鬼畜部長 17

足元の覚束ない克哉を引き摺るようにしてMGNを出る。
すれ違う社員達から向けられていたであろう、驚きや好奇の視線さえもどうでもよかった。
自宅マンションまでタクシーを走らせ、震える克哉の身体を抱えながら部屋へ入ると同時に、そのまま玄関で彼を犯した。
壁に手を着かせた格好で、後ろからスラックスと下着を強引に引き下ろし、自分も性急に前を寛げる。
そして彼の後孔に埋め込んでいたローターを引き抜くのと入れ替わりに、己の猛りを突き立てた。
「あぁっ……!!」
克哉の背中が反り返り、堪えていた嬌声が上がる。
すっかり潤みきっていた中が、御堂の雄に絡みついて歓喜に戦慄いた。
理性などとうになく、ただやみくもに克哉の中を突き上げる。
あるのは剥き出しの欲望のみだった。
「本当は、ずっとこうしてほしかったのだろう……?」
痛むほどに締め付けてくる克哉を嘲笑しながら耳元で囁く。
そう。
これはお前のせいだ。
お前が物欲しそうな顔をするから。
しかも、それを認めないから。
「ち……ちがっ…違う……オレは……!」
しかし克哉はふるふると首を振る。
本当に往生際が悪い男だ。
御堂は苛立ちに任せて、更に奥を激しく突いた。
そのたびに漏れる喘ぎにはあきらかな悦びの色が含まれているというのに。
「違うだと? クッ……嬉しそうに腰を振りながら言うセリフではないな」
「は…ッ……ああ……! どうし、て……御堂、さんっ……どうして……」
「……」
どうして―――?
お前を追い詰めるために決まっている。
お前を貶め、辱め、屈服させるため。
お前の全てを手に入れるため。
お前に自分が私のものであると思い知らせるため。
「お前は……」
克哉の顎に手を掛け、無理矢理に振り向かせながら唇を奪う。
舌を絡め取り、きつく吸い上げ、さらに最奥を抉った。

欲しがったのは私ではない。
思い知るのは私ではない。
追い詰められているのは私ではない。

お前のせいだ。
お前が、私を。

「あっ…御堂さんッ……あぁっ……!」
克哉の身体が強張った瞬間、手の中にある雄がびくびくと脈打ち、精が迸る。
それでもなお硬さを失わないそれをきつく扱くと、強すぎる刺激に克哉の内腿がぶるぶると痙攣した。
「や、だ……やめて、ください……!」
「言っていることとやっていることがまったく違うな」
「う、ぅっ……嫌、だ……」
克哉の中はまだ御堂を決して離さないとでもいうように止めどなく蠢いて、御堂のものに絡みついている。
無意識に揺れている腰も更なる刺激を求めているのだろうに、それでも克哉は涙声で抵抗の言葉を呟いていた。
これほど欲しがっているくせに。
これほど悦んでいるくせに。
御堂は果てるのが惜しいほどに克哉の身体を貪りながら、得体の知れない焦燥感に襲われていた。
どうすればこの男に刻み付けられるのか。
二度と忘れられなくさせてやれるのか。

もっと。
もっと。
もっと。

「ッ……!」
とどまらない激しい欲望の渦に飲み込まれ、落ちていくような感覚を覚えながら、御堂は克哉の中に吐精する。
身体だけではなく、頭の中まで爛れてしまったかのように熱い。
凄まじい絶頂はけれどどこか現実味がなく、耳の奥で響く自分の鼓動と荒い呼吸だけがやたらとうるさく聞こえていた。



力無く崩れ落ちた克哉を玄関に放置したまま、御堂はオフィスへと戻った。
気力が戻ればそのうち勝手に帰るだろう。
部屋の鍵はオートロックだから問題ない。
それよりも―――。
執務室のソファの上に置かれたままの克哉のカバン。
それを出来るだけ視界に入れないようにしながら、御堂は仕事を続けていた。
(私は……)
平静を装っているつもりでも、身体の奥ではまだ熱が燻っているのが分かる。
御堂は自分で自分のしたことが信じられないような気持ちだった。
こんなにも感情的に、衝動的に行動するほど、自分が幼稚で後先を考えない愚か者だとは思ってもみなかった。
彼の本性を暴いてやるはずが、これではどちらが暴かれているのか分からない。
もっともっと自分のものにしたい。
忘れられなくなるほど。
離れられなくなるほど。
彼を突き上げるたびに襲ってくるその強い感情に、今まで信じていたものが揺さぶられる。
こんな関係が長く続くはずもないと分かっているのに、一生跪かせてやりたくなる。
自分だけを見て、自分だけを信頼して、自分の言うことだけを聞くような。
「……」
御堂は頭を振った。
この執着心はなんだ。
理解出来ない感情に振り回され、とうとう可笑しくなってしまったのだろうか。
(……そんなはずはない)
こんなことは今だけだ。
御堂は自分に言い聞かせる。
どれだけ己を乱されようと、この関係はプロジェクトに伴う<契約>でしかない。
期限が来れば、自動的に終了する。
そして何事も無かったかのように、以前の状態に戻るだけだ。
それでいい。
むしろ、そうでなければならない。
(少し疲れているのかもしれないな……)
御堂は長い溜息を吐きながら、こめかみを押さえた。
最近の仕事状況を考えると、そろそろ疲れのピークが来ていても不思議ではない。
予期せぬトラブルへの対応などもあって、自分が少しばかり不安定になっている可能性も否定出来なかった。
(それでもまだ気を抜くわけにはいかない)
改めて机上の書類に意識を向けたとき、執務室のドアをノックする音が響いた。
「どうぞ」
「……川出です。失礼します」
顔を出したのは研究員の川出だった。
もともとはMGNの研究所所属だったのを、御堂が一室付けのチームメンバーとして引き抜いた男だ。
確実に仕事をこなしてくれる、実直で信頼のおける人物だと思っている。
プロトファイバーの開発にも、プロジェクト立ち上げ当初から随分と熱心に取り組んでくれた。
彼はいつもの白衣を既に着ておらず、脇にはカバンを抱えている。
その姿を見て御堂は初めて、今が既に終業時刻をとうに過ぎていることに気づいた。
「すみません、遅くなりましたが先日の資料の補足分をお持ちしました。少し前にも伺ったのですが、外出されていらしたようなので……」
「ああ、それはすまなかった。自宅に少々忘れ物をしたものでな」
「そうだったんですね。あ、あと例の感応検査の結果ですが、明日の午後には提出出来ます。新製品の分もあらかた終了していますので」
「分かった、それで構わない」
「はい……」
御堂が資料を受け取り、そこで用件はすべて済んだようなのに、川出はやや落ち着きなく視線を泳がせたまま帰ろうとしない。
彼が就業時間外に、単にこれだけの用でわざわざここに足を運んだのは、他に何か話したいことがあるからだろうということは最初から分かっていた。
更に言うならば、その内容についても。
「……どうした? 話したいことがあるならば、言ってくれて構わないが」
「あ、は、はい。その……」
見抜かれたことに狼狽えたのか、川出はおずおずと口を開く。
「私がこんなことを申し上げるのは、差し出がましいことと承知してはいるのですが……」
「前置きは必要ない。単刀直入に頼む」
「は、はい。その……あまりよくない噂が立っているようなので少々心配になりまして……」
「噂?」
「はい。最近、御堂部長が直接工場に足を運んでいることを勘繰っている者が……」
「……」
予想は当たっていた。
御堂は腕を組んで、短い溜息を吐く。
「なるほどな。おおかた、私が大隈専務を陥れようとしているのではないかという類のものだろう? 馬鹿馬鹿しい」
「ご存じだったんですか?」
「直接耳にしたわけではない。だが、その程度は予想の範囲内だ」
そう思われることは重々承知のうえで動いているから、どうということもなかった。
それに謂れのない中傷や噂話には慣れている。
どうせ最終的に結果を出しさえすれば、全員黙ってしまうのだから構うだけ無駄なのだ。
御堂は口元に嘲笑を浮かべながら答えた。
「私はこのプロジェクトを成功させることしか考えていない。 その方針のみに基づいて行動しているのだから、誰にも文句は言わせない。心配には及ばない」
「そ、そうですか……」
川出が好奇心や野次馬根性でこんなことを言っているわけではないことは承知している。
それでも彼はまだ不安そうな表情のままだった。
恐らくは噂話の件だけでなく、プロトファイバーの生産数を増やすのが間に合わないかもしれないということも察しているのだろう。
だが、それこそ川出が気を揉んでも仕方のないことだ。
それをなんとかするのが御堂の仕事なのだから。
「……いずれにせよ、今はやれることを最大限やっていくしかない。それとも君達にも実害が及んでいるか?」
「い、いえっ! 私達は大丈夫です。御堂部長を信じていますので」
「そうか。もしも何かあるようなら、些細なことでも構わないからすぐに報告してくれ。不安要素は出来るだけ潰していくよう努める」
「はい、ありがとうございます」
そこまで言って、ようやく彼は少しだけ笑った。
そして気が緩んだのか、柔らかい口調になって続ける。
「そうですよね。キクチの皆さんもかなり頑張ってくださってますし……大丈夫ですよね」
「……そうだな」
当然彼に他意はないのだが、キクチの名前を出されて御堂はどこか居心地の悪さを感じてしまう。
しかしチーム内でキクチの評判が悪くないのは事実だ。
当初は8課が担当すると聞いて眉を顰めていた連中も、今ではそれがさも御堂の慧眼による判断だったかのように思っている。
あの日、本当は彼らとどんなやり取りがあったのかも知らずに。
「そういえば今日来ていたキクチの方、具合が悪そうだったとお聞きしましたが……」
「……!」
どうやら御堂が克哉を連れてMGNを出るところを目撃した人間が彼に話したらしい。
自分のしたことを思い出して動揺しかけたところを、御堂はなんとか気を取り直した。
「ああ、どうやら少し体調が優れなかったらしい。だから忘れ物を取りに行くついでに、キクチまで送っていった」
「そうでしたか……。心配ですね」
「そうだな……」
そのとき御堂はソファに克哉のカバンが置いたままになっていることを思い出した。
川出にそれが誰のものかは分からないだろうけれど、気づかれても説明が面倒だ。
彼が何かを言い出す前に、御堂は話を切り上げることにした。
「すまないが、まだ片付けなければならない仕事がある。急ぎの用がなければ、続きはまた明日にしてくれ」
「あっ! も、申し訳ございません。それでは、失礼致します」
「ああ、お疲れ」
川出はバタバタと慌てて執務室を出ていった。
御堂はさっきの川出の言葉を思い出す。
良からぬ噂を立てられることには慣れている。
誰にどう思われようと、結果がすべてだ。
結果を出しさえすれば、それでいい。
そう信じてやってきたはずなのに―――。
「……」
御堂は不意に立ち上がるとデスクを離れ、ソファに腰を下ろした。
そこに残された克哉のカバンは、目障りなのに無視出来ないところがまさに今の御堂にとっての彼の存在そのもののようで、 それを横目で見ながら御堂はそんな風に考えてしまう自分自身にひどく呆れた。

- To be continued -
2021.08.31

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