THE FINAL JUDGEMENT【08】  -崩壊-

とても優しくて、どこか懐かしい人だった。

その人はいつからかここに来て、それからずっとオレの傍にいてくれるようになった。
いつもオレを抱き締めてくれて、キスしてくれて、気持ちよくしてくれる。
オレはここに来てからいろいろな人達にいろいろなことをされたけど、この人にされることが一番気持ち良かったし、この人の傍にいるときが一番幸せだった。
だからもしかしたらこの人はオレが知っている人なのかもしれないと思って一生懸命顔を確かめてみようとしたけれど、 その顔はいつもぼんやりと霞掛かったようになっていて、どうしても確かめることは出来なかった。
でもそれはこの人に限ったことじゃないから、あまり気にはしていなかった。

オレが求めると、この人はいつでもすぐに応えてくれた。
キスをして、髪を撫でてくれた。
ぎゅっと抱き締めてもくれた。
優しい。
すごく優しい。
どうしてそんなに優しくしてくれるのだろうかと不安になるほどに。
だからオレは早く早くと先を強請る。
他の人に抱かれているときはこんな風に不安になったりしないのに、この人だけは違う。
誰とするよりも気持ちがいいのに、もっともっとしたくなるのに、最後にはいつも泣きたくなる。
オレにはそれがとても不思議だった。
「んっ……うぅ……」
その人が、オレの胸のピアスを引っ張っている。
乳首が千切れてしまいそうなほどに引っ張られて、そこはじんじんと熱を持って疼いていた。
「君は本当に淫乱だな……」
低い声が、オレを嘲笑う。
その声は氷のように冷たいのに、オレの身体はたまらなく熱くなっていた。
「ふっ……ううっ……」
堪え切れず、オレは自分の指を噛んだ。
錆びた鉄のような味がする。
さっきから開きっぱなしの後ろが、ひくひくと蠢いているのが自分でも分かった。
「痛いのが好きなんだろう?」
「ひっ……!」
ピアスを捻られて、僅かな突起までもが引き攣る。
それでも、オレの身体は確かに悦びを感じていた。
早く入れて欲しい。
激しく犯してほしい。
この人の熱で、奥まで貫かれたい。
「こんなことをされても、まだ勃起しているんだからな……。君のことだ、これだけでイけるんじゃないか?」
「あ……」
それはイヤだ。
オレがふるふると首を振ると、その人が喉の奥で笑うのが聞こえた。
いつからか、この人は変わってしまった。
以前のようには優しくしてくれなくなった。
代わりに与えられるようになったのは噛みつくようなキスと、乱暴な愛撫。
冷酷な言葉でオレを詰り、欲望のままにオレを貫く。
それは今までにオレを抱いた他の男達によく似ていた。
「ああッ……!」
なんの前触れもなく中を穿たれて、思わず大きな声を出してしまう。
その人はオレの足を持ち上げ、激しく奥を突き上げた。
オレのペニスは根元を紐で縛られていて、射精することが出来ない。
その状態で、もう何度犯されたか分からなかった。
縛ったのはもちろん、この人だ。
「どう、だ……? 君が欲しかったのは、これか?」
「……っ」
揺さぶられながら尋ねられて、必死で頷く。
けれどその人はオレの足首をきつく掴んで、苦しいほどに膝を折り曲げてきた。
そして骨がぶつかるぐらい、強く腰を打ちつけてくる。
「嘘をつけ。これでなくとも、いいのだろう? 指でも、玩具でも、他の誰のものでも、中を掻き回してくれるものならば、なんでも……」
「うぅっ……」
最近のこの人は、そればかりを口にする。
私でなくても、誰でも、何でもいいのだろうと。
そしてそれを言うとき、この人の声はとても苦しそうなものに変わる。
泣き出したいのを、叫び出したいのを堪えているような声に。

そうなのかもしれない。
オレを気持ち良くしてくれるのなら、何でもよかったのかもしれない。
けれどいつからか、オレはこの人がいいと思うようになっていた。
優しいこの人が好きだったけれど、今の荒々しいこの人も好きだ。
だってどちらもこの人で、何故かとても懐かしかったから。
「……!」
その人が、抱え上げたオレの足首に噛みついた。
オレの身体のあちこちには、この人の歯形が残っている。
オレにはそれがとても嬉しかった。
まるで自分がこの人のものである証のように思えた。
「あ、あぁ、あ……」
オレは精一杯手を伸ばして、その人をもっと傍にと引き寄せる。
もっと、して。
オレを支配して。
何も考えられないように。
何も思い出せないように。
優しさなんていらない。
優しくされれば不安になる。
そんなことより、ただ滅茶苦茶に抱いてほしかった。
快楽はいつも正直で、余計な思考を挟む隙もない。
言葉よりなにより相手が自分を求めてくれていることが伝わる。
自分を解放すればするほど相手も喜んでくれる。
オレはこの人とそんなふうになりたかった。
なれるんじゃないかと思っていた。
でも、この人はそうじゃなかったみたいだった。
いつからかオレを抱いた後、オレから離れて眠るようになった。
いつもぎゅっと抱きしめたまま眠ってくれていたのに、ベッドの中でこの人の遠い背中を見るたび、オレは悲しくなってきつく目を閉じた。
きっとオレはこの人に嫌われるようなことをしてしまったのだろう。
オレはバカだし、何も出来ない人間だから仕方がない。
悲しくて、悲しくて、死んでしまいたいぐらいだったけれど、きっとこれはオレに与えられた罰なんだと思った。
オレが犯した全ての罪に対する罰。

「くッ……!」
不意に身体の奥で、熱いものが弾ける。
オレもイきたいのに、それはさせてもらえない。
けれど注がれた刺激に中がびくびくと痙攣して、オレの身体はそれに合わせて跳ねた。
その瞬間、ペニスに巻かれた紐がするりと解かれる。
「あ、あぁぁ―――……ッ!」
堰き止められていた欲望が、一気に迸る。
意識が飛びそうなほどの快感。
目の前が白くショートして、オレは大量の精を吐き出しながら達していた。
「はっ…はぁ、はぁ……」
オレの上で、その人は項垂れたまま肩を上下させている。
オレは滲む視界の中、必死にその人の顔を見ようとしていた。
何故か、いつもと様子が違うような気がしたからだ。
長い長い間があって、やがてその人は苦しげに呟いた。
「……もう、君を抱けない」
オレは耳を疑った。
抱けない?
もう抱いてくれないの?
声が、肩が、手が、震えだす。
どうして。
どうして、そんなことを言うのだろう。
「う……うぅ……」
イヤだ、と言いたいのに言葉が出てこない。
そして同時に、イヤだと思っている自分に驚いてもいた。
自分の意志で何かを拒んだりすることなんて、ずっと忘れていた。
オレは必死に首を振って、その気持ちを伝えようとした。
けれど、その人はオレを見てくれない。
どうすればいいのだろう。
心臓がばくばくと鳴っている。
オレが起き上がろうとすると、その人のペニスがずるりと身体から出ていった。
「あ……」
オレは内側に伝うものを感じながら起き上がり、その人に向き直った。
膝の上で硬く握られている拳に恐る恐る触れてみる。
そんなこと言わないで。
もうオレを抱かないなんて言わないで。
「無理だ……私には、もう……」
なにが無理なの。
あなたはオレに執着してくれていたんじゃなかったの。
オレを抱いて、あなたも感じてくれていたんじゃなかったの。
オレはあなたがいい。
あなたにしてほしい。
それなのに、あなたはオレを見捨てるの?
もうオレには飽きたの?
オレが嫌いになったの?
オレはいらないの?
怖い。
怖くて、怖くて、たまらない。
この人に捨てられたくなかった。
嫌われたくなかった。
この感情には覚えがある。
遠い昔、オレがいつも抱いていたような。

重ねた手の甲に何かがぽとりと落ちた。
オレは驚いてその人の顔を見上げる。
ぼんやりとしか見えない頬に、何かが光っているのが分かった。
「君と一緒に、壊れてしまえたらと思った……。このままここで君を抱いて生きていけばいいのかもしれないとも思った……。 けれど、やはり私には出来ない。あの頃のように、傷つけるだけで君の傍にはいられない……。君を愛することをやめるなど出来ない……」
二つ、三つ、雫が落ちて、オレの手を濡らしていく。
この人は泣いているのだ。
泣かないで。
オレがあなたを泣かせてしまったのなら、謝るから。
オレはその人の顔に手を伸ばした。
指先が触れた頬は濡れていた。
「克哉……どうして……」
その人はオレの手を握り、強く頬に押しつける。
もう、いいから。
何も言わないで。
それ以上、言わないで。
それを言ってしまったら、きっと何もかも壊れてしまう。
やめて。
オレはこのままでいたい。
ここで、ずっとあなたと繋がっていたい。
けれどその人には伝わらなかった。
絞り出すような声で、とうとうその人は言ってしまった。
「君を抱いているのは私だ……。御堂孝典だ。どうして、どうして、分かってくれない! 私は君を、こんなにも愛しているのに……!」

みどう たかのり―――。

その瞬間、何処からかパン!という甲高い破裂音がして、オレの頭の中で何かが砕け散った。
閉ざされていた重い扉が軋んだ音を立てて開いていく。
視界を覆っていた靄が、少しずつ晴れていく。
焦点が、少しずつ合っていく。
そしてオレはその人の顔を見た。
「あ……あ……」



嘘、だ。



「あ……あァァァァァァァッ!!」
腹の底から叫んだ。
嘘だ。
全部、嘘だ。
どうしてこの人がここにいる?
オレはここで何をしていた。
オレはこの人に何をした。
今まで起きた出来事が、次々と脳裏にフラッシュバックしていく。
「克哉?! 克哉!」
「あぁぁぁぁ! うあぁぁぁぁぁ!」
嫌だ。
信じたくない。
触らないで。
オレを見ないで。
抱き締められそうになって、必死で暴れる。
頭を抱えて、丸くなって、少しでも自分の姿を隠そうとした。
醜くて汚い、自分の姿を。
「克哉! 私だ! 落ち着くんだ!」
「あぁぁぁぁ! あああああああ!」
これは夢なんだ。
全部、悪い夢。
オレが他の男達に抱かれたことも、この人に全てを知られてしまったことも、全部夢だ。
「克哉!」
もう、オレを呼ばないで。
オレを見ないで。
何処かへ行って。
一人にして。
もう、嫌だ。
こんなのは、もう嫌なんだ。
だからあの時、自分を消そうとしたのに。
どうしてオレはこんなところにいるんだ。
どうしてこの人の前にいるんだ。
オレなんて消えてしまえばいい。
二度とこの人の前に現れないように、永遠に、消えて―――。
「克哉……!!」



目の前が真っ暗になる。
もう誰の声も聞こえない。
良かった。
これで良かったんだ。
でも、ごめんなさい。
あなたに直接謝ることさえ出来なくてごめんなさい。
馬鹿なオレでごめんなさい。

ごめんなさい、孝典さん。



「フ……フフフッ……」
気を失い、脱力した克哉の身体を抱き締めている御堂の前に、何処からともなくMr.Rが姿を現した。
肩を揺らしながら、愉快そうに笑っている。
「……とうとう壊してしまわれたのですね。佐伯克哉さんを……」
御堂は腕の中の克哉を見つめた。
あの叫び声。
あの瞬間、彼はきっと全てを理解したのだ。
自分に起きたことも、今まで自分を抱いていたのが誰なのかも、全て。
「そうです。そして、佐伯さんは耐えられなかった。自分が愛する人を裏切り、それを全てあなたに知られてしまったという事実に。 あなたがこんなところにまでいらっしゃらなければ、佐伯さんも辛うじて自我を保てていたことでしょうに……」
「克哉……」
御堂は克哉を正気に戻さなければならないと思っていた。
しかし、それは克哉にとって新たな地獄の幕開けでしかなかったのだ。

私が、壊した。

御堂は震える指で克哉の頬に触れた。
克哉は目覚めない。
ようやく捕まえたと思ったときには、もっと、もっと遠くに行ってしまっていた。
「どうです? ご自分の手で、愛する人を更なる深淵へと突き落としたご気分は……」
Mr.Rが耳元で囁く。
「仕上げを、ありがとうございました」
「あ……あ……」
御堂が叫ぶ。
しかしその叫び声もすぐに途切れて消えてしまった。
二つの絶望を前にして、黒いコートの男だけがいつまでも笑い続けていた。

- To be continued. -
2017.07.13

[←前話]     [→次話]



[←Back]

Page Top