鬼畜部長 10

出社早々に呼び出された大隈の執務室から、御堂は一室のオフィスへと向かう。
『君を信頼しているよ』
ここしばらく大隈の口から幾度この台詞を聞かされたことだろう。
今しがた終わった、たった数分の面会の中でも三度は言われた。
それほど念を押されずとも、今日の経過報告会の準備は万全だというのに。

プロトファイバーの発売から一ヶ月、売上実績においては誰からも文句のつけられようがない数字を叩きだしているのが現状だ。
しかしながら今日の報告会には、隙あらば粗探しをするであろう者達も出席する。
御堂個人も以前から敵は多かったが、このプロジェクトが始まって以来、大隈の敵もまた御堂の敵になってしまったのだ。
だからこそ少しの不備も無いよう、一分の隙も見せぬよう、あらゆる状況と質問、追及を想定してシミュレーションを重ねてきた。
そうしてこの報告会を好感触で終わらせることさえ出来れば、今度こそ大隈も生産ラインを増やすことに同意せざるを得ないはず。
今の御堂の一番の目的は、そこにあった。
大隈が自分に向ける「信頼」が、その言葉そのままの意味ではないことぐらい百も承知している。
しかし、今はこの「信頼」を利用するしかない。
無意識に早足になっていく勢いのまま、御堂は自分の執務室のドアを開けた。
「あっ……」
驚いたようにソファから立ち上がったのは佐伯克哉だった。
今日の報告会にはキクチからも誰か出席するようにとは告げてあったものの、結局誰が参加するのかまでは聞いていなかった。
克哉が自ら名乗りを上げたのか、周囲に押しつけられたのかは知らないし興味もない。
けれど、きっと来るのは彼だろうと思っていた。
「お、おはようございます、御堂部長。あの……」
「今日、キクチからの参加は君一人か?」
続きそうな克哉の言葉を遮って、御堂が尋ねる。
「はい、申し訳ありません。片桐課長はどうしても今日、外せない用事がありまして……」
「別に構わない。誰が来ようが、こちらには関係のないことだ」
「はい……」
謝罪など求めてはいなかった。
御堂がソファに腰を下ろすと、気まずそうに口を噤んだ克哉もまたおずおずと対面に座る。
時間を確認する。
会議の始まる時刻まで、あまり時間に余裕はない。
御堂は早速用件に入った。
「資料の用意は」
「はい、持ってきました」
「見せろ」
「はい」
克哉はあたふたとカバンを開けて、ファイルから紙の束を取り出す。
差し出されたその一部を受け取り、御堂は目を通しはじめた。
「……」
それにしても、さきほどから克哉が執務室のドアのほうをチラチラと見ているのが気になる。
恐らくは密室に二人きりというこの状況に、過剰に反応しているのだろう。
それが鬱陶しいやら滑稽やらで、御堂はつい笑いを漏らした。
「……何を期待しているのか知らないが、生憎今は君に接待をしてもらっている暇はないぞ。残念だったな」
御堂の言葉に克哉はかっと顔を赤くする。
「きっ、期待なんて……!」
「フン」
まだ何か言いたげな克哉を余所に、御堂は引き続き資料の確認を続ける。
それはいつものことながら完璧としか言いようのない出来栄えだった。
発売当初から現在に至るまでの数値の推移と、それらの分析、考察をグラフや文章で非常に分かりやすく纏めてある。
内容的なものもさることながら、一枚の画面としての見やすさ、注目させたい箇所のピックアップ。
それに対する営業視点からの意見、提案、今後の改善点なども控えめに書き添えられていた。
今となっては正直、彼の作成する資料に不安を持つことは一切ない。
その点において、御堂はいつの間にか克哉を信頼していたのかもしれなかった。
ただ、ひとつ不安が残るとすれば―――。
「……今日のプレゼンは全て私が行う。君は余計な口を開くな」
「っ……」
克哉を睨みつけるようにしながら告げれば、彼が一瞬息を飲んだのが分かった。
そこに微かな抗議の色を感じたものの、己の判断が間違っているとは思えない。
手元にどれだけ完璧な資料があろうとも、彼にあの曲者だらけの連中を黙らせるほどのプレゼン能力は期待出来なかった。
―――いや、違う。
御堂は克哉に言い負かされた、あの初対面の日を思い出す。
完璧な資料そのままの鋭い指摘と、それさえも上回る自信のある物言い。
大胆で、強引で、しかし巧みに自分の望む結末へと誘導する話術。
あれが彼本来の能力なのだとしたら、彼に欠けているものはプレゼン能力などではない。
それはきっと、もっと別の。
「あの……今日のプレゼン、オレにやらせていただけないでしょうか」
克哉の申し出に御堂の動きがぴたりと止まる。
彼は、いったい何を言っている?
御堂は己の耳を疑いながら、克哉に鋭い視線を送った。
「……君が?」
侮蔑の滲む問い掛けをぶつければ、きっと彼は怖気づくと思った。
しかしそんな御堂の予想はあっさりと外れる。
「今日はプロトファイバーの営業担当を代表して来たつもりです。その責任を果たさせてはいただけないでしょうか」
「……」
珍しく、歯切れの悪くない口調だった。
御堂の目線に怯むこともなく、かといって何らかの私怨を湛えたような態度でもなく、ただ真っ直ぐに強い意志を持って御堂を見返している。
―――そうだ、その目だ。
ずっと、その目が見たかった。
何故かそんな気持ちになって、御堂は咄嗟にそれを掻き消す。
「責任……ね」
「はい」
そこまで言うなら、やってみるがいい。
御堂は手にしていた資料を、克哉に突き返した。
「私に恥を掻かせるなよ」
言葉の意味が一瞬分からなかったのか克哉はぽかんとした表情を浮かべたが、それもすぐに消し飛ぶ。
目に強い光を宿らせたまま克哉はソファから立ち上がると、御堂の後について会議室へと向かった。



経過報告会は御堂の思惑通り、スムーズに進んでいった。
意図的に説明を浅くしてある箇所に狙い通りの質問が来て、それに答える。
今までに幾度となく繰り返してきた遣り方だ。
そうやって敢えて作った隙間を参加者達自身に気づかせていくことによって、より興味と関心を引き、理解を深めさせる。
そのほうが一方的に報告を聞かせるよりも、その場にいる全員を満足させやすくなるのだ。
そんな御堂の独壇場ともいえる報告が一段落つき、いよいよ販売実数の話へと移っていく。
「それに関してましては営業担当のキクチより御報告させて頂きます。……佐伯君」
「は、はいっ!」
御堂が促すと彼は上擦った声で返事をしながら、慌てて立ち上がる。
椅子が大きな音を立てて、周囲から忍び笑いが漏れた。
(……まったく)
みっともない。
そう思いはしたものの、自分が微塵も不安を感じていないということに御堂は気がついていた。
あの資料を元に喋るのであれば、特に問題は思い浮かばない。
しかも彼自身が作成した資料なのだ、間違いが起こるはずがなかった。
それになにより―――彼ならば出来るはずだという確信があった。
「ただいまご紹介にあずかりました、営業担当キクチ・マーケティングの佐伯です。宜しくお願い致します。まずは、資料をお配り致します」
近くにいたアシスタントの社員に資料の配布を指示する。
彼女が全員に資料を配り終えると、克哉が改めて口を開いた。
「それでは、プロトファイバーの営業に関しまして御報告させて頂きます。まずは資料の1ページ目をご覧ください。先月の発売日より……」
報告が始まる。
資料に基づいて、ただ事実を粛々と報告すれば良いのだから、然程難しいことではない。
彼は言葉に詰まることもなく、ほどよいスピードで、ほどよい抑揚で、流れるように報告を続けていく。
会議室には克哉の声と、克哉の説明に合わせて資料を捲る紙の音だけが響いた。
「……以上で、報告を終わらせて頂きます」
傍目に見ても、克哉はホッとした様子だった。
しかしながらそのまま着席しようとした彼に、間髪入れずに質問が飛ぶ。
「ちょっと、いいかね」
「は、はいっ。なんでしょうか」
「これを見るとどうもCSの数字が芳しくないようだが、理由はなんだと思う?」
「……理由、ですか」
「ああ。営業視点からの忌憚のない意見を聞きたいんだが」
質問をしたのは研究部統括部長だ。
恐らく彼に悪意はなく、忌憚のない意見を聞きたいというのも本心だろう。
しかし克哉は口ごもる。
「それは……」
「……」
克哉が戸惑っている理由が、御堂にはすぐに分かった。
彼は答えられないわけではない、答えてもいいものか迷っているだけだ。
部長への回答として考えられるものは二つ。
一つ目は単純にキクチの8課が担当するには案件が大きすぎるという点だ。
しかしそれは対CSに限ったことではなく、この場を納得させるには少々弱いだろう。
大きな理由としてはもうひとつ、それはひとえにこちらの準備不足にある。
発売予定を半年も繰り上げたことによって告知、宣伝が遅れ、新商品の仕入れに慎重なCS系では当初なかなか数字を上げることが出来なかった。
克哉もそれを分かっているのだ。
だからこそ、子会社の一介の営業が親会社の不手際を指摘する形になることを恐れて口を開けないでいるのだろう。
(……ここまでか)
そろそろ限界だろう。
御堂はすっと立ち上がると、声を張った。
「それは本商品の準備期間にあると思います」
その発言に、今まで克哉に集まっていた視線が一斉に御堂へと向けられる。
克哉もまた驚いたようにこちらを見ていた。
「この商品の本来の発売予定が今からおよそ半年後であったことについては、皆様ご承知のことかと思います。 それがこの時期に発売しなけらばならなくなった理由についても、今更この場でご説明の必要はないでしょう。 しかしながらキクチの資料の17ページをご覧ください。現在の数字の伸び率としては、CSがもっとも高くなっており……」
話し続けるうちに、視界の端で克哉が腰を下ろすのが見えた。
はっきりとは確認しなかったものの、彼が今どんな表情をしていて、何を考えているのか、御堂には易々と想像がついた。



ようやく報告会が終了し後片づけをしているとき、克哉がおずおずと近づいてきた。
「あ、あの……さきほどは、あり……」
「いやぁ、御堂君。良かったよ。やはり君に任せて正解だったな」
そのとき、克哉とは反対側から専務の大隈が声を掛けてきた。
「大隈専務。ありがとうございます」
御堂は克哉を無視して大隈のほうに向き直る。
克哉が何を言おうとしていたのか見当はつく。
恐らくは助け舟を出してもらえたことについて礼のひとつも言っておこうと思ったのだろう。
しかし御堂にしてみれば、あれは克哉の為ではなく、自分の為にしたことだったのだから礼を言われる筋合いなどなかった。
「いつものことながら君のプレゼンには恐れ入るよ。誰も口を挟む余裕がない」
「お褒め頂き光栄です。今後とも精進を重ねたいと思います」
「それにしても、この短期間であれほどの数字を出すとは……」
大隈と他愛のないことを話しているうちに、いつの間にか克哉の気配は離れていた。
今ここで彼と話したいことも、話さなければならないようなこともない。
だから、早くここから出て行けばいいとさえ思っていた。
大隈は上機嫌で話し続ける。
「キクチの営業のほうも、それなりにやってくれているようで安心したよ。一時はどうなることかと思ったがね」
「……そうですね」
「だが、報告までわざわざ向こうにさせなくとも、あのまま御堂君がしたほうが良かったんじゃないかね?  どうもさきほどの彼は頼りなさそうで、少々ハラハラしたよ」
「……」
大隈は会議室の奥のドアを一瞥しながら、少しだけ声を低めてそう言う。
恐らく噂話の対象となっている本人がそこから出て行ったのだろう。
そのとき、何故か御堂の胸の内に明らかな不快感が広がった。
平たく言えば、カチンときたのだ。
「……お言葉ですが、彼は優秀な営業マンです。ショップからの評判も高く、8課の中での営業成績も悪くありません。 ちなみに今日の資料も彼が作成したものですが、かなりの完成度だったかと。ですので、報告も彼自身に任せました」
「お、おお。そうかね」
気づけば笑顔を顔面に貼りつけたまま反論していた。
御堂の口調に何かしらの圧を感じたのか、大隈は僅かにたじろいだように見えた。
「……ですが、やはりまだまだ勉強不足の部分もあるようです。お聞き苦しい点がありましたら申し訳ございませんでした」
すかさず低姿勢になり頭を下げてみせれば、大隈の威勢も途端に元に戻る。
「いや、そんなことはない。さすが御堂君が見込んだだけはあるな。これからも期待しているよ」
「ありがとうございます」
そうして大隈はご機嫌で会議室を出て行った。
誰もいなくなったその部屋で、御堂はつい舌打ちをする。
それが克哉に対してのものなのか、大隈に対してのものなのか、 それとも克哉を庇うようなことを言ってしまった自分自身に対してのものなのか、御堂にもよく分からなかった。

- To be continued -
2018.10.12

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