ordinary days [後]
御堂はようやく処理の終わった書類の山を乱暴に束ねると、大きな溜息をついた。
ある程度の予測はしていたものの、これだけ時間が掛かるとさすがにうんざりする。
(もう、十一時か……)
時計を見て、思わず舌打ちした。
苛立ちから、つい克哉に八つ当たりするような態度を取ってしまったことが悔やまれる。
けれど彼に手伝えることが無かったのは事実だし、今日ばかりはオフィスで待つようなことはしてほしくなかったのだ。
すぐ近くに彼がいると思うと、かえって苛立ちが募りそうだった。
それならまだ、自宅で待ってくれていたほうが諦めもつくと思ったのだ。
しかし結局それはさほど意味をなさず、彼を傷つけたのではないかという気懸かりばかりが残っただけだった。
(……準備は、うまく行っただろうか)
御堂は片づけを終えると、ひったくるようにカバンとコートを手にして執務室を出る。
注文した物が時間通りに届いて、ハウスキーパーの月下が御堂の指示通りに動いてくれたのならば、
今頃部屋にはクリスマスツリーと食事が用意されているはずだった。
特にツリーに関しては、電飾をつけたまま帰ってくれるよう頼んである。
実家にも出入りしていたほどの月下のことは信用しているが、やはり自分の目で確かめられないことには不安だった。
協力を依頼したとき、彼女には少しばかり笑われたが、確かに自分らしくもない、子供染みた行為だとは思う。
しかし幾ら克哉に何もしなくていいと言われても、それでは自分の気が済まなかった。
彼の謙虚さや思慮深さは長所でもあるけれど、こんな時ばかりは少々物足りない。
せっかくのイベント事なのだから、少しぐらい我侭な要求をしてくれたほうが可愛げがあるというものだ。
それなのに彼は、いつも同じようなことを言う。
何も欲しくない。
何処にも行かなくていい。
しかも今回に至っては、「一緒にいて欲しい」とさえ言わなかった。
もしかしたら、本当にクリスマスなど興味が無いのかもしれない。
御堂自身も、今までつきあった相手には高価なプレゼントや食事の席などを用意してきたけれど、
それらはほとんど惰性の行為であったような気がしている。
けれど何故か、克哉に対してだけは違っていた。
とにかく、何かをしてやりたい。
彼の驚く顔が、喜ぶ顔が見たい。
その為なら、クリスマスなど単なる口実に過ぎなかった。
きっかけさえあれば、なんでも良かったのだ。
たとえ自己満足と笑われようと、そうせずにはいられない。
御堂はそんな風に変わった自分がどこか可笑しくて、そして決して嫌いではなかった。
社屋を出て、駐車場へと向かう。
しかし敷地を囲む生垣を曲がったところで、御堂は視線の先にいる人物の姿に目を疑った。
「……克哉?」
御堂の呟きが届いたのか、生垣に寄りかかって俯いていた克哉が顔を上げる。
目が合うと、克哉はいつもの困ったような、気まずそうな顔で少しだけ笑った。
「こんなところで、何をしている? 家に帰ったんじゃなかったのか?」
御堂は慌てて克哉に駆け寄ると、その頬に触れた。
氷のような冷たさに、御堂はつい顔を顰める。
恐らく、もう何時間もここにいるのだろう。
克哉の体は細かく震えていた。
「どうして、こんな……」
呆れて呟くと、克哉は再び俯いてしまう。
「……狡いです」
「なに?」
「御堂さん、狡いです。あんな……いつも通り過ごそうって、約束したのに」
「克哉……」
その言葉に、克哉が一度は家に帰ったのだと分かる。
どうやら、御堂の計画はうまくいったらしい。
しかし、それならばどうしてそのまま部屋で待っていなかったのだろうか。
御堂が自分の疑問をぶつける前に、克哉の方が先に口を開いた。
「いつの間に、あんな準備をしていたんですか?」
「……月下さんに協力してもらった」
「ああ」
彼女の存在をすっかり忘れていたのか、克哉は驚いたような声を出す。
一緒に暮らすようになってからは、ハウスキーパーを頼む頻度も減ったので無理もなかった。
「君がクリスマスに興味がないことは分かっていたが……」
「きょ、興味が無いなんてことはないです!」
「では、何故こんなところにいる? 少なくとも私には、君が喜んでいるようには見えない」
「それは……」
やはり、余計なことをしてしまったのだろう。
滑稽な自分への苛立ちを、思わず克哉にぶつけそうになって、御堂は克哉からふいと顔を背けた。
「……もう、いい。早く帰ろう」
「御堂さん……!」
踵を返した御堂の背中に、克哉が思いきりしがみつく。
後ろからきつく抱き締められて、御堂は身動きが取れなくなった。
「嬉しかったです……。すごく、嬉しかったんです……でも……」
克哉の腕に、ますます力がこもる。
「でも、オレ……自分が不甲斐なくて。普段通りでいいなんて言っておいて、でもやっぱり寂しくて、
あなたと一緒じゃなきゃ嫌だって思ったりして……」
「克哉……」
克哉の柔らかな髪を、首筋に感じる。
胸元に回された克哉の赤くなった手に、御堂は自分の手をそっと重ね合わせた。
「もっと素直に、言えば良かった……。クリスマスは、絶対にあなたと過ごしたいって。
何時になってもいいから、待っていたいって……」
「……そう、だな」
御堂も克哉と同じように思っていた。
喜ぶ顔も、驚く顔も、自分が見られなければ意味がない。
それならば遠回しなサプライズよりも、ただ「待っていろ」の一言のほうを克哉は喜んだのだろう。
もしくは、君の為に何かしたいと正直に言えば良かったのか。
御堂が指先を解くと、克哉の腕が緩む。
振り返り、克哉に向き合うと、今度は御堂から克哉の身体を抱き寄せた。
「……冷たいな」
「あっ……」
顔を近づけ、鼻の頭を擦り合わせる。
克哉はくすぐったそうに笑いながら、首を竦めた。
その顔を覗き込むようにして、御堂は克哉に触れるだけのキスをする。
冷たい唇は、すぐ離れようとした御堂の唇を、名残惜しげに追いかけてきた。
だからもう一度、今度はしっかりとくちづける。
それでもやはり人目を気にしてか、程なくして唇は離れていった。
「……帰るか」
「はい」
どちらともなく手を繋ぎ、歩きはじめる。
絡まる指先がようやく温もりを取り戻して、二人は微笑み合った。
「実はオレもあなたに、プレゼントがあるんですよ」
「ほう? なんだ?」
「それは、帰ってからのお楽しみです」
「ふうん……。プレゼントならもう既に、貰っていると思ったが」
「え? 何をですか?」
「……いや。分からないなら、いい」
御堂に強く手を握られて、克哉もそれ以上は聞かない。
言葉に出来ないたくさんのものを貰っていることに、もうお互い気づいているからだろう。
きっと聖夜は、そんな日常の中にある幸せを確かめ合う日。
だから何度も、何度でも、クリスマスを祝おう。
来年も、十年先も、あなたと二人で。
- end -
2008.12.24
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