THE FINAL JUDGEMENT【07】  -耽溺-

週明けの定期ミーティングを終えて、本多と片桐はMGNを出た。
今夏に発売されるMGNの新商品ビオレードはキクチの8課が営業を担当することになっている。
これほど大きな仕事を任されるようになったのもプロトファイバーで培った実績のおかげだ。
既にMGNのほうは準備万端といった具合で、あとは細かい数字とこちらの営業計画との擦り合わせをするばかりになっている。
全て順調にいっているように見えたが、本多と片桐の表情は晴れなかった。
「……御堂部長は大丈夫なのでしょうか」
片桐が心配そうに呟く。
このプロジェクトを指揮するはずの御堂は今週から休みを取っていた。
やはり御堂がいないと会議も何処か締まらない。
しかも御堂と克哉、二人の戦力を失った一室は忙しいなどという言葉では言い表せないほどの状況に陥っているようだった。
その為、今日のミーティングも急遽時間が早まったうえに慌ただしく終了することとなったのだ。
御堂は常に万が一に備えて詳細な資料と指示を残していたので、いきなり担当が変わっても仕事そのものは滞り無く進んでいる。
けれど御堂の体調不良の原因を誰しも分かっているだけに、皆複雑な想いを抱えながらもおおっぴらにそれを口に出すのは憚られるような重苦しい空気があった。
「僕達もお見舞いに行ったほうがいいんでしょうか?」
「いや。それは、やめておいたほうがいいんじゃないですかね」
「そう……ですよね」
本多に言われて片桐はしょんぼりと俯く。
今は御堂を一人にしておいたほうがいいだろうと本多は思った。
あの御堂のことだからのんびり休んでいるなどということはないだろうが、むしろ克哉を探すことに専念出来るほうが御堂にとってはいいのかもしれない。
御堂なら、きっと克哉を見つけられる。
あのとき御堂に掛けた言葉は本多の本心からのものだった。
「佐伯君が戻ってきてくれれば、それが一番なんですけどね……」
「……」
片桐の言う通りだ。
克哉が戻ってきてくれさえすれば、それでいい。
全て元通りになる。
きっとうまくいく。
(だから、早く戻ってこい)
抜けるような青空を見上げながら、本多は心の中で克哉に呼びかけた。







卑猥な水音が部屋の中に響いている。
足を投げ出し、ベッドヘッドに凭れるようにして座った御堂は、横から自分の屹立を必死にしゃぶっている克哉を見下ろしていた。
「……もっと、舌を使え」
「ん……ぅ……」
命令されるがままに克哉は舌を動かし、先端の周囲を丁寧に舐める。
手と顔を唾液でべとべとにしながら、それでも彼は一生懸命に御堂の要求に応えようとしていた。
克哉は御堂のどんな命令にも従った。
イくなと言えば泣きながら射精を堪え、自慰をしろと言えば自ら後孔を弄ってみせる。
あの男が用意したのだろうか、部屋にあったあらゆる道具を使って御堂は克哉を弄んだ。
そして克哉が従順であればあるほど募る苛立ちに任せ、言葉の限りを尽くして詰り、嘲笑した。
「もっと、奥までだ」
「んんっ……!」
御堂に強引に頭を押さえつけられ、克哉がくぐもった声を上げる。
息苦しいのだろう、克哉は目尻から涙を零していたが、それでも克哉の中心はしっかりと硬くなって上を向いていた。
「……舐めているだけで勃ったのか? 相変わらずだな」
御堂はククッと笑いながら、手元にあったバイブを取りスイッチを入れる。
そしてブルブルと振動を始めたそれを克哉の後孔にあてがった。
「んん―――ッ!」
しかし御堂はそれをただ入口に押し当てるだけで、決して深く埋めることはしない。
克哉はもどかしさに腰を振った。
「ほら、口が止まっているぞ」
「うぅ……」
克哉は再び顔を上下させて、御堂への愛撫を始める。
けれど下肢が疼いてたまらないのか、その動きはさっきよりもぎこちない。
御堂はバイブの先をほんの僅か入れては、また抜くのを繰り返した。
克哉は先走りに濡れた先端をシーツに擦りつけ、少しでも快感を得ようとしている。
その浅ましい姿に御堂は思わず顔を歪めた。

何の為に自分はここまで来たのだろう。
克哉を救いたかったはずだった。
彼を奪い返して、もう一度今までの生活を取り戻すつもりだった。
それなのにこのザマだ。
嫉妬、後悔、欲情。
膨らむ醜い感情に、理性と決意はもろくも飲み込まれ、溺れてしまっている。
いっそこのまま、ここで永遠に克哉とこうしているのも悪くないとさえ思ってしまう。
(狂っている―――)
この場所がなんなのか、あの男が何者なのか、克哉を見ていた客達は誰なのか、それすらもう疑問に思うこともなくなった。
飲み食いもせずに生き、尽きることのない性欲を身を持って体験している今となっては、そんな疑問は瑣末なことでしかない。
ここでは欲望と快楽のみが生きる糧なのだ。
「……」
射精の予感に、御堂は克哉の髪をぐいと掴んでその顔を引き離した。
その途端、唾液にまみれた屹立から欲望が噴き出し、克哉の顔にかかる。
「あぁっ……」
それは克哉の頬に、唇に、白く飛び散った。
克哉は一瞬目を見開いて、身体をびくびくと震わせる。
下を見ると、克哉もまた射精していた。
「クッ……まさか顔にかけられて感じたのか? やはり君は変態なんだな」
「う……うぅ……」
克哉はうっとりとしながら、唇についた御堂の精を自らの舌で舐め取る。
果てはしたものの、後ろが物足りないままなせいかまだ腰をもじもじと揺らしていた。
「……後は、自分でするんだな」
しかし御堂は冷たく言って、バイブを克哉の鼻先に差し出した。
「これを使え。だが、前に触るんじゃないぞ。後ろだけでイってみせろ」
「あ……」
克哉はおずおずとそれを受け取る。
それから御堂の正面に座ると、大きく足を開いて、そこにバイブをあてがった。
「んっ……ん……」
息を詰め、克哉はゆっくりとそれを沈めていく。
後孔がバイブをどんどん飲み込んでいく様子を、御堂はじっと眺めていた。
「あ、はッ……はぁ……」
よほど我慢していたのか、克哉は自分で自分の中を激しく掻き回す。
さっき放った精液が後ろにまで伝って、そこはぐちゃぐちゃと軽い水音を立て始めた。
何度も手が前に触れようとしては、御堂の鋭い視線に気づいて離れる。
自分の感じるポイントは自分が一番よく分かっているのだろう。
達したばかりの克哉の中心は、再び頭をもたげはじめていた。
「ああっ…あぁ……」
「……」
自分で自分を慰めながら、克哉は時折御堂に潤んだ視線を向ける。
誘っているのか、強請っているのか、しかしその視線に御堂が応えることはなかった。

本当はこんなことがしたいわけではない。
捨てきれない理性が御堂を苦しめる。
いや、理性ではない。
克哉が愛しい。
愛しくてたまらない。
たとえ自分のことが分からなくても、克哉が他の男に抱かれて快楽を得ていたとしても、それでも御堂は克哉を愛していた。
きっと、あの頃からそうだったのろう。
欲望のままに彼を陵辱していたとき。
彼が真正面から自分を見ないことに苛立ち、もっと私を求めろと怒りにも似た感情を抱いていた。
それは彼が欲しいと、彼を自分だけのものにしたいと思っていたからこそだった。
彼を嬲れば嬲るほどに欲望は膨らみ、彼に飢えた。
持て余したそれを手酷く彼にぶつけた。
あのときからずっと御堂は克哉を愛していたのだ。
していることはあの頃と変わらなくても、今はそれを自覚している。
けれど、もうあの頃には戻れない。
克哉を愛していると気がついてしまったからには、本当はもう彼を傷つけたくなかった。
はにかんだ笑顔も、驚くほどの頑固さも、甘い囁きも、今は知ってしまったから。
愛していると素直に言葉にする喜びを知ってしまった。
だから、もう―――。
「あっ……あ……あぁぁぁー……ッ!」
克哉がか細い悲鳴を上げて、絶頂を迎えた。
御堂の指示通り、一度も触れていない屹立からだらだらと精液が溢れる。
後孔がバイブをきつく咥え込みながら、ひくひくと痙攣しているのが見えた。
「……本当に、後ろだけでイったのか」
「あ……はぁ……はぁ……」
克哉は顔を真っ赤にしながら、呆然と荒い息を吐いている。
それから脱力し、シーツの上にどさりと倒れ込んだ。
「克哉……」
さすがに疲れたのか、克哉は今にも眠ってしまいそうな目でぼんやりと空を見つめている。
御堂は手を伸ばし、汗に濡れた克哉の髪を撫でた。
克哉は目を細め、唇を笑みの形に変える。
「克哉……」
御堂は克哉にくちづけた。
柔らかく啄ばみ、舌先で唇を舐める。
克哉は半分眠りに落ちながら、それでも緩く唇を開いて御堂のくちづけを受け止めた。
愛している。
君を愛している。
あの頃に戻ることも、この先へ進むことも出来ないまま、ただその想いだけが確かなものだった。



「……随分とお楽しみのようですね」
御堂が部屋の片隅にあるソファに腰掛けていると、すぐ傍からMr.Rの声がした。
この男が突然姿を現しても、もう御堂は驚かない。
ベッドでは克哉が規則正しい寝息を立て始めていた。
「……貴様の目的は、いったいなんなんだ?」
疲れきっていた御堂は、Mr.Rを見ることもなく問い掛ける。
幾度となく同じ問いを繰り返してきたが、この男から納得のいく答えが返ってきたことはなかった。
何の為にこんなことをするのか。
克哉に何か恨みでもあるのだろうか。
御堂の疑問に、男は流れるような口調で答えた。
「私は、私自身の欲望を満たしたいだけです」
それでは、さっぱり分からない。
ただでさえ疲弊した頭と身体では、男の言葉の真意まで探ることは出来そうになかった。
御堂が軽く溜息をつくと、Mr.Rは勝手に付け加える。
「建前やしがらみ、羞恥心、常識……人の心が被っている多くの邪魔なベールを取り払ったとき、人は初めて自身の欲望にのみ忠実になる……。 そしてその醜さに絶望しながらも、自ら虜になっていくのです。そんな人間の姿を見ることは、私にとって至上の楽しみなのですよ」
陶酔しきったような男の声が、御堂の中を緩やかに侵食していく。
やはりこの男は悪魔だ。
人を堕落させ、その様子を見て楽しんでいる。
だが、何故それが克哉でなければならなかったのだろう。
「佐伯さんは稀に見る逸材ですから」
御堂の心中を見透かしたように男は言った。
確かに克哉のような存在はそういないだろう。
彼は激しい欲望を内に抱きながらも、人一倍過剰に自己を抑制している。
そんな人間こそが堕落させるのに相応しいということか。
「……それなら貴様の目的は既に達成しているな」
「さぁ……それは、どうでしょうね」
Mr.Rは意味ありげに笑う。
この男はまだ不満なのか。
克哉だけでなく、自分までもが絶望し欲望に流されているというのに。
これ以上、何処へ堕ちればいいというのだ。
「ねぇ、御堂さん……」
黒い皮手袋の手が背後から御堂の肩に置かれる。
「私にもっと見せてくださいな。あなた方がもがき、絶望し、堕ちていく様を……」
「……っ!」
その手を振り払おうと、御堂は勢いよく後ろを振り返る。
しかし男は霧のように消えてしまい、そこにはもう誰もいなかった。
「くそッ……」
御堂は悔しさに、ぎりと奥歯を噛み締める。
男の高い笑い声が、いつまでも遠くで響いていた。

- To be continued. -
2017.07.11

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