THE FINAL JUDGEMENT【06】  -ショータイム-

「はっ……あ、あッ……!」
「くっ……」
御堂は自分の上で腰を振る克哉の姿を、複雑な想いで見上げていた。
Mr.Rとこの部屋で別れてからどれぐらいの時間が経過したのか、御堂にはまったく分からない。
まだ一晩かもしれないし、もう一ヶ月を過ぎたような気もしていた。
あれ以来、御堂はなんとか克哉を正気に戻そうと努力した。
しかし掛ける言葉はすぐにくちづけに阻まれ、触れた手は欲情を帯びて快楽の海へと飲み込まれてしまう。
この場所がそうさせるのか、克哉自身がそうさせるのか。
常に部屋中に漂う甘い香りと克哉の媚態を前にして、御堂の理性的な思考は少しずつ麻痺していった。
「あっ、ん……」
焦点の合っていないような克哉の目つきは今も変わらない。
相変わらず克哉は自分が誰に抱かれているのか分かっていないようだった。
「克哉……」
御堂は克哉に求められるがまま、克哉を抱く。
セックスのみに溺れる日々。
こんなことではいけないと分かっていても、御堂はこの異常な状況に慣らされ、流され始めていた。
「あ…イく……イくッ……!」
克哉の屹立から、だらだらと蜜が溢れる。
彼の声が聞けるのは、こうして快感に喘いでいる間だけだった。
それならばと克哉が自分を思い出してくれるように、かつて与えた愛撫を重ねてもみた。
克哉は喘ぎ、悶え、腕の中で身を震わせるものの、やはり御堂の名を呼ぶことはなかった。
それでも克哉がいなくなってから一人で過ごした時間よりはずっと幸せだと思ってしまうのを、御堂はどうすることも出来ずにいた。
「克哉……」
腕を引き寄せると、克哉は微笑みながら身体を前に倒してくる。
そして待ちきれないといった様子で、熱い唇を押し付けてきた。
以前のように恥らうこともなく、素直にこちらを強請る克哉に御堂はますます煽られる。
唇を重ねたまま激しく下から突き上げてやると、克哉は殊更息を弾ませた。
荒い呼吸がそのまま口内に流れ込んできて、御堂は克哉の舌を強く吸う。
互いの身体に挟まれた克哉の屹立から漏れた蜜は、御堂の下肢に糸を引いて零れた。
どれだけ抱いても、欲情が止め処なく溢れてくる。
膨らんでいく。
「んっ……!」
御堂が硬い屹立を握り締めてやると、克哉はびくりと腰を跳ねさせる。
そのまま強く上下に擦り、克哉を貫いた。
克哉は律動に合わせて腰を揺らしながら、後孔で御堂をきつく締め付ける。
「んっ、ん…んぅ……!」
克哉はそれでもくちづけを解くこともなく、むしろもっと深く舌を絡ませてくる。
御堂の手の中でぐちゃぐちゃと音を立てているそれが解放の気配に脈打った。
「克哉……」
「ん……う、んんッ……―――!」
「……!」
御堂の手の中に、克哉の欲望がどっと溢れる。
くちづけたままだった所為か、射精の瞬間克哉の歯が御堂の唇を傷つけた。
微かな痛みと血の味を感じるのと同時に、御堂も克哉の中に精を注ぎ込む。
克哉は力尽きたのか、がくりと腕を折るとそのまま御堂の上に倒れ込んだ。
「あ…は、ぁ……」
ひくひくと未だ震えている克哉の背中に、御堂はそっと手を回す。
汗に濡れた互いの肌は燃えるように熱い。
それなのに心の中は何処までも冷えたままだった。

気づくと、御堂はベッドに一人きりだった。
浅い眠りから覚めたばかりのぼんやりとした意識の中で、御堂は隣りの空いたシーツの上を撫でる。
そこはひんやりと冷たく、克哉が残したはずの温もりもなかった。
「克哉……?」
唇を動かすと、そこがぴりりと痛んだ。
さっき克哉につけられた痕に御堂は指先で触れる。
大丈夫。
克哉がここにいたことだけは夢ではない。
そのことを確認して安堵しながら、御堂はベッドから下りた。
毛足の長いカーペットの上にふらつく足で立つと、放り出してあった服を着る。
部屋の中に克哉の姿は無かった。
いったいどこに行ったのだろう。
扉に近づき押してみると、てっきり鍵でも掛かっているのだろうと思っていたそれは意外にも呆気無く開く。
部屋の外には、来たときと同じ暗い廊下が闇の中に長く伸びていた。
「克哉?」
試しにもう一度名を呼んでみるも、やはり応答は無い。
御堂は僅かな躊躇いを感じながらも克哉を探す為に部屋を出ることにした。
考えてみれば、ここに来てから一度もこの部屋を出たことがなかったのだ。
出ようと思ったことすらなかった。
やはりこの場所はおかしい。
どれだけ思考や理性を保とうとしても、際限無く湧き起こる強い性的欲求によってそれはぐずぐずに溶けてしまう。
こんなことではいつまで経っても克哉を連れ帰ることなど出来ないだろう。
後ろで扉が大きな音を立てて閉まると、再び静けさが訪れた。
御堂はゆっくりと廊下を進んでいく。
物音や人の気配がしないだろうかと、細心の注意を払いながら歩いた。
廊下はただ真っ直ぐに伸びているだけで曲がることも分かれることもないというのに、何故か迷ってしまいそうな感覚に陥いる。
御堂は冷たい壁に手を添えて、それを辿りながら歩くことにした。
そのうち手に触れていた壁がふと途切れる。
足を止めて暗闇に目を凝らすと、そこには更に下へと下りる階段があった。
「……」
階段の先もやはり暗く、どれぐらい続いているのかも分からない。
しかし耳を澄ませると、階下からなにやら人の声のようなものが聞こえてきた。
「……克哉?!」
試しに大声で呼んでみたが、その声はどこに反響するでもなく闇の中に吸い込まれてしまう。
御堂は慎重に階段を下りていった。
次第に人の声がはっきりと聞こえてくるところをみると、やはり空耳ではなかったらしい。
階段を下りきったところで、またしても大きな扉が御堂を迎えた。
酷く嫌な予感がする。
これを開けてはならないと、もう一人の自分が止める声が聞こえる。
それでも御堂の手はいつの間にか扉を押し開けていた。
「……!」
薄暗い部屋の中は噎せ返るような大勢の人の気配で満ちていた。
そこは御堂と克哉が過ごしていた部屋とは違い、広いホールのようになっている。
たくさんの椅子とテーブルが並べられ、前方には一段高くなったステージのようなものまであった。
まるで結婚式の披露宴か、ディナーショーの会場を思わせる設えだ。
そしてそこにいったい何処からどうやって集まったのかは知らないが、たくさんの男達が席に着いて歓談を楽しんでいた。
下卑た笑い声や興奮したような会話があちこちから聞こえてきて、御堂はその淀んだ空気に顔をしかめる。
この中に克哉がいるのだろうか?
御堂が克哉を探し始めようとしたとき、唐突に眩い光が灯されて全員の視線がそちらへ向けられた。
スポットライトが照らすステージの中央に、椅子に座った男が一人いる。
彼は椅子の上で両手首両足首に鎖を巻かれ、それぞれを四方に高く吊り上げられていた。
その男は―――。
「かつ、や……」
さっきまでざわついていた男達は一斉に静まり返り、ただじっとステージ上の克哉を見つめている。
御堂もまた見たくないのに目を逸らせないでいた。
克哉は俯いていて、どんな表情をしているのかは分からない。
けれどその中心が硬く勃ち上がっていることが全てを物語っていた。
ひくついている後孔までもが晒されているものの、そこには何かが入れられているようなことはない。
克哉はただ、こんなにも恥ずかしい格好で衆目に晒されること自体に感じているのだった。
「う……」
克哉が微かに呻く。
誰も、何もしていない。
ただそこにいる誰もが克哉の痴態に興奮していることは確かだった。
静寂の中で時折生唾を飲み込むような音がして、やがて男達の息がハァハァと荒く弾みだす。
そこかしこからズボンのファスナーを下す音がして、彼らはステージ上の克哉を見つめながら恥ずかし気もなく自慰に耽りだした。
克哉の屹立はぴくぴくと跳ねて、透明な雫を零しはじめている。
椅子の上で克哉が少しずつ腰を揺らし始めると、重たそうな鎖がじゃらりと鳴った。
「克哉……!」
その音で我に返り、ステージに向かって駆け出そうとした御堂の腕を誰かが掴む。
振り返ると、そこにはMr.Rが立っていた。
「貴様……! 離せ!」
「お静かになさってください。他のお客様のご迷惑です」
「客だと……ふざけるな! いいから、手を離せ! どういうつもりだ、こんな……!!」
「佐伯さんには時折こうしてショーをやって頂いているんです。お客様にも大変好評で、今ではこのクラブRの名物にもなっているんですよ」
「馬鹿々々しい……克哉を見せ物にするな!!」
「……ですが、ほら。あなたもよくご覧になってください。誰よりもこのショーを楽しんでいらっしゃるのは、佐伯さん自身なのですよ?」
「なにを……」
御堂は再びステージ上を振り返る。
克哉は次第に感極まってきたのか、顎を突き出して息を乱し始めていた。
ぎしぎしと音を立てながら腰を揺らし、後孔を椅子の座面に擦りつけている。
その動きに合わせて揺れる屹立は、振動の刺激だけで今にも達してしまいそうなほどになっているのが遠目にも分かった。
「あっ…あ……あ……」
虚ろな表情は、それでも克哉が感じていることを伝えている。
頬を染め、せつなげに眉を寄せ、唇の端からは唾液が零れていた。
喉の奥からか細い喘ぎを漏らしながら、克哉は縛られたまま身悶えている。
繋がれた鎖が、煩いほどに鳴る。
「克哉……!」
とうとう堪えきれず、御堂はMr.Rの手を振り払って克哉の元へと走った。
ステージに上り、克哉の前に立った瞬間。
「あぁッ……!」
「―――!」
克哉の身体がびくりと大きく震えて背中が弓なりに反ると同時に、屹立の先端から勢いよく白い精が噴き出した。
それは正面に立った御堂にも飛び散り、服を汚す。
「あぁ……は、ぁっ…はぁッ……」
「克哉……」
これは、なんだ。
この場所はいったいなんなんだ。
何が起きているんだ。
シャツについた克哉の精液を指で掬い取りながら、御堂は信じられない気持ちでそれを見つめた。
どうして。
どうして、こんなことに。
克哉が姿を消してから、幾度も繰り返した問い掛け。
けれど目の前にいる克哉がその問いに答えてくれることはない。
部屋の中がざわめき、それもやがて静かになる。
克哉は鎖に繋がれたまま、それでも幸せそうに微笑んでいた。

Mr.Rが克哉の戒めを解く間、御堂はただ無言でその過程を見つめていた。
それからぐったりと弛緩している克哉の身体を抱え、元いた部屋に戻った。
すぐに克哉を乱暴にベッドに放り出すと、すかさずその上に圧し掛かり両腕をシーツに縫い止める。
押さえつけた手首には鎖で擦れた痕が赤く残っていて、痛みを感じていないはずがなかった。
しかし克哉は怯えることもなく、まだ絶頂の余韻が残っているかのようなとろりと潤んだ瞳で御堂をじっと見上げている。
「克哉……」
御堂は克哉の手を離すと、両足を抱え上げて後孔を大きく開かせた。
それだけで克哉は期待に目を細める。
「あ、あぁ……」
溜息のような声を漏らし、克哉は自ら腰を突き出す。
御堂はぐいと下肢を進め、克哉の中を一息に貫いた。
「ああっ……!」
喉を見せて、克哉は喘ぐ。
繋がった場所が焼けるような熱を持って、快感を全身に伝えていく。
後孔が御堂のものを締め付け、御堂もまた顔を歪めた。
克哉は息を荒げながら、御堂の律動に合わせて腰を振る。
彼はただ、快楽だけを求めている。
解放だけを求めて、御堂に溺れる。
その幸福に染まった頬が御堂の胸を抉る。
「もう、誰でも……いいのか……」
克哉を揺さぶりながら、御堂は思わず呟いていた。
「君は……誰でも、いいのか……? 私でなくても……」
御堂の呟きなど聞こえないかのように、克哉はただ悦びに身を震わせている。
微笑みを浮かべながら、御堂によって与えられる快楽を全身で貪っている。
「克哉……私はもう、いらないのか……?」
抱けば抱くほどに、克哉が感じれば感じる程に、虚しさだけが大きくなっていく。
克哉は誰に触れられようと、誰に貫かれようと、喘ぎ、悶える。
指一本触れずとも、ただ視線に晒されるだけで達してしまうのだ。
「克哉……君は……」
こんなにも愛しているのに。
君を啼かせるのも、悦ばせるのも、自分一人であり続けたかったのに。
(それなのに、どうして君は―――)
どれだけ繋がっても、克哉には伝わらない。
その苛立ちに御堂の嗜虐心に火がついた。
「ひ、あぁぁぁっ!」
御堂は克哉の屹立の先端に爪を立てた。
瞬間、克哉の身体が大きく波打ち、悲鳴が上がる。
「君は誰でも良かったんだな。こんなにも淫乱になって……君は、私でなくても……」
「ああっ、あぁ……」
御堂は更に深く爪を食い込ませる。
それでも克哉は恍惚とした表情を浮かべていた。
「は、あぁ……!」
その痛みにさえ、克哉は感じているようだった。
屹立の色が変わるほどにきつく握り締められていても、爪が刺さったままの先端からはだらだらと薄い液が溢れ続けている。
克哉がどんな刺激でも快楽に変えてしまうことは知っていた。
少々手荒く扱っても、それは欲情を煽ることになりさえすれ彼が拒絶することはない。
けれどそれはお互いが合意の上でのことだったはず。
今は違う。
彼が憎い。
彼を愛しているからこそ、憎かった。
こんな気持ちで克哉を抱いたのは、あのとき以来だ。
「……!」
出会った頃、克哉に与えた仕打ちを思い出す。
あの頃の御堂は確かに克哉を支配し、懇願させ、跪かせることだけを考えていた。
彼を泣かせたい、自分にすがりつかせたいと思っていた。
そのときの気持ちに今は似ている。
愛しさよりも苛立ちと憎しみのほうが強く、傷つけることでしか愛せなかった頃に。
「克哉……」
御堂は音がするほどに強く腰を打ちつけた。
もっと傷つけたい。
そう思ってしまう自分の感情に、御堂は恐怖を覚えた。
「克哉……」
「あ……ああぁッ……―――!」
御堂が手を緩めた瞬間、克哉の屹立から精が迸る。
全身が緊張に固くなり、後孔が御堂自身をきつく締め付けた。
「くっ……」
目も眩むほどの快感が御堂の身体を突き抜ける。
こんな状況でも快楽を得てしまう自分が堪らなく嫌だった。
それなのに欲望は尽きることを知らない。
底無し沼にはまり込んでしまったかのように抜け出せる気がしない。
「はぁ…はぁ、はぁ……」
ぴくぴくと痙攣を続ける克哉の身体を、御堂はひどく冷めた目で見下ろしていた。
傷だらけの肌。
その傷をつけたのが自分でないことだけが悔しい。
「克哉……これが、君の本当の望みだったのか……?」
御堂は克哉の手首の傷をそっと指でなぞる。
君を滅茶苦茶に壊したい。
これ以上誰にも壊せないよう、粉々になるまで。
どうせ元の君が戻ってこないのなら、いっそ誰の手にも渡せないようにしてしまえばいい。
君を愛するのも、君を傷つけるのも、私だけでなければならない。
だから、いっそ―――。
克哉の胡乱な微笑みを見つめながら、御堂は自分自身もまた壊れ始めていることを感じていた。

- To be continued. -
2017.07.08

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