暗夜情火 拾壱

埃っぽく、黴臭い蔵の中に湿った吐息が満ちる。
灯り取りに嵌められた格子の隙間から僅かな陽が射し込んで、そこに蠢く二匹の獣のうえに落ちていた。
「はっ……ぁ……旦那、様……」
「こんなに濡らして……本当にお前はこれが好きだな……」
「あぁっ……は、い……好き……で……す……」
孝典は克哉を背中から抱き締めながら、その赤く染まった柔らかな耳朶を噛んだ。
それだけで克哉はぶるりと身体を震わせ、孝典の手の中に収まっている屹立を更に硬くする。
吐く息は白いのに、着物越しにも肌が汗ばんでいるのが分かった。
「克哉……」
「んんっ……!」
囁きさえも刺激になるのか、克哉はびくびくと痙攣しながら縋りついている土壁に爪を立てる。
腰が揺れ、薄い双丘を強請るように孝典に押し付けていることに気がついてもいないらしい。
「旦那、さまっ……もう……」
鈴口からだらだらと糸を引いて落ちる雫が足元を濡らす。
あと少し力を入れて扱いてやれば弾けてしまうだろう。
しかし孝典は敢えて手を緩めると、淫らに肌蹴けた着物の奥に指を滑らせた。
なめらかな太腿の内側を撫で、足の付け根を思わせぶりに辿る。
「いつからそんなにいやらしくなった? 元からか?」
「ち……違っ……」
「そうか……ならば、やはりあの時からか……?」
「―――ッ!!」
孝典は苛立ちに任せ、克哉の白いうなじにガリと歯を立てた。
その瞬間、克哉はびくりと背を反らしながら果ててしまう。
「あッ……あ……あぁ……」
腰が波打つたびに精が噴き出し、壁に飛び散ったあとどろりと垂れていく。
それを見た孝典が呆れたように溜息をつくと、克哉は息を弾ませながら肩越しに怯えた目つきを寄越した。
「も……申し訳、ございません……旦那様……」
「……私がいいと言うまで我慢しろと言ったはずだが?」
「申し訳……ございませ……」
「まあ、いい。ならば、口でしてもらおうか」
「は、はい……」
克哉は下肢を濡らしたままでおずおずと孝典の前に跪くと、帯を解いた。
前を肌蹴け、下帯の中から既に固くなっている孝典のものを取り出す。
それから恐々と両手を添えると、微かに戦慄く唇を寄せた。
「んっ……」
まだその行為に慣れていない克哉は一瞬苦しそうに眉を寄せるが、すぐに夢中になっていく。
舌を絡め、音を立て、唾液で顎をべとべとに汚しながらも喉の奥まで咥え込もうとする。
その一生懸命な姿に、孝典は克哉の髪をゆっくりと撫でてやった。
克哉は上目遣いに孝典を見上げ、頬を染めて恍惚とした表情を浮かべる。
孝典はそんな克哉に狂おしいほどの愛しさを覚えつつ、反面では苦々しい自己嫌悪と戦っていた。
(私はいったい何をしている……?)
本城の屋敷で克哉を見つけたときから何かがおかしくなってしまったのだ。
それまで自分が克哉に抱いていた感情は同情や憐憫に始まり、やがて家族への愛情にも似たものになったのだと思っていた。
それがあの暗がりで、ほとんど着物が纏わりついているだけの乱れた姿で横たわっているのを見たとき。
それが他人の手に寄るものだと思ったとき。
そして彼が自分の背中で震えながら、掠れた声を上げながら、しがみつきながら果てたとき。
自分が彼に抱いている感情は、明らかな肉欲を伴った恋情なのだと気づいてしまった。
自覚してしまえばもう止められるはずもない。
昼となく夜となく、隙を見つけてはこうして克哉を弄ぶようになった。
今自分がしていることは、本城が克哉にしたことと変わりない―――いや、むしろもっと酷いはずだ。
そう自分を責めながらも、克哉の肌を、甘い吐息を、柔らかな笑みと声を誰の目にも触れさせたくないと思ってしまう。
独占して、心ゆくまで味わって、二度と離れられないようにしてしまいたい。
ほんの僅かでも自分以外に克哉の肌に触れたものがいると考えるだけで嫉妬に狂いそうになった。
(克哉は私のものだ―――)
見下ろすと、克哉は孝典のものを口に含みながらも腰をもじもじと揺らしている。
孝典は克哉の髪を掴み、顔を離させた。
「もう、いい」
「あ……」
心細げに見上げてくる克哉に加虐心を煽られる。
もっと溺れればいい。
薬など無くとも我を忘れられるほどに。
孝典は克哉の腕を掴むと、乱暴にそれを引いて彼を立ち上がらせた。
「もう一度そこに手をついて、尻を出せ。お前が望むものをくれてやる」
「旦那様……」
克哉は夢見心地のように呟いて、言われたとおりに尻を突き出す。
その柔順な態度はいつも孝典を苛立たせた。
本当はこんな風に抱きたくなどないのに。
克哉が暴れて、泣いて、抵抗してくれればやめられるかもしれないのに。
―――違う、そうじゃない。
抵抗しなくなるよう仕向けたのは自分だ。
だからもう克哉が決して抵抗しないことなどとうに知っている。
知っていて、こんな命令を下している自分は最低だ。
それでも彼を前にすると、狂気じみた欲望が暴れ出すのを抑えきれない。
乱暴に突き上げて、泣かせて、滅茶苦茶にしてしまいたくなる。
「克哉…っ……」
孝典はその欲求のまま、一気に克哉を貫いた。
「あ、あぁ―――ッ……!!」
さすがに苦痛だったのか、克哉は苦しげな声を上げて身体を強張らせた。
孝典自身も痛みを感じるほどにきつく締め付けられて、孝典は克哉の尻を叩く。
「もっと力を抜け」
「ぅ、あっ……!」
「……?」
尻を叩いたとき克哉の中がうねるのが分かった孝典は、もう一度そこを手のひらで打つ。
「あぁっ……!」
「クッ……」
やはり、だ。
どうやら克哉は尻をぶたれて興奮しているらしい。
孝典は喉の奥で笑い、緩く腰を動かしながら、わざと大きな音を立ててその滑らかな双丘を幾度も叩いてやった。
「お前は淫乱なだけではなく、変わった趣味をしているのだな。まったく……」
「いや、ぁ……旦那、さま……」
克哉の中は蕩けるような熱さをもって孝典自身に絡みついてくる。
繋がるたびに克哉の身体はいやらしさを増していくようだった。
次第に孝典の動きが速く激しくなり、克哉もまた同じように自ら腰を揺する。
粘った水音と荒い呼吸、衣擦れが、一定の調子で混じり合う。
膝の裏辺りをせり上がってくる衝動を二人は同時に感じていた。
「そろそろ……店に、戻らねばならない、からな……」
「……あっ、あぁ、は……旦那、様……ぅ、あぁっ……」
「さぁ……もう……出す、ぞ……」
「あぁっ……!」
出す、という言葉に反応したのか克哉の中がきゅうと締まる。
孝典は激しく腰をぶつけ、それに応えた。
「……っ……出、る……」
「あ……はい……出して……くださ、い……ッ……いっぱい、出して……!」
「くッ……!」
「う、あぁっ……!!」
孝典は甘く痺れる腰を突き出しながら、思う存分克哉の中に迸る欲望を注ぎ込んだ。
その熱を受け止めた克哉も二度目の精を吐き出す。
身体だけではなく、頭の中まで快楽で満たされて震えが止まらない。
やがて孝典が自身を引き抜くと、放たれた欲望が克哉の後孔から溢れて太腿を伝っていった。
生温かいその感触にさえ快感を覚えたのか、克哉はだらしなく口を開けたままその場にへなへなと座り込む。
「フッ……腰が抜けるほど良かったのか?」
「……」
克哉は答えず、ただとろんとした目を孝典に向けている。
何故か酷くいたたまれなくなって、孝典は思わず視線を逸らした。
「……今日はここの片付けをしておけ。また迎えに来る」
孝典は手早く後始末をして身なりを整えると、まだ呆然としている克哉を置き去りにして蔵を出た。
表の眩しさに顔を顰めながら、蔵の外から鍵を掛ける。
これでまた幾刻かは彼を閉じ込めておけることに安堵したのも束の間、再び激しい自己嫌悪が孝典を襲う。
こんなことを繰り返していても仕方が無いことぐらい分かっていた。
それでも、今はこうせずにはいられない。
嫉妬、不安、独占欲。
それらも全て心の奥に仕舞い込んで、鍵を掛けてしまえればいいのに。
孝典は掌の鍵を握り締めると、溜息をひとつ吐いて店の方へと歩いていった。

取り残された克哉はしばらく動けずにいたが、やがてのろのろと立ち上がった。
下肢や着物の汚れを簡単に落として、身なりを直す。
どうせ今日も孝典以外の人間に会うことはないのだから、多少見た目が不自然でも構わないだろう。
埃っぽく、黴臭い蔵の中はしんと静まり返っている。
ついさきほどまでここで起きていたことなど幻だとでも言わんばかりだ。
「……っ」
けれど、それは幻などではなかった。
身体の奥にまだ残っていた孝典の欲望がつうと零れるのを感じて、克哉は目を閉じる。
いつまでこんな状態が続くのだろう。
抱かれるたびに身体は悦びを覚えていくのに、心の内には虚無ばかりが広がっていく。
繋がり、果てた後にはいつも寂しさだけが残って、もう一度信頼してもらえるまで頑張るという決意まで揺らぎそうになった。
「……駄目だ。仕事、しよう……」
克哉は緩く頭を振ってから、薄暗い蔵の中を見回した。
それほど広くはなく、あまり使われていない所為かあちこちに埃が積もっている。
ここを片付けておけというのが孝典の命令だったが、恐らくは本当に片付けるべき物などないのだろう。
とりあえずは乱雑に積まれて雪崩を起こしそうになっている箱や紙の束でも整理しておこうと、克哉はそちらに力無く近づいていった。
「よっ……と」
持ち上げれば埃が舞い上がり、克哉は軽く咳き込む。
しかも恐れていたとおり、幾つかの箱はやはり音を立てて崩れてしまった。
「あぁ……」
こういうとき、本当に自分が嫌になる。
克哉は持ち上げた荷物を一度下に置き、崩れた箱に手を伸ばす。
そのうちの一つは蓋が開いて、中から紙が零れていた。
中身を戻そうとした克哉の手が止まったのは、その紙の端に本城の名が記されているのが見えたからだった。
「これは……」
手に取ると、折り畳まれていた紙がぱらりと開く。
箱の中にはまだ同じようなものが数通残されていた。
「旦那様……」
克哉がそこに書かれている文字を目で追っているとき、不意に表が騒がしくなった。
慌てて手紙を箱に戻し、扉に駆け寄る。
外の様子を伺おうと扉を押してみたが、それはぴくりとも動かなかった。
「鍵……」
そうだ、孝典は外から鍵を閉めていったのだ。
仕方なく克哉は扉の隙間に耳を当ててみる。
怒鳴り声のような、言い争っているような声が聞こえた。
店で何かあったのだろうか。
「旦那様! 旦那様……!!」
心配になって拳で扉を叩いてみるが、それは誰の耳にも届かない。
人が来る気配は無く、ただ離れたところから微かな騒ぎが聞こえてくるばかり。
「旦那様……」
いったい何があったのだろう。
嫌な胸騒ぎがする。
すぐにも孝典の様子を見に行きたいのに、自分はこんなところで何をしているのか。
もどかしさに苛立ちながらも今の克哉にはどうすることも出来ず、ただ扉に縋りついたまま唇を噛んだ。

- 続く -
2012.01.20

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