鬼畜部長 11
朝、出勤したらまずは前夜にFAXで送られてきているキクチからの営業報告書に目を通す。
プロトファイバーが発売されて以来、それが御堂のルーチンワークのひとつになっていた。
報告書には販売実数や各店舗の状況以外にも、気づいたことや入手した情報などを適宜コメントとして書き込めるようになっている。
その日もいつも通りオフィスで確認作業をしていた御堂だったが、ある報告書を読んでいたところで不意に手が止まった。
「……」
それは克哉の書いた報告書だった。
現状、プロトファイバーは順調に売り上げを伸ばしている。
各社員とも挙げている数字は右肩上がりがほとんど、そこに添えられたコメントからもとくに問題が発生しそうな気配はまったく感じられなかった。
当然、克哉の営業成績も好調で、それは彼が置かれている状況を差し引いたとしても、多少の楽観視は許されてもいい程度のものではあったのだ。
しかし、それにも関わらず克哉のコメントはむしろ今後を憂慮するような内容になっていた。
現在の販売実数の伸び率がキープされ、更に来月以降に予定されているCM効果などが加わった場合、品薄状態とならないよう―――
彼がMGNの内部事情を知るはずもない。
だからこれは今までのヒット商品で起きた事例に基づき、あくまで可能性について書かれたものに過ぎない。
もともと彼のコメントは他の者達と比べて現状をシビアに分析しているものが多かったが、その視点が今や自分と非常に近い位置にあることを不本意ながら御堂も認めざるを得なかった。
「……フン」
御堂は鼻を鳴らして克哉の報告書をデスクに放り出す。
たとえ克哉がそのことに気づいていたとしても、どうせ彼には何も出来やしないのだ。
彼に出来ることといえば「仲間のため」という名目で、自らの身体を差し出すぐらいのこと。
少なくとも彼自身は、自分にはそれぐらいしか出来ない、と思い込んでいる。
あれだけ完璧な資料を提出してくる一方で、自分自身のことはまったく正確に分析出来ないまま、もっとも愚かで馬鹿げた手段を受け入れている、そのアンバランスさ。
それがいつも御堂を苛つかせた。
(そういえば……)
月曜日の定例ミーティングのあと、克哉に今週末も同じホテルに同じ時刻に来るよう命じたことを思い出す。
それと同時に昨日内河から連絡があって、渡したいものがあるから日曜日の午後に御堂の家に立ち寄るからと一方的に宣言されたことも思い出した。
(念のため、時間をずらしておくか……)
内河はすぐに済むからと言っていたが、時間がはっきりしなかった。
それでなくても休日の夕方以降に出掛けるなどと知られれば、友人間での格好のネタにされてしまいかねない。
それならこちらの予定を変更するほうがマシだろう。
どことなく言い訳がましい己に無意識の溜息をつきながら、御堂は電話の受話器を取った。
克哉が御堂のオフィスを訪れたのは七時を回った頃だった。
「あの……報告書の件で、ということでしたが……何か不備がありましたか……?」
あのあとキクチに電話を掛けた御堂は、出た8課の社員に克哉への伝言を頼んだ。
昨日の営業報告書の件で確認したいことがある。
今日、帰る前に私のオフィスに寄るように。
何時になっても構わない、と。
「……」
御堂はデスクの前に立つ克哉を上から下までまじまじと眺めた。
どうも顔色が悪いように見えるが、それは自分の前だからだろうか。
それとも何か別の理由があるのか。
何も話さない御堂にじっと見つめられて居た堪れないのか、克哉の視線がそわそわと落ち着きなく彷徨う。
そのとき御堂は克哉の手が幾度も胸ポケットのあたりに触れては離れるのを繰り返していることに気づいた。
(なんだ……?)
その仕草にいったいどんな意味があるのだろう。
胸でも痛むのだろうか。
「……どこか具合でも悪いのか」
「はい?」
唐突な問い掛けに克哉は眼を丸くする。
御堂自身も自分が何を聞こうとしているのかよく分からなかった。
「いえ、とくには……」
「そうか」
これではまるで克哉を心配しているようではないか。
そんなはずがない。
今、体調を崩されたりすれば売り上げに関わるから気になっただけだ。
御堂はどことなく気まずい面持ちで、デスクの上に置いてあった克哉の昨日の営業報告書を手に取った。
「君は我が社の生産計画を信用していないのか?」
「えっ……?」
克哉は一瞬戸惑ったように息を飲んだが、やがて自分が書いたことを思い出したらしい。
さっと顔色を変えると、慌てて言い訳を始めた。
「い、いえ、そんなつもりではなく」
「では、どんなつもりで書いた? 君のコメントからはいずれプロトファイバーが品薄状態になると予測しているように感じられたが」
「あの、予測したわけではなく、そうならないようにすることが重要だと思ったので……」
「そんなことは君に言われなくても分かっている。現状の勢いに乗れず、販売数が失速しては元も子もないからな。なんにせよ生産ラインに関わる事項は君達がどうこう出来る問題ではないのだから、少し口を慎んでもらいたい」
「はい……申し訳ございませんでした……」
克哉はしゅんとして項垂れる。
いつもの御堂ならばこんな彼の姿を前にすれば多少は愉快になったものだが、生憎今日はまったくそんな気になれなかった。
それはこの叱責が、ただ難癖をつけているも同然のものだと自覚しているからだろう。
こちらがもっとも危惧している事態を暗に指摘されて苛立ち、その苛立ちを克哉にぶつけているだけだ。
そもそもわざわざ彼をここまで呼びつけたのは週末の予定変更を告げることが一番の目的で、報告書の話は口実のようなもの。
これ以上は時間の無駄だ。
御堂は引き出しからメモを取り出すと、そこに前回とは違う時刻を書き込んだ。
「……今週の日曜日だが、時間を変更する。間違えるなよ」
「あっ……」
御堂の言葉に克哉の顔色がなおさら悪くなる。
破られ、放り出されたメモはひらりと克哉の足元に落ちて、克哉はしばらくただそれを見つめていた。
「無論早く来たければ、先に部屋で待っていてもらっても構わないが」
「……」
御堂の揶揄いにも克哉は答えない。
やがて克哉はゆっくりと身を屈め、震える指でメモを拾い上げた。
「……ご用件は……それだけでしょうか」
「ああ」
にやりと笑って御堂が答えると、克哉は一瞬悔しげに唇を噛んでから頭を下げた。
片手にメモをきつく握り締めたまま、足早に執務室を出ていく。
克哉が立ち去り、一人になった執務室で御堂はどうしようもない苛立ちを持て余していた。
ずっと晴れずにいる靄は、いまや重い澱となって胸の深い部分に沈み込んでいる。
それがまさに自分にとっての佐伯克哉という存在そのもののような気がして、御堂はその忌々しさに小さく舌打ちした。
- To be continued -
2019.05.17
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