Classical

GRATITUDE 05

一階の和室に戻ると、話をしていたらしい両親が二人を振り返った。
「どう? アルバム、あったでしょ?」
「う、うん」
克哉は答えながらも、つい不自然に目を逸らしてしまう。
既に鼓動はうるさいほどに鳴っていて、緊張に手が震えるのを抑えられなかった。
それでも、今度こそ本当のことを打ち明けるという決意だけは揺るぎない。
克哉は御堂と共に元の位置に腰を下ろすと、真剣な表情で切り出した。
「……実は、父さんと母さんに、大事な話があるんだ」
神妙な様子の息子を前に、両親は何事かと不思議そうな顔をする。
「大事な話?」
「うん」
もう、後には退けない。
克哉は深く息を吸い込み、それからそれをゆっくりと吐き出しながら話しはじめた。
「……オレが引越したのは、会社の同僚と一緒に住むからだって言ったよね?」
「うん」
「あれ……嘘なんだ」
嘘?と、母が聞き返す。
その反応だけで、克哉は膝の上の拳をぎゅっと握り締めた。
怖い。
怖くて、怖くて、たまらない。
それでも克哉は、ひとつずつ真実を伝えていく。
「うん、嘘……。本当は……本当は、御堂さんと、暮らしてるんだ……」
「えっ?」
母は、やや間の抜けた声をあげた。
そして、途端にオロオロとうろたえだす。
「え、そうだったの? あの、でも、そんな……ご迷惑じゃ、なかったんですか?」
しどろもどろになりながら尋ねる母に、御堂はあくまでも冷静に答えた。
「いえ、迷惑だなどということはありません。私のほうから、彼に同居を提案しました」
「そうなんですか……あの、でも……」
さすがに違和感を覚え始めたのか、両親は困惑した表情で顔を見合わせている。
無理もない。
同居までしているとなると上司と部下にしては親しすぎるし、かと言って気心の知れた友人同士にしては、立場も年齢も違いすぎる。
しかもそれを隠していたのだから、尚更不自然だ。
けれど、話はここで終わらない。
言わなければいけない。
本当のことを、全て。
どくどくと心臓が脈打つ音が、耳の奥に直接響いてくる。
顔が熱い。
手のひらに、冷たい汗が滲む。
微かな耳鳴りと、軽い目眩さえ覚えながら、克哉はとうとう上擦る声でそれを口にした。
「オレと、御堂さんは、つきあってるんだ……。恋人……なんだ……」
その瞬間、ぴたりと時間が止まってしまったような気がした。
―――言ってしまった。
克哉は全身を細かく震わせながら、きつく目を閉じて俯く。
誰も、何も、喋らない。
このまま永遠に続くかと思われた沈黙を、やがて母の弱々しい声が破る。
「か、克哉……? 今、なんて……」
「……ごめん!!」
母の言葉を遮って、思わず頭を下げていた。
もう、何がなんだか分からない。
怯えと混乱に任せて、克哉はまくし立てる。
「ずっと黙ってて、ごめん……! でも、どうしても言えなかった……。 オレは男で、御堂さんも男で、それなのに……でも、オレは御堂さんが好きで、それはどうしても変えられなくて、オレは……オレは……」
喋っているうちに呼吸が苦しくなって、後はもう言葉にならなかった。
克哉は項垂れたまま、うわ言のようにただ「ごめん」を繰り返す。
何に対する謝罪なのか、自分でもよく分かっていなかった。
両親に隠していたことか、ショックを与えてしまったことか、それとも別の何かなのか。
とにかく、他に言葉が思いつかない。
謝り続ける克哉に、それまで黙って話を聞いていた父が不意に口を開いた。
「……よしなさい、克哉」
普段から穏やかな父のやや強い口調に、克哉の身体がびくりと跳ねる。
「それ以上、謝らなくていいから。……御堂さんが、気の毒だろう」
「あ……」
父に指摘され、克哉はハッと顔を上げる。
目が合うと、御堂は克哉に薄く笑んでくれた。
けれど、克哉は気づいてしまった。
御堂もまた、膝の上で拳を握り締めていたことを。
「御堂……さん……」
御堂は克哉に小さく頷いた。
そうだ。
御堂は、ここにいる。
ちゃんと、傍にいてくれる。
自分はひとりじゃない。
この人の為なら、なんだって出来る。
この人と生きる為なら、どんなことでもする。
だから、自分の気持ちをきちんと伝えなければ。
あんな取り乱した言葉ではなく、もっと素直に、もっと真摯に。
克哉はぐっと息を飲むと、座布団から下りて両親に深く頭を下げた。
「……隠していて、本当にごめん。父さんと母さんを悲しませるのが怖くて、ずっと言えなかった……。 でも、やっぱりこのままじゃ駄目だと思ったんだ。オレは、御堂さんが好きです。 御堂さんに会えて、御堂さんと暮らせて、今すごく幸せです。 この人と、ずっと一緒にいたい。この幸せを、絶対に手離したくない。 だから、今すぐにじゃなくてもいい……。いつか、オレ達のことを認めてください。お願いします……!」
額を畳にこすりつけながら、ひとつひとつの言葉を噛み締めるように伝える。
すると隣りでじっとそれを聞いていた御堂が、同じように座布団を下りると、自らも畳に手をついて頭を下げた。
「大切な一人息子さんとこのようになりましたこと、私からもお詫び申し上げます。 ですが、佐伯君……いえ、克哉さんとの関係は、なんら恥じるものではないとも考えております」
「御堂さん……」
詫びても尚、御堂は堂々とした態度を崩さない。
そんな御堂に、父が言った。
「ですが、会社のほうにはご迷惑をかけていませんか?」
「はい。上司の一人には事情を説明し、理解を得ております」
「そうですか。御堂さんのご両親は、このことを?」
「知っております」
「お父さん……」
まるで全てを受け入れるかのような父の対応に不安を感じたのか、母がやや険しい顔で呟く。
父はすぐに母の心情を察したらしく、きっぱりと付け加えた。
「……突然のことで、今はまだ私達も混乱しています。ですからこの場で、私達から何かを申し上げることは出来ません」
「はい。承知しております」
御堂は更に深く頭を下げる。
「すぐに、ご理解頂けるとは思っておりません。ですが克哉さんのことは、私が責任を持って幸せにするつもりです。 そのことをお話したく、本日は参りました。それから……」
御堂はゆっくりと顔を上げ、今度は隣りにいる克哉を見つめた。
「克哉さんは、この件について隠していることを、ずっと気に病んでいました。 ですので、今日の彼の勇気だけは、認めて頂ければと思います」
「御堂さん……」
初めて見る御堂の姿に、そして自分を思いやってくれる御堂の言葉に、克哉は涙が出そうになる。
両親に申し訳ない気持ちはまだ残っていたけれど、それでも全てを打ち明けることが出来た満足感と解放感が、 克哉の中で少しずつ広がっていった。

玄関に立った二人を、両親が見送りに出てくれる。
「本日は、お邪魔致しました」
「いえ……こちらこそ、お構いもしませんで」
母はまだ複雑そうな笑みを浮かべながら、御堂の暇に答えた。
すると母の少し後ろにいた父が、御堂に声をかける。
「……また、遊びにいらしてください」
母は驚いたように、父を振り返った。
母にはまだとても、そんな気持ちにはなれないのだろう。
しかし父は、まっすぐに御堂だけを見ていた。
「色々と話し合ってみないと、まだ分かりませんから」
そんな父の言葉に御堂は嬉しそうに微笑み、改めて深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「父さん……」
そのまま、父は奥に引っ込んでしまう。
分かろうとしてくれている、それだけでも克哉には充分嬉しかった。
「……克哉」
「はい」
「私は車を取ってくるから、君はここで待っていたまえ」
「え、でも」
「いいから」
御堂が、克哉の肩を軽く叩く。
きっと母と二人で話せる時間を作ってくれたのだろう。
御堂はもう一度母に頭を下げると、克哉の家を後にした。
玄関には、克哉と母だけが残される。
「……本当に、ごめん」
気まずさから克哉が呟くと、母は憂鬱そうに溜息をついた。
「そうね……まだ、なんだかよく分からないわ」
「うん……」
「ずっと、そうだったの?」
「え? ずっと、って?」
母の質問の意図が分からず、克哉は聞き返す。
「だから……ずっと、男の人が好きだったの?」
「ち、違うよ!」
どうやら母は、克哉が昔からゲイだったのかと思ったらしい。
克哉は慌てて説明する。
「そうじゃないんだ。確かにオレも、最初は驚いたんだけど……でも、男だからとか、そういうのは関係なくて……」
「そう……」
あまりうまくは説明出来なかったが、母は一応頷いてくれた。
同性を好きになるなど、きっと母には想像もつかないことなのだろう。
けれど、いつかは分かってくれるだろうか。
誰かを好きになる気持ちは、その相手が同性であっても異性であっても、変わらないものなのだと。
「……お母さん、まだよく分からないけど……分かってあげられるかも、分からないけど……」
母は独り言のように呟いた後、克哉の顔を見上げて言った。
「でも、幸せなのね?」
「……うん」
克哉がそう答えると、母は痛みを堪えるような顔で笑った。
「それなら、いいんだけど」
母は本当は、泣きたいのかもしれない。
受け入れてもらえるまでには、まだまだ時間がかかるだろう。
けれど、諦めるつもりはない。
もちろん、御堂と別れるつもりもない。
やはり自分は欲張りなのだと、克哉は心の中で苦笑した。
「……ありがとう、母さん」
「……もう! 幸せなら、もう少し幸せそうな顔しなさい!」
「痛っ!」
いきなり盛大に背中を叩かれて、克哉は声をあげる。
あえて明るく振舞おうとしてくれる母がせつなくて、そして有難かった。
「……ここまでショック受けさせたんだから、あっさり別れたりしないでちょうだいね」
「うん」
「仕事も頑張りなさいよ。御堂さんに、ご迷惑かけないようにね」
「うん」
「それから……驚きすぎて、大事なこと言い忘れてたわ」
「なに?」
母は克哉に微笑みながら、言う。
「お誕生日、おめでとう」

御堂の車が、家の前に着いた。
「それじゃあ、また」
「うん。気をつけてね」
克哉は助手席に乗り込み、ウィンドウを少し開ける。
運転席の御堂が、母に小さく頭を下げた。
克哉が手を振ると、母もひらひらと手を振り返す。
「行ってもいいか?」
「はい。お願いします」
夕闇の近づく中、車が走り出す。
母の姿は少しずつ小さくなり、やがて見えなくなった。
「……窓、しばらく開けていてもいいですか?」
「ああ」
その理由を、御堂は聞かないでいてくれる。
少し滲んだ懐かしい風景が過ぎていくのを、克哉はただ黙って見つめていた。

- To be continued -
2009.01.29

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