暗夜情火 拾
そして翌日から本当に克哉の行動範囲は制限され、孝典によって監視されるようになった。
他の奉公人達もどう説明されたのかは分からないが、克哉のいる場所に近づく事は無かったし、だから宏明や藤田と顔を合わせることも無かった。
仕事としては部屋や裏庭、蔵の掃除、それから書き物の作業などが与えられたのだが―――。
「……ッ…!」
孝典の部屋で文机の前に正座している克哉の顔が苦しげに歪む。
机の上には幾枚もの紙が広げられていて、そこには薬種の名前や分量、効能などが書かれていた。
それらは孝典が薬の調合について試行錯誤した結果を書き留めたものだったのだが、後から修正を加えたり書く順序が変わっていたりする所為で一見して分かり辛くなっている。
孝典はそれを他の者達にも使いやすいよう、分類して清書するよう克哉に指示したのだった。
けれど今、筆をきつく握り締めた克哉の手は文字を書くのを止め、ぶるぶると震えている。
薄く開いた唇からせつなげな吐息が途切れ途切れに零れ、頬はほんのりと赤く染まっていた。
既に外は暗く、もう店仕舞いの頃だろう。
そろそろ灯りをつけなければ仕事の続きが出来ない。
それでも克哉は動けないまま、ただ震えながら俯いていた。
「……っ……は…ぁ……ん、あっ……!」
やがて短く、やや高い掠れた声を喉の奥から振り絞ると、克哉の身体がびくんびくんと大きく揺れた。
克哉はしばらく目を閉じてなかなか止まらない痙攣に耐えていたが、そのうち脱力したように肩を落とすとはぁと長い溜息を吐いた。
「―――ッ!」
同時に、すうと襖が開く。
目を向けずともそれが誰なのかは分かっていたから、克哉は俯いたままだった。
「……こんなに暗くしていては、字など書けなかろう」
孝典はそう言って燭台を引き寄せると蝋燭に火を灯した。
部屋の中がぼんやりと柔らかな灯りに照らされる。
それから孝典は克哉の傍にやってきて腰を下ろすと、その手元を覗き込んだ。
「……あまり進んでいないようだな。お前は読み書きが得意だったはずだが」
「……」
孝典の言葉に、克哉は唇を噛む。
確かに読み書きは得意だった。
別の店で奉公をしていた頃、先輩にあたる奉公人達にさんざんやらされたからだ。
奉公人同士で読み書きなどを教え合うのはよくあることだが、克哉がされたのはほとんど嫌がらせのようなものだった。
間違っていなくとも、なんのかんのといちゃもんをつけられてやり直させられる。
他の者達が休んでしまった後までやらなければ終わらないほどの量を命令されて、出来ていなければ打たれることもあった。
しかし結局はそのおかげで読み書きに関しては苦労せずに済んだのだから、それだけは感謝していると言ってもいい。
孝典もそれを知っていて、この作業を頼んだのだろうから。
けれど―――。
「……やはり、集中出来なかったか?」
「あッ……!」
孝典に腕を掴まれた拍子に、落とした筆が紙の上を転がる。
肩を押され、ぐいと足を開かされると、着物の裾が盛大に捲れ上がった。
そうして露わになった下帯はまるで小便でも漏らしたかのようにぐっしょりと濡れ、着物までも汚していた。
「随分と気を遣ったようだな。そんなにこれが良かったのか」
「!! あぁッ……!」
後孔の辺りの下帯が僅かに膨らんでいる。
そこにある固いものをぐいと指先で押せば、克哉は弾かれたように仰け反った。
朝から孝典によって後ろに収められていた張型が、克哉の中を更に深く抉ったからだ。
「ククッ……また反応しているぞ」
孝典の言う通り、さっき放ったばかりの陽物は早くも緩やかに頭をもたげはじめ、下帯を押し上げている。
こんな状態では仕事になるはずもなく、もう何度達してしまったか分からない。
それなのに身体はまだ貪欲に刺激を求めている。
その事実が克哉には信じられなかった。
孝典に監視される生活を始めてから数日が経つが、その命令は普通の仕事だけに留まらなかった。
店が閉まり、夜の帳が下りると孝典から淫靡な指示が下される。
自分で慰めるところを見せてみろと言われたり、口淫をさせられたり、恥ずかしい格好で縛られたり。
克哉は羞恥に身悶えしながらも最後には熱く猛った孝典自身に貫かれて、とうとう耐え切れずに嬌声を上げながら精を吐き出すのだった。
いくら慕う相手だからといって孝典とこんな風に繋がることに、初めは抵抗があった。
痛くて、苦しくて、それ以上に悲しくて何度も止めてほしいと懇願した。
けれど孝典が聞いてくれることはなく、やがて克哉自身もこの行為に苦痛以外のものを感じるようになってきたのだ。
それは紛れも無い快楽であり、どれだけ克哉の心がそれを拒絶しようとしても、確実に克哉の身体を支配しはじめていた。
そして今日。
朝から張型を入れたまま過ごすよう命令されて、克哉はそのもどかしくせつない快楽に一日中苛まれれていたのだった。
前を触りたくなっても、店が開いているような明るい時刻に手淫など出来るはずもない。
堪らず文机の前でもじもじと腰を揺らしているうちに少しずつ限界は近づき、最後には触れてもいないのに気を遣ってしまった。
恥ずかしくて、情けなくて、それでもどうしようもなかったのだ。
そして今は孝典を目の前にして、再び醜態を晒そうとしている。
孝典の視線が自分のそこに注がれていると思うだけで、全身の皮膚がぞくりと粟立つようだった。
「余程これが気に入ったのか。それなら、今後はこれで慰めるといい」
「ぅ……あ……」
克哉は泣き出しそうに眉を寄せて、ふるふると首を振る。
「……なんだ? 嫌なのか?」
「……」
何故、否定するような態度を取ってしまったのか自分でもよく分からなかった。
いや、そうではない。
分かっているけれど、認めたくなかったのだ。
「嫌ならば嫌だと言えばいい。言わないのならば……」
「……い、や……です……」
「……」
震える声で克哉が答えると、孝典が唇の端を吊り上げる。
「そうか。なら、外してやろう」
「あぁっ……!」
孝典は克哉の下帯を緩めると、後孔に深々と突き刺さっていた張型をずるりと勢いよく引き抜いた。
その瞬間、克哉の下肢はまるで名残りを惜しんで後を追うかのようにがくがくと震えだす。
中を満たしていたそれが無くなって、どうしようもないほどのもどかしさが急激に高まるのが分かった。
「う、あ……あぁ……はぁッ………!」
克哉は目に涙を浮かべ、はぁはぁと息を弾ませた。
欲しい。
孝典が欲しい。
身体の最も深いところが、そう叫んでいる。
濡れたままの陽物はすっかり固くなって上を向き、立てた膝は細かく震えていた。
緩んだ下帯の奥でひくついている後孔さえも孝典に見られていると思うと、もう堪らなかった。
「……どうした。そんなに物欲しそうな顔をして」
「……しい……」
「聞こえないな」
「欲し、い……旦那様……欲しい、です……!」
涙声で強請られて、孝典はようやく満足したように微笑む。
克哉を畳の上に押し倒すと、自分も前を肌蹴た。
「……やはりお前は淫乱だな。克哉……」
克哉の足が大きく開かされる。
望んでいた熱が身体の奥に入り込んでくるのを感じて、克哉は悦びに咽び泣いた。
「あっ、旦那、様ッ……! あぁっ……!」
「……っ…力を、抜けっ……」
そう言われても、上手く力を抜くことなど出来ない。
克哉のそこは孝典を二度と離さないとでもいうようにきつく絡みつき、孝典もまた克哉を労わる様子も見せず強引に腰を揺さぶった。
ぎちぎちと引き攣るような交わりは情を交わす術ではなく、ただ己の欲をぶつけあう獣を思わせる。
それでも克哉は孝典の熱に中を掻き回されながら、必死で孝典の首に腕を回ししがみついた。
「あっ、あっ、あ、旦那、様……旦那様……!」
蝋燭の炎がゆらゆらと揺れて、壁に映った二人の影が歪む。
畳の擦れる音に混じる、粘った水音。
汗ばんだ肌の匂い。
その中で、不意に孝典が苦しげに呟く。
「お前は……どうして……」
いつもそうだった。
意地悪く喉の奥で笑い、慣らすこともせずに穿ち、闇雲に突き上げておきながら、孝典はいつも苦しそうな顔を見せる。
そんな孝典の表情を見ると、克哉はますます泣きたくなるのだった。
「旦那、様……」
「くっ……」
孝典の動きが更に激しくなる。
克哉はただそれに身を任せ、翻弄され、快楽の波に呑まれていった。
何故か寝過ごしてしまったような気がして克哉は慌てて飛び起きたが、まだ部屋の中には静かな夜の闇が満ちていた。
ほっと胸を撫で下ろしたものの、隣りで身じろぎした温もりに気づいて思わずぎょっとする。
孝典と同じ部屋で眠ることに、なかなか慣れることが出来なかった。
「……」
とても不思議だった。
こうして孝典の横にいることも、寝顔を見下ろしていることも。
身体の痛みなら幾らでも耐えられる。
けれどあれほど恋慕っていた人に接吻され、抱き締められ、肌を重ね、それなのに胸の内はどこまでも暗く沈んでいた。
どうせ報われないのだからと恋心を押さえ込んでいた頃よりも今のほうがずっとずっと苦しくて、
そしてそれでもまだ孝典を好きだと思う気持ちだけは揺るぎなく自分の中にあるのだった。
「旦那様……」
克哉は小さく呟く。
結局は、全て自分が蒔いた種なのだ。
あんなにも優しかった孝典が、こんな風に人が変わったようになってしまったのも。
孝典にとってきっと本意ではないからこそ、いつも苦しそうにするのだろう。
あんな顔をさせているのは自分だ。
全ては身の程も弁えずに無断で本城と約束などして、孝典にあんな迷惑を掛けてしまった自分の所為なのだ。
許可無くこの部屋を出てはいけないなどと言われたのも、きっと自分が信用出来なくなったからなのだろう。
自分勝手に行動させない為、他の者と勝手に接触させない為にそうすることに決めたのだと思う。
店を辞めさせられなかっただけマシなのかもしれないが、信用されていないと分かっていながら勤めるのもまた辛いことだった。
けれど、諦めたくはない。
もう一度、孝典に信用してもらいたい。
恋慕の情が叶わなくとも、孝典の恩に報いることさえ出来ればそれでいい。
仕事の上でだけでも、必要な人間だと思ってもらえればそれで良かった。
(旦那様……オレ、頑張りますから……)
だから、どうか見捨てないでほしい。
その為ならばどんな命令でも受け入れる覚悟はある。
克哉は孝典の寝顔を見つめながら改めてそう決意し、冷えた布団の上で固く拳を握り締めた。
- 続く -
2011.12.29
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