STAY 04
克哉はマンションのリビングで、ひとり御堂の帰りを待っていた。
御堂の残業につきあうことも考えたが、二人きりになればどうしてもこの件について話がしたくなるだろう。
けれどそれはオフィスではなく、部屋で落ち着いてするべき話だ。
一足先にマンションに戻った克哉は、懸命に頭の中を整理しようとしていた。
まずは、見合いの話が本当なのかどうか確かめる必要がある。
大隈の話をするのは、それからだ。
御堂は腹を立てるかもしれないが、確かに避けては通れない問題ではあるのだから、
今後どうするかということも含めて、きちんと相談がしたかった。
(冷静に話し合わないとな……)
そう何度も自分に言い聞かせる。
そして御堂が帰ってきたのは、それから一時間ほど後のことだった。
「ただいま……どうした?」
「あ……お、お帰りなさい」
いつの間にか目の前に立っていた御堂に気づいて、克哉は慌ててソファから立ち上がる。
御堂が訝しげにしているのは、いつもならばいそいそと玄関まで出迎えに来るはずの克哉が、ぼんやりとソファに座りこんだままだったからだ。
玄関からの物音は耳に入っていたのに、何故か身体が動かなかった。
御堂は克哉に近づくと、その頬にそっと手のひらで触れた。
「顔色が悪いな……何かあったのか?」
「あ、あの……」
話す内容は頭の中で順序立てていたはずなのに、いざ御堂を目の前にするとうまく言葉が出てこない。
結局、一番知りたいと思っていることが、たどたどしく口から零れ落ちただけだった。
「あの……お見合いの話って……本当、なんですか……?」
そう言って、克哉は背けていた視線を恐る恐る御堂に向ける。
そして、その瞬間に分かってしまった。
その話が、本当なのだと。
「……誰に聞いた」
押し殺したような声で呟き、御堂は克哉の肩を掴む。
その顔に浮かぶ激しい感情に、克哉は圧倒されていた。
「その話を、誰に聞いた? まさか、専務か?」
「あの……」
最初に話を聞いたのは藤田からだが、専務からというのもあながち間違いではない。
しかし重要なのは、誰から聞いたかということではないはずだ。
克哉が言葉に詰まっていると、御堂は舌打ちをしながら忌々しげに吐き捨てた。
「あれほど、君には話さないでくれと言ったのに……」
その呟きこそが、なによりの答えだった。
なんにせよ、事実が分かったことで少しだけ克哉の身体から力が抜ける。
「……牧菱商事の、常務の孫娘さんだそうですね」
克哉が言うと、御堂は溜息をついて、観念したように答えた。
「……そうだ」
「……」
御堂は立ち尽くす克哉から離れると、力無くソファに腰を下ろす。
両手を顔の前で組み、そこに額を押し当てる姿は、それが苦渋の選択であったことを告げていた。
「……断り切れなかったんだ。今回は、専務からではなく社長から降りてきた話だった。
社長とあの常務は、昔から懇意にしているらしい。だから……」
―――え?
克哉が凍りつく。
しかし御堂は、それに気づくこともなく話しを続けた。
「専務は君と私のことを知っている。だから、会うだけでいいと言われたんだ。
ただし、君には絶対に話さないという約束だったんだが……信じた私が馬鹿だったのか」
「御堂、さん……」
克哉は御堂の足元にゆっくりと跪いた。
こんなにも苦しげな御堂など、見ていたくなかった。
それでも克哉は真っ直ぐに御堂を見上げながら、固く組まれた冷たい手を取った。
「お見合い……したんですね?」
克哉の問い掛けに、御堂は目を見開く。
何かが、食い違っている。
「……専務に、聞いたんじゃないのか?」
克哉はそっと首を振った。
「オレが聞いたのは、あなたがお見合いをするらしい、という話だけです。
藤田君にそれを聞いた後、専務に呼び出されて……」
そして克哉は大隈の提案を、御堂に話した。
結婚することと、二人の関係を続けることは別に考えろと言われたこと。
むしろ結婚は、周囲の干渉や勘繰りから自分達を守ることに繋がるはずだと言われたこと。
それは確かに不愉快な話ではあったけれど、御堂が考えていた内容とはまったく違っていた。
「だから、専務は約束を破ったわけじゃないと思いますよ」
「……」
どうしてこんな時に、専務を庇うようなことを言っているのか、克哉自身もよく分からなかった。
さっきまで感じていた専務に対する怒りも、そしてもちろん御堂に対する怒りもない。
ただ、せつなくて、寂しくて―――悲しかった。
「……あの、休日出勤の日ですか?」
克哉が尋ねると、御堂が頷く。
あの日は、克哉も御堂に嘘をついていたようなものだ。
わざと休日出勤につきあわず、御堂の誕生日プレゼントを買いに出掛け、バースデーカードを前に唸っていた。
御堂を喜ばせたくて、御堂に気持ちを伝えたくて。
その間、御堂は―――。
「……」
克哉の手が、御堂の組んだ手から離れていこうとする。
その手を、御堂は咄嗟に掴んでいた。
御堂は、必死になって弁解する。
「嘘をついていたのは、悪かったと思っている。だが、君に少しでも嫌な想いをさせたくなかった。
言い訳になってしまうが、会ってもどうせ断るのだから、知らずに済むのならその方がいいと思ったんだ」
「……断ったんですか?」
「当たり前だ。会う前から、専務にも社長にも、私の意志ははっきりと伝えてある。
そのうえで、会うだけでもいいと言うから……」
「でも……専務や社長は相手の方に、それを伝えていないのかもしれませんね」
あの口振りだと、まだ諦めていないように思える。
今日の提案とやらで、気が変わることを期待しているのだろう。
御堂は苛立ちを露わにしながらも、克哉の手を握る手に力を込めた。
「そんなことは、私の知ったことではない。とりあえず社長と専務の顔は立てたのだから、これはもう終わった話なんだ」
「終わった……話……」
果たして、本当にそうなのだろうか。
混乱した今の状態では、何も考えられそうにない。
克哉は自分の手を掴んでいる御堂の指先を、そっと解いた。
「克哉……」
「すみません。少し……一人にさせてください」
そう言って立ち上がると、御堂に背中を向ける。
しかし御堂もまた慌てて立ち上がると、その腕を掴んだ。
「克哉! 君は」
「……頭を冷やしたいだけです。すぐ、戻りますから」
克哉は微笑みながら御堂に告げて、そのままマンションを出た。
今は、一人になりたい。
御堂がその後を、追えるはずもなかった。
- To be continued -
2008.09.21
←前話 →次話
←Back