GRATITUDE 06
マンションに戻ると、二人は少し遅い夕食をとった。
御堂は事前にケータリングを頼んであったらしく、克哉の好きなシーフードを中心としたメニューがテーブルの上に並んだ。
それに合わせて御堂が選んでくれたワインも、克哉を充分すぎるほどに満足させてくれた。
食事が終わる頃になって、克哉は朝から―――いや、御堂と共に実家を訪れると決めた日から、
ずっと続いていた緊張感が、ようやく解けていくような気がしていた。
「じゃあ、ここ片付けますね」
そう言って立ち上がろうとした克哉を、御堂が制止する。
「いや、今日は私がやる。君は向こうで、ゆっくりしているといい」
「えっ? どうしてですか?」
普段から台所仕事は、大抵克哉がやっている。
もちろん御堂も時々は手伝ってくれるが、克哉としては任されたほうが気が楽だったし、
ましてや御堂一人に頼んだことは一度も無かったと思う。
しかし、今日の御堂は譲らなかった。
「今日は君の誕生日だろう? 今日ぐらいは、私にやらせてくれ」
「じゃあ、一緒に……」
「いいから」
にべもなく断られても、克哉は尚食い下がる。
「でも御堂さんだって、運転で疲れているはずじゃないですか」
「あの程度、問題無い。あまり私をみくびってもらっては困るな」
御堂は少しおどけたように言って、さっさと皿を片付け始める。
なんだか落ち着かなかったけれど、せっかくの好意だ、今日だけはお言葉に甘えさせてもらうことにした。
「それじゃあ……お願いしてもいいですか?」
「ああ。すぐに終わらせる」
「ありがとうございます」
克哉は御堂をキッチンに残して、リビングのソファに移動する。
そこから少し首を伸ばすと、カウンター越しにシンクの前に立つ御堂の姿が見えた。
いつもとは逆で、なんとも新鮮な光景だ。
御堂も同じように、こうして自分の姿を見ていてくれることがあるのだろうか。
そう思うとくすぐったいような気持ちになって、克哉はひとりで微笑んだ。
それにしても今日は、本当に大変な一日だった。
まだ現実味がないけれど、とうとう両親に御堂とのことを打ち明けることが出来たのだ。
しかし全てを告げてしまえば、もっと気が軽くなるのではないかと思っていたけれど、それは少し違っていた。
両親は穏やかな対応をしてくれたけれど、本当はひどくショックを受けていることだろう。
理解を得るためには、これからが大事なのだと思う。
それに御堂の両親だって、心から許してくれているわけではないはずだ。
少なくとも御堂の父親ははっきりと反対していたのだし、母親にはまだ会ったことすらない。
それでも今日は、大きな山をひとつ乗り超えられたのだと思う。
少しずつ、少しずつ、進んでいきたい。
御堂と一緒なら、きっと大丈夫だと克哉は確信していた。
「克哉」
どうもぼんやりしていたらしく、克哉はハッと我に返る。
いつの間にか御堂が、何かを手に持って傍に立っていた。
「あ……終わったんですか? ありがとうございます」
「ああ」
御堂は克哉の隣りに腰を下ろす。
それから持っていた小さな箱を、克哉に差し出した。
「御堂さん?」
「誕生日、おめでとう。これを、君に」
「あっ……」
それは、誕生日プレゼントだった。
今日はもう御堂から充分色々してもらったというのに、これ以上はなんだか申し訳ない気さえしてしまう。
けれどせっかく用意してくれたものを断るのはもっと気がひけて、克哉はそれをおずおずと受け取った。
「……ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「もちろん」
かけてあった銀のリボンを解き、立方体に近い箱の蓋を開ける。
中に入っていたのは、腕時計だった。
「あれ? これ……」
この時計には、どこかで見覚えがある。
すると隣りで、御堂がくすりと笑った。
「気がついたか?」
「ええと……そうだ! これ、御堂さんのと同じ……」
それは確かに、御堂が普段から使っている時計とまったく同じものだった。
有名なブランドの商品で、値段もかなり高かったはずだ。
克哉はうろたえる。
「あ、あの、でも、こんな……」
「私と揃いは嫌か?」
「違います! 嬉しいです! 嬉しいんですけど、でも、オレにはちょっと高級すぎるような……」
御堂がしていれば様にもなるが、自分にはまだ不釣合いな品に思える。
けれど御堂は、あっさりと言い放った。
「そう思うのなら、早くこれに相応しい男になればいいことだ。君なら、出来るだろう?」
「御堂さん……」
御堂から寄せられる信頼と期待は、いつでも克哉を強くしてくれる。
だから克哉は、御堂をまっすぐに見つめて答えた。
「はい、分かりました。頑張ります」
その答えに、御堂は満足そうに微笑む。
これから始まる新しい年を、御堂と同じ時計で、御堂と共に刻んでいく。
そう考えるだけで、克哉の胸にはたまらない幸福感と昂揚が広がっていった。
いつまでも、御堂と生きていきたい。
今日、両親の前で告げた想いを、絶対に忘れたくないと思った。
「……あの!」
克哉は突然立ち上がると、御堂にぺこりと頭を下げる。
「今日は、本当にありがとうございました。本当に……本当に、ありがとうございました」
御堂が両親の前で言ってくれた数々の言葉を思い出して、涙が出そうになる。
本当に、嬉しかった。
恥じていないと言ってくれたことも、幸せにすると言ってくれたことも、自分の勇気を認めてほしいと言ってくれたことも。
もしも一人だったら、きっと伝えたいことの半分も伝えられなかっただろう。
胸が一杯になって、顔を上げられなくなってしまった克哉の手を、御堂がそっと取った。
「礼を言うのは、私の方だ」
「え……」
おずおずと顔を上げると、御堂が優しい眼差しを送ってくる。
「本当のことを話すのは、さぞかし辛かっただろう。だが……打ち明けてくれて、嬉しかった。君の勇気に、感謝している」
「御堂、さん……」
もう、駄目だ。
克哉の顔が、くしゃりと歪む。
克哉はそのまま崩れるようにして御堂の腕の中に飛び込むと、その胸に顔を押しつけた。
暖かい手のひらが、克哉の髪を、背中をゆっくりと撫でる。
「……これからは、まめに連絡を入れたほうがいい。心配なさっているだろうからな」
克哉は返事が出来ず、ただ頷く。
抑えこんでいた様々な感情が、溢れて止まらない。
辛かっただけじゃない。
全てが解決したと思っているわけでもない。
それでも二人、何かを乗り超えて、何かが新しく生まれた、そんな気がする。
「それから、また私を連れて行ってくれるか? ああ、今度はうちにお招きしてもいいかもしれないな」
克哉はまた頷く。
何度も。
やがて御堂は克哉の頬に手のひらを添えて、上を向かせた。
視界が滲んで、御堂の顔がよく見えない。
濡れた睫毛を、指先がそっと拭ってくれる。
「克哉……誕生日、おめでとう」
今にも零れそうになっていた涙は、克哉が目を閉じた途端、頬を伝った。
御堂の唇が唇に触れて、その柔らかさと熱に眩暈がする。
今までにしたどんなキスよりも暖かく、優しい。
この人が、好きだ。
たとえ何があっても、この気持ちだけはきっと変わらない。
ずっと、ずっと一緒にいたい。
このまま、ひとつに溶けてしまいたいとさえ思う。
指先も、唇も、合わさった胸も、全てが二度と離れられなくなってしまえばいい。
夢中で舌を絡め合ううちに、克哉の中で甘い欲望が目を醒ましだす。
せつなく疼きはじめる熱に、克哉はたまらず懇願した。
「御堂さん……して、ください」
「……だが、まだシャワーも浴びていないが?」
「じゃあ……一緒に、行きますから……」
恥ずかしそうに言う克哉に、御堂は思わず笑いを漏らす。
「今日は、随分と積極的だな」
「すみません、でも……」
これから先にどんなことが待ち受けているか、不安がまったく無いわけではない。
それでも今、この幸福だけを感じていられるまま、御堂に抱いてもらいたかった。
「分かった。行こう」
克哉は御堂に手を取られ、バスルームへと向かった。
熱い水流に濡れた身体を、御堂がきつく抱き締める。
克哉は御堂の背中を掻き抱いて、その唇を貪った。
「ん……孝典、さん……」
「克哉……」
くちづけの合い間に囁かれる声にさえ、欲情を煽られる。
既に硬くそそりたった屹立が触れあって、互いの腰が自然と揺れた。
指先に胸の尖りを押し潰され、こねられるたびに、克哉の唇から甘い吐息が漏れる。
快感にふらつく身体をバスルームの冷たい壁に押し付けられると、克哉はぶるりと身を震わせた。
「孝典、さんっ……」
御堂の唇が、首筋から鎖骨、胸の間を滑り落ちていく。
やがて御堂は床に片膝をつくと、克哉の屹立に手を添え、唇を寄せた。
「あっ……! ダメ……っ」
舌が先端をちろちろと弄ぶ。
昂ぶりすぎている身体は、それだけで痙攣を起こしたように跳ねてしまう。
やがて唇が被さり、克哉のそれは生暖かい粘膜に覆われていく。
ねっとりと絡みつく舌になぞられて、克哉は息を荒らげた。
「あッ……はぁっ……あぁ…っ………」
バスルームに響くシャワーの音に紛れて、堪えられない喘ぎ声が溶けていく。
あの日ここで、御堂に想いを告げた。
その時には、まさかこんな日を迎えられるなんて思いもしなかった。
辛くて、苦しくて、どうしようもなくなって吐き出した、御堂への想い。
どうして御堂を好きになってしまったのか、自分でも分からなくて、自分の気持ちに怯えていた。
あの日の痛みが、今では嘘のようだ。
「ダメっ……孝典さん……出ちゃう……」
「……出せばいい」
「だ、って……!」
御堂はますます動きを速め、克哉を追い上げていく。
克哉は御堂の濡れた髪を掻き回しながら、あっさりと御堂の口内に射精してしまった。
「ああッ―――……!」
びくびくと跳ねる腰を、御堂が抱え込む。
御堂は克哉の欲望をためらいなく嚥下して、にやりと笑った。
「……今日は君の誕生日だからな。君の望み通りにしてやろう」
「孝典さん……」
「さて、次はどうしてほしい? 言ってみろ」
「あ、あの……」
それは要するに、自分で言わなければ何もしてもらえないということだろうか?
誕生日だからと言いつつ、意地悪をされているような気がするのは勘違いだろうか?
「それとも、もう満足したのか?」
「いえっ……!」
克哉は恥ずかしいのを堪えて、腰に添えられていた御堂の手を自分の後ろに導く。
「こ……ここ、に……」
「ここ、か?」
「ん、あッ!」
指先がぐいと尻房を割って、その狭間に入り込んだ。
さっきからひくついていた場所に僅かに触れられただけで、克哉はびくびくと身体を震わせる。
「ここに触ってほしかったのか?」
「触る……だけ、じゃなくて……」
「触る以外に、何を?」
話している間も、御堂の指先は克哉の後孔をゆっくりと出入りする。
内壁を探るように蠢く指の感触ともどかしさに、克哉は御堂の胸にすがりつきながら、せつなく腰を揺らした。
再び硬さを持ち始めてきた中心を、御堂自身に擦りつける。
御堂の熱く猛った屹立を感じて、それが欲しくて欲しくてたまらなくなる。
早く、繋がりたい。
御堂のものになりたい。
克哉は御堂の唇に触れるか触れないかの距離で、息も絶え絶えに囁いた。
「孝典、さん……お願い……。あなたを……ください……」
熱に浮かされたような心地がするのは、バスルームの湿気と温度の所為だけではない。
理性も、思考も、羞恥も、何もかもが飛んでいく。
克哉は御堂のものを愛しげに握り締めると、その手を緩く動かした。
「あなたの、これで……オレの中を……メチャクチャに、掻き回してください……」
「克哉……」
手の中で、御堂の屹立がどくんと脈打つのが分かった。
燃えるような眼差しが克哉を捉え、唇がぶつかる。
きつく舌を吸われながら、御堂は克哉の左足を抱え上げた。
「君の、望むように、してやろう……」
「孝典さ……あぁッ……!」
御堂が腰を突き出すと、熱い塊が克哉の中を貫く。
求めていた快感が全身を走り抜けて、一瞬目の前が白くなった。
御堂は克哉の望み通り、激しく克哉の身体を突き上げる。
克哉は今にも崩れ落ちそうになるのを、御堂にしがみついて必死で堪えた。
「あっ、孝典、さん…っ……いいッ……気持ち、いい……!」
繋がっている場所はもちろんのこと、御堂に触れていないところまで、髪の先までが快感を叫んでいる。
身体だけではない、心も同様だ。
御堂に抱かれていることが、求められていることが、愛されていることが、全ての悦びとなっているのが分かる。
だから克哉も、全身で伝えようとした。
御堂を愛している。
死ぬまで、御堂だけを愛し続けたい。
克哉は御堂の背中に爪を立て、その律動に身を委ねた。
「孝典さん……孝典さん…ッ……!」
「克哉ッ……」
もっと深く繋がりたくて、克哉は自らも腰を突き出す。
自分の中を満たす御堂の欲望を、決して離すまいと後孔がきつく締まる。
御堂の弾む吐息が頬にかかり、それだけで嬉しくなった。
もう顔を濡らすものが、涙なのか、汗なのか、シャワーの雫なのかも分からない。
ただせり上がってくる解放の予兆だけが、次第に克哉を支配していった。
「も……もう、イキそ……孝典、さん……」
「イけばいい。私、も……」
「う、ぁっ……」
御堂の動きが激しさを増して、克哉は顔を歪める。
しがみつく腕に力が入り、互いの身体に挟まれた屹立からは止め処なく蜜が溢れていた。
これ以上、我慢出来ない。
呼吸が、更に短く、速くなっていく。
「もう、イく……う……あぁぁッ……!!」
全身が強張り、焼け付くような快感が中心を突き抜けた。
同時に、御堂の身体もまた大きく震える。
「ああっ……孝典、さん……いい…ッ……」
腰が跳ねるたびに、白濁した欲望が噴き上がる。
二人は唇を重ね、快感に痙攣を続ける互いの身体を、いつまでもきつく抱き締め合っていた。
ベッドに入り、克哉は御堂にもらった時計を見つめる。
「御堂さんも、一緒に見ていてくれますか?」
「ああ」
御堂に肩を抱かれながら、克哉は秒針がそこに辿り着くのを、息を潜めて見守った。
もうすぐ、年が明ける。
新しい年が始まる。
「5…4…3…2…1……」
時計の針が、0時ちょうどを指した。
克哉は御堂に微笑み、御堂もまた克哉に微笑む。
「……あけましておめでとうございます。御堂さん」
「あけましておめでとう。克哉」
チュ、と音を立てて軽くくちづけをして、克哉はそのまま御堂にもたれかかった。
「今年も、いい年になるといいですね」
「そうだな。今年もよろしく頼む」
「はい、こちらこそ。……そうだ、起きたら初詣に行きませんか? オレ、おみくじ引いたりしたいです」
克哉がそう言うと、御堂は何故か眉を顰めた。
「初詣に行くのは構わないが……おみくじはやめておいたほうがいいんじゃないか?」
「……御堂さんって、くじ運悪いんですか?」
「そうじゃない。君がだ」
「え? オレ?」
きょとんとした克哉に、御堂はにやりと笑う。
「君は、くじ運が悪そうな顔をしているからな」
「ひ、ひどっ……!」
それから御堂は、声をあげて笑った。
確かに、くじ運はあまり良くないかもしれない。
懸賞や商店街の福引でも当たったためしがないし、そのかわり面倒な当番などを決めるくじには当たってしまうのだ。
そういえば、ジャンケンも弱かった。
「……でも、今年は大丈夫な気がするんです」
「ほう? 何を根拠に?」
克哉は御堂の顔を覗き込み、わざと悪戯っぽく言った。
「もちろん、御堂さんが一緒だからです」
「……」
その言葉に御堂は一瞬驚いたような顔をして、それから不意に克哉を抱き締めた。
「まったく、君は……」
どうやら、一矢報いることが出来たらしい。
御堂の反応が可愛くて、愛しくて、克哉も御堂を抱き締めかえした。
「御堂さん……大好きです」
「……私もだ」
御堂に出会えて良かった。
生まれてきて、本当に良かった。
育ててくれた両親に、支えてくれた友人に、そして愛してくれる御堂に、今とても感謝している。
だから克哉は、心の中で何度も呟いた。
みんな、ありがとう―――と。
- end -
2009.02.03
←前話
←Back