Classical

GRATITUDE 04

結局、食事中は当たり障りの無い会話に終始した。
ともすれば上の空になりがちな克哉をフォローするかのように、両親との会話は主に御堂が引き受けてくれた。
おかげで、その場はとても和やかな空気を保つことが出来た。
恐らく両親の中で、御堂の印象はかなり良いものになっただろう。
それは、素直に嬉しかった。
けれど本当のことを知ったら、どうなるかは分からない。
自分が咎められるのは耐えられても、御堂を悪く思われるのだけは嫌だった。
食事が終わり、母がお茶を出す。
そのとき、父が突然思い出したかのように克哉に言った。
「そういえば、麻奈美ちゃんが結婚するんだってよ」
「マナミちゃん……?」
そう言われても、克哉には誰の話なのかピンと来ない。
ぼんやりとした反応しか出来ずにいると、母が付け加えた。
「ほら、横浜の」
「横浜……ああ」
それで、ようやく思い出した。
横浜に住んでいる、克哉よりひとつ年上の従姉妹のことだ。
もう何年も会っていないから、すっかり忘れていた。
「六月に結婚式するんだって。克哉のことも呼ぶって言ってたよ」
母がお茶を啜りながら言う。
「え、オレも? でも、もうずっと会ってないし……」
「そうね。でも、昔はすごく仲良かったじゃない」
「そうだっけ……?」
確かに一緒に遊んだ記憶は朧げにあるが、そこまで言われるほどだっただろうか。
隣りからなんとなく御堂の視線を感じて、克哉は落ち着かない気分になった。
「そうよ。幼稚園ぐらいの頃は、絶対に麻奈美ちゃんと結婚するんだって、いつも言ってたじゃない」
「ああ、言ってた、言ってた。麻奈美ちゃん、可愛かったからなぁ」
「そっ、そんな昔のこと……!」
父にまで同意されて、克哉はうろたえる。
ちらりと横に視線を送ると、やはり御堂がにやにやしながらこちらを見ていた。
「ほう……そうだったのか。君にそんな相手がいたとはな」
「だ、だから、昔の話ですから」
「麻奈美ちゃん、今でもすごく美人だぞ」
「ほんと。残念だったわねえ、克哉」
「なんで!」
畳みかけるようにからかわれて、益々いたたまれなくなる。
しかも身内の結婚に関する話など、今だけは聞きたくなかった。
こうして時間が経つにつれ、打ち明けづらくなっていくのだ。
そんな克哉の心境を知ってか知らずか、御堂は両親に話しかけた。
「佐伯君も小さい頃は、さぞかし可愛かったんじゃありませんか?」
「どうでしょう……。アルバム、見ます?」
「はい、是非」
「御堂さん! 母さんも、余計なこと言わないでくれよ」
不穏な展開に、克哉は慌てて二人を諌める。
けれど御堂は、そんなことはまったく与り知らぬと言わんばかりだった。
「そうだ。私は、佐伯君の使っていた部屋というのも見てみたいんだが」
「……御堂さん」
「それならちょうど、アルバムも克哉の部屋にありますから。克哉、見てきたらどう?」
「う……」
昔の写真を御堂に見られるのはたまらなく嫌だけど、一旦この場を離れられるのは助かる。
克哉はしばらく考えて、結局はその提案に従うことにした。
「じゃあ……上に行きましょうか」
「ああ」
「ちょっと行ってくる」
両親に声をかけ、克哉は御堂と席を立つ。
暖かい和室から冷えた廊下に出ると、克哉は深い溜息をついた。

階段を上がって右側の奥にあるのが、かつて克哉が使っていた部屋だった。
「どうぞ」
ドアを開けると、懐かしい光景が目に飛び込んでくる。
机も、本棚も、ベッドも、あの頃のままだ。
「ここが君の部屋か……」
御堂も感慨深げに呟く。
あまりいい思い出はないけれど、それでもやはり何処となくほっとした。
この部屋で独りになるときが、一番安心出来たことを思い出す。
愛想笑いも、話を合わせることもしなくて済む、この部屋にいるときが。
「アルバムは、これか?」
本棚の片隅に並べられていたそれを、御堂が手に取る。
「あ、はい。……本当に、見るんですか?」
「いけないか?」
「いえ、構いませんけど……」
本当は少し……いや、かなり気が進まなかったが、駄目とも言えなかった。
御堂はアルバムを二冊持ってくると、ベッドの端に腰を下ろす。
克哉もその隣りに、並んで座った。
最初に開いたアルバムには、幼稚園から小学校にかけての写真が収められていた。
一目見ただけで、御堂が顔を綻ばせる。
「可愛いじゃないか」
「……恥ずかしいです」
家族で行った遊園地、友達と遊んでいるところ、卒園式や入学式のかしこまった姿。
はっきりとした記憶はもう残っていないけれど、そこに写っているのは確かに幼い頃の自分だった。
写真の中で、まだ何も知らない自分が笑っている。
人は無意識に誰かを傷つけていることがあるということも、 信じていても裏切られることがあるということも、まだ何も知らなかった頃。
その眩しさに、克哉はつい目を逸らす。
やがて御堂は一冊目を終えて、二冊目を開いた。
「これは……」
克哉も一緒に覗き込んだものの、更に気が滅入ることになっただけだった。
極端に少なくなった写真は、克哉が中学から高校の頃に撮られたものだった。
その表情が、まるで変わっている。
どの写真も伏し目がちだったり、曖昧な笑みを浮かべているばかりで、小学生までの溌剌とした笑顔はどこにも無い。
「……小さい頃とは、随分と印象が違うな。まあ、このぐらいの年齢のときは、写真を撮られることを嫌う者も多いからな」
御堂がページを捲りながら呟く。
それは多分、少し違っていた。
確かに写真を撮られるのは嫌いだったが、この表情はよくある年頃のそれが理由ではなかったと思う。
学校に行っても、友達と遊んでも、心から笑えたことなどなかったような気がする。
何をするにも自信が無くて、ただ周りに迷惑をかけないように、目立たないようにと、そればかりを考えていた。
自分のことが大嫌いで、だからそんな自分を写真という形で長く残されるのが嫌だったのだ。
けれど今、克哉は嬉しかった。
御堂は、写真の中にいる自分の変化に気づいてくれた。
だから克哉は何も言わず、食い入るようにアルバムを見つめている御堂の横顔に微笑んだ。
「……克哉」
「はい?」
不意に御堂は顔を上げると、克哉をじっと見ながら言った。
「前にも話したと思うが……無理に打ち明けることはない。 今日こうしてご両親にお会い出来ただけでも、一歩前進したのだから、私は満足だ」
「御堂さん……」
やはり御堂は、分かっていたのだ。
自分が次第に追い詰められた気持ちになっていることを察して、あの場を一旦離れ、二人きりになれるようにしてくれたのだ。
御堂の優しさが胸に痛くて、克哉は力無く項垂れた。
「御堂さん、ごめんなさい……」
「謝るな」
御堂に肩を抱かれる。
こんなにも御堂は自分を想ってくれているのに、きちんと話せない自分が酷く情けなかった。
責めることも、呆れることもせず、御堂はただ待ってくれているというのに。
(それなのに、オレは……)
自分で自分が嫌になる。
こんなことでは、駄目だ。
もしも今日このまま話せずに帰ってしまえば、きっと自分で自分を許せなくなる。
克哉は御堂の腕の中で、再び決心を固めようとしていた。
「簡単に話せなくても、当然だ。それだけの内容なのだからな。 しかもあんな話をされた後では、余計に言い辛いだろう。だから……」
「いえ……やっぱりオレ、話します」
「克哉」
そうだ。
話さなければ、何の為にここまで来たのか分からない。
御堂との関係を確かなものにする為にも、自分の中でけじめをつける為にも、やはり話さなければならないと思った。
克哉は顔を上げ、御堂を真っ直ぐに見つめる。
「話します。今度こそ、ちゃんと話しますから」
「……私が話しても構わないが」
「ありがとうございます。でも、やっぱり自分で話します。そうしなきゃ、ダメだと思うんです。……進めないと思うんです」
「……そうか」
克哉の意志を確かめるように、御堂が瞳を覗き込んでくる。
そして、そのまま唇が重なった。
大丈夫。
御堂がこうして、傍にいてくれる。
だから、きっと大丈夫。
御堂の想いを唇で感じながら、克哉は心の中で自分に言い聞かせた。
「……じゃあ、下に戻りましょうか」
胸が熱い。
改めて覚悟を決めた克哉の言葉に、御堂はただ微笑んで頷いた。

- To be continued -
2009.01.24

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