恋人宣言 [後]
本多からの電話を切ると、御堂はすぐさまタクシーで件の居酒屋に駆けつけた。
どうやら克哉がすっかり酔ってしまったらしい。
しかも御堂に会いたい、御堂を呼べ、としつこく言ってきかないというのだ。
店の前につくと、ちょうど8課の連中が中から出てくるところだった。
時間的にはまだそう遅くないから、これから二次会にでも行くつもりなのかもしれない。
御堂が近づいていくと、本多に続いて一番最後に、克哉がふらふらと店から出てくるのが目に入った。
「御堂部長」
先に気づいた本多が声に出すと、8課のメンバーが一斉に御堂に注目する。
そして遅れて顔を上げた克哉は、御堂の姿を見た途端、ぱあっと一瞬で笑顔になった。
「孝典さん……!」
克哉はふらつく足取りで、それでも御堂に一生懸命駆け寄ると、その体に思いきり抱きついた。
「克哉。いったい、どうしたんだ」
御堂はそんな克哉を受け止めて、尋ねる。
しかし克哉はそれに答えず、ただ幸せそうに微笑みながら、御堂に頬をすり寄せていた。
「……か、克哉?」
嘘のような光景を前にして、本多を筆頭に、8課の全員が固まっていた。
孝典さん。
克哉。
抱き合う二人。
いったい、これは何なんだ。
悪い夢でも見ているのか。
ぽかんと口を開けている本多を、御堂がじろりと睨みつける。
「……いったい、これはどういうことだ。克哉は酒には強いはずだが」
「え、ええ、えっと」
いったいどういうことなのか、聞きたいのはこっちの方だ。
そう思いながらも、本多はしどろもどろになって説明する。
「か、克哉の奴、ビールだの焼酎だの日本酒だの、ちゃんぽんで飲んじまったみたいで……。
ビールだけなら、いくらでも飲めるんですけど」
あの後、本多が止めるのも聞かず、克哉は有り得ないペースで酒を飲み続けていた。
それは、わざと酔おうとしていたとしか思えない飲み方だった。
しかしそんな説明にも御堂の追及は止まらず、ますます本多をきつく睨みつける。
「そういうことが聞きたいのではない。何故、そんな無茶な飲み方をすることになったのかを聞いているんだ。
何かあったのか? さては、君が何かしたんじゃないのか?」
「ちっ……! 違いますよ! 俺はただ、克哉とあんたの話をしていただけで……」
その言い訳を聞いて、御堂の表情が少しだけ変わった。
本多と克哉の間でどんな会話が交わされたのか、容易く想像がついたらしい。
御堂は、なるほど、と小さく呟いて、自分にしがみついたままの克哉をそっと見つめた。
(なんだ、そのちょっと照れ臭そうな、でもちょっと嬉しそうな顔は……!!!)
本多が心の中で叫ぶ。
なにがなんだか、さっぱり分からない。
克哉のこの態度はどういうことだ。
御堂は何故、平然と克哉に抱きつかれたままでいるんだ。
本多はすっかり混乱していた。
「あ、あの、御堂部長……」
思いきってこの状況を説明してもらおうと、本多が声をかけようとしたとき、
克哉が御堂の首筋からゆっくりと顔を上げた。
「孝典さん……誰と話してるんですか?」
「……ん? ああ、今」
「ちゃんとオレのことだけ、見ててください……」
ろれつの回らない口調で言いながら、克哉は両手を御堂の頬に添える。
そして御堂に真正面から向き合うと、いきなり―――くちづけた。
「―――?!!!」
本多と8課のメンバーが、再び固まった。
さすがの御堂も驚いたように目を見張っていたが、しかし拒絶する様子はない。
数秒続いた濃厚なキスシーンの後、克哉はようやく唇を離した。
「孝典さん……」
「かっ……克哉!」
金縛りが解けた本多が駆け寄り、克哉の肩を掴む。
克哉はよろけながら、とろんとした目を不思議そうに本多に向けた。
「……あれ? 本多?」
「克哉! どういうことなんだよ! まさかお前、御堂と……」
そこまで言って、一瞬躊躇う。
しかし、もう疑いようがない。
いくらなんでも酒の勢いだけで、ここまでするとは思えなかった。
本多は恐る恐る尋ねた。
「御堂と、その……そういう関係なのか?」
「……?」
克哉はちょっと小首を傾げ、御堂の顔を見てから、もう一度本多の方を向いて答えた。
「うん」
にっこり。
満面の笑みで頷く克哉を、御堂が取り返すように再び抱き寄せる。
「そういうことだ。ちなみに、もう一緒に暮らしている」
そう言って、御堂は勝ち誇ったように笑う。
本多だけではく、全員が言葉を失っていた。
呆然と立ち尽くす8課のメンバーを、御堂はぐるりと見渡す。
「迷惑を掛けて、すまなかった。克哉は私が連れて帰る。それでは皆、引き続き楽しんでくれたまえ」
まるで仕事の指示を出されたような気になって、全員が反射的に「はいっ」と返事をしていた。
それから御堂は颯爽とコートを翻し、克哉はその御堂に肩を抱かれて歩き出す。
そんな二人の後ろ姿を見送っているとき、片桐がぽつりと呟いた。
「やっぱり……お嫁に行ったんですねぇ……」
そして本多はアスファルトに、がくりと膝をついた。
タクシーでマンションに戻ると、御堂はすぐに克哉を寝室へと運んだ。
スプリングを弾ませてベッドに身を投げ出す克哉を、御堂は溜め息まじりに見下ろす。
「まったく……」
御堂は酔っ払いなど、大嫌いだ。
自分で自分の飲む酒の量も調整出来ないような奴に、ロクな人間はいないと思っている。
それなのに、こんな克哉の姿を見るのは初めての所為か、御堂の顔には微笑みさえ浮かんでいた。
人目も気にせず、無邪気に抱きついてきた克哉はひどく可愛かった。
いつもあんな風に素直だったらいい。
キクチの連中はさぞかし驚いただろうが、御堂は克哉との関係を彼らに隠す必要はないと思っていたし、
克哉もいずれ本多にその話をしようと思っていたのだから、寧ろ説明の手間が省けて良かっただろう。
後で克哉は大騒ぎするだろうが、そんなのは御堂の知ったことじゃなかった。
「さて……」
御堂がその場を離れようとすると、不意にジャケットの裾を引っ張られた。
「孝典さん……どこに行くんですか……?」
寝惚けたような声で言いながら、克哉は御堂を引き止める。
御堂は慈しむような眼差しで、克哉を見つめた。
「今、水を持ってきてやるから」
「……そんなの…いりません……」
「そう言うな」
「…いらない……」
呟いて、克哉はまだ酔いの醒めない表情のまま、ゆっくりと御堂に手を伸ばした。
「オレが欲しいのは……あなただけです……」
「……克哉?」
なんとなく克哉の様子がおかしいような気がして、御堂は克哉の瞳を覗き込む。
その視線を受け止めた克哉が、薄く笑んで言った。
「あなたも……オレが、欲しいでしょう…?」
「―――!」
克哉はむくりと起き上がると、ちょうど目線の位置にある御堂の腰にすがりついた。
ベルトに手が掛かり、御堂が慌てる。
「か、克哉。何を……」
ファスナーが下ろされ、スラックスが足元に落ちる。
克哉は下着の中から御堂のものを取り出すと、愛おしげに唇を寄せた。
「孝典さん……」
呟きながら、まだ柔らかなそれを差し出した舌の上に乗せる。
それからそっと唇を被せると、添えられた手を緩やかに動かし始めた。
「かつ、や……」
克哉が、おかしい。
こんな風に自分から積極的に行為に及ぶなど、今までになかったことだ。
戸惑う御堂を他所に、克哉はうっとりとした様子で目を伏せながら、御堂の欲望を煽っていく。
それはすぐに硬く立ち上がり、克哉の口内を満たした。
「んっ……ふ……う……」
鼻から甘い吐息を漏らしながら、克哉は一心不乱に御堂のものを舐め続ける。
啜るような水音が立ち、溢れた唾液が顎や手を濡らしているのにも構わない。
柔らかで暖かい舌と唇が自身を擦り上げるたび、御堂は息を弾ませていった。
与えられる快感に、下肢が震えだす。
恍惚とした表情を浮かべている克哉を見下ろしながら、いつしか御堂も自ら腰を突き出していた。
「……っ、く……克哉……っ…」
しかし御堂が欲望を解放しようとした瞬間、克哉は御堂の根元をきつく握り締めると、唇を離してしまった。
「克哉……?!」
御堂が恨めしげな声を上げる。
克哉は上目遣いに御堂を見上げながら、にっこりと微笑んだ。
「まだ、イったら……ダメですよ?」
そう言って、舌なめずりをする克哉に、御堂の肌がぞくりと粟立つ。
こんな克哉は、知らない。
いや、一度だけ会ったことがある。
社のオフィスで初めて会った、あのときの―――。
「孝典さん……。オレの中で……イってください…」
しかし御堂の思考は、差し出された克哉の腕によって遮られてしまった。
この腕を、どうして拒むことが出来るだろう。
御堂は吸い寄せられるように、克哉の身体に覆い被さっていく。
「克哉……っ」
乱暴にシャツを捲り上げ、ズボンと下着を一度に脱がせる。
剥き出しになった肌に御堂が吸い付くと、克哉は御堂の体に足を絡ませた。
「孝典さんっ……」
急かすように腰を突き出され、御堂は愛撫もそこそこに克哉の足を膝裏から抱え上げる。
御堂は寸前で解放を止められた屹立を、慣らしてもいないその場所に強引に捻じ込んだ。
「ああっ……!」
克哉が仰け反る。
痛むほどにきついそこが、それでも御堂の熱を飲み込もうとして妖しく蠢く。
御堂は息を弾ませながら、克哉の中を貫いていった。
「孝典さん……っ……いいッ……!」
ぎちぎちと軋む皮膚と、熱を持った内壁が御堂に絡みつく。
克哉のものはあっという間に立ち上がり、その快感を知らせていた。
いつもならば翻弄されるばかりなのに、克哉は絡めた足で御堂の腰を引き寄せ、
御堂のものが求める場所に当たるよう、自らも激しく腰を揺らす。
「あ、あっ、孝典さん……! もっと……もっと…ッ……」
「克哉……」
克哉はすがりついた御堂の腕に爪を立て、幾度もその名を呼んだ。
激しい律動に合わせて、二人の荒い呼吸が交じり合う。
いつも以上に貪欲に乱れる克哉に、御堂は異様な興奮を覚えていた。
「克哉……もう…もう、無理だ……イかせてくれ……っ」
克哉を揺さぶりながら、御堂が懇願する。
さっきあれだけ煽られたのだ、長く持つはずもない。
しかし克哉はそれを許してはくれなかった。
「ダメっ……まだ……もっと、して……」
「くっ……」
御堂は奥歯を噛み締め、更に激しく克哉を突き上げた。
同時に克哉のものを握り、強く扱く。
「あッ……! ああっ! は、あぁぁッ!!」
強すぎる快感に、克哉はぶんぶんと顔を振る。
乱れた髪がシーツを打ち、汗に濡れた身体が弓なりに反った。
もう、訳が分からない。
繋がった部分が、蕩けてしまっているような気がする。
頭の中が真っ白になって、そしてとうとう御堂が限界を迎えた。
「か、つや……ッ……!」
一際深く克哉を突いた瞬間、御堂の身体が大きく震える。
迸る欲望を克哉の中に全て注ぎながら、御堂は全身を貫く快感に酔っていた。
それでも動かす手を止めずにいると、克哉もまた絶頂を迎える。
「あッ、ん…イクっ……あ、ああぁッ……!!」
勢いよく噴き出した精が、克哉の肌の上に飛び散った。
克哉はびくびくと身体を波打たせながら、幾度も精を吐き出す。
その悦びの表情が、御堂の胸に満足感を与えていた。
「克哉……」
乱れる息のまま、克哉を見下ろす。
閉じられている瞼が開くのを待っていたのだが、それは一向に開かれようとはしなかった。
やがて克哉の荒い呼吸が、次第に穏やかなものへと変わっていく。
「……克哉?」
克哉は、眠っていた。
まだ繋がったままだというのに、眠っていた。
この状況で放り出され、呆然としている御堂のことなど知りもせず、
克哉の寝顔はどこまでも幸せそうだった。
目覚めると、ひどい頭痛がした。
喉もカラカラに渇いている。
おまけに腰から下が、軋むように痛んだ。
「痛っ……」
それでもなんとか起き上がり、ベッドを降りる。
ぼうっとしたままキッチンへと向かい、冷蔵庫からミネラルウォーターを取ると、それを手にリビングへ行った。
コーヒーの香りがする中、ソファに座っていた御堂が振り返る。
「起きたのか」
「おはよう……ございます……」
克哉は御堂の隣りに腰を下ろし、ペットボトルを開ける。
冷たい水が喉を流れていくのが、気持ちいい。
半分近くを一気に飲むと、克哉はようやく人心地がついた。
「はぁ……」
「二日酔いか?」
「ええ……あれっ?」
そこでようやく、克哉は気づく。
いったい自分は、いつの間にここに帰ってきたのだろう。
居酒屋に行って、御堂について本多と言い争いのようになった。
あんまり腹が立って、半ば自棄になって酒を飲み始めことは覚えている。
けれど、その後の記憶がまるで無い。
いつ、会はお開きになったのだろう。
どうやってここまで帰ってきたのだろう。
記憶が無くなるほど酔ったりして、みんなに迷惑は掛けなかっただろうか。
心配になっていくら思い出そうとしても、克哉の頭の中には何も浮かんではこなかった。
克哉は不安になって、御堂に尋ねた。
「あの、御堂さん。オレ、何時ごろに帰ってきたんでしょうか?」
「そうだな。十一時ぐらいだったと思うが」
「そう……ですか」
「何も、覚えていないのか?」
「はい……すみません」
克哉は申し訳無さそうに俯く。
すると御堂は、ニヤリと笑いながら言った。
「私がタクシーで迎えに行ったんだ」
「あっ、そうだったんですか。……って、えぇっ?!」
いったい、どうしてそんなことに。
克哉は青くなった。
「え、その、どうして、御堂さんが……」
「君が来いと言ったんだろう」
「オっ、オレが?!」
「ああ。本多は、そう言っていたが」
「本多が……」
もしや自分は、とんでもないことをしでかしたのではなかろうか。
いきなり御堂を呼んだりして、みんなから変に思われたに決まっている。
オロオロしはじめた克哉に、御堂が更に追い討ちをかけた。
「君が私を呼んでいると、本多から連絡があった。だから、迎えに行った。
ちなみに帰ってきてからセックスをしたが、それも覚えていないのか?」
「?!」
下肢が痛むのは、その所為だったのか。
しかし理由が分かったからといって、克哉にはもう何も言うことが出来なくなっていた。
御堂から教えられる事実は、既に脳内処理のキャパシティを超えている。
嫌な汗が出てきて、克哉は頭を抱えてしまった。
「君はイッたと同時に眠ってしまって、後が大変だったぞ。
身体を拭いて、着替えをさせて、夜中に大仕事をさせられた」
「すっ、すみません……」
「しかも、誘ってきたのは君の方だからな。酔った君は、かなり積極的だった」
「ええっ?!」
もうこれ以上、聞きたくない。
けれど自分が何をしたのか、気になる。
混乱と羞恥、申し訳無さと不安、色々な感情がぐるぐると頭の中を駆け回る。
「御堂さん……ごめんなさい……」
克哉は涙目になりながら、頭を下げた。
謝るだけで精一杯だった。
そんな克哉の肩を、御堂は優しく抱き寄せる。
「謝ることはない。私としては、なかなか楽しませてもらったからな。ああいう君も、たまにはいい」
「御堂さん……」
潤んだ瞳で見つめてくる克哉に、御堂がそっとくちづける。
昨夜の克哉とは、別人のようだ。
あれはあれで悪くなかったが、やはりこうしているといつもの克哉の様子に安心する。
ここにいるのは、気弱で、頑固で、時に淫らで、すぐに赤くなる、可愛い克哉だ。
唇が離れると、克哉は気まずさを隠すように、御堂の胸に顔を埋めた。
「オレ……御堂さんにも、みんなにも迷惑を掛けてしまったみたいで……。本当に、申し訳ないです」
呟く克哉の髪を撫でながら、御堂は言う。
「……そうだな。気になるのなら、本多に電話をしてみてはどうだ? 昨夜何があったのかは、彼が一番よく知っているはずだ」
「そうですね……」
電話してきます、と克哉はしょんぼり答え、御堂から離れる。
携帯電話はスーツのポケットに入ったままになっているはずだ。
とぼとぼとクローゼットに向かう克哉を、御堂はこっそりとほくそ笑みながら見ていた。
克哉の絶叫が聞こえてきたのは、それからすぐ後のことだった。
リビングまで響いてきたその叫びに、御堂は愉快そうに笑いながら、カップに残ったコーヒーを飲み干す。
さて、これからどうやって克哉を慰めてやろう。
真っ赤な顔で泣きそうになっている克哉を想像して、
御堂は込み上げてくる愛しさに、これ以上ない幸せを感じていた。
- end -
2007.11.26
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