茨の迷路 04
それから御堂と克哉は、だいたい週に一度の割り合いで会うようになった。
約束を取り付けるのは、もっぱら克哉の方からだった。
連絡は電話ではなくメールで、という御堂からの指示で、
克哉は週の半ばになると次はいつ会えるのかと尋ねるメールを送る。
それに対して御堂は、日時と場所を知らせるだけのごく短い返事を返す。
会えばすぐに肌を重ね合い、その後は御堂が先にホテルを出て、時間を置いて克哉が帰る。
それ以上のことは、何も無い。
二人で過ごすその時間は、逢瀬と呼ぶにはあまりにも冷ややかなものだった。
「ああっ……はっ…! ん、あっ……」
欲情に満ちた喘ぎ声が、ホテルの部屋に響き渡る。
絶え間なく続くその声は既に掠れ、泣いているかのようにも聞こえた。
背後から御堂に突き上げられるたび、荒い呼吸と共にそれは吐き出され、克哉はシーツをきつく掴む。
「あっ……ダメっ……ま、だ………!」
克哉は今にも訪れそうな射精感に、必死で耐えていた。
もっと、御堂と繋がっていたい。
御堂を感じていられるこの時間を、少しでも長く延ばしたかった。
シーツに額を押し付け、克哉は唇を噛み締める。
内壁を擦られる熱さに、全身が溶けてしまいそうだ。
それでも克哉は、決して欲望を手放そうとはしなかった。
「……強情な、奴だ…」
御堂は苦しげに呟きながら、逃げようとする腰を捕らえて、更に激しく克哉を貫く。
汗ばんだ肌のぶつかる音が大きくなり、四つん這いになった克哉の背中が弓なりに反って、震えた。
「ああっ! やっ……いや、だ……っ!!」
克哉が顔を振ると、色素の薄い髪の先から汗が飛び散る。
開いた両脚の内側がぶるぶると痙攣し、御堂を咥え込んでいる後孔がきつく収縮した。
「……っ!」
そのきつさに御堂が腰を震わせた瞬間、克哉の中心から勢いよく精が迸る。
限界まで耐えていたそれはなかなか止まらず、吐き出すたびに克哉の身体はびくびくと跳ねた。
やがて御堂が自身を引き抜くと、そこから御堂の放ったものがどろりと溢れて内股を伝っていく。
「あ……あぁ……」
その感触にさえ、克哉は溜息のような声を漏らす。
快感と寂しさが綯い交ぜになって、克哉はそのままベッドに崩れ落ちた。
「……」
御堂は余韻に浸る間もなく、すぐにベッドを降りてバスルームに向かう。
克哉が果てた後は、いつもそうだった。
そうしなければ彼をきつく抱き締めて、二度と離せなくなってしまいそうだったから。
いや、もう手遅れなのかもしれない。
御堂は熱いシャワーで身体を洗い流しながら思う。
克哉と再び会うようになってから、既に一ヶ月以上が経っていた。
連絡は途絶える気配を見せず、御堂はメールを受け取るたびに複雑な気持ちになった。
わざと素っ気無く振る舞い、時に詰り、時に嘲笑し、自分達が身体だけの関係であることを、克哉に思い知らせてきたつもりだった。
それでも克哉は、定期的にメールを寄越す。
今度こそ最後になるかもしれないと思いながらも、本心ではそのメールを待っている自分がいた。
「いつまで、こんなことを……」
御堂は呟く。
抱けば抱くほど、胸の中には苦い想いばかりが溜まっていく。
克哉がよがり、悶え狂う姿を見ながら、何故自分を憎んではくれないのかと問い詰めたくなる。
戻ることも、進むことも出来ない自分の不甲斐無さに、御堂はどうしようもなく苛立っていた。
バスルームを出ると、克哉は椅子に座って缶ビールを飲んでいた。
彼がこんなことをするようになったのは最近だ。
ビールを飲む克哉の目は何処か虚ろで、表情も疲れているように見える。
御堂は思わず眉を顰めた。
こんな克哉の姿は、見たくなかった。
「……シャワーを浴びてきたらどうだ」
苛立ちを隠さないままの口調で御堂が言うと、克哉はハッとしたようだった。
どうやら御堂がバスルームから出てきたことにも気づいていなかったらしい。
「……すみません」
青白い顔で答えながら、克哉は立ち上がる。
そして椅子から離れようとしたところで、ぐらりとその身体が傾いた。
「……克哉!」
御堂は咄嗟に駆け寄り、倒れそうになった克哉を支えていた。
腕の中の克哉が、面食らったような顔で御堂を見上げる。
「御堂……さん……?」
「……!」
自分のしたことに気づいて、御堂は慌てて克哉を突き放す。
名前で呼んでしまったのも、思わず手を伸ばしてしまったのも、全ては無意識の行動だった。
「……さっさと、行け」
顔を背け、冷たく言い放つ。
克哉はそれ以上何も言わず、のろのろとバスルームへ向かっていった。
「チッ……」
自分の迂闊さに、御堂は舌打ちする。
偽りの関係が少しずつ壊れていく音が、聞こえてくるような気がした。
克哉がシャワーを終えて部屋に戻ると、やはりそこに御堂の姿はなかった。
取り残されるのは、いつものことだ。
克哉は冷蔵庫から新しいビールを出してきて、ベッドの縁に腰掛ける。
プルトップを開け、冷えたそれを喉に流し込んだ。
最近アルコールの量が増えていることに、克哉は気づいている。
もともとあまり寝つきは良くなかったのが、最近ではますます眠れなくなった所為だ。
時間を持て余し、飲めば眠れるかもしれないと思って、つい飲んでしまう。
いくら酒に強いとは言っても、食欲の無さと睡眠不足も相俟って、体調は決して良くなかった。
幸いまだ仕事に支障は出ていないが、それもいつまで続くか分からない。
けれど今の克哉には、それら全てがどうでもいいことのように思えた。
体を壊して、仕事を辞めて、入院することにでもなればいい。
そうすれば、御堂に連絡を取ることも出来なくなる。
そんなことを本気で考えている自分が、なんだか恐ろしかった。
「御堂、さん……」
克哉はさっきの出来事を思い返していた。
膝に力が入らず、思わず倒れかけた自分を御堂は支えてくれた。
そして、名前を呼んでくれた。
好きでもないのに、何故あんなことをしてくれたのだろう。
心配しないでほしい。
優しくしないでほしい。
そうでなければ、ますます御堂を好きになってしまう。
押さえつけている感情も、いつかは溢れてしまうだろう。
これ以上御堂を好きになって、苦しくなってしまうのは、あまりにも辛すぎた。
「御堂さん……」
克哉は呟いて、ビールの缶を握り潰す。
そのとき視界の隅に、何か光るものが見えた。
「これ……」
足元に、御堂のカフリンクスが落ちていた。
克哉はそれを拾い上げ、掌に乗せる。
シルバーのフェイスに御堂のイニシャルが刻まれているところを見ると、オーダーメイドのものらしい。
「そんなに、慌てて帰らなくてもいいのに……」
いつか自分が「この後、食事でも」などと、言い出しかねないと思っているのだろうか。
それとも別の予定が入っているのかもしれない。
なんにせよ、こんなものを忘れていってしまうほど急いで帰ったのかと、克哉は苦笑する。
「御堂さん……」
何も望まないと決めた。
この気持ちを閉じ込めると決めた。
それでも御堂が好きだという想いは膨らむばかりで、今にもこの胸を突き破ってしまいそうになっている。
克哉は御堂のカフリンクスに、そっと唇を寄せた。
御堂の気持ちを手に入れることは出来ないけれど、せめてこれぐらいは自分のものにさせてもらってもいいだろうか。
冷たく光るそれを見つめているうちに、克哉の唇が戦慄き、視界が滲んでいく。
たったひとつ手に入った御堂の欠片を握り締めて、克哉は声を殺して泣いた。
- To be continued -
2008.02.26
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