鬼畜部長 02
佐伯克哉からアポイントメントを申し込む電話があったのは、翌週明けて早々のことだった。
先週、あのあと正式に8課がプロトファイバーの営業を担当することとなったが、
これにはプロジェクトのメンバーは勿論のこと、キクチ側でさえも酷く戸惑ったようだった。
またMGNの専務である大隈もこのことを聞きつけてかなりの難色を示していたが、それも御堂がある条件を提案したことでどうにか納得してくれた。
その条件とは、もしも8課がこれから三ヶ月以内にこちらの提示した目標を達成出来なかった場合、8課所属社員全員を解雇するというものだった。
かなり極端ともいえる条件にさすがの大隈も一瞬驚いた様子だったが、御堂にしてみれば彼らがそれぐらいの覚悟をもって臨むのは当然だと考えていた。
なにしろあれだけ傲岸不遜な態度でこの大仕事を取っていったのだ、やっぱり無理でしたは通用しないことぐらい分かっているはず。
実際はもともとリストラ候補である連中のクビなど幾つ並べられても到底対価としては足りないのだが、それでも彼らの差し出せる最大のものを掛けてもらうことで手を打ってやったのだ。
当然、キクチ側に拒否権は無かった。
まず御堂は彼らに商品の資料を渡して具体的な指示を出すと同時に、8課のメンバーに関するデータを提出するようキクチの人事部に要求した。
キクチ・マーケティング営業部第8課。
所属社員は七名。
課長の片桐稔を筆頭に、なにかしら問題のある社員ばかりが配属されていることは既に知っている。
8課で営業成績の最もいい本多憲二は入社当初こそ第1課に配属されたものの、その後異動になったという経緯があるらしい。
本多に関しては先日の言動からも、何故彼が優秀者が集まる1課から8課へと異動になったのか、その理由は想像に難くなかった。
あれは上の命令よりも自分の信念を優先させ、暴走するタイプの人間だ。
恐らくはそれが上司や周囲の反感を買い、勤務態度不良とでもされたのだろう。
御堂自身も個人的には嫌いなタイプだったが、あの手の輩は根が単純で裏表も無いので一度信頼を得た相手とは長く続くという良さもある。
本多の営業成績がいいのも、そのあたりが大きいと思われた。
さて、分からないのは佐伯克哉のほうだった。
営業成績は七名中、常に三位から五位のあたりを行き来しており、トップになったことは一度も無い。
彼もまた営業先からの評判は悪くないようだったが、契約数は決して多くなかった。
どうせあの調子で営業先にも強引で高圧的な態度を取っている所為なのだろうと思いきや、備考欄にメモされている人事考課は【消極的】【気弱】といった真逆のものばかりだった。
そこに御堂は大きな違和感を覚える。
あのとき、半ばこちらを追い詰めるような形で仕事を取っていった男の評価とはとても思えない。
さては普段は猫を被っているのか、それとも単にやる気がないだけなのか……。
御堂は手にした書類を眺めているふりをしながら、テーブルの向かいに座っている当の本人をちらりと盗み見た。
「……なるほど、このパッケージデザインにはそういったメリットもあるんですね。勉強になります」
御堂の説明を聞いて克哉は心から感心したように、ひとりでうんうんと頷いている。
アポの時刻少し前に御堂のオフィスにやってきた彼は、まだたいした成果も出ていない営業報告をたどたどしく終えたあと、この商品に関してもっと詳しい説明が聞きたいとのたまったのだ。
テーブルの上には数日前に御堂が彼らに配布したプロトファイバーの資料が広げられており、克哉はそこに御堂から聞いた説明や情報を細かく書き込んでいる。
その熱心ぶった態度が、かえって御堂を苛つかせていることも知らずに。
「では、次に今回の価格設定についてお伺いしたいんですが……」
克哉は事前に準備してきたらしい質問をひとつずつ御堂に尋ねてくる。
はじめはくだらないことを尋ねてきたら早々に追い返してやろうと思っていたものの、彼の質問内容に無駄なものはなく、むしろ最初から資料として載せておくべきだったかもしれないと思わされるようなものさえあった。
だからこそ、御堂の中の違和感はますます大きくなっていく。
話をしていると彼がしっかり資料を読み込んできていることはよく分かったし、質問の着眼点からも決して頭の悪い男ではないはずと感じた。
だが、彼は結果を出していない。
目の前にいる彼はいかにも穏やかそうで、競争心や向上心などという言葉からは縁遠いタイプに見えた。
プライベートではそれでもいいかもしれないが、そんな覇気も気概も感じられないような営業マンでは結果が出せないのも当然だ。
いくら潜在能力が高くとも、その力を目に見える形で発揮出来なければ意味が無い。
それはただ単に無能であること以上に恥ずべきだことだろう。
今、この場で得た知識や情報を彼は本当に活用するのか。
出来ない、もしくはする気がないのであれば、この時間は無駄なものにしかならない。
そもそもこの程度の実績しか出していないにも関わらず、あんな大口を叩ける彼の神経が分からなかった。
ただの見栄っ張りなのか、それとも本気を出せばこの程度の数字など容易く達成出来ると舐めているのか。
目の前にいる彼自身の印象、感じられる能力、今までの実績、そしてあの日の態度。
佐伯克哉という男は、全てがちぐはぐで、ずれている。
(理解出来ない―――)
御堂は克哉に対して酷く不信感を抱いていた。
「あの……」
「なんだ」
「いえ……その、御堂部長は今回の商品を本当に大切に思っていらっしゃるんですね」
唐突に克哉から発せられた言葉に、御堂は一瞬唖然とする。
克哉は更に続けた。
「質問にも大変詳しくお答え頂けますし、お話を伺っていると商品の隅々にまで丁寧に気配りがされているのが分かります。
きっと商品に対して深い愛着を持っていらっしゃるんだろうなと感じました」
「……」
さっきまでのおどおどした口調ではなく、微笑みさえ浮かべながらそう言う克哉を御堂はまじまじと見つめた。
はにかむ彼の表情からは、嘘やおべっかを言っているようには感じられない。
どうやら彼は心からそう思い、それを素直に口にしただけのようだった。
しかし御堂は自分の関わった仕事に関して、愛着などという曖昧で生ぬるい感情を持ち出してもらいたくはなかった。
確かに今回の商品は以前から御堂自身が温めていた企画だ。
本当ならば予算も期間も充分取れるときに進めたかったのだが、サンライズ・オレンジの不振の煽りを受けてこのように慌ただしい発売となってしまったのだ。
しかしそんな不本意な状況下でも、充分すぎるほど満足出来るものを仕上げられたと思っている。
そして大勢の人達がこの商品の開発に関わってきた中で、御堂は責任者として自分が最も尽力してきたという自負があった。
責任者がもっともその商品について詳しいのは御堂にとって当然のことであり、そうある為の努力を惜しむべきではないとも考えている。
それをさも素晴らしいことのように言う彼は、いったいどれだけ甘やかされた環境の中で仕事をしてきたのだろう。
御堂は苛立ちと憤りに任せて、克哉をきつく睨みつけた。
「……愛着だと? どんな商品であろうと自分達で開発したものにはベストを尽くすのが当然ではないのか。
それとも君は商品への愛着によって営業の力の入れ具合を変えるのか?」
「い、いえ、そんなことは……」
「だったら、この商品に関しても私に尋ねる前にもっと自分で勉強してくるべきだろう。君の質問は調べればすぐに分かるようなことばかりだ」
「それは……申し訳ございません……」
克哉は教師に叱られた子どものように、がっくりと項垂れる。
その様子を見て、御堂は内心ほくそえんだ。
克哉の質問が、調べればすぐに分かるようなものばかりだったというのは嘘だ。
成分同士の相互作用など研究開発に携わった者でなければ知らなくて当然の内容だったが、御堂はわざと専門用語を多用してその話をしてやった。
恐らく彼にとっては理解不能な内容だっただろう。
―――もっと、恥じればいい。
自分がいかに無知であるかを自覚して、先日の傲慢な態度を心から恥じ、後悔するべきだ。
彼は自分の立場を弁えなければならない。
何も言い返すことが出来ず、ただうつむき黙り込んでいる克哉を見ていると御堂は次第に愉快な気分になってきた。
どうやら今日はしおらしく、言われるがままでいるつもりらしい。
それならばもう少し言わせてもらおうかと考えたとき、不意にオフィスの電話が鳴った。
「はい、御堂です」
杉本商事の青木から電話だと言われ、そのまま外線に繋いでもらう。
そういえば電話が鳴る直前、克哉が何か言おうとしたような気がするがどうせたいしたことではないだろう。
この辺りで空気を読んで、さっさと帰ればいいものを。
まだ視界の隅にいる克哉の存在を疎ましく思いつつ、御堂は電話で話し続ける。
いつもよりもずっと明るい口調で、わざと話を引き延ばしながら。
- To be continued -
2014.09.19
2015.09.06 修正
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