GRATITUDE 03
家の中はリフォームついでに模様替えもしたらしく、様変わりしていた。
廊下やキッチン、リビングも綺麗になっていて、まるで余所の家に来てしまったような気がする。
通された和室では、克哉の父が二人を待っていた。
予想外の来客の姿に戸惑っているのか、どこか落ち着かない様子だ。
一方、御堂は変わらず悠々とした態度で頭を下げる。
「初めまして、御堂と申します」
すかさず母が、父に小声で教えた。
「……克哉の会社の、部長さんですって」
「えっ。あっ、これは、どうも……いつも克哉がお世話になっております。克哉の父です」
「いえ、こちらこそ。今日は、お邪魔致します」
「さ、どうぞ、座ってください」
克哉は御堂からコートを受け取ると、自分の分と共に母親に手渡す。
御堂は畳に膝を着き、持ってきた手土産を差し出した。
「お口に合うかは分かりませんが、宜しければ皆様で召し上がってください」
「ああ、これはどうもすみません。ありがとうございます」
中身は有名な老舗和菓子店の羊羹だから、和菓子好きの母はきっと喜ぶに違いない。
お決まりの挨拶を交わす父と御堂は、少々ぎこちなくも見えた。
父も母も普段よりめかしこんでいるし、御堂も自分と二人きりでいるときとは全く雰囲気が違っている。
両親と御堂、そして自分がこうして同じ部屋にいることが酷く照れ臭くて、そしてやはり嬉しかった。
「克哉、お昼まだだよね?」
「あ、うん」
母に言われて時計を見ると、時刻はもう正午を過ぎていた。
緊張のせいか、空腹を感じていなかったらしい。
「お寿司、取ってあるんですけど……御堂さん、お寿司は大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、今用意しますね」
母は慌ただしく部屋を出ていく。
二人は改めて座布団に腰を下ろすと、なんとなく微笑みあった。
準備が終わり、一同が席に着く。
「それじゃあ、頂きましょうか」
今日はアルコールは飲めないので、乾杯は無い。
それぞれが「いただきます」を口にして、いざ食事を始めようとしたとき、母が御堂を不安げに見つめて言った。
「あの……それで、今日はどういった件で……」
おずおずと放たれた問い掛けに、御堂と克哉は一瞬きょとんとする。
「わざわざ部長さんがいらっしゃるなんて……克哉が、何かしたんでしょうか?」
続いた言葉に、思わず御堂と顔を見合わせてしまった。
どうやら母は、仕事の話をするために御堂が来たのだと思っているらしい。
しかも、あまり良くない話で。
そんな風に思われても仕方が無いのかもしれないが、やはり少し情けない気持ちになる。
しかし克哉が自分で説明をしようとする前に、御堂が先に口を開いた。
「いえ。今日は、佐伯君の上司としてお伺いしたわけではありませんので」
「そうなんですか?」
「はい。……そうだろう? 佐伯君」
御堂と母、そして父の視線までもが集まって、克哉はドキリとする。
もしや、早くも打ち明けるきっかけを与えられてしまったのだろうか。
克哉は無意識に、膝の上で拳をきつく握り締めていた。
「う、うん、そうなんだ。その、御堂さんは……」
オレの恋人なんだ―――。
そう、言いたかった。
言わなければいけないと思った。
けれどその言葉は、喉の奥にぴたりと貼りついてしまったかのように、どうしても出てこない。
口の中がからからに乾いて、頭の中が真っ白になる。
「……御堂さんとは……プライベートでも、親しくさせてもらってて……」
気がつけば、逃げていた。
曖昧で、無難な説明。
御堂はそれをどんな気持ちで聞いただろう。
情けなさに俯いてしまった克哉とは反対に、母はほっとしたのか、さきほどまでの笑顔を取り戻している。
「そうだったんですか。私、てっきり克哉が何かご迷惑をお掛けしたんじゃないかと思って」
「とんでもないです。佐伯君は、非常に優秀な社員です。
彼をキクチからMGNに異動させるよう、働きかけたのは私ですから」
「本当ですか」
母の顔が、更に明るくなった。
「はい。彼のおかげで、とても助かっています」
「御堂さん……もう、いいですから」
いたたまれなくなって、克哉は御堂を止める。
御堂にこれほどあからさまに誉められたことなど無いから、恥ずかしくて仕方が無い。
そして、それ以上に罪悪感で一杯だった。
せっかく御堂が与えてくれたチャンスを、無駄にしてしまった。
けれど父も母も、息子を誉められて嬉しかったのか、それとも安心したのか、にこにこと笑っている。
その笑顔を見ていると、余計に言い辛くなる。
「でも実を言うと、克哉があのMGNに異動するって聞いたときは、本当に大丈夫かしら?って心配してたのよ。ねぇ、お父さん?」
「いや、俺はそれほど心配してなかったけど……」
「あ! 嘘ばっかり。克哉が引越しするときだって、手伝いに行かなくていいのかって、ずっと言ってたじゃないの」
「そうだったか?」
「やあね、とぼけちゃって。すみません、本当に」
「いえ」
両親のやり取りに、御堂が微笑んで答える。
その隣りで克哉だけが、心から笑えずにいた。
「けど……良かったわね、克哉」
「え……?」
不意に母の声が、それまでのものとは変わる。
顔を上げると、母は心から安堵したように言った。
「いい部長さんの下で働けて、幸せじゃない。頑張りなさいよ」
「え、あ……うん」
母は知らない。
自分と御堂が、本当はどんな関係にあるのか。
どんなきっかけがあり、どんな経緯を辿って、今こうしてここにいるのか。
そして今日、何の為に二人で実家を訪れたのか。
克哉は両親の顔も、そして御堂の顔さえもまともに見ることが出来ず、再び俯いた。
- To be continued -
2009.01.21
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