THE FINAL JUDGEMENT【03】 -違和感-
あのDVDが届いた日から一週間が過ぎた。
昨日、太一からメールが来たものの、新しい情報は何も掴めていなかった。
その間に御堂は興信所に改めて克哉の捜索を依頼し、あの金髪の男の情報も合わせて伝えておいた。
しかし今のところこちらからも望むような結果は得られていない。
警察はまだ鑑定中とのことだし、克哉の両親のほうも相変わらずだった。
「克哉……」
御堂はリビングのソファに身を沈めたまま携帯電話を手に取る。
データの中から克哉の画像を開くと、それをぼんやりと見つめた。
不意打ちで撮った写真だったから、ディスプレイの中の克哉は少し驚いたような顔をしている。
その後、照れて怒りながら自分にも撮らせてほしいと強請った克哉。
彼の携帯電話にはそのとき撮った画像が残されているはずだ。
あれが恐らく唯一、二人で写っている写真だろう。
あれから送られてきたDVDを幾度も確認してみたが、やはりディスクには何も収められてはいなかった。
今となってはあんな映像でも見たいと思ってしまう。
もう一度、克哉の姿を見たい。
克哉の声を聞きたい。
時間が経つにつれ克哉への想いは色褪せるどころか、日増しに強くなっていくだけだった。
「克哉……」
まるで口癖にでもなってしまったかのように、御堂は克哉の名前を呟く。
こうして休日に一人で家にいると、そこかしこに克哉の面影が浮かんだ。
リビングのソファに、キッチンのカウンターの向こうに、バスルームに、ベッドの上に、克哉を思い出さない場所はただのひとつも無い。
何故、克哉はここにいないのだろう。
クローゼットには克哉の服が、玄関には克哉の靴が、洗面所には克哉の歯ブラシが、まだしっかりと残されているというのに。
(克哉……どうすればいい? どうすれば、君を見つけられる?)
やれることは全てやった。
思いつく限りの手を尽くした。
それなのに状況はひとつも変わっていない。
今もあの男は克哉を抱いているのだろうか。
それとも、他の誰かに?
考えるだけで気が狂いそうになる。
いっそ本当に狂ってしまえたらいい。
そして克哉が傍にいるという幻想の中で生きられたなら―――。
「馬鹿だな、私は……」
御堂は頭を振った。
馬鹿な考えは捨てなければ。
克哉は生きているのだ。
自分は彼を救い出さなければならない。
御堂は立ち上がるとクローゼットへと向かった。
探す当てもなかったが、それでもじっとしてはいられなかった。
なによりこの部屋に一人でいるのは辛すぎて、どうしようもなかった。
夕闇が近づく頃、御堂は克哉が住んでいたアパートへと向かった。
一日中、今までに克哉と訪れたことのある場所を探して回ったが、やはり克哉に繋がる情報を得ることは出来なかった。
駅前のパーキングに車を止めると、ロイドの前を通り過ぎ、住宅街の中を歩いていく。
人通りは少なく、けれど何処からか夕食のいい匂いが漂ってきてなんとなく物悲しくなった。
家並みの中から目指すアパートが見えてきたとき、御堂はその建物の前で覚えのある人影を見つけた。
「……来ていたのか」
御堂が声を掛けると、彼―――本多憲二は少し驚いたようだった。
「ああ……アンタか」
しかしその反応は酷く力無い。
大きな身体と声でいつも鬱陶しいぐらいのバイタリティに溢れていた男が、今は何処か小さく見えた。
「中に入るか?」
「いいのか?」
「ああ。許可は得ている」
御堂は本多と共にアパートの階段を上り、克哉の部屋へと向かった。
ここの合鍵は克哉の残した荷物の中から見つけたものだ。
恋人とはいえ勝手に荷物を漁るのは気が引けたが、そうも言っていられなかった。
それからは克哉の両親からの許可もあって何度か部屋の中に入っている。
郵便受けには数通のダイレクトメールが挟まっているだけだった。
鍵を回し、ドアを開けると、淀んでいた部屋の中の空気が大きく揺れる。
薄暗い室内は、前回訪れたときとなんら変わったところはなさそうだった。
「克哉……」
窓を開けている御堂の後ろで、本多が低く呟くのが聞こえた。
克哉の失踪を知ったとき、自分と克哉の両親の次にショックを受けていたのは恐らく彼だっただろう。
そしてその日から、本多も必死に克哉を探している。
むしろ彼のほうが、御堂以上に克哉について知っているのかもしれなかった。
キクチ繋がりの知り合いから、数年来つきあいのないはずの大学時代の友人達にまで、本多は克哉のことを尋ねて回っていた。
こういうとき彼の行動力は心強い。
以前はいがみあってばかりいたが、今だけは時々連絡を取り合っていた。
「何か、分かったのか?」
本多は所在無さげに突っ立ったまま、御堂に尋ねる。
「……いや」
一瞬、脳裏にあの映像が浮かんだが、御堂は敢えて否定した。
本多にはDVDの件を話すつもりはなかった。
話せば、彼の性格からいって暴走しかねない。
それに太一と違って、話したところで得られるものがあるとは思えなかった。
「俺のほうもだ。……ったく、どこ行っちまったんだよ、克哉……」
「……」
御堂は克哉のベッドに腰を下ろした。
ついで本多もフローリングの上に座り込む。
苛立たしげに髪を掻き回す彼を、御堂は横目で見るに留めた。
克哉のこの部屋には、ほとんど荷物は残されていない。
主だったものは引越しの際に御堂のマンションへ持っていったし、彼はもともと物に執着するタイプではなかったから、何かを集めたりすることもなかったようだ。
それでも克哉がこの部屋を借りたままにしていた理由に、御堂は気がついていた。
彼には逃げ場が必要だったのだ。
克哉が自分との関係を続けていくことに、常に不安を抱いていることを御堂は知っていた。
その不安に押し潰されそうになると、克哉はここに来る。
一人になって、気持ちの整理をつけて、そして必ずまた御堂の元に帰ってきた。
彼が逃げ場を持つことで、僅かでも安心出来るのならばそれでいいと思っていた。
そしていつか克哉がこのアパートを引き払う決心がつくことを願ってもいた。
御堂は夜の闇が侵食し始めた部屋をぼんやりと見回す。
この部屋で克哉は何を考えていたのだろう。
どんな気持ちで、ここで暮らしていたのだろう。
もしかしたら自分は克哉のことをなにひとつ分かっていなかったのかもしれない。
そう考えると、何も出来なかった自分自身に怒りが湧いてきて仕方が無かった。
「……なぁ。なんか、変じゃねえか?」
沈黙を破って、本多がぽつりと言った。
「変、とは?」
「克哉はさ、確かにおとなしくて、目立つのが嫌いで、どっか危なっかしい奴かもしれないけど……。
でもこんな風に誰にも言わず自分から姿を消すような、無責任な奴だとは思えねえんだよ」
「……」
御堂も、そう思う。
克哉があんな目に合わされていると分かってしまったからには、この失踪も彼の意思ではないはず。
あのとき克哉は確かに自分に助けを求めたはずだと信じたかった。
「昔の克哉ならまだしも、アイツは変わったんだよ。アンタとプロトファイバーの仕事をした頃から、なんつうか
……しっかりしてきたっていうか、自信を見せるようになったっていうか……」
克哉と出会ったときのことを思い出す。
克哉は本多と二人、いきなりMGNまで押しかけてきて、この仕事をやらせてくれと言ってきたのだ。
最初は本多一人が喋り続けていたものの、旗色が悪くなった途端、克哉は猛然と反撃してきた。
ただ口篭り、立ち尽くし、仕事をくれと熱心に訴える友人をおろおろと見守っていただけの彼が、まるで別人のような一面を見せた。
そしてこちらの事情を見抜いた鋭い交渉に、結局は御堂が折れるはめになったのだ。
そのときに味わった屈辱と憤りが、彼に《接待》を強要するきっかけになったことは間違いない。
けれどその後の彼は、やはりおどおどと自信の無い気弱な青年に戻っていた。
そのことに違和感を覚えなかったといえば嘘になる。
けれど彼を知れば知るほど、あのときの鋭い分析も、気の強さも、普段は内に秘めているだけで、元々の彼の資質なのだということが分かった。
だから御堂は今まであの彼の変わりようを不思議に思うこともなかったのだが。
「……眼鏡」
「あ?」
克哉が言っていた。
自分は不思議な眼鏡を持っていて、その眼鏡をかけると別人のように変わってしまうのだと。
能力が上がり、そのかわり他人に傲慢な態度を取ってしまう。
プロトファイバーの営業をさせてほしいと頼みに来たときも、その眼鏡の所為であんなことを言ってしまったのだと半ば言い訳のように語っていた。
御堂はその話を単なる彼の自己暗示だと片付けてしまったが、果たして本当にそうだったのだろうか?
そういえばその眼鏡は誰かに貰ったとも言っていた。
それは誰だったのだろうか?
「おい。眼鏡って、なんのことだよ?」
「……いや。なんでもない」
馬鹿馬鹿しい。
ここまで来て、今更そんな非科学的な話を信じてどうするのだ。
幸い、本多はそれ以上追求してくることもなく盛大な溜息をついただけだった。
「……とにかくさ。なんか変な感じがするんだよ。もしかしたら神隠しにあったんじゃねえかとか、そんな……」
「ふざけるな……!」
たった今、眼鏡のことを考えた自分をくだらないと切り捨てたばかりなのに、本多までもがオカルト紛いのことを言い出したことに御堂はつい声を荒げた。
「なにが神隠しだ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。克哉は生きているんだ。私が絶対に見つけ出す……!」
「……」
御堂の鬼気迫る様子に圧倒されたのか、本多は再び黙り込む。
確かに何かがおかしいような気がする。
しかし何にせよ、克哉が消えたのは紛れも無い事実だ。
それならば絶対に克哉を見つけてみせる。
もう一度、この腕に抱いてみせる。
克哉は私のものだ。
御堂は唇を噛みしめながら、改めて心に強く誓った。
部屋はすっかり暗くなってしまった。
御堂は再度窓とカーテンを閉め、戸締りを確認する。
「……行くか」
「おう」
何処か名残惜しさを引きずりながら玄関へと向かう。
そのとき本多が何かを確信した口調で言った。
「アンタなら、きっと克哉を見つけられると思う」
それは願いでもあり、励ましでもあったのだろう。
「……当然だ」
そう言い返してやると、暗がりの中で本多が僅かに笑ったのが見えた。
そして二人が改めて玄関へと向かったとき。
『フフフ……』
「―――?!」
御堂が勢いよく後ろを振り返る。
「な、なんだよ。どうしたんだ?」
「いや、今……」
御堂でも本多でもない、誰かの笑う声が聞こえたのだ。
しかし振り返った御堂の後ろには、ただ真っ暗な部屋があるばかりだ。
その闇の中に目を凝らしてみたが変わったところは何も無い。
(今のは……)
今の笑い声はどこかで聞いた覚えがある。
その吐息までが感じられるほど耳元の近くで聞こえた。
男の声だった。
あの、笑い声は―――。
「……御堂?!」
瞬間、足元の地面が突然ぽっかりと穴を開けたような気がした。
すっと重力が移動し、全身の力が抜ける。
いきなりシャッターが下りたかのように視界が遮断され、御堂の意識は漆黒の闇へと落ちていった。
- To be continued. -
2017.07.04
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