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週末、二人は御堂の車で朝早くに自宅マンションを出発した。
天気は快晴、道もそれほど混んでいなかったのは良かったのだが、そのために予想していた時刻よりも随分と早く目的地に着いてしまった。
時間を潰したほうがいいかと電話を入れれば、そのまま来ても構わないと言われて真っ直ぐ向かうことにする。
やがて見えてきたのはよく知った、けれど久し振りに訪れる場所。
克哉はチャイムを鳴らすと、玄関が開くのを少しだけ緊張しながら待った。
「お帰りなさい」
そう笑顔で言いながら二人を出迎えてくれたのは、克哉の母だった。
「ただいま、母さん」
「お帰り、克哉。御堂さんも、お久し振りです」
「ご無沙汰しております」
玄関先で一通りのやり取りを交わすと、ようやく緊張が解ける。
御堂が克哉の実家を訪れるのは、これが二度目だ。
一度目の訪問は、克哉が二人の関係を両親に打ち明けると決心したときだった。
あの日に抱いた恐怖にも近い緊張と不安は今でも忘れられない。
あれ以来、まだ両親には二人の関係をはっきりと受け入れてもらえたわけではなかったけれど、それでもこうして笑顔で迎えてもらえることを二人は充分幸福に思っていた。
「突然だったからびっくりしたわよ」
リビングのソファに腰を落ち着けた二人に、克哉の母はコーヒーを出しながら言った。
確かに盆暮れ正月でもないのに、息子からいきなり週末帰ると連絡があれば戸惑いもするだろう。
「急なことで申し訳ありません」
しかし御堂に頭を下げられて、彼女は慌てたように顔の前で手を振る。
「あっ、ああ、いえいえ! いいんですけどね。お父さんが会えなくて残念がっていたから」
「父さん、どうしたの?」
「ゴルフだって。断ればいいじゃないって言ったんだけど、無理だったみたい。
俺が帰るまで引き止めておいてくれなんて言うから、二人ともお父さんみたいに暇じゃないのよって言っといたから」
その軽口に克哉と母親は笑っていたけれど、御堂だけは一緒になって笑っていいものかどうか判断がつきかねたらしく、曖昧に微笑んだだけだった。
なんにせよ意図的に避けられたわけではないと分かってほっとする。
しかし克哉としては両親ともに揃っていると雰囲気が大袈裟になるような気もしたから、この状況はかえってありがたかった。
そうしてしばらく雑談を交えながら互いの近況報告などをしていたとき、母親がふと思い出したように棚から何かを取ってテーブルに置いた。
「そうそう。はい、これ」
それは一冊のアルバムだった。
オフホワイトの表紙に花をアレンジした模様が描かれている。
デジタルが主流となった最近ではあまり見かけることもなくなったタイプのものだ。
それを前にして克哉は再び何処か緊張した表情になる。
実家に帰ると連絡をしたときに、小学校時代のアルバムが見たいから用意しておいてほしいと頼んだのは克哉自身だった。
今の自分にまず必要なのは、過去の自分と向き合うこと―――。
そう考えたきっかけは、御堂の言葉だった。
『もしも本当に君が言うように、小学校の卒業式の日をきっかけに君がまったくの別人として生まれ変わったのだとしたら……。
突然の君の変化を、ご両親が不審に思わなかったはずはないだろう。そのときのことを、直接尋ねてみてはどうだろうか?』
そして今日、克哉は御堂と共にここを訪れた。
自分はいったい何者なのか。
どこから来たのか、どこへ向かえばいいのか。
それを確かめる為に。
しかし、いざ過去の自分と対峙するとなると不安ばかりが押し寄せてきてしまう。
本当に大丈夫だろうか。
オレはきちんと事実を受け止められるだろうか。
克哉が縋るように御堂へ視線を向けると、御堂は優しく目を細めてくれる。
その微笑みに背中を押されて、克哉の指先はようやくアルバムのページを捲りはじめた。
「……」
最初のページに貼ってあったのは、幼稚園の入園式の写真だった。
父が撮ったのだろう、門の前で母と克哉が並んで写っている。
次は遠足、皆で弁当を食べているところだ。
運動会のかけっこは、どうやら一位だったらしい。
学芸会の劇では、シンデレラの王子様役。
そんな少し色褪せた何枚もの写真を、三人で額を寄せるようにして眺めた。
「もっと小さいときの写真のほうがたくさんあるけど、そっちはいいの?」
「い、いいよ! それは、また、今度で」
今日の目的は幼い頃を懐かしむことではない。
それにもっと小さいときということは赤ん坊の頃になってしまうわけで、それを御堂に見られるのはあまりにも恥ずかしすぎた。
母親の余計な提案を必死で拒否する克哉の隣りで、御堂はクスクスと笑っている。
それを少しだけ恨めし気に睨みつけてから、克哉は再びページを捲っていった。
半分を過ぎたあたりになると、いよいよ小学生時代に突入する。
やはり遠足や運動会といった学校行事の写真が多かったけれど、他にも夏休みの旅行先や自宅で撮ったものもあった。
そこに残されているのは少しずつ成長していく自分と、少しずつ年を重ねていく両親の姿。
外見の違いはあれどアルバムの中にいる克哉はどれも明るく笑っている、何処にでもいる普通の少年だった。
「……」
克哉は長い間、こうして昔の写真を見ることを避けていた。
見ても当時を思い出せないことが、たまらなく怖かったからだ。
中学以前の記憶はひどく朧げだったから、アルバムを見ることは知らない人の思い出を勝手に覗くような罪悪感があった。
けれど改めてじっくり見てみれば、そういえばそんなこともあったなと思える程度の記憶は残されているようだった。
いつの間にそうなったのか、いつからそうなったのか。
それとも本当はずっとそうだったのかは分からないけれど、それでも佐伯克哉の過去を自分自身の記憶として受け入れられると分かっただけでも、今日ここに来た甲斐はあったなと克哉は感じていた。
「……っ」
そして、克哉の手が止まる。
時系列順に貼られていた写真が、六年生の頃に辿り着いたからだ。
他よりも少し大きいサイズのそれは、修学旅行先で撮ったクラスの集合写真だ。
その下には、顔を寄せ合い、ピースサインをしている男の子が二人。
一人は克哉、そしてもう一人は―――澤村だった。
「……克哉」
御堂も気がついたのだろう、心配そうに克哉の名を呼ぶ。
だから克哉は顔を上げて、大丈夫だと言うように笑ってみせた。
それから改めて、その写真を見つめる。
(この頃から、もう澤村はオレのことを憎んでいたのかな……)
どこからどう見ても仲の良い友人同士だけれど、心の中までは写っていない。
この笑顔も、あの優しい言葉も、全ては嘘だったのだ。
ずっと傍にいながら、本当は克哉を嫌い、憎んでいた澤村。
克哉は先日会ったときの彼の顔を思い浮かべてみる。
眼鏡を掛けて、少しシニカルに笑う彼は少年時代の面影をしっかりと残していた。
どうして彼はあんなことをしたのだろう。
お前には絶対に分からない、と吐き捨てた声。
克哉を孤立させ、傷つけ、真実を突きつけて走り去った後姿を思い出す。
どうして彼は、あんなに苦しそうだったのだろう?
望み通り、克哉を打ちのめすことが出来たのに?
「……それで、何か聞きたいことがあるって言ってなかった?」
「!」
母親から不意に尋ねられて、写真に見入っていた克哉がはっと我に返る。
「う、うん……そうだね……」
誤魔化すようにページを捲れば、そこにはまさに卒業式の日の朝、撮影したらしい写真があった。
生意気にもスーツを着て、ネクタイを締めて、どこか固い表情で立っている。
これが、本物の佐伯克哉として写っている最後の写真。
この日の夜には、もう彼はいなくなってしまったのだ。
帰宅したのは、偽者の佐伯克哉。
突然、別人のようになってしまった息子を母はどう思ったのだろうか。
学校でイジメにあっていることについて、当時の克哉は両親に一切相談していなかったはずだ。
なんと尋ねればいいのだろう。
知りたい。
けれど、知るのが怖い。
克哉が口ごもっていると、その躊躇いを察したのか、御堂が先に話を切り出してくれた。
「……小学生の頃、克哉君はどんな子供でしたか?」
御堂はあくまでさりげなく尋ねていたが、克哉の心臓は急速に高鳴っていく。
しかし母親は少しのあいだ考えて、それから酷くあっさりと答えた。
「そうですねぇ……今とそんなに変わらないと思いますよ」
「っ……!」
そんな馬鹿な。
克哉は驚いて目を見張ったが、御堂は少しも意外そうにすることなく、穏やかに微笑んでいた。
「そうですか。彼の話では、小学生の頃とその後の自分とでは全く性格が違ってしまったそうですけど」
「そうなんですか?」
母親は首を傾げる。
そしてアルバムの写真を見つめながら、独り言のように言った。
「うーん、でも小学生のときからずっと勉強も運動もそこそこ出来たから特に困るようなことはなかったですし……。
ただ変に完璧主義だから、頑張りすぎちゃうところはありましたけど」
「う、嘘だ……!」
違う。
そんなはずがない。
母親の話に納得出来ない克哉が堪らず割って入る。
「確かに小学生の頃のオレは勉強も運動も出来たみたいだけど、たいした努力はしてなかったはずだよ……」
澤村にもそう言われた。
自分がどれだけ頑張っても出来ないことを、いとも簡単にやってのけるお前が嫌いだったと。
しかし母はあろうことかケラケラと笑いながら言い放つ。
「そんなわけないじゃない」
「え……」
「負けず嫌いだからなんでも頑張るんだけど、頑張ったことを知られたくないのよ。だから、頑張ってないように見せるの。
努力しないのになんでも出来る子なんているはずないでしょ」
予想外なことを言われて、克哉は唖然とした。
「で、でも……」
「まあ、それだけしっかりしてると言えば聞こえはいいんだけど、大事なことに限って一人で決めちゃうし、一度決めたら頑固で融通が利かないしで、そういうところは困ったかなぁ。……今は違います?」
今度は逆に問い掛けられて、御堂は我が意を得たりとばかりに笑いながら頷いた。
「ああ、その通りですね。やはり、あまり変わっていないようだ」
「そんな……」
違う。
絶対に違う。
どうしても母の言葉を受け入れられない克哉は、困惑しながら呟く。
「でも中学に入ってから、オレは変わったはずなんだ……。要領も悪くなったし、失敗ばかりして、何も出来ない、冴えないダメな人間になって……」
そうだ、全然違う。
だってあのとき、本物の佐伯克哉は眠りについてしまったのだから。
それ以降の佐伯克哉は偽者だ。
同じであるはずがない。
今更ながら両親までも騙していたのだということに気づいて、罪悪感に苛まれた克哉は俯く。
けれどまたしても母はそれを否定するのだった。
「……そんなことなかったと思うけど」
克哉はゆっくりと顔を上げる。
「確かに中学生ぐらいからおとなしくなったなぁとは思ったけど、あれぐらいの年頃は思春期とか反抗期とかで変わるのは当たり前だからねぇ。
それに中学以降も成績だって悪くなかったし、スポーツだって……ほら、バレーボール! 上手かったじゃない」
「それは……」
「学校の先生にもよく言われたわよ。『佐伯君はもっと出来るはずなのに、ハングリー精神に欠けるのがもったいない』って。でも、そういう気持ちの優しいところが長所でもあるからってね。
そのあとも受験とか就職とかちゃんと一人で決めて、こつこつ頑張って……。それで今はMGNさんなんて大きな会社でお仕事させてもらってるんだから、たいしたものじゃないの」
「でも……」
駄目だ。
どんどん混乱してくる。
そういえば以前にも、似たようなことがあった気がした。
自分は仕事の出来ない、駄目な人間なんだと言ったら、そんなはずがないと怒ってくれた人が―――。
「……孝典さん」
一連の母の話をどう受け止めていいものか分からなくなって克哉が見つめると、御堂が微笑みながら頷く。
それはまるで初めからこうなることが分かっていたかのような笑みだった。
「それに、ね」
おもむろに母が御堂の顔をチラリと見ながら言い足す。
「あなたが冴えないダメ人間なら、御堂さんは随分と見る目のない方だということになってしまうけど……」
「ぐっ……!」
その一言に克哉は絶句し、隣りの御堂は思い切り噴き出した。
「オ、オレはそういうことが言いたいわけじゃなくて……! ……孝典さんも、笑いすぎです!」
とうとう堪え切れず声を上げて笑いだした御堂を、克哉が半ば呆れながら責める。
しかし御堂の笑いはなかなか治まらず、恥ずかしいやら居た堪れないやらで克哉は身の縮む思いだった。
あれから三人で昼食に出前の寿司を食べ、その後はまたとりとめのない話をして夕方には暇を告げた。
今度来るときにはもう少し早く連絡を入れることを約束して。
「克哉」
「……孝典さん」
帰りの道中もマンションに戻ってからも、克哉は気が抜けてしまったようにぼんやりとしていた。
帰宅するなりソファに腰掛けたまま呆然としていた克哉の元に、御堂がグラスとビールを運んできてくれる。
二人で酌をしあって、冷えたビールを喉に流し込むと、そこでようやく克哉も人心地ついたようだった。
「……なんだったんでしょうね」
苦笑しながら、ぽつりと呟く。
母からあんな風に言われるとは夢にも思っていなかった。
あの日、佐伯克哉は生まれ変わったはずだった。
親友の裏切りによって深く傷つき、その傷みから逃れるために別の人格を生み出した。
それが、自分だ。
だから自分は佐伯克哉の偽者である―――そう思っていた。
けれどもっとも克哉を近くで見てきたはずの母は、そのことにまったく気づいていなかったようだ。
「母はオレのことをよく見ていなかったんでしょうか……?」
愚痴のような響きを含んだ問いに、御堂は首を振る。
「私はそうは思わない。君を見ていれば、君がきちんとご両親に愛されて育ったのだということは分かる。きっとあれはお母さんの本心だ」
「それなら……」
だとしたら、いったいどういうことなのだろう。
あの母の話をどう解釈すればいいのだろう。
あの日、佐伯克哉には何が起こったのだろう?
「……克哉。私は今日、自分の考えが正しかったのだと確信した」
「え……?」
まだ頭の中が整理出来ずにいる克哉に対して、御堂の声には強い自信が感じられた。
御堂は克哉に言う。
「―――克哉。君は最初から、佐伯克哉だったんだ」
返事は出来なかった。
けれど御堂の声だけははっきりと耳に届いていた。
強くて、優しい、御堂の声。
「ずっと思っていた。君は本物の佐伯克哉だ。もちろん、もう一人の君も佐伯克哉だ。どちらも偽者などではない。どちらも本物だ」
分からない。
だってMr.Rは何度も克哉に言った。
貴方は偽りの存在。
仮初めのペルソナ。
けれど、御堂はそうではないと言う。
「人にはさまざまな一面がある。強さも弱さも両方持ち合わせているのが当たり前だ。もともとの佐伯克哉だって、ただ強くて完璧だったわけじゃないだろう。
だからこそ酷く傷つけられたとき、その辛い記憶を忘れたい、傷みから逃げ出したいと思ったんじゃないのか? それは別に恥じることではない。君は子供だったのだから、尚更だ」
「……」
「私は専門家ではないから詳しくは言えないが、子供が無謀で無邪気なのは、その幼さゆえに挫折や失敗を恐れる気持ちが少ないからなのだと思う。
しかし君は、卒業式の日にそれを知ってしまった。人の悪意を、己の愚かさを見せつけられた。
そして深く傷ついた君は、それまでの自分の生き方に疑問を持った。何がいけなかったのか、どうすれば良かったのか、これからどうすればいいのか……」
もう傷つくのは嫌だと思った。
知らずに誰かを傷つけるのも嫌だと思った。
こんな苦しい思いをするぐらいなら、本当の自分なんて押し殺してしまったほうがいいと思った。
何もしなければ、きっと誰も傷つけない。
誰も傷つけなければ、誰からも傷つけられない。
そんな風に生きられればいいと願った―――あの眼鏡を握り締めながら。
「お母さんの話からも、今の君が持っている性格はもともとの佐伯克哉の中にあった一面なのだと分かった。
だとしたら、君は何もないところから突然生まれてきたわけではない。佐伯克哉が最初から持ち合わせていたファクターが君を形作ったのなら、君だって紛れも無い佐伯克哉だ。
だから君が持つポテンシャルは、もう一人の佐伯克哉と変わらなかったのだろう。それに……君が澤村のことを思い出したのは、いつだ?」
克哉は記憶を手繰り寄せる。
そうだ、あれは……。
「……本城さんのことがあって……退院した、日です。孝典さんが迎えに来てくれた……」
御堂と共に歩いていくのだと改めて心に誓った、あの春の日。
舞い散る無数の桜の幻を見た。
その中を駆けていく少年の後姿を。
桜が嫌いだった理由を思い出した、あの日。
「……傷みから逃れるために、君という存在が生まれた。それなのに、君は思い出してしまった。思い出してしまったのに、君はまだここにいる。それは、何故だ?」
「何故……」
「分からないのか?」
分からないのなら教えてやろう、と言いながら御堂は克哉の手を取る。
「君がその事実を思い出したのは、君がそれを乗り越えられる強さを得たからだ。そしてまだ君がここにいるのは、君が佐伯克哉だからだ」
「オレが……佐伯克哉……」
御堂の言葉が、乾いた土に水が染み渡るように入り込んでくる。
偽者なんていない。
オレも佐伯克哉なんだ。
佐伯克哉として、これからも生きていいんだと。
「じゃあ、オレ……ここにいても、いいんですか……?」
繋がれた手と手を見つめる。
あやふやだった自分の輪郭。
不安定だった己の存在。
それが確かな感触と共に甦ってくる。
顔を上げれば、御堂の瞳に映る自分が見える。
体温が流れ込んでくる。
「当然だ。いてもらわなければ困る」
御堂が笑いながら克哉を抱き寄せた。
素直に腕の中に身体を預ければ、ここが確かに自分の居場所であることを感じる。
戻ってこられたんだ―――ようやく、そう思えた。
「……ありがとう、ございます」
御堂の言うことは詭弁なのかもしれない。
けれど、もうそれでも良かった。
どんな結果が待っていようと、きっと御堂は同じことを言ってくれただろう。
君は佐伯克哉だ、だから傍にいてほしいのだと。
遠回りをしてしまったけれど、辿り着いた場所はやはりここだった。
出会ったときと同じように、またしても御堂が見つけてくれたのだ。
ひとりではきっと見つけられなかった。
本当の、佐伯克哉を。
「でも……」
ただし、気掛かりがもうひとつ残っている。
「オレが親友からの裏切りという苦しみから逃れるために生まれた人格なら、もう一人の俺はまだその傷みを抱えたままなのかもしれないですよね……」
オレがここにいるということは、もう一人の俺もまだここにいるはず。
夢の中では会えなかったけれど、今はそう信じられた。
だとしたら、あいつをその傷みから解き放ってやらなければならない。
そしてあの頃の佐伯克哉という呪縛から逃れられずにいる澤村のことも。
それが出来るのは、自分だけなのだから。
「……澤村に連絡します」
きっと向かい合える。
ずっと言いたくて言えなかったこと、あいつが気付いていないことも、全部ぶつけて、全部受け止める。
オレも、俺も、澤村も。
「孝典さん。オレのこと……見守っててくださいね」
「……ああ。君なら大丈夫だ」
克哉は御堂にきつくしがみつく。
御堂もそれに答えて克哉をきつく抱き締める。
そこにあったのは何処までも愛しいぬくもりと、覚悟と決意を秘めた強さだった。
- To be continued -
2014.03.18
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