Classical

TRUST 01

克哉が花見の出欠票を出した後、開発部内はちょっとした騒ぎになった。
克哉は幹事である一室の原田という社員に、自分と御堂の分を一緒に渡したのだが、そのときの彼の顔と言ったら、今思い出しても笑えるほどだ。
出席に丸のついた用紙をしばらく見つめ、それから克哉の顔を見て、また用紙を見つめて。
そしてようやくそれが現実であると認識出来たのか、大慌てで同僚達に用紙を見せて回ったのだった。
あの、御堂部長が花見に来る!
万年欠席の御堂部長が!
克哉にしてみれば、花見に出るくらいでこれほど驚かれるなんて、いったい御堂は社内でどんな人間だと思われているのだろうかと、少々心配になってしまう。
しかしそれは同時に、自分に見せている御堂の顔がどれほど特別なものなのかということをも示していた。
ともかく、原田があちこちに御堂の出席を触れ回ってくれたおかげで、今年の花見は例年以上の出席率を誇ることとなった。
特に、女性社員の出席率が上がったらしい。
なんでも欠席で提出していたのものの撤回を申し出てきたり、他の部署からも出席したいという希望があったそうだ。
男性社員達も、トップの御堂が出席するということで、欠席しづらくなったのだろう。
御堂の影響力の大きさに、克哉はただただ感心するばかりだった。

当日は、幸い天候にも恵まれた。
仕事が残っていた御堂と克哉が、少し遅れて花見の会場である公園に到着したときには、かなりの人数が既に盛り上がっているところだった。
周囲には彼らと同様、円座して酒を飲んでいる会社帰りのサラリーマン達が溢れている。
ビジネス街に近いせいか、学生らしき若者の姿はあまり見られない。
頭上に咲き乱れる満開の桜が、春の柔らかな夜風に揺れていた。
「あっ、御堂部長!」
二人に気づいた誰かがそう言った途端、皆が一斉にこちらを振り向き、わぁっと声を上げる。
手前に座っていた数人が咄嗟に腰を上げ、二人が座る為の場所を空けてくれた。
「ささ、御堂部長! どうぞ!」
「ああ。ありがとう」
原田はもうほろ酔いらしく、大袈裟なジェスチャーで二人を促す。
靴を脱いでビニールシートに腰を下ろすと、すぐに缶ビールが回ってきて、二人に手渡された。
「それじゃあ、御堂部長を囲んで、二度目の乾杯ということで! かんぱーい!」
皆が注目する中、二度目の乾杯が交わされる。
克哉は喉を鳴らして、久々のビールの味を堪能した。
御堂と暮らし始めてからは、もっぱら御堂に合わせてワインを飲んでいるから、ビールは本当に久し振りだ。
克哉はふと気づいて、隣りを見た。
缶ビールを煽っている御堂の姿を、思わずまじまじと見つめてしまう。
「なんだ?」
「いえ、御堂さんが缶ビールを飲んでいるところ、初めて見たなぁと思って」
「……」
こそこそと小声で克哉が言うと、自分でも何となく柄にも無いと思っているのだろうか、御堂はどこか気まずそうな顔をする。
その反応に克哉が笑ったとき、不意に反対隣りから原田が身を乗り出してきた。
「いやぁ、それにしても嬉しいです! まさか、御堂部長が来てくださるなんて」
近くにいた同僚達も、それに頷く。
原田は別に御堂におべっかを使っているわけではなく、 つきあいの悪い上司が珍しく酒の席に顔を出してくれたことを、純粋に喜んでいるようだった。
御堂は、ちらりと克哉を見ながら答えた。
「佐伯君が、どうしても一緒に来てほしいと言うものだからな」
「っ?!」
唐突に名前を出されて、克哉は危うくビールを吹き出しそうになる。
見ると御堂は意味有りげに、ニヤリと口角を吊り上げていた。
「そ、そんなこと、オレは……」
「言っていなかったか? 私の勘違いだったかな」
白々しくとぼける御堂を、克哉は恨めしげに睨みつける。
確かに、一緒に行ければいいとは思っていた。
桜にいい思い出の無い克哉は、本音を言えば花見など気が進まなかったからだ。
けれど、御堂が一緒なら。
御堂が傍にいてくれれば、今回の宴の席も素直に楽しむことが出来るような気がした。
そんな克哉の気持ちを察してくれた御堂が、花見に来ることにしてくれた夜のことを思い出して、 克哉は思わず自分の頬が熱くなるのを感じていた。
「オレは、その……」
「そうだったんですか~。佐伯、よくやったぞ!」
克哉の気も知らず、原田は無邪気に克哉の背中を叩いてくる。
彼は普段から御堂の為によく働いているし、克哉に対しても一目置いてくれているようだった。
少々お調子者の感はあるけれど、いい先輩だと克哉は思っている。
「別に、オレは何も」
「いいや、佐伯は本当にいい奴だ! 俺はお前が気に入ってるんだぞー」
「うわっ」
やはり原田は酔っているらしく、克哉の頭をがっちり抱え込むと、髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回す。
まるで大型犬でも可愛がっているような様子に、周囲からも笑いが起きた。
けれど、克哉は気が気でない。
なんといっても、隣りに御堂がいるのだ。
それでも原田を振り払うことも出来ず、なすがままにされていると、御堂は克哉を取り返すように強く腕を引いた。
「セクハラだな」
「えっ、あっ、すんません!」
皆が笑う中、克哉だけはうまく笑えずにいる。
するとあろうことか、今度は御堂が克哉の首に腕を回してきた。
抱え込まれた克哉はよろめきながら御堂に倒れ掛かり、彼の胸元に頭を押し付ける格好になる。
「佐伯君を先に気に入ったのは、私だ。いくら原田君といえども、譲れないな」
御堂の宣言に、ひょーっという妙な声が上がる。
克哉は顔を真っ赤して、慌てて御堂を押し退けた。
「み、御堂さんこそ、セクハラじゃないですか!」
「そうですよ、部長!」
克哉の反撃に、原田が援護射撃をしてくれる。
しかし御堂は、余裕綽々たる態度で言うのだった。
「合意の上なら、セクハラにはならない」
「……っ」
「わぁ、御堂部長と佐伯さん、なんかアヤシイ~」
克哉が反論しないので、周囲は調子に乗って冷やかしてくる。
原田までもが膝を揃えて、わざとらしく畏まりながら御堂に頭を下げた。
「分かりました、部長。俺、佐伯のことは諦めます」
「ああ、そうしてくれ」
「部長と佐伯さん、ラブラブなんですか?」
「ああ、そうだ。ラブラブだ」
「うそー! 部長がラブラブって言ったよ!」
「聞いた、聞いた!」
御堂が答えるたびに、場は爆笑に包まれる。
克哉だけが複雑な顔をしたまま、ひたすら手にしたビールを飲み続けていた。



「御堂さん、やりすぎです」
広い公園の出口に向かって歩きながら、克哉は口を尖らせて呟いた。
夜空に伸びる無数の枝から、桜の花びらが止め処なく舞い降りてくる。
「なにが、やりすぎだ」
「とぼけちゃって……いたたまれませんでしたよ、オレ」
「酒の席での戯言など、誰も本気にはしない」
「そうかもしれませんけど」
あの後しばらく、克哉と御堂はいい酒の肴にされてしまった。
普段は取っつきにくい上司との距離が縮まったような気がして、皆嬉しかったのだろう。
酒の勢いも相俟って遠慮の無いツッコミが続き、最終的に御堂は「アルコールが入ると、意外と面白い人になる」という認識を持たれたようだ。
それ自体は悪いことではないと思うが、ネタがネタだけに笑えない。
しかも話題が変わってだいぶ経ったところで、途中退席を告げた御堂が、当然のように克哉を連れて帰ろうとしたのだ。
おかげでせっかく皆が忘れかけていたのに、またしても二人は冷やかされながら花見の席を後にすることになってしまった。
(当分、飲み会への出席は控えよう……)
そう心に決めて、克哉はそっと溜息をついた。
「……どうした? 疲れたのか?」
「はい、疲れました。精神的に」
「もっと見せつけてやっても良かったんだが」
「もう……冗談はやめてください」
御堂がククッと喉の奥で笑う。
克哉がうろたえるのを面白がっているのだ。
確かに御堂は普段から、自分達の関係がばれても構わないと言っている。
御堂がどこまで本気でそう思っているのかは分からなかったけれど、克哉は焦ってばかりいる自分がなんだか悔しくなってきた。
素知らぬ振りで御堂の手に指を絡めると、御堂が驚いたような顔で克哉を見つめる。
「……克哉」
「酔っ払いの悪ふざけです」
「君は酔ってなどいないだろう」
「酔ってますよ?」
「ほう?」
「―――!」
御堂にぐいと手を引かれ、体が傾いたほんの一瞬、頬に唇が触れるのを感じた。
「ちょっ、み、御堂さん!」
克哉は頬を抑えながら、慌てて周囲を見回す。
幸い公園の出口付近には、ほとんど人影はなかった。
御堂は意地の悪い笑みを浮かべると、尊大な口調で言い放つ。
「私に勝てるとでも思ったか?」
「……降参です」
そして二人は顔を見合わせ、クスクスと笑い出す。
見ているのは夜桜だけ―――のはずだった。

- To be continued -
2008.04.30

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