鬼畜部長 01

キクチ・マーケティング営業管理部との話が終わると、御堂は受話器を叩きつけるようにして電話を切った。
「クソッ……!」
その呟きは製薬会社大手であるMGNジャパン内一の花形部署の部長という立派な肩書きにも、眉目秀麗と評していいほどの見目にも到底相応しくないものだったが、今はどうしても吐き捨てずにはいられなかった。
(いったい、なんなんだアイツは―――)
御堂はさっきまで目の前にいた不遜な態度の男を思い出して、眉間の皺を更に深くする。
本当に忌々しいとしか言いようのない、そして同時に酷く理解不能な男だった。

キクチ・マーケティングはMGNジャパンの子会社だ。
MGNが開発、製造した商品の営業を主に担当しており、営業部は第1課から第8課までに分かれている。
配属は営業成績順になっている為、御堂が部長を務めている商品開発部第一室からの新商品は、今までは全て1課か2課が営業を担当してきた。
そして、ある程度の時間が経過して販売数が定着してきたものや、あまり売り上げの振るわなかったものが、少しずつ下に降りていく。
つまりあの不愉快極まりない男が所属している第8課は、社内で最も営業成績が悪く、期待されていない部署ということだ。
聞くところによるとうだつの上がらない者ばかりが集まる、リストラ予備軍の吹き溜まりという扱いになっているらしい。
そんな部署に社運を掛けた新商品の営業を担当させることになってしまったのは、御堂にとって不本意極まりない事態だった。
そもそもアポイントも無しに押しかけてきて、面会を要求してきた時点で印象は最悪だったのだ。
本来ならば門前払いするところだったのだが、それをしなかったのは、こちらから社員を向かわせたはずのキクチから入れ違いのようにやってきた不自然さが気になったからだ。
案の定、彼らは偶然自分達の目の前に転がり込んできた情報を利用して、放っておけば1課に任されてしまうであろう仕事を横取りすべく現れたのだった。
こんなルール違反なやり方が許されるはずがない。
確かに今までも管理部を通さずに担当を決めたことはあったが、それはあくまでもMGN側からの指示。
それをこちらの都合も無視して押し売りに来た挙句、脅し紛いのセールストークで仕事を取っていくなどどう考えても有り得ない話だった。
それなのに―――。
『三ヵ月後を楽しみにしていてください』
はったりにしては、やけに自信と確信に満ちた言葉だった。
初めは一緒にやってきたもう一人の男ばかりが営業を担当させろと騒々しくわめいていて、奴はその後ろでただオロオロとしていただけだった。
こちらから投げた質問に対しても、ありきたりなつまらない答えを返すか口ごもるばかりで、さすがはお荷物部署に配属されているだけのことはあるといった風情だった。
しかし、それはどうやら猫を被っていただけだったらしい。
現在のMGNと御堂が置かれている状況、そしてこの新商品が開発された経緯。
そこから導き出される、この商品の価値。
それらをついさきほど入手したばかりのたった一枚だけの書類と、ここに来てからのやりとりの中に散りばめられた僅かな情報から見抜いた洞察力と分析力は充分評価に値するものだ。
あの態度も決して誉められたものではなかったが、あえてその度胸も買おう。
現に彼の言ったことはほぼ正解であり、御堂に少しの反論の余地も与えないものだった。
(なんなんだ、あの男は……)
だからこそ、同じ疑問ばかりが御堂の頭の中で繰り返される。
大声では言えない内部事情を指摘しながらも商品を誉めることは決して忘れず、自信があるのならば尚更任せてほしいと言う。
こちらの立場を考慮し、持ち上げつつ、己の能力も示してみせたのだ。
あの冷静さと強気さ。
あの男は何故8課なのだ?
あれならば、営業成績も決して悪くないはずでは―――。
「……チッ」
そこまで考えて御堂は思わず舌打ちする。
これではまるで、あの男を認めているようなものではないか。
いや、実際そうなのだろう。
だからこそ、折れたのだ。
売られた喧嘩は買ってやろうじゃないかという馬鹿げた意地の張り合いだけから大事な仕事を任せることにしたわけではない。
そもそも、そんなことをしている余裕は今の御堂にはなかった。
今回ばかりは失敗は許されないのだから。
「佐伯、だったか……」
とはいえ、このまますんなりと事を進めてやる気も無い。
あれだけの大口を叩いたのだから、ハードルは存分に上げさせてもらうつもりだった。
そもそも彼の言ったとおり、今回の商品にはかなりの自信がある。
普通に営業しただけでもそれなりの数を出すことは出来るはずだから、まずは死に物狂いで仕事をしてもらうこととして、それで目標が達成されれば良し。
途中で音を上げてくれたなら担当を変更出来るうえに、あの生意気な男に責任を取らせることでこちらの溜飲も下がるというもの。
いずれにせよ、奴には二度とあんな態度が取れないよう思い知らせてやる必要があるだろう。
子会社の一営業ごときが調子に乗ったことを、必ず後悔させてやる。
そして同時にこのプロジェクトも必ず成功させてみせる。
御堂はまだ掴まれた感覚の残っている自分の手をじっと見つめながら、克哉の不敵な笑みを苦々しい気持ちで思い出していた。

- To be continued -
2014.06.03
2015.08.21 修正

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