故電話に出ないのかと尋ねたこともある。
しかし御堂は「君には関係の無いことだ」と言うだけで、決してその理由を教えてはくれなかった。
そんな風に突き放されれば、悲しくなるに決まっている。
そしてしょんぼりと俯くたび、結局は甘い言葉やキスで誤魔化されてしまうのだった。
(御堂さん……どうして、隠すんだろう……)
本当に関係ないなら、尚更隠す必要はないはずだから、 何か克哉には知られたくないことなのだろうと推測出来る。
それも、あまり喜ばしくない内容であることも―――。
「……克哉?」
「あっ、は、はい!」
ぼんやりと立ち尽くしている克哉に、いつの間にか戻ってきていた御堂が声を掛ける。
振り返って見た御堂は、いつもと変わらないように思えた。
「もう出ていたんだな」
「あ、はい。御堂さんも、どうぞ」
「ああ、そうしよう」
そう言って、御堂はバスルームに向かう。
その後ろ姿を見ながら、克哉は胸の内に膨らむ不安を拭いきれずにいた。

「……ところで、今度の週末だが」
ベッドの中、御堂は腕に抱いている克哉に尋ねた。
「何か希望はあるか? 欲しい物とか、行きたい場所とか」
「えっ……?」
突然そんなことを言われて、克哉は面食らう。
きょとんとしている克哉を見て、御堂はクスリと笑った。
「ちょうど世間はクリスマスだぞ? まあ、私もそれほど興味があるとは言い難いが……」
「あっ……! そうか、そうですよね」
御堂の言葉で、ようやくクリスマスが近いことを思い出す。
今月に入ってからは新しいプロジェクトのことと、 御堂の様子がおかしいことにばかり気が行っていて、つい忘れてしまっていた。
そうでなくても、ここ数年はクリスマスにあまり興味が無かったのだ。
いや、元々興味など無かったのかもしれない。
彼女がいたときには、それなりにプレゼントを用意して、デートに行ったりもしたが、 それとてなんとなく義務感のようなものからやっていただけに過ぎない。
イルミネーションに飾られた街並みは綺麗だと思うし、 賑やかで楽しそうな雰囲気を味わうのも嫌ではなかったけれど、 克哉にとっては無ければ無いでも構わない行事だった。
克哉は御堂の顔を見つめながら考える。
欲しいもの。
行きたい場所。
御堂以外、何もいらない。
御堂の傍にいられれば、それだけでいい。
そんな風にしか考えられない自分がなんだか恥ずかしくなって、克哉は一人で赤面してしまった。
「……君の考えていることは、だいたい分かったが」
御堂におかしそうに言われて、克哉はますます顔を赤くする。
「す、すみません。でも、オレ…」
「いや、いい。私も同じだ」
「あ……」
急にきつく抱きしめられて、克哉は胸を高鳴らせた。
御堂は愛おしげに克哉の髪を撫でながら言う。
「本当は何処か食事にでも……と思ってはいたのだが、忙しさにかまけてつい後回しになってしまった。 今からでは何処も予約は無理だろう。すまない」
「いえ! そんなの……いいんです」
御堂が休日も持ち帰ってきた仕事をこなしていたことは、克哉も知っている。
忙しくてそこまで気が回らなかったのは、お互い様だ。
克哉は御堂の胸に頬をすり寄せた。
「オレは、あなたと一緒にいられれば、それでいいんです」
「……そうだな。クリスマスは、二人で静かに過ごそう。それだけで、十分だ」
「はい」
御堂の腕の中で、克哉は嬉しそうに微笑みながら頷いた。
「……克哉」
名を呼ばれ、顔を上げる。
降りてきた唇に、克哉は目を閉じる。
重ねるくちづけにも、触れ合う肌にも、偽りのない愛情を感じる。
だからこそ克哉は、御堂が自分に何かを隠していることが寂しくて仕方が無かった。
「御堂……さん」
―――もう一度、尋ねてみようか。
唇が離れると、克哉は御堂をまっすぐに見つめた。
何を隠しているんですか。
それは、オレ達にとって良くないことですか。
そう口に出そうとするのに、喉に何かが詰まっているかのように声が出ない。
克哉の気持ちを察したのか、不意に御堂の表情が曇る。
「克哉」
その顔を見せまいとしたのか、御堂は克哉の頭を胸に抱きこんでしまった。
「……大丈夫だ。何も心配しなくていい。君は、私のことだけを見ていればいいんだ」
「御堂さん……」
そう出来たら、どんなにかいいだろう。
けれどきっと、そういう訳にはいかなくなる。
何故か、そんな予感がする。
寂しくて仕方が無いくせに、本当のことを知るのが怖いと思っている自分が情けなくて、 克哉はただ御堂にしがみつくことしか出来ずにいた。



克哉の不安が形になって現れたのは、それから二日後のことだった。

昼休憩を終えて1室に戻った克哉に、同僚のひとりが声を掛けた。
「佐伯さん、3番にキクチの村岡さんからお電話です」
「あ、はい」
すぐに自分のデスクにある電話の受話器を取ろうとしたものの、克哉の手が一瞬止まる。
(村岡さん……そんな人、いたかな?)
記憶にある限りでは、聞いたことのない名前だ。
けれど克哉がMGNに来てから、入った社員であることも考えられる。
克哉は取り次がれた電話に出た。
「お待たせ致しました、佐伯ですけれども」
『佐伯……克哉君だね?』
「はい、そうですが……」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、まったく聞き覚えのない、年配の男性の声だった。
克哉の胸の中に不安が広がっていく。
『仕事中に申し訳ない。これしか方法が無かったものでね。私は……』
そして次に聞こえてきた言葉に、克哉の心臓はドクンと大きな音を立てた。

- To be continued -
2007.12.22

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