鬼畜部長 18

その日、キクチとのミーティング前に大隈から呼び出されるであろうことは分かっていた。
そして、そこで彼に何を言われるのかも。
「来週の役員会議なんだが」
「はい」
御堂はいつもの冷静な相貌を微塵も崩さず、大隈のデスクの前に立っていた。
大隈はそんな彼を見上げながら、わざとらしいほどにこやかな表情で告げる。
「予定通り、君に先日の出荷ミスの件について報告してもらうことになっている。準備は進んでいるかね?」
「はい、滞りなく」
「そうか。それなら安心だ。ああ、報告書は今週中に一度私のところに持ってきてくれたまえよ。事前に内容を確認をしておきたいからね」
「……」
御堂は返事をしなかった。
目の前の男にもまだ良心は残っていると信じたかったのかもしれない。
しかしすぐにそんなものは妄想でしかなかったと思い知らされることになる。
無言を貫く御堂の心中を即座に察したらしい大隈は作り笑いをあっさり引っ込めると、打って変わって御堂を睨みつけた。
「……君は頭のいい男だと思っていたんだがね。もしや私の勘違いだったか」
「どういう意味でしょうか」
「工場やら他部署やらにやたらと出入りしていることを、私が知らないとでも思ったのかね? もしそうだとしたら、私も舐められたものだ」
「……こそこそとしていたつもりはございません」
「だが、私に話を通すことはなかった」
「私が工場に出入りするのには、許可が必要でしたでしょうか」
「口を慎みたまえよ、御堂くん。私はこのプロジェクトからキクチだけではなく、君自身を外すことも出来るんだぞ」
「……」
大隈は椅子に背を預けてふんぞり返ると、そのまましばらく御堂の様子を伺っていた。
けれどやはり表情ひとつ変えない御堂の態度に、諦めて再び口を開く。
「私はずっと君を信頼してきた。君も私の期待に応えてくれた。私達はそれでうまくやってきたはずだ」
幾度も繰り返されるその白々しいセリフを御堂が心底唾棄していることを知ってか知らずか、大隈は席を立って御堂の側にやってくる。
そしてスーツの腕と腕が触れるほどの距離で囁いた。
「先日の出荷ミスは、キクチの担当者による確認不足が原因で起きたアクシデントだ。そうだね?」
御堂は真っ直ぐ前を向いたまま、僅かに頭を下げて答える。
「……かしこまりました」
「さすが私の見込んだ男だ」
大隈はすっかり機嫌を良くした声で言いながら、御堂の肩をぽんと叩く。
舐められているのは私のほうだなと、御堂は心の中で呟いた。



「あっ……御堂、さん……っ…!」
「……っ…」
ホテルのベッドの上で克哉の中を背後から激しく穿ちながら、御堂はその柔らかくしなる背中を見下ろしていた。
汗の浮かんだ白い肌が、部屋の淡いライトに照らされてぼんやりと光っている。
シーツをきつく握り締めた克哉の声は、泣いているかのように震えて掠れていた。
(私の名前を呼んでいるくせに……)
快楽に溺れながら、克哉は幾度も御堂の名を呼ぶ。
けれど、何故だろう。
克哉は自分が誰に抱かれているのか、きちんと認識している気がしない。
彼の中にいるのが誰なのか、彼を泣かせているのが誰なのか、きっと克哉は理解していない。
そう感じて、御堂は苛立つ。
「ああッ……!!」
腰を掴み、更に強く突き上げると、克哉の嬌声はますます大きくなった。
締め付ける中に御堂自身も限界を覚えはじめたとき、克哉の身体がひときわ震える。
「は、ん、ああッ…――――!!」
腰がビクビクと跳ねて、後孔がきつく締まる。
その刺激に耐えかねて御堂もまた最奥で弾けた。
数秒の痙攣を終えた克哉の身体が一気に弛緩してシーツへと沈み込むと、御堂のものがずるりと引きずり出され、赤く腫れた場所から注ぎ込んだ欲望が零れる。
御堂は肩で息をしながら、その醜い光景をただじっと見つめていた。
「……」
何故、この男は自分を拒まないのだろうかと思う。
そうするよう強制的に仕向けたのは事実だったが、今となってはその脅しも既に意味を失っていることに彼も気づいているはずだ。
今日行われたキクチとの定例ミーティングでも、それは明らかだった。
販売実数は相変わらず右肩上がりで、先日の出荷ミスの件以来、とくに大きな問題も起きていない。
あとは増産が間に合うよう生産ラインを確保することさえ出来れば、当初立てた目標数値に達することはほぼ確定事項だった。
それなのに、彼はまだこちらの命令に従い続けている。
終業後、キクチに戻ろうとしたところを急に引き留められたにも関わらず、こうしてホテルの部屋までのこのこついてくる始末だ。
たとえ克哉が今夜この誘いを断っていたとしても、もう御堂に切札は残されていない。
プロジェクトは順調そのものだし、こんな関係をバラされて困るのはお互い様だ。
そもそも今日いきなり部屋を取ったのも、今朝の大隈とのやり取りから、これからしばらくは<接待>にかまけていられなくなることを考えていたら、どうしても今夜彼を抱きたくなったからだ。
もはや<接待>自体が目的になっていた。
それでも彼が逆らわないのは、鎖に繋がれたサーカスの象のようにもう逃げられないと思い込んでいるせいなのか。
それともどうせ期限間近の関係なのだから、事を荒立てるのも面倒と諦めきっているだけなのか。
「……」
御堂は指先で克哉の髪を掬いあげた。
汗ばんだ柔らかな毛がはらはらと零れて、うつ伏せている克哉の白い頬に落ちる。
目尻が濡れているのは、悲しかったからなのか、苦しかったからなのか、悔しかったからなのか。
それとももっと別の感情があったのか。
考えれば考えるほどに分からなくなる。
克哉のことも、自分自身のことも。

まさか自分がここまで醜くなれるとは思いもしなかった。
どうしてこんなに卑怯な真似を選んでしまったのだろう。
仕事のためならばどんなことでもするのかと己に問い掛けてみる。
そうじゃない、そんなわけがない。
けれど万が一このことを誰かに知られたからといって、きっと誰も驚かないだろう。
周囲が認識する御堂孝典という人間は、この程度のことは平気でする男なのだから。
仕事を成功させるためならば人を人とも思わない扱いをして、どんな汚い手段も厭わない。
同僚の手柄を横取りして、上司に媚を売り、そうやって出した結果で評価され、今の地位を得た。
それがMGNの若き部長、御堂孝典だ。

誰に何を言われようと構わなかった。
結果さえ出せば文句は言われないし、何が真実かは自分さえ知っていればそれで良かった。
けれど今はその真実がなんなのかさえ分からなくなっている。
克哉を組敷いて、啼かせて、辱めて、貶めて、そのことに快楽を覚えたのは事実だ。
彼が泣いて懇願する姿を見て、たまらない愉悦を覚えた。
ここまでのことを他人にしたことはない。
この醜い欲望の形はなんだ。
そのくせ出荷ミスの責任を、キクチに押し付けて切り捨てることをしたくない自分がいる。
今更善人ぶっても仕方がないというのに。

分からない。
どうしたいのか。
どうなりたいのか。
どう思われたいのか。
この佐伯克哉という男に出会ってから、そんなことを考えてばかりだ。

「私にとって、お前は……」

問い掛けの最後は、掠れて消える。
気紛れに唇で触れた柔らかな頬はひどく冷たく、ただ虚しさだけが残った。

- To be continued -
2022.03.30

[←前話]     [→次話]



[←Back]

Page Top