Classical

GRATITUDE 01

克哉はリビングのソファに浅く腰掛けたきり、しばらく黙り込んでいた。
なんとか頭の中を整理しようとするけれど、どうにも考えがうまくまとまらない。
やがて来るその時のことを想像すると、どこか息苦しくなって、思考が散り散りになってしまう。
どれぐらいそうしていただろうか、 克哉が話し始めるのを待ってくれていたのであろう御堂が、とうとう声を掛けてきた。
「……何も、今から緊張する必要はないんじゃないか?」
「そ、そうですよね」
御堂の当然過ぎる指摘に、一瞬笑みを浮かべて答えるものの、またすぐに顔が強張ってしまう。
この休日に話し合いたいと言い出したのは自分なのに、こんな状態では御堂に呆れられても仕方が無いと思った。
隣りに座っている御堂は、普段リビングで過ごすときと変わらず、くつろいだ様子でソファの背に深く身体を預けている。
御堂は、どう考えているのだろう。
助けを求めるように視線を送ると、御堂が小さく笑ってくれて、克哉は少しだけほっとした。
「すみません……こんなことじゃ、ダメですよね」
「気持ちは分からなくもないがな」
御堂は短く溜息をつきながら組んでいた足を解くと、克哉と並ぶように身を乗り出してきた。
互いの顔の距離が近くなって、それだけで鼓動が跳ねる。
けれど、今はそれどころではないのだ。
御堂は真剣な眼差しで、克哉の顔を覗き込みながら言った。
「私は、今回は君の意志を全面的に尊重したいと思っている。 君がご両親にどこまで打ち明ける気なのか、そしてどういった結果を望んでいるのかによって、私の取るスタンスも変わってくる」
「はい、そうですね」
「それで? 君は、どうしたいと考えているんだ?」
「オレは……」
克哉は改めて、自分自身に問い掛ける。
御堂の誕生日の夜、克哉は両親に御堂とのことを打ち明けようと心に決めた。
同性の恋人がいて、その恋人と一緒に暮らしていること。
そして、その人が自分の上司でもあること。
それらを両親に告げずにいることは、この一年余り、克哉の心を幾度となく苛んできた。
引越しの連絡をしたときも、新しい会社の同僚とルームシェアをすることになっただけだと嘘をついたのだ。
両親はその言葉を微塵も疑ってはいないから、敢えて本当のことを話す必要は無いのかもしれない。
それでも、克哉は打ち明けたかった。
「オレは……全部、話したいと思っています。あなたとつきあっていること、 あなたと一緒に暮らしていること、それから……オレが今、すごく幸せなんだってこと」
「……」
幸せ、だから。
それを知ってほしかった。
今まで二人の間には、色々なことがあった。
それは幸せな時間ばかりじゃなくて、素直になれなかったり、気持ちがすれ違ったり、ヤキモチを妬いたりして、 そのたびに苦しくなったり、せつなくなったり、傷つけたくないのに傷つけてしまったりもした。
たくさんのくちづけと、たくさんの溜息を繰り返して、そして辿り着く答えはいつも『あなたの傍にいたい』という想い、それだけだった。
これから先、何が起きてもきっとそれは変わらない。
だから、もう隠していたくなかった。
全てを話して、知ってもらいたかった。
「許可を得ようとか、認めてもらおうとか、そんなことまでは考えていません。 ただ事実を伝えられれば、それでいいと思っています」
「……本当に?」
すかさず問い質されて、克哉は少しはにかむ。
「もちろん、いつかは受け入れてもらえたらいいな……とは、思っていますけど」
「そうだな」
御堂も納得したように微笑む。
本音を言えば、やはり両親には理解してもらいたい。
けれど、焦る必要はないとも思っている。
自分がこうして話しているうちに少しずつ気持ちの整理がついてきたように、 両親も少しずつ受け入れていってくれたらと思う。
時間が必要なことだからこそ、早い方がいいはずだ。
克哉はようやく、心からの笑顔を御堂に見せることが出来た。
「それで、行くのはいつにするつもりだ?」
「31日にしたいと思っています。その……オレの、誕生日なので」
「なるほど」
それだけは、もう決めていた。
自分の誕生日でもあり、今年最後の日。
その日に全てを打ち明けて、そして新しい気持ちで新年を迎えたい。
克哉のそんな気持ちを、御堂はすぐに分かってくれたようだった。
「昼頃に行って、夜には戻ってきたいと思ってるんですけど……」
しかし克哉がそう付け足すと、御堂が不意に眉を顰める。
「日帰りする気か? 君は久し振りの帰省になるのだから、泊まってゆっくりしてくればいいだろう。私のことは、気にしなくてもいい」
「いえ、戻ってきたいんです。新年はここで……二人で迎えたいので……」
ダメですか?と、顔を赤くしながら尋ねると、御堂は複雑そうに答える。
「……君がそうしたいと言うのなら、私は構わないが……」
確かに、御堂の言うことも分かる。
特に社会人になってからここ数年、克哉はほとんど実家に戻っていなかった。
地元にはいい思い出がないし、なにより両親に仕事のことを聞かれるのが辛かったからだ。
会社のお荷物部署に配属されて、そこでも失敗ばかりしていることなど話せるはずもなかった。
だから今回の帰省は、久し振りに両親とゆっくり話せるいい機会ではある。
それでも、やはり新年を迎える瞬間はここにいたかった。
この部屋で、御堂と二人で。
「今は、ここがオレの家ですから。あなたのいる、この部屋が」
そう言うと、御堂は穏やかに微笑みながら、克哉の肩を抱き寄せた。
「分かった。そういうことなら、私に異論は無い。それで、もうご両親には連絡してあるのか?」
「いえ、まだです」
「そうか。なら、電話したまえ」
「はい。……え?」
御堂の視線は、テーブルの上に置いてある克哉の携帯電話に向けられている。
これはもしかして、そういうことなのだろうか?
「あの……今、かけるんですか?」
「そうだ」
「え、でも」
躊躇っているうちにも、御堂はテーブルに手を伸ばして電話を取ってしまう。
そして、それを克哉の鼻先にずいと差し出した。
「あちらにも都合があるだろうから、早く連絡しておいたほうがいい」
「……」
「ん? どうした?」
そう言われても、御堂の前で両親と話すのはなんとなく恥ずかしい。
いや、当日はまさにそうなるわけだが、今はまだ心の準備が出来ていないのだ。
克哉はあれこれ頭の中で言い訳しながらも、渋々電話を受け取ると、御堂から離れるためにソファから立ち上がろうとした。
「分かりました。じゃあ、向こうで……」
「駄目だ」
「わっ!」
肩を押さえつけられ、克哉は再びソファに身を沈められてしまう。
御堂は絶対に克哉を逃がすまいとするように、その手に力を込めた。
「何故、ここで話せない? 君がご両親に、私を連れて行くことをどう説明するのか、私は聞いておかねばならないと思うが?」
「えっと……それは、その……」
「いいから、ここでかけたまえ。……何もしないから」
「……っ」
耳元で囁かれて、克哉はびくんと身体を震わせる。
以前、御堂の執務室で片桐と電話で話している最中に、悪戯されたことがあった。
ついそのときのことを思い出して顔を赤くすると、御堂はククッと愉快そうに喉の奥で笑う。
「どうしたんだ? それとも、何かしたほうがいいのか?」
「ちっ、違います! そんなこと」
「なら、早くかけたまえ」
「は、はい……」
もっともらしいことを言ってはいるが、なんだか面白がられているだけのような気がする。
だが、仕方が無い。
こうなってしまっては、どうしたって御堂からは逃げられないのだ。
克哉は諦めて、その場で電話を掛け始めた。
「……」
無機質な呼び出し音が鳴るのを聞きながら、乾いた唇を舐める。
それが五回ほど続いたところで、電話が繋がった。
『はい』
「もしもし、母さん? オレだけど」
『……どちらのオレ様でしょう?』
一瞬、掛ける先を間違えたのかと思ってしまう。
しかし、この声は確かに母親だ。
それなのに酷く無愛想な返事に、克哉は戸惑う。
「えっ、あの、オレだけど……克哉だよ」
『ああ、なんだ。克哉様でしたか。てっきり、今流行りの詐欺かと思って』
「……」
そう言って、母親はカラカラと笑う。
用心深いと言えば聞こえはいいが、どうにもわざとらしい。
あまり連絡してこない息子への、ささやかな仕返しだろうか。
いずれにしても、いきなり出鼻をくじかれた気分は否めない。
隣りで耳を寄せていた御堂が笑いを堪えていることに気づいて、克哉はさっさと本題に入ることにした。
「あ、あのさ。大晦日の日、そっちへ帰ろうと思ってるんだけど……」
『そうなの? 珍しいじゃない』
「都合、悪い?」
『ううん、大丈夫だけど。泊まるの?』
「いや、帰るよ」
『なんだ。そうなの』
残念そうな反応に少し気が咎めるが、克哉はそのまま話を続ける。
「それでさ、そのときに……父さんと母さんに、会ってもらいたい人がいるんだ」
『会ってもらいたい人?』
「う、うん」
『えっ、それって、もしかして……』
母親の声の調子が、明らかに変わる。
驚きと期待に満ちたようなそれに、克哉は慌てた。
「あっ、いや、そのっ……と、とにかく、その時にちゃんと話すから! そういうことで、その人を連れて行くけど……いいかな?」
『うん、分かった分かった! 楽しみにしてる!』
完全に、はしゃいでいる。
母親が想像しているであろうことは、半分当たっていて、半分外れていた。
しかも外れているほうは、真逆の方向にだ。
(あんまり楽しみにされても困るんだけどな……)
そんな言葉を飲み込んで、克哉はなんとか気を取り直す。
とにかく今は、この電話を早く終わらせたかった。
「じゃあ、また当日に連絡するから。お昼頃には着けるようにするよ」
『分かった。待ってるね』
「うん。じゃあ、また」
そそくさと電話を切ると、克哉は大きな溜息をついた。
親と話すのに、こんなに緊張したことはない。
これで本当に、当日きちんと話が出来るのだろうか?
ぐったりしている克哉の耳に、御堂の抑えた笑い声が聞こえてきた。
「……御堂さん」
「いや、すまない。いい、お母さんだな」
やはり、面白がられている。
少し拗ねて睨むと、抱き寄せられ、こめかみの辺りにくちづけられた。
それだけで絆されてしまう自分に自分で呆れながらも、克哉は御堂の腕の中に身体を預ける。
その優しい温もりは、心の中までじわりと暖めてくれる。
やはり、自分の居場所はここしかないのだと教えてくれる。
「……御堂さん。オレ、ちゃんと話しますから。だから……傍にいてくださいね」
克哉は呟いて、膝に置かれている御堂の手を握り締める。
御堂もそれに応えるように、今度は克哉の髪にくちづけた。
「ああ。勿論だ」
二人は微笑み合って、唇を重ねる。
克哉は胸の内に残る不安を掻き消すように、その甘く柔らかな感触に溺れていった。

- To be continued -
2009.01.11

→次話



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