茨の迷路 01
―――会いたい。
そう口にして初めて、克哉はどれだけ自分が彼に会いたいと思っていたのかを知った。
会いたい。
会いたい。
会いたい。
このまま御堂との関係が、永遠に断たれてしまうのが嫌だった。
まだ、終わっていないのに。
まだ、何も始まっていないのに。
中途半端なまま放り出されて、呆然と過ごしたこの一ヶ月。
ただひとつ克哉の中に残されていた欲は、もう一度御堂に会いたいという想いだけだった。
電話の向こうで御堂は、長いこと黙り込んでいた。
そしてようやく聞こえてきた、短い返事。
―――明日の夜九時、あのホテルで。
それだけを告げて、電話はすぐに切れた。
「御堂さん……」
本当はすぐにでも会いたかったのだ。
会えば、何もかもが分かるような気がした。
御堂に対して、自分が抱えている感情がなんなのか。
まだはっきりとは認めきれずにいるこの気持ちを、どうしようもなく持て余しているこの気持ちを、受け入れられるのではないかと。
「御堂、さん……」
こうして名前を呟くだけで、涙が出そうになる。
ベッドの中で背中を丸め、克哉は何度もその名を呼んだ。
御堂に会いたいと望んだのは自分だけれど、それでも明日の夜のことを考えると、身体が震えた。
自分の気持ちを認めるのが、怖かった。
それをぶつけたとき、御堂がどんな反応をするのか。
そして自分はどうなってしまうのか。
そんな風に思うたび、身体中がちりちりと焼かれるかのように痛む。
耐え難いその痛みに、克哉はきつく目を閉じた。
「御堂……さん……」
握り締めていた拳をそっと解くと、緩く開いた両脚の間に滑り込ませる。
とうに熱を持って昂ぶっていたそれに、指先が僅かに触れた。
「……っ…」
それだけで、痺れるような快感が全身を走り抜ける。
ひくつく喉から、声にならない声が、弾む吐息と共に溢れ始める。
「…っ……くっ……御堂、さん……」
名を呼ぶほどに、そこは更に熱を増して硬く勃ち上がっていく。
克哉は堪らずに掌を押し付け、薄い布越しの昂ぶりをゆっくりと揉みしだいた。
「あっ……ん、はぁ……」
自分でも信じられないほどの甘い声。
いつからこんな声を出すようになってしまったのだろう。
体温は上昇し、肌が汗ばむ。
腰が揺れ、克哉はもう片方の手をついに後ろに回した。
身体を捻り、下着の中に手を差し入れると、双丘の間に潜り込ませる。
「……っ!」
指先がそこに触れた途端、ベッドが軋むほどに身体が跳ねた。
かつて幾度も彼の欲望を受け入れた場所が、じんじんと熱く痺れている。
早く、欲しい。
克哉は自分の身体が求めるまま、そこにゆっくりと指先を沈めていった。
「あぁっ……はぁっ……はっ……」
入り口に近い内壁を、指の腹で擦りあげる。
不自由な体勢と、物足りなさが、どうしようもなくもどかしい。
克哉は身体をくねらせ、腰を揺らし、もっと強い刺激を求めた。
御堂に会えなくなってから、何度こうして自分を慰めたことだろう。
御堂は自分を、こんなにもいやらしい身体に変えてしまった。
強引な愛撫と、屈辱的な言葉で、この身体を暴いた。
悔しかったはずなのに。
恥ずかしかったはずなのに。
身体にも、心にも、御堂の形が刻み込まれている。
会えない時間が長くなるほどに、克哉はそれをひしひしと感じていた。
「んぅっ……御堂、さん……っ……」
下着の中から、既にぐちゃぐちゃと音を立てているものを取り出して、握り締める。
克哉は自分で前と後ろを弄りながら、シーツの上で身悶えた。
早く達してしまいたくて、激しく手を動かす。
いつもはなかなかイくことが出来ないのに、今夜は違っていた。
一ヶ月振りに聞いた彼の声が、耳の奥に残っている所為だろうか。
明日会えるのだと思うだけで、息苦しいほどに胸が締め付けられる。
御堂の眼差しを、くちづけを、熱を、狂おしいほどに求めている。
「あっ…イく……御堂、さん……御堂さんっ……!!」
彼の名を呼びながら、克哉は絶頂を迎えた。
勢いよく噴き出したそれは、手の中から溢れ、シーツに零れ落ちる。
未だひくひくと痙攣を繰り返す後孔から指を抜き、克哉は震える息を吐き出した。
「御堂……さん……」
掌を濡らす欲望を見つめながら、克哉はもう一度呟く。
今はただ、御堂に早く会いたかった。
心臓が破裂しそうなほどに高鳴っている。
約束したホテルの部屋の前で、克哉はしばらく動けずにいた。
このドアの向こうに、御堂がいる。
乾いた唇を舐め、何度目かの深呼吸を繰り返した後、克哉はようやくチャイムを押した。
向こう側から微かな足音が聞こえ、ゆっくりとドアが開く。
「あ……」
顔を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
目の前には、一ヶ月振りに見る御堂の姿がある。
きちんとセットされた髪と、長身の身体を包む上質なスーツ。
相変わらず隙の無い雰囲気を身に纏ってはいるものの、その頬は少しばかり痩せたようにも見えた。
克哉はしばらく呆然と御堂のことを見つめていた。
聞きたいことも、言いたいこともたくさんあるはずなのに、胸が詰まって何も言葉にならなかった。
「……」
御堂は無言のまま踵を返すと、部屋の奥へと戻っていく。
克哉もまた戦慄く膝をなんとか運んで、御堂の後を追った。
中へ入るとすぐに、ベッドが目に飛び込んでくる。
ほんの一瞬、陵辱の記憶が蘇って、克哉は身体を強張らせた。
「……本当に、来たんだな」
御堂の声に、克哉が我に返る。
「あっ、あの……オレ……」
御堂は椅子に腰を掛けると、尊大な態度で足を組んだ。
不意に湧き上がる不安に、克哉の胸がざわめく。
もう御堂に対して萎縮する必要などないはずなのに、それでもこの場所がそうさせるのか、克哉は口ごもりながら俯いてしまった。
「……そんなに、私とのセックスが忘れられなかったのか?」
「えっ……」
耳を疑った。
顔を上げると、御堂は冷たい微笑を浮かべてこちらを見ている。
その目は出会った頃に向けられていた、あの冷酷さに満ちていた。
「ち、違います……! オレは……ただ……あなたに、会いたくて……」
克哉は辛うじて、そう答える。
御堂が何を言おうとしているのか、まったく理解出来なかった。
「……何故だ?」
問い掛けてくる、低い声。
何故―――。
その答えを得る為、克哉は今日ここに来た。
そのはず、だった。
「……御堂さんこそ……どうして、オレに電話番号を教えてくれたんですか……?」
克哉は上擦る声で、問い返す。
それこそ知りたかった。
御堂がどんな気持ちで、あの数字を自分にだけ綴ってくれたのか。
自分と同じように、会いたいと思ってくれていたからではないのか。
そうだと言ってほしい。
克哉は祈るような眼差しで、御堂を見つめる。
しかし御堂はフンと鼻を鳴らすと、克哉の視線から顔を背けて言った。
「逃げたと、思われたくなかったからな」
「逃げ……た……?」
御堂の言葉に、足元から血の気が引いていく。
鼓動が嫌な音を立て始める。
冷たい汗が背中に浮かんで、克哉は倒れそうになるのを堪えるのがやっとだった。
「そうだ。私はもう、君に命令出来る立場に無い。今なら、私に復讐することも可能だろう」
「復讐なんて、そんな……」
そんなこと、考えたこともない。
ただ目の前から御堂がいなくなった寂しさと虚しさを埋めたかっただけだ。
それなのに、どうして。
どうして、御堂はそんなことを言うのだろう。
「恨みを晴らしたくて、私に連絡をしてきたのではないのか? では、やはり……」
御堂が立ち上がり、克哉に近づいてくる。
嘘だ。
そんなはずはない。
そう叫びたいのに、乾いた舌はぴくりとも動かなかった。
何が起きているのか分からない。
足が竦む。
耳鳴りがする。
頭が割れるように痛む。
硬直したまま立ち尽くしている克哉の腰に、御堂はそっと手を回した。
「……私に抱かれたかったのだろう? そんなに抱いてほしいのなら、抱いてやってもいい」
喉の奥で笑い、御堂は克哉の耳元に唇を寄せて囁く。
「……どうするんだ?」
「あ……」
御堂の舌が耳朶を微かに舐め、克哉はぞくりと身体を震わせた。
こんなのは、嫌だ。
そう思うのに、肌はこの男を激しく求めだす。
視界が揺れて、何も考えられなくなる。
指先が顎に掛かり、真正面から見つめられた。
「君は……本当に、淫乱だな……」
唇が、降りてくる。
駄目だ。
逆らえない。
克哉は目を伏せ、御堂のくちづけを受け入れた。
「んっ……」
重なった唇の熱さに、意識が朦朧としていく。
シャツのボタンが外され、冷たい掌で素肌を撫でられた。
「あぁっ……」
濡れた喘ぎ声が、部屋の中に満ちていく。
その夜、二人の爛れた関係が再び始まった。
- To be continued -
2008.02.20
→次話
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