鬼畜部長 07

チャイムが鳴ると同時に時計を見ると、それは指定した時刻ちょうどだった。
その愚直さに御堂は思わず苦笑する。
克哉はこの場において少しでも隙を見せるまいと考えたのかもしれないが、そんなことで彼の評価が変わるわけではない。
それでも逃げずにここまでやってきたことだけは誉めてやってもいいと思いながら、御堂はドアを開けた。
「あ……」
そこには酷く表情を強張らせた克哉が立っていた。
チャイムを押せば誰が出てくるのかなど分かりきっていたはずなのに、御堂の顔を見て絶望したように目を伏せる。
御堂はそんな克哉にすぐに背中を向けた。
克哉もまた御堂の後についておずおずと部屋に入ってくる。
そうしてベッドの傍まで来たところで御堂は振り返り、立ち尽くしている克哉を上から下までまじまじと眺めた。
「本当に来たんだな」
「……はい……約束、しましたから……」
その返答に御堂は呆れてしまう。
約束。
どうやら彼は御堂と約束をしたつもりでいるらしかった。
だが、御堂にとってはまったく違っていた。
これは約束ではなく、命令だ。
我々は対等ではない。
やはり彼は己の立場を分かっていないどころか、『セックスの相手をしろ』という言葉さえ未だ本気にしていないのだろう。
だからこそ彼はここに来られたのだ。
恥ずかしげもなく、のこのこと。
「……君は、私が君にした要求の内容を本当に理解しているんだろうな?」
御堂は改めて克哉に確かめる。
もしも本気にしていないのだとしたら、考え直すなら今のうちだ。
それに御堂自身も、我ながら馬鹿げたことを言っているという自覚はあった。
だからこそ克哉がやはりあの目標数字を受け入れると言うならば、最後にもう一度だけチャンスを与えてやろうと思ったのだ。
しかし、克哉はあくまで頷く。
「もちろん……理解しています」
「そこまでしてでも、あの数字を取り下げて欲しいというわけか」
「はい……」
「……情けないな」
本当にそれでいいのか。
プライドを捨て、辱めを受けることに甘んじて、それで納得出来るのか。
まだ何もしないうちからノルマを達成出来ないと諦めて、こんな方法に縋ることを惨めだと思わないのか。
御堂から軽蔑の眼差しを向けられながらも、克哉は弱々しく言い返してくる。
「これはオレだけの問題じゃありませんから……」
なるほど、8課の仲間達の為に自ら身体を張るということらしい。
馬鹿馬鹿しい。
呆れるほど愚かな偽善だ。
努力の方向を完全に間違えている。
私は何故こんな男に大切な商品の営業を任せてしまったのだろうかと、御堂は己の決断を後悔した。
初めて執務室で出会ったときの克哉と、今目の前にいる彼とはまるで別人のようだった。
苛立ちが募る。
「だから、自分さえ我慢すればいいと? 大層美しい自己犠牲だが、それが本当に8課の為になるのか?」
「それは……」
「そもそも君は本当にあのときの君と同一人物なのか? 私を脅してまでこの仕事を奪っていった男とは思えないな」
「お、脅してなんて……!」
「あれは脅したも同然だろう。それが今になって、こんな風に泣きついてくるとは……大口を叩いておいて呆れるな。恥知らずにも程がある」
「……っ」
御堂から突きつけられる矢継ぎ早の罵倒に、克哉は唇を噛んで俯く。
きつく握りしめた拳は、悔しさにぶるぶると震えていた。
しかしやがて克哉は顔を上げると、御堂を睨むようにして言った。
「……それでもオレは無茶な要求を取り下げてもらうために、無茶な要求を飲むことにしたんです。それだけです」
「……!」
恥知らずなのはそちらだと暗に非難するような言葉が、御堂の怒りに火をつけた。
「……生意気な」
「あっ……」
不味いことを言ったと悟ったのだろう、克哉は再び弱気な表情に戻る。
だが、もう遅かった。
克哉はまだ心の何処かで御堂が「君の覚悟に免じて数字は元に戻してやる」と言ってくれることを期待していたのかもしれない。
けれど、そうはいかなかった。
そちらがその気なら、こちらもこちらが本気だということを見せてやるまで。
お前に最低の屈辱を味わわせてやるという―――。
「そこまで言うのなら、私を満足させてみるんだな」
克哉の全身に緊張が走る。
御堂は唇の端だけで笑いながら命じた。
「服を脱げ。一枚残らず、全部だ」



その命令に、克哉は驚いたように目を見開いた。
「あ、あの、でも……」
「どうした? 聞こえなかったのか? 服を脱げと言ったんだが」
「その……本当に……?」
克哉は今更怖気づいたかのように尋ねてくる。
せっかく与えてやった考え直すチャンスをふいにし、あろうことか反抗的な態度まで取っておきながらこの有様だ。
馬鹿々々しさのあまり、御堂は面倒臭そうに答えた。
「当然だろう。本気でもないのに、わざわざ部屋を取ったり君に時間を割いたりするはずがない。私も暇ではないのでな」
「……」
「さっさとしろ。仕事の為に、私のセックスの相手をするのだろう? それとも、やはり諦めてあの数字を受け入れるか?」
「っ……!」
克哉の顔色がさっと変わる。
俯き、息を飲む。
「分かり……まし、た……」
振り絞るような声でそう答えると、克哉はようやく自らの胸元に手を伸ばした。
御堂は椅子に腰を下ろし、背凭れに深く身体を預けてこの無様な見世物を堪能することにする。
しかし、彼の震える指はネクタイのノットに掛かったまま一向に動こうとしなかった。
「……どうした。早くしたまえ」
「は、はい……」
掠れる声で辛うじて返事はしたものの、やはり彼の手は動かない。
どうやら、ようやく自分のしようとしていることが何なのか分かってきたらしい。
だが、今更もう遅い。
他の選択肢は既に失われている。
そして御堂はといえば、この状況が堪らなく愉快なものに感じられてきたのだった。
「早く手を動かしたまえ。全部脱ぐまで、見ていてやる」
「……っ」
克哉は顔を背けると、なるべく御堂を視界に入れないようにしながらスーツの上着を脱ぎ捨てた。
次はネクタイを、それからワイシャツのボタンを外す。
手が震えている所為で、全てのボタンが外れるのには多少の時間が必要だった。
そして、とうとう克哉の上半身が露わになった。
「ほう……」
薄いブルーのワイシャツの下から現れたのは、意外にも綺麗に引き締まった身体だった。
着痩せするのか肩幅もそれなりにあるし、二の腕や腹、腰回りにもしっかりと筋肉がついている。
そのわりに肌は白く、彼の薄い髪の色や目の色と相俟って、全体的に何処か不安定にさえ見えた。
克哉は緊張のあまり息苦しくなっているのか、胸と肩をやけに上下させている。
それからズボンのベルトに手を掛けたところで、またしても彼の動きは止まってしまった。
「……早くしろ。何度も言わせるな」
うんざりして少し脅すように言ってやると、ようやくベルトを外す。
ズボンのボタンを外し、ファスナーを下ろす。
ズボンを脱ぐ流れで靴下も。
残すは下着のみだったがここで躊躇してはかえって恥ずかしいと気づいたのだろう、克哉は半ば自棄になったように少しの間を空けることもなくそれをも脱ぎ捨てた。
「クッ……」
全裸になった克哉の姿は酷く間が抜けていて、御堂は喉の奥で笑った。
男の裸を見て興奮する趣味はないつもりだったが、 性器を隠そうと前で手を組み、深く俯いたまま硬直している克哉を見ていると、御堂は次第に己の中に歪んだ愉悦がふつふつと湧き上がってくるのを感じていた。
「ようやく脱いだか。では、私の前に来て跪け。お前には口でさせてやる」
「……!」
克哉は勢いよく顔を上げると、信じられないものを見るような目で御堂を見た。
しかしもはや克哉がどんな態度を取ろうとも、御堂にとっては関係無い。
命令を変えるつもりはないし、克哉はそれを受け入れるしかなかった。
克哉は真っ青な顔をしながらも、言われた通り御堂の足元に跪く。
御堂は自らズボンのファスナーを下ろすと、まだ何の反応も見せていない自身を取り出してみせた。
「舐めろ」
「……」
克哉はそれを間近で見ることさえ抵抗があるようだった。
視線を逸らしつつ、おどおどと指を伸ばしてくる。
確かに他人の男性器に直接触れるなど今までに無かったことだろう。
ようやくそれを手に取ると、乾いた唇を半開きにしながら少しずつ顔を近づけてきた。
じれったい奴だ。
こんな調子ではいつまで経っても<接待>は終わらない。
御堂は苛立って、克哉の頭を乱暴に押さえつけた。
「早くしろ」
「ぐっ……!」
柔らかな唇が御堂のものに触れた瞬間、克哉が喉からくぐもった声を出す。
背けようとする顔を、そうはさせまいと更に押しつけた。
「しっかり咥えろ。お前はその身体で、私を接待するためにここに来たのだろう? なら、これも仕事のうちではないのか?」
「う、うっ……」
克哉は顔を顰め、きつく目を閉じたまま、それでもなんとか口を開いた。
その隙間から、紅い舌が覗く。
ゆっくり、ゆっくりと、克哉はそれを口内に含んでいった。
「っ……」
生暖かい湿り気に包まれた後、克哉の舌が御堂のものにようやく触れる。
舌先はその表面を僅かに撫でたものの、それ以上のことは出来ないようだった。
御堂は更に強く克哉の頭を押さえつける。
「まさかその程度で私を満足させられるとは思っていないだろうな? もっと深く咥えてしゃぶるんだ。唇と、舌を使って」
「ぐ、ぅっ……」
命じながら髪を掴んで頭を軽く揺すってやると、克哉は苦しげな呻き声を上げた。
そこまでされてようやく観念したらしく、とうとう唇で御堂のものを挟み込む。
そして今度は確かな意思をもって、舌を動かし始めた。
「ふ……」
柔らかくぬめる舌が蠢き、御堂の輪郭をなぞる。
相手がどこの誰であろうと、この行為に寄って与えられる刺激が齎す快楽にたいした違いはなかった。
敏感な皮膚の上を舌がおずおずと這い、擦る。
そのぎこちない動きを溢れてくる唾液が助けて、感覚は次第に滑らかに、淫らなものになっていく。
無心になることにしたらしい克哉は、やがてじゅぶじゅぶと音を立ててその行為に没頭していった。
「ふん、ようやくその気になったか……。だが、まだまだだな。もっと舌を動かせ……もっと……」
「うっ……ぐ、ぅっ…ふ……」
「歯を立てるなよ……そうだ……」
もはや頭を押さえつけずとも、克哉は必死に口淫を続けていた。
唾液は唇から顎を伝い、手首の辺りまでをもぐっしょりと濡らしている。
(もしも私の服や靴を汚したら、そのときはまた別の罰を与えてやろう)
そんなことを考えながら克哉のなだらかな剥き出しの背中を見ているうち、御堂の中の欲が少しずつ形を成してきた。
この白く、傷一つない肌に何かしら痕を残してやりたい。
玉のような汗が浮かび、流れるほどに、この身体を震わせ、滅茶苦茶にしてやりたいような―――。
「……っ」
その想像と克哉から間断なく与えられる刺激によって、御堂のものは確かに反応を見せ始めていた。
下肢はじりじりと疼くような快楽に支配され、息が乱れそうになるのを堪える。
そのとき御堂は克哉が幾度も落ち着きなく姿勢を変えていることに気づいた。
これは、まさか。
「君は……」
ある予感に駆られて、御堂は靴の先を彼の両足の間に強引に差し入れた。
そして、そこにあるものを爪先で無遠慮に踏みつける。
「う、ぐっ……―――!」
その瞬間、悲鳴にならない声を喉の奥から上げながら、克哉の身体が大きく跳ねた。
途端に離れそうになった頭を御堂は押さえつける。
靴の底からは、ある程度の質量をもった確かな弾力が伝わってきていた。
克哉は勃起していたのだ。
「クッ…クク……」
思わず肩を揺らして笑ってしまう。
なるほど、そういうことかと合点がいった。
この男がこれほど屈辱的で下劣な命令に従ったのは、単に仕事や同僚の為だけではなかったのだ。
克哉はこの異常な状況に興奮している。
同性の上司に全裸でのフェラチオを命じられ、それに従いながら触れられてもいない自身を硬くしている。
要するにこの男は一見取り澄ました顔をしていながら、本来は男好きで被虐趣味のある、淫乱な性質を持った人間だったのだ。
御堂はすっかり愉快な気分になって、指先で克哉の髪を弄んだ。
「随分と楽しんでいるようだな。君にこういう趣味があるとは知らなかった」
「違っ……」
「喋るな」
御堂は克哉の頭を押し戻す。
「君の趣味に文句をつける気はないが、勘違いしてもらっては困る。君は私に奉仕する為に、ここに来ているんだからな」
「う、うっ……」
「目標数値を変更してほしいのだろう? だったら、早く私を満足させてみせろ。ほら、もっと奥まで咥えて。もっと舌を動かせ」
「う、ぐ……ふ、ぅっ……う……!」
御堂に煽られて、克哉はますます激しく首を振り、舌を動かした。
苦しさのせいか、悔しさのせいか、赤く染まった目尻から涙が溢れ、頬を伝う。
その泣き顔を見た瞬間、御堂の背筋をぞくりと何かが走った。
「……ふっ……泣いているのか? 惨めだな……」
もうどんな嘲りを受けても何も感じないのだろう、克哉は虚ろな瞳から涙を流しながら愛撫を続ける。
これだけの目に合わされながらも身体が反応してしまうなど、きっと自分でも予想外のことだったに違いない。
(面白い―――)
御堂は愉快で堪らなかった。
この男がこんな変態だと知っている人間はどれほどいるのだろう。
もしかすると克哉自身も気づいていなかったのではなかろうか。
その考えは御堂の優越感と征服欲を満たし、欲望の解放をも促した。
「そうだ……お前は私の言うことを聞いていればいいんだ……ずっと……これからも、こうして……」
熱に浮かされたような呟きが無意識に口を突いて出る。
御堂もまたこの異常な状況に陶酔していたのかもしれない。
克哉の口内で御堂のものがびくびくと脈打つ。
吐精の予感に御堂は克哉の頭を押さえつけながら、自らも腰を揺らした。
「…っ……出すぞ……飲め…っ……!」
「……!!」
しかし射精の瞬間、克哉は力尽くで顔を逸らしてしまった。
「う、あぁっ……!」
白濁した精液が勢いよく克哉の顔に飛び散る。
最後の最後で命令に背いたことが腹立たしくて、御堂はまだ射精の続く自らの陰茎に克哉の顔をぐいぐいと乱暴に押しつけた。
「ううっ……嫌、だ……う、あぁ……」
「嫌だ? ここをこんなにしておきながら、何を……」
「あ、あっ……」
再び爪先で股間を小突いてやれば、克哉は明らかに甘い声を上げながら腰を震わせる。
唾液と精液と涙に塗れた顔で、それでもそこはやはり硬くなったままだった。
「私を接待しろと言ったのに、何故君まで楽しんでいる? 何を気持ち良くなっているんだ?」
「あ……や、ぁ、あっ……」
御堂の爪先に踏まれるたび、克哉の下肢が揺れる。
その動きは逃れようとしているようで、逆に押しつけてくるようでもあった。
そのまま続けていたら克哉まで射精していたかもしれない。
しかし―――。
「……ふん」
御堂は克哉を突き飛ばして立ち上がった。
克哉は「あっ」と小さな声を上げながら、床に転がる。
その惨めで滑稽な姿を見下ろしながら、御堂は己の衣服の乱れを手早く整えた。
「……今日のところは、これで許してやる」
御堂がそう言うと、克哉は僅かに安堵の表情を見せた。
しかし、それも一瞬で終わる。
「続きは、来週だ。日時はまた連絡する」
「えっ?! これで終わりじゃ……」
「まさか」
そうはいかない。
私はまだお前を解放してやる気はない。
「一度出した数字を下方修正するのは容易いことではない。それをこの程度で許してもらえると思っていたのなら大間違いだ。君はまだ私の労力に見合うだけの奉仕をしていない」
「そんな……」
「不満があるのなら、来なければいい。そのときはあの数字を達成してもらうだけだ。私は別に困らない」
「……」
克哉はここに来たときよりも更に顔色を悪くしながら、がっくりと項垂れた。
けれどそんな姿を見ても、ほんの僅かな同情も罪悪感も抱くことはない。
そんな必要はないのだと、よく分かったからだ。
「さて、いつまでも見苦しい姿を晒していないで、さっさと服を来て出て行ってもらおうか。それとも、まだしたいのか?」
「くっ……」
克哉はよろよろと立ち上がると、テーブルの上にあるティッシュで顔を拭った。
それから脱ぎ捨ててあった服を掻き集めて急いで身に着け、転げるようにして部屋を飛び出していく。
「く……くくっ……ははははは……!」
その後ろ姿を見送りながら、とうとう御堂は大声で笑った。
面白い玩具を手に入れた。
当分は退屈せずに済みそうだ。

―――さて、次はどんな<接待>をしてもらおうか。

そう考えて、御堂の胸は昏い期待に踊った。

- To be continued -
2015.04.20
2016.07.27 修正

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