鬼畜部長 13

乱れた呼吸が整うまでにしばらく掛かった。
今までに感じたことのないほどに強い快楽を味わったせいか、その余韻がまだ身体中のあちらこちらに残っている。
それでもあれほど騒がしかった部屋の中はいまやしんと静まり返り、耳の奥で響く自分の鼓動だけが生々しく聞こえていた。
「……」
うつ伏せたままぴくりとも動かない、汗でシャツの貼りついた克哉の背中を御堂は見下ろす。
両手首を拘束していたベルトを外してやると、そこは擦れて赤くなっていた。
だらりと力なく落ちる両手。
その指先に、御堂は自らの指を絡める。
さっきまできつく縋りついてきた指はなんの反応も示さず、御堂は僅かな不安のようなものを覚えて、肩越しに彼の顔を覗き込んだ。
頬や額にかかる薄茶色の髪を指先で除けてみると、真っ白な顔色をしてはいるものの、気を失っているだけらしく呼吸は安定している。
そうして御堂は少しの間、眠る克哉の顔を眺めていた。
綺麗な顔をしている、と思う。
背も高く、スタイルも悪くない。
きちんと髪を整えて、仕立てのいいスーツを着て、もっと堂々としていれば、さぞかし印象は変わるだろう。
それなのに彼がこれほどまでに自分に自信が無いのは、何かそうなるきっかけがあったのではないかと推測出来る。
しかしいったいどんな出来事があればここまで愚かな選択をするほどになるのか、御堂には想像もつかなかった。
「君は馬鹿だ……」
御堂は呟きながら克哉に手を伸ばすと、冷たい頬をゆっくりと撫で、それから唇をなぞった。
さっきこの唇から漏れたすべての音を思い出す。
快楽に溺れる声。
御堂を求める言葉。
熱に濡れた吐息。
けれどそのときの克哉の表情を思い出すことは出来ない。
考えてみれば彼を抱いている間、まともに顔を見れていなかったのだ。
御堂は克哉の身体を反転し、仰向けにさせる。
それでも克哉が目を覚ます気配はない。
すべてを曝け出した無防備な克哉の裸体を、御堂は再びじっと見下ろした。
この身体は確かに御堂を受け入れた。
彼は堕ちた。
けれど、まだ―――足りない。
何故、そう思うのかは分からなかった。
分からないままに御堂は吸い寄せられるように克哉の上に覆い被さると、その肌に唇を落とす。
胸元や首筋の柔らかな皮膚をきつく吸い上げては、いくつもの赤い痕を残した。
この痕に気づいたとき、彼は自分が御堂のものになったことを改めて自覚するだろう。
御堂に抱かれ、快楽を得て、自ら求めたことを思い出すに違いない。
(これはもう私のものだ―――)
何をされているのかも分からず、克哉は眠り続けている。
御堂はまだ身の内にくすぶる熱を感じながらも、その印を付け続けた。
抱いた相手にこんなことをするのは初めてだった。



翌朝、すっかり身支度を整えた御堂がバスルームを出ると、克哉がようやく目を覚ましていた。
ベッドの上で膝を抱え、蹲っている。
「起きたのか」
声を掛けると、克哉は酷く驚いたようだった。
「御堂、さん……?」
その顔が泣き出しそうな、けれど僅かに安堵しているようにも見えたのは気の所為だっただろうか。
朝の光に照らされた彼の身体には昨夜御堂がつけた赤い痕がいくつも散っていて、多少の冷静さを取り戻した今となってはどこか滑稽なものにすら見える。
所有の証として克哉自身に思い知らせるためにつけた痕のはずが、己の執着と欲ばかりをまざまざと見せつけられたようで、御堂は気まずさに思わず目を逸らした。
「……早くシャワーを浴びてこい。時間がない」
「は、はいっ」
ぴしゃりと言い放つと克哉は弾かれたようにベッドを降り、バスルームへと飛び込んでいく。
中で彼はあの幾つもの痕に気づくだろうか。
気づいたとき、彼はどう思うのだろうか。
そして昨夜の出来事を、彼はどう捉えているのか。
「……」
御堂は小さく舌打ちした。
いったい自分は何を気をしていて、何を知りたいのだろう。
背中越しにシャワーの音を聞きながら、御堂はどこか困惑している自分に気がついていた。
いつもならば夜のうちに克哉を置き去りにしてホテルを後にするはずがそれも出来ず、今も何故かここから動けずにいる。
しかし現実問題として、そうのんびりともしていられない。
分かっているのは、とにかく互いに今日もきちんと仕事をこなさなければならないということだった。
今日はいつもの定例ミーティングもある。
御堂は改めて時計を確認した。
自分はこのまま直接MGNに出社するつもりだったが、克哉も恐らく時間的にそうせざるを得ないだろう。
けれどシャワーを浴びて多少は冷えた頭で事態を把握すれば、何事もなかったかのような顔をして出勤することなど彼には到底出来ないように思えた。
そんなことは許されない。
逡巡の末、御堂が部屋の電話から頼んだルームサービスが届いた直後、ようやく克哉がバスルームから出てきた。
「あ、あの……」
「……」
まだだらしなくワイシャツを羽織っただけの克哉は、戸惑った様子で御堂を見ている。
御堂は彼が何かを言ってくるのではないかと思い、黙ってそれを待っていた。
罵倒か、皮肉か、恨み言かは分からないが、なにかしら彼には言いたいことがあるはずだと思った。
しかし、克哉は何も言おうとはしない。
昨夜のことを忘れてしまったわけでもないだろうに、詰るでもなく、睨むでもなく、ただ相変わらずおどおどとした態度で御堂を見つめ返している。
そのことが何故か御堂にはとても不愉快に感じられた。
「……ミーティングには遅れるな」
ぐずぐずしている時間は無い。
克哉の言葉を諦めた御堂はそれだけを告げて、今度こそホテルの部屋を後にした。

車を運転しながら御堂は考える。
何故、彼は何も言わなかったのか。
諦めたのか、それとも克哉にとってはその程度の出来事だったのか。
あの安堵したような表情はなんだったのか。
自ら求めたことをどう思っているのか。
それでもまだ仕事のため、仲間のためと言い張るのか―――。
「……ッ」
信号待ちで停止すると、御堂は苛立ちに任せてハンドルに拳を打ちつける。
佐伯克哉という人間が分からなかった。
理解出来なかった。
ただ彼の存在が無性に御堂を苛立たせた。
克哉が御堂を呼ぶ、掠れた、熱の籠った声が耳の奥に残っている。
乱れる思考の中、信号が青に変わる。
そして最後には「彼はあの朝食を食べるだろうか」などというどうでもいいことを考えながら、御堂はアクセルを踏みこんでいた。

- To be continued -
2019.12.02

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