BIRTH 04


何をバカなことを言っているんだ、と一笑に付される覚悟はしていた。
正直に言えばトウタ自身もあの男が本当にルックなのか、それとも良く似た別人なのかはっきりとした判断がつきかねていたからだ。
十中八九間違い無いとは思うのだが、その確信を得る為にもレックナートへの取次ぎを急ぎたかった。
(……寧ろ別人であってくれたほうがいいのかもしれない)
ふとトウタはそう思った。
もしも本人であれば、また別の問題が生まれてきてしまう。
なんと言っても彼は重大な罪を犯しているのだ、生きていましためでたしめでたしで済まされるはずがない。
けれどそれならば尚更あのまま放置しておくわけにはいかなかった。
トウタが用件を告げてからしばらくの間、シーナはただ無言でこちらを見つめるばかりだった。
まるで未知の生物にでも出会ってしまったかのように硬直し、困惑しているのが伝わってくる。
その反応にトウタは僅かな違和感を覚えた。
二人は過去、共に戦った仲間だ。
その仲間が大きな戦争を引き起こし、そのうえで命を落としたという事実はとても悲しく、衝撃的な出来事ではあっただろう。
しかも今更その彼が生きていたと聞かされれば動揺するのも無理はない。
それにしてもシーナのそれは、少なくともキニスンやエイダの反応とは明らかに違っていた。
動揺が大き過ぎるのだ。
長らく続いた沈黙に痺れを切らしたトウタがとうとう先を促そうとしたとき、半開きのままだったシーナの唇がようやく動いた。
「……嘘、だろ……?」
その今にも泣き出しそうな、震えて掠れる声を聞いたとき、トウタにはある予感がした。
この人ならば、きっと彼を救ってくれるだろうという予感。
そしてシーナはすぐに動き出した。

魔術師の島と連絡を取るには大統領の許可がいるのだそうだ。
シーナはすぐに人を呼んでレパントにその旨を伝えるよう指示をすると、自分はすぐに馬車を手配してトウタを引き摺るようにして共に乗り込んだ。
馬車の中でシーナは無言だった。
ルックが生きているという話を彼が本当に信じてくれたのかは分からない。
しかしシーナはそれを聞いて寸分の迷いもなく、自ら確認に向かうことを選んだのだった。
その頃にはもうさすがのトウタにも、二人が単なる昔の仲間というだけの関係ではないのだろうと気づいていた。
当時の二人にどんなことがあったのか、十五年の間に何があったのか無かったのか、詳しいことは知らないし分からない。
けれどキニスンやエイダにとってのルックと、シーナにとってのルックは全く別の意味を持った存在なのだろうことは容易に察しがついた。
馬車の中でシーナは青褪めた顔できつく唇を噛み締めたまま、ときに苛々と膝を揺すっていた。
そんな彼の姿は傍から見ていても、とても尋常とは思えなかったのだ。
トウタがグレッグミンスターに着くまでに掛かった時間の半分ほどで、二人を乗せた馬車はキニスンの住む森の近くまで辿り着いた。
ここからは歩いて小屋へと向かう。
既に陽も傾きだした森の中は足元がよく見えないほどに暗く、それでもシーナは小走り気味になりながら森の奥へと進んでいく。
トウタもそれに必死についていきながら、先を案内した。
やがて目指す小屋が見えてきて、二人は扉の前で止まる。
トウタが名を名乗りながら軽く扉を叩くと、それが中からゆっくりと開いた。
その瞬間、シーナは戸を開けた青年を押し退けるようにして部屋の中へと駆け込んでいってしまう。
そして驚き、呆然としている他の者達を尻目にベッドの傍に立つと、そこに眠っている人をただじっと見下ろした。
「あ、あの……」
「……」
声を掛けようとしたキニスンをトウタがそっと制する。
シーナの行動は無礼ともいえるものだったが、今だけは許してやりたかった。
しばらく立ち尽くしていたシーナは、やがて力が抜けていくかのようにゆっくりとその場に膝をついた。
それから恐る恐るルックの顔に指を伸ばし、頬に触れ、撫でる。
その間、シーナの肩も指もずっと細かく震えているのをトウタは見ていた。
「……ルック」
シーナがそう呟くのを、トウタは確かに聞いた。
やはり彼はルックだったのだ。
シーナはのろのろと立ち上がると、ようやく部屋の中にいる他の者達に目を向けた。
「ルックさんを見つけてくれた、キニスンさんです」
「キニスン……」
トウタの紹介で、キニスンが一歩前に出る。
シーナは彼のことをあまり覚えていないのか、曖昧な笑顔を浮かべながら手を差し出した。
キニスンもその握手に応じる。
「シーナです。ルックを見つけてくれて、ありがとう」
「い、いえ……」
ぎゅっときつく手を握られ、頭まで下げられて、キニスンは戸惑いぎみに答える。
キニスンの中にあるシーナの印象とは随分変わったように見えた。
「それで、あの……」
「ルックは俺が引き取ります」
これからどうするのか相談しようとしたキニスンの言葉を遮って、シーナがきっぱりとした口調で申し出る。
その提案にトウタは慌てた。
「で、ですが、彼が間違い無くルックさんなのであれば、シーナさんの元に彼を置くのは拙いのでは……」
「レックナート様にいつ会えるのかはまだ分かりません。会えたとしても、その後どうなるのかも分からない。 その間、ずっとここで面倒見てもらうわけにもいかないでしょう」
「でも、大統領がお許しにならないのでは……」
「親父には俺からきちんと説明します」
「……」
シーナ以外の全員が顔を見合わせる。
幾ら人のいいキニスンとて、ずっとここで彼の世話をするわけにはいかないだろう。
しかし他国のこととはいえルックは重要戦犯なのだ。
そんな人間を大統領の住む家で預かるなど、どう考えても許されるとは思えない。
一方で経済的にもレックナートとの繋がりを考えても、シーナが引き取ってくれるのが最もいい方法であるのも確かだった。

その後、小一時間話し合った結果、やはりシーナがこのまま連れて帰るということで決着した。
シーナがどうしても意見を曲げなかったこと、他にいい方法が思いつかなかったこともある。
それでも少なくとも大統領に許可を貰ってからにするべきだと周囲は説得したのだが、シーナは一刻も早く彼を引き取りたいと主張し続けた。
代わりに元々あちこちを放浪していたトウタとミオはしばらくグレッグミンスターに留まり、ルックの世話を助けることになった。
そもそもここまで馬車で来たのも、初めからルックを引き取るつもりだったかららしい。
大統領にどう説明するかはこれから考える、という話には少々不安を覚えたもののシーナの意志は酷く固く、結局は受け入れざるを得なかった。
「また、改めて御礼に来るから」
「そんなことは別にいいんです。ただ僕達もルックさんのその後が気になりますので、時々は状況を知らせて頂けると嬉しいです」
「……ありがとう。エイダもありがとう」
「いや……」
「……?」
そこでシーナが、ずっと大人しくしていたライに気づく。
シーナはライに視線を合わせるように、ライの前に跪いた。
「ライといいます。シロの子どもなんです」
「……ああ! シロ! 思い出した!」
やっぱり思い出せてなかったんだな。
シロの名前を聞いて、シーナの記憶はようやくはっきりとしたものになったらしい。
ライの頭を撫でるシーナの様子を見ながら、キニスンは思わず笑ってしまった。
「それじゃあ、行こうか」
そう言って、シーナはベッドに横たわるルックをそっと抱き上げた。
まるで愛しい宝物を抱くようなその仕草と表情に、トウタは内心はっとさせられていた。
何処か異国の童話のように、シーナが今にも彼にくちづけ、そして彼が目を覚ますのではないかという錯覚に襲われる。
そうしてシーナはルックとトウタ、ミオと共に馬車に乗り込むと、来た道を急いで引き返していった。

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2012.11.13


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