Classical

TRUST 04

だんだん、腹が立ってきた。
こんなとき以前の自分なら、落ち込むか諦めるかのどちらかだっただろう。
けれど今は、腹が立ってしかたがない。
朝起きると、昨夜の宣言どおり御堂は既に出勤した後だった。
今日の早朝会議は前々から決まっていたものだから、克哉を避けるために御堂が先に出たわけではないと分かっている。
それでもきっと、御堂は機嫌を損ねたままだ。
何故、こんな風に御堂と気まずくならなければいけないのか。
確かに事の発端は自分にある。
油断した自分が悪いのだと言われてしまえばそれまでだし、事情を話せば分かってくれるはずの御堂に、相談せずにいるのも自分の勝手な判断からだ。
しかし原田が言うように、こんな陰湿な遣り方はとにかく気に入らない。
覚悟ならとうに出来ているのだから、何が狙いなのかはっきりさせてほしかった。
だから今朝、メールボックスに封筒を見つけたときには、憂鬱になるよりも寧ろホッとしたほどだった。
(今度は、なんだ……?)
周囲に注意を払いながら、中身を確認する。
入っていたのは、二つに折り畳まれたカードだった。
クリーム色の地に金文字で『invitaion』と綴られているそれは、まるで結婚式の招待状を思わせる。
開いてみた瞬間、克哉はそのふざけた趣向に思わず苦笑いを浮かべていた。
―――×月×日 20:00 ××ホテル 1016号室
打たれている文字を見つめながら、不思議なほどに力が湧いてくるのを感じる。
こんなにも好戦的な気分になったのは、どれぐらいぶりだろう。
学生時代、バレーの試合のときでさえ感じたことがないほどの高揚だ。
(さて、どうするかな―――)
日付は今夜だ。
あまり時間はない。
とにかく就業時間内に仕事を片付けてしまわなければと、克哉はしっかりとした足取りでオフィスへ向かった。



克哉は指定されたホテルの部屋の前まで来ると、まずは時間を確認した。
不思議なぐらい、気持ちは落ち着いている。
犯人は誰だろうとか、何を要求されるのだろうとか、そんな不安は一切無かった。
自分のするべきことはただ一つ。
御堂を守るため、最善の選択をすることだけだ。
それさえ分かっていれば、後はなんとでもなるだろう。
克哉は意を決して、部屋のチャイムを押した。
程なくしてドアが開き、一人の男性が姿を現す。
「……いらっしゃい」
薄笑みを浮かべる男を、克哉は睨みつけた。
細身で長身のその男は、ドアの前から体を退けて、克哉を部屋に入るよう促す。
克哉は胸のポケットに一瞬だけ触れて、それから無言で足を踏み入れた。
ちょうど部屋の中央辺りで立ち止まると、男は克哉の横をすり抜け、それまで座っていたのであろうソファに腰掛ける。
「はじめまして。佐伯、克哉くんだよね。一人で来たんだ?」
彼は僅かに前屈みになって、克哉の顔を覗きこむようにして尋ねた。
口調はあくまでも軽く、悪意が含まれているようには感じない。
一人で、というのは、御堂は一緒ではないのかという意味だろう。
それにしても、克哉の顔は既に知っているはずなのだから、自分が先に名乗るべきではないのか。
克哉は息を吸い込み、なんとか苛立ちを抑えてから答えた。
「一人ですよ。あなたは?」
「本城嗣郎。聞いたことある?」
「……あります」
ああ、やっぱり、と思う。
顔を見た瞬間、確信していた。
克哉の答えに、本城は唇の端を歪めて笑う。
何がおかしいのか、まったく分からない。
「誰から聞いた? 御堂?」
「違います」
「ふうん。じゃあ、MGNの誰かだ。とりあえず、座ったら?」
本城は少し離れた場所にある椅子を、顎で指し示す。
「結構です」
「あ、そう」
今度はテーブルの上にあったワイングラスを手に取り、口に運ぶ。
「君も飲む?」
「……結構です」
こんな男と、こんな場所でくつろぐ気は毛頭無い。
なかなか本題に入ろうとしない本城に、克哉はとうとう自分から切り出した。
「それで、何が目的なんですか」
「目的?」
「写真を送りつけてきたり、こんなところに呼び出したり……何か目的があるんですよね」
「……」
本城は答えない。
克哉は原田から聞いた話を思い出していた。
「……あなたは、御堂さんを恨んでいるんですか? だから、こんなことをするんですか?」
「恨む? ……さぁ、どうだろう」
本城の顔から、すっと笑みが消える。
克哉は咄嗟に視線を落とし、腕の時計を確認していた。
八時十五分。
「……君に、会ってみたかったんだよ」
「は……?」
拍子抜けするような答えに、克哉は思わず間抜けな声を出してしまう。
本城は開き直ったのか、ソファの背に体を預けると、尊大な態度で足を組んだ。
「あの御堂が、まさか男相手に本気になるとは思わなかったからね。 どんな子なのか会ってみたいと思ったんだけど……会わせてくれ、なんて御堂に言ったって、素直に会わせてくれるような奴じゃないだろう?  だからさ」
そういえば本城は、大学も御堂と一緒だったらしい。
ということは、あのワインバーで出会った御堂の友人達も彼を知っているということになる。
恐らくは、そこから御堂と克哉の話を聞いたのだろう。
「だから……こんな遣り方をしたって言うんですか?」
「そう。スリルを味わえて、面白かっただろう? 御堂にもちゃんと相談してくれたら、もっと良かったんだけどね。 そうしたら、あいつのうろたえる顔が見られたかもしれないのに」
「……」
馬鹿にしているのだろうか。
克哉の体が、怒りに震える。
心から可笑しそうに笑っている本城を前に、克哉は拳を握り締めて、怒鳴りつけたいのを堪えていた。
「……じゃあ、もういいですよね」
「ん?」
「目的は達成したんでしょう? オレ、帰りますから」
「待てよ」
踵を返す克哉を、本城が追いかける。
ドアノブに手を掛けようとしたところで、克哉は本城に腕を強く引かれ、ややよろめいた。
「せっかく来たんだ。ゆっくりしていきなよ」
「冗談じゃありません。帰ります。不愉快です」
「確認させてほしいんだ」
「何をですか」
「君の、体」
「……!」
かっと頭に血が上る。
この男は、いったい何を言い出すのだろう。
克哉は怒りに燃える目で、本城を睨みつけた。
「……そんなこと、させるはずがないでしょう」
「どうして?」
「あなたはいったい何がしたいんですか?!」
知らず知らず声を荒げてしまう。
本城の体が迫ってきて、克哉が一歩、二歩、後退さる。
「御堂が本気になるぐらいだ。よほど、イイんだろうと思ってね」
「なにを……」
「あいつと付き合っているなら、こういうことには慣れているんだろう?」
「ふ…ざけるな……!」
振り上げた腕は本城に掴み取られ、そのまま壁に押し付けられる。
両脚の間に本城の膝が割って入り、互いの体が密着した。
予想外の展開に、背中を冷たい汗が伝う。
本城の顔が近づいてきて、克哉は必死で顔を背けた。
「おとなしくしたほうがいいと思うよ。あの写真、俺が持ってるんだから」
「……っ!」
耳元で囁かれた言葉に、思わず克哉の抵抗が止まる。
自分はどうなっても構わない。
けれど、御堂は―――御堂だけは、守らなければならない。
本城がクスクスと笑う。
「……やっぱり、御堂にちゃんと相談したほうが良かったみたいだね」
吐息が頬に掛かり、不快感に鳥肌が立つ。
それでも克哉は、低い声で吐き捨てた。
「こんなくだらないことで、あの人を煩わせる必要はありません」
「……」
本城の顔がぴくりと引き攣り、目の中に冷たい光が宿る。
彼を怒らせるのは得策ではないと分かっていても、どうしても言わずにはいられなかった。
体がゆっくりと離れ、掴まれていた腕も解放される。
「……意外と気が強いんだな。さすがに御堂が惚れるだけのことはある」
「―――!!」
今度は顎を掴まれ、掬い上げられた。
否が応にも正面から対峙することになって、視線を外せなくなる。
本城は嗜虐的な笑みを浮かべながら、克哉に言った。
「俺に脱がされるのが嫌なら、自分で脱げばいい」
「くっ……」
時間が気になる。
しかし、最初に決めたはずだ。
御堂を守るため、最善の選択をするのだと。
克哉は血が出るほどに唇を噛みながら、震える指先で胸のポケットに触れた。

- To be continued -
2008.05.19

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