Classical

STAY 10

その夜、克哉が用意したディナーの席は、御堂を喜ばせるのと同時に、少しばかり呆れさせもしたようだった。
「君も仕事で疲れているだろうに、何もここまですることは……」
「いいんです。オレが、どうしてもしたかっただけなんですから」
テーブルの上を見つめながら難しい顔をして呟く御堂に、克哉は苦笑混じりに答える。
今日は、御堂の誕生日。
仕事が残っていた御堂より一足先に帰宅した克哉は、それを祝うために気合いを入れて準備を始めた。
御堂の好きなチーズや、目にも鮮やかなサラダはもちろんのこと、 メインディッシュの鴨肉のソテーは昨夜から仕込んでおいたものだ。
そしてワインは、シャトー・ラフィット・ロートシルト。
御堂の生まれ年のものは残念ながら当たり年ではなかったようだが、今夜に相応しいワインはこれしかないと取り寄せた。
「じゃあ、乾杯しましょうか」
「そうだな」
グラスを手にすると、ルビー色の液体が揺れる。
その向こうから、克哉は御堂を真っ直ぐに見つめて言った。
「お誕生日、おめでとうございます。御堂さん」
「ありがとう」
熟成した香りを堪能してから、ゆっくりと口に含む。
ビロードのような舌触りと上品な味わいは、デキャンタージュせずとも流石としか言いようの無いものだった。
ちらりと御堂を盗み見ると、やはり満足そうな表情をしてくれている。
克哉はほっとしながら、御堂と同時にグラスを置いた。
「それから、これ……たいしたものじゃないんですけど」
克哉は背中に隠していたプレゼントを、いよいよ差し出す。
紙袋の中には、ネクタイピンの収められた小箱とバースデーカードが入っていた。
御堂は早速それらを取り出して、克哉に尋ねる。
「ありがとう。……開けてもいいか?」
「はい。あ、でも、本当にたいしたものじゃないですから」
なんとなく照れ臭くて、つい念を押してしまう。
御堂は箱を開けた瞬間、少し驚いたように目を見開き、それから嬉しそうに微笑んだ。
「……綺麗だな。早速、明日から使わせてもらおう」
その言葉に、克哉ははにかむ。
けれど次に御堂がカードを開こうとした途端、思わずそれを遮るように手を伸ばしてしまった。
「あっ……! あの、それはっ!」
往生際が悪いとはこのことか。
当然、御堂は訝しげに眉を寄せる。
「……なんだ? 見てはいけないのか?」
「いっ、いけないっていうわけじゃ……ないんですけど……」
「私に宛てて書いてくれたんだろう? 私が見なければ意味がないじゃないか」
「そ……そうです、よね……」
まったくもって、その通りだ。
克哉がすごすごと手を引っ込めると、御堂はようやくカードを開く。
「……」
御堂はそこにかかれている文字を、じっと見つめている。
自分が書いた言葉を思い出しながら、恥ずかしさにいたたまれない気持ちになっていると、しばらくして御堂が言った。
「……さっき、大隈専務と話をしてきた」
「えっ」
大隈の名を出されて、克哉はどきりとする。
仕事が残っていると言っていたのは、その為だったのだろうか。
このプレゼントを買いに行った日、御堂はお見合いをした。
そしてその後に起きた一連の出来事は、一週間以上経った今でも鮮やかな記憶として残っている。
しかし、まだ全てが解決したわけではない。
緊張に硬くなる克哉に、御堂は話を続けた。
「……私は君との関係を断つ気も無ければ、例の見合い相手と結婚する気も無い。先方には既に、直接断りの電話を入れてある。 これ以上似たようなことが続くなら、退社する覚悟もあると告げてきた」
「御堂さん……!」
克哉は慌てる。
そんな簡単に、退社を口にしてしまうなんて。
それにそこまで言い切ってしまっては、大隈の機嫌を損ねたのではないだろうか。
しかし克哉の心配を余所に、御堂は平然と言ってのけた。
「どうせ専務や社長が持ってくる見合い話など、何か下心があってのことに決まっている。 だが、私と君を我が社に置いておくほうが、よほど利益をもたらすことが出来るはずだと言ってやった。……私は、間違っているか?」
そう言ってニヤリと笑ってみせる御堂に、克哉は呆気に取られる。
けれどその力強さと、自分に寄せられている信頼が嬉しくなって、すぐにはっきりとした声で答えた。
「……いいえ、御堂さん。間違っていません」
その返事に、御堂は満足げに笑った。
それにしても、大きく出たものだと思う。
本当にそれで専務や社長は納得してくれるのだろうか。
そんな克哉の不安を、御堂は即座に察したようだった。
「大丈夫だ。ちゃんと他の手も打ってある」
「他の手……?」
「念の為、別のルートを紹介しておいた。あまり使いたくない手ではあったが……これで煩わしい思いをせずに済むなら、安いものだ」
「はぁ……」
別のルートというのがなんなのか、克哉には分からない。
御堂のことだから色々な知り合いがいるのだろうとは思うが、あまり使いたくなかったと言っているところを見ると、身内関係のつてだろうか。
いずれにせよ、御堂が大丈夫だと言うからには大丈夫なのだろう。
しかしようやくほっとした克哉に対して、御堂の表情は不意に曇った。
「……始めから、こうすれば良かったのだろうな。それが出来なかったのは、私の落ち度だ」
「そんなこと……」
「いや。いいから、聞け」
御堂に遮られ、克哉は口を噤む。
「仕方がなかったなどと言い訳をして、私が保身に回ったのは事実だ。 その場凌ぎに見合いを受けて、結局君を傷つけることになってしまった。 あの男に、君を受け止める覚悟が足りないと言われたのは……正直、堪えた」
「御堂さん……」
社会的な立場と、自分達の関係とのバランスを取ること。
きっと御堂も自分と同じく、そのことに対してほんの少し疲れていたのだろう。
けれど克哉には、Mr.Rの言葉を認めることは出来ない。
だってこの底知れぬ欲望は、御堂にだけ向けられているものなのだから。
御堂がいなければ、欲望など生じない。
御堂以外の誰も欲しくはない。
だから、御堂でなければ駄目なのだ。
そして克哉は、心を決めた。
「……オレ、御堂さんにお願いしたいことがあるんです」
かしこまって切り出すと、御堂が僅かに身構える。
「お願い? なんだ」
「あの……今度、まとまった休みが取れたときで構わないので……オレの両親に、会ってもらえますか……?」
「……」
克哉は御堂の返事を待った。
てっきりすぐに快諾してもらえるものと思っていたのに、期待に反して御堂は考え込んでしまう。
また、無理をしていると思われたのだろうか。
それともやはり性急すぎたのかと不安になっていると、御堂は顎に手を当てたまま呟いた。
「……とうとう私にも、例のセリフを言うときが来たということか」
「例のセリフ……?」
きょとんとしている克哉に、御堂は僅かに頭を下げながら言う。
「克哉君を、私にください」
「!! み、御堂さん!!!」
克哉が耳まで真っ赤にして、慌てふためく。
それを見て、御堂は思いきり肩を震わせた。
「も、もう……からかわないでください!」
「いや、からかったつもりはないんだが」
「……」
必死に笑いを堪えているくせに、何処がからかっていないのだろう。
拗ねてしまった様子の克哉に、御堂は今度こそ真面目に答える。
「もちろん、私はいつでも構わない。君の都合に合わせよう」
「あの、いきなりは、さすがに無理だと思うんですけど……その、お世話になっている人、として……」
「ああ、分かっている。心配するな」
御堂はテーブルの上に開いたままになっていたカードに、もう一度視線を落とす。
「……だが、いずれは言わせてもらいたいものだな」
「えっ? なんですか?」
「いや、なんでもない」
その呟きは小さすぎて、克哉の耳には届かなかったようだ。
今は、それで構わない。
そう思いながら御堂はカードを閉じると、目の前に並んだ料理を眺めた。
「食事が冷めてしまったな」
「あ、オレ、暖めなおしますね」
克哉は椅子を立ち、御堂の傍に回る。
皿に伸ばしたその手を、御堂が掴んだ。
「あっ……」
「克哉……」
そのまま引き寄せられ、唇を奪われる。
幸せで胸をいっぱいにしながら、克哉はそっと目を閉じた。
ずっと、このままでいたい。
何があっても、どんなに苦しくても、御堂と生きていきたい。
その為に、もっと強くなろう。
御堂と、自分の中のもう一人の自分に恥じないように。
そしてカードに書いた想いを、ずっと抱き続けていけるように。


"お誕生日 おめでとうございます

これからもずっと 二人のままでいましょう

永遠に 愛しています"


あなたが生まれてきてくれたことに、心より感謝しながら。

- end -
2008.10.20

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