Classical

C.C.C [Chocolate]

今日、御堂はまだ一度も克哉に笑顔を見せていない。
朝起きた時から、既に御堂はイライラしていた。
むっつりした顔で出社し、眉間に皺を寄せながら仕事をこなし、 そして帰宅してからも腕を組んでソファに腰掛けたきり、今現在も顰め面のままだ。
寧ろ朝よりも機嫌は悪くなっている。
隣りに座っている克哉はただ身体を小さくして、ひたすらにこの不穏な空気に耐えていた。
「……それで? いったい君は、これをどうするつもりなんだ」
御堂は目の前のローテーブルを顎で指しながら、横にいる克哉をじろりと睨みつける。
「えっと……どうしましょう?」
あはっ、と笑って誤魔化したつもりが、更に鋭い目つきで睨まれて、克哉は慌てて居住まいを正す。
そんな克哉の様子に御堂は呆れたように溜息をついて、こめかみを押さえた。
「まったく、何処からこんなに湧いて出たのか……」
テーブルの上にあるもの。
それは無造作に積まれた、チョコレートの山だった。
その大小様々な箱や袋は、どれも綺麗にラッピングを施され、開封されるのを今か今かと待っている。
今日は二月十四日―――バレンタインデーだったのだ。
こうなるであろうことは、もちろん御堂も予測していた。
単純に克哉にチョコレートを渡したがる人間は多いだろうと思ったし、 なにより克哉の性格からいって、それを断ることは出来ないだろうとも思った。
しかし正直なところ、この数は予想以上だったと言わざるを得ない。
敢えて数えてみるのも不愉快で、御堂は出来るだけ目の前のものを見ないようにしていた。
「だから、君は自覚が足りないと言ったんだ」
御堂が言うと、克哉は僅かに唇を尖らせる。
「でも……」
呟きながら、克哉は御堂の足元に視線を落とした。
そこに置かれている紙袋の中には、御堂宛てのチョコレートが入っているのを知っている。
御堂自身も、かなりの数を貰っているのだ。
「御堂さんだって、そんなにたくさん貰っているじゃないですか……」
「何を言っている。これだって、ほとんどは君の所為だろうに」
「そ、それは……」
すぐさま反論されて、克哉は口ごもる。
話によると御堂は入社以来、この恒例行事のプレゼントを極力断ってきたらしい。
そのうちに彼女達も弁えたもので、女性社員一同という名で高級なチョコレートをひとつ、ふたつ、くれるに留まるようになったとのことだった。
『御堂部長はチョコレートを受け取らない』。
それがMGN内では、いつからか周知の事実になっていた。
しかし、今年は違っていた。
女性社員達はこぞって、御堂にチョコレートを渡してきたのである。
ただし―――、克哉を通じて。
「君が勝手に受け取ったりするから、こんなことになったんだぞ」
御堂は苛立たしげに言って、紙袋の中身をチラリと覗く。
赤や金のリボンが目に入っただけで、心底うんざりした。
どうやら彼女達は、克哉を通じてならきっと御堂もこれを受け取るに違いないと考えたらしい。
ここ数年で、ようやくこの煩わしいイベントから逃れられるようになったというのに、 まったくもって女達の考えることは理解出来ない。
やはり御堂には、全て克哉の所為だとしか思えなかった。
「君にチョコレートを渡すことによって、上司の面子を潰させることになっては可哀想だとでも思われたのだろう。見当違いも甚だしい。迷惑な話だ」
「ちっ、違いますよ! 御堂さんに渡すついでに、オレにも……ってことに決まってるじゃないですか」
「いいや、違うな」
「違いませんって」
「……」
「……」
なんという、不毛な言い争い。
そのことに気づいた二人は、同時に溜息をつきながら肩を落とした。
とにかく、貰ってしまったものはどうしようもない。
今の問題は、目の前にある大量のこれをどう処理するかだ。
ぼんやりとテーブルの上を眺めていると、克哉がぽつりと呟いた。
「でもオレ、こんなにたくさんチョコレートを貰ったのって初めてかも……」
その一言が、余計だった。
御堂は克哉の腕を乱暴に掴むと、ソファの上に勢いよく押し倒した。
「うわあっ! 御堂さん、何を……!」
そこまで叫んでから、克哉は自分を見下ろしている御堂の目が据わっていることに気づく。
マズイことを言ってしまったと、悟ったときにはもう遅かった。
御堂が顔を引き攣らせながら、低い声で囁いてくる。
「……まさか、君はこの状況を喜んでいるのか?」
「えっ、いやっ! ち、違います! 喜んでなんか」
「嘘をつくな。今、にやけていただろう」
「にやけてなんて、いませんって……!!」
御堂の下でじたばたと暴れるも、きつく手首を押さえつけられていて逃げられない。
どうして自分はいつもこうなのだろうと、泣きたいような気持ちになりながら、克哉はもがく。
そのとき突然、御堂の手の力が緩んだ。
「……それは、なんだ?」
「えっ?」
克哉の身体の下から、何か箱のようなものが覗いている。
御堂にそれを気づかれたのだと知って、克哉は慌てて起き上がった。
「だっ、だめです! これは!」
「何が駄目なんだ」
必死で隠そうとする克哉の手から、御堂はなんとか箱を奪おうとする。
克哉は絶対に奪われまいとして、しっかりと箱を抱きかかえる。
まるでおもちゃを取り合う子供のように、二人は次第にムキになっていった。
「何故、隠すんだ! いいから、見せたまえ!」
「イヤです! 見せません!」
「克哉!」
「いいんです! もう、御堂さんには渡しませんから……!」
散々争った末、とうとう克哉はそれを背中に隠してしまう。
それきり不貞腐れたように黙り込む克哉を見て、御堂も大人げなかった自分を少しばかり反省した。
本当はアレが何なのか、とうに察しはついているのだ。
御堂は気を取り直して短く息を吐くと、努めて穏やかな口調で尋ねた。
「……チョコレート、か?」
「……っ」
克哉の頬が、ぱっと朱に染まる。
それからようやく観念したのか、おずおずと箱を前に出してきた。
手の上に乗った黒い箱には、金の細いリボンが掛けられている。
しかしそれも克哉の身体の下敷きになった所為で、すっかり歪んでしまっていた。
克哉は悲しそうな顔で箱を見つめながら、ぽつぽつと話し出す。
「御堂さんはきっと、こんなもの欲しくないだろうとは思ったんですけど……。甘いもの、好きじゃないし……」
「……知っているなら、何故」
克哉の気持ちは分からなくもないが、やはり御堂にとってバレンタインは無意味なイベントとしか思えない。
ましてや自分達の関係を考えたなら、尚更無駄なやりとりではないのか。
しかし克哉は勢いよく顔を上げると、身を乗り出して御堂に訴えた。
「でっ、でも! 御堂さんのことを、この世で一番好きなのはオレなのに……っ!  そのオレがチョコレートをあげなくて、他の人はあげてるなんて……そんなの……やっぱり、すごくイヤで……」
「……」
言っているうちに恥ずかしくなったのか、最後はほとんど聞き取れないほどの小さな声だった。
克哉は今まで以上に真っ赤になって、俯いてしまう。
さすがの御堂も、この盛大な告白には降参だった。
「まったく、君は……」
苦笑混じりに呟いて、克哉の髪をさらりと撫でる。
いったい、どこまで自分を惚れさせれば気が済むのだろう。
御堂はそんなことを考えながら箱を受け取り、そっとリボンを解いた。
蓋を開けると、中には小さなトリュフが六つ収まっている。
幸い潰れてしまったのは箱だけだったようで、チョコレートの形までは崩れていなかった。
ほっとした表情を見せる克哉に、御堂はあることを思いつく。
「……もちろん、君が食べさせてくれるんだろうな?」
「えっ」
予想外の要求だったのだろう、克哉が一瞬戸惑った顔をする。
けれど御堂は、克哉が必ず従うと確信していた。
案の定、克哉は指先でチョコレートを取り出すと、遠慮がちに御堂の口の前まで運ぶ。
「ど、どうぞ……」
「……」
しかし御堂は口を開けようとはせず、ただ克哉をじっと見つめていた。
「あの……」
「こういう時は、なんて言うんだ?」
「え……」
克哉が絶句する。
この場面において思い当たるような言葉は、ひとつしかなかった。
やはり、言わなくてはならないのだろうか。
恐らく御堂のことだから、言うまで許してはくれないだろう。
克哉は諦めて覚悟を決めると、羞恥に上擦る声で言った。
「あ……あーん…」
恥ずかしすぎて、チョコレートを摘んだ指先までが震えてくる。
御堂はニヤリと笑い、ようやく口を開けた。
「御堂さんのイジワル……」
そう言って頬を膨らませながらも、克哉は御堂の口にチョコレートを入れる。
舌が克哉の指先を微かに舐めてから、その焦げ茶色の球体を口内に浚っていく。
御堂の口元が動くのを、克哉はなんとなくドキドキしながら見つめていた。
「……甘いな」
当然過ぎる呟きに、克哉がクスリと笑う。
「チョコレートですから。でも一応、ビターを選んだんですよ?」
「それにしては甘すぎる。君も食べてみるといい」
「え、でも」
これは、あなたにあげたものなのだから。
そう言おうとした唇は、御堂の唇によってあっさりと塞がれてしまった。
「んんっ……」
僅かに残っていたチョコレートの欠片が、克哉の舌先に触れる。
味わうように舌を絡めあえば、それは互いの体温であっという間に溶けて、口の中には濃厚な甘味が広がっていった。
しかし唇はすぐに離れてしまい、克哉の中に物足りなさだけが残る。
「……これでも、ビターか?」
「甘い……ですね」
赤くなりながら答えると、だろう?と、御堂が笑った。
「だが……もっと欲しくなるな」
そう続いた御堂の言葉に、克哉の体がピクリと反応する。
獲物を狩るような目で見つめられて、それだけで克哉は吐息を震わせた。
「あ、あの……」
「何を勘違いしている? チョコレートの話だぞ」
「……っ! わ、分かってます!」
克哉は悔しげに唇を噛んで、それでももう一つを御堂の口元に運んだ。
しかし今度は手首を掴まれて、指先ごと口に含まれてしまう。
「あっ……御堂さん……」
御堂の舌がチョコレートを転がしながら、同時に克哉の指に絡まる。
唾液と、溶け始めたチョコレートが指を濡らしていく。
克哉は自分の指を舐める御堂から、目が離せなくなっていた。
時折上目遣いに送られる御堂の視線に、ぞくりと肌が粟立つ。
触れる唇と舌の柔らかさも、立てられる歯の微かな痛みさえも、全てが甘い刺激となって、克哉の身体の奥に熱を作り出していく。
それはやがて下肢に集まり、克哉は知らず知らずのうちに呼吸を乱し始めていた。
「御堂、さん……」
せつなげに名前を呼ぶと、御堂が克哉の指先を解放する。
「……どうした? 君は私にチョコレートを受け取ってほしかったのだろう? 違うのか?」
「それはっ……そう、ですけど……」
「なら、どうしてそんな顔をしている?」
克哉の潤んだ瞳を覗き込みながら、御堂が意地悪く尋ねる。
ここしばらく、克哉にはだいぶ振り回された。
少しは仕返しをしてやらなければ、気が済まない。
克哉は今にも泣き出しそうな顔で答えた。
「あ、あの……チョコレート、だけじゃなくて……」
「なんだ? 他にも私に貰ってほしいものがあるのか?」
御堂が顔を近づけてくる。
克哉はぎゅっと目を閉じて、掠れる声で強請った。
「……オレ、も……オレも……貰って、ください……」
とうとう克哉からその言葉を引き出して、ようやく御堂の溜飲が下がる。
「……それなら自分で服を脱いで、ここに座りたまえ」
「は、い……」
御堂の容赦無い要求に、克哉は顔を伏せたまま、ふらふらと立ち上がる。
震える指でシャツのボタンを外し、ベルトを緩ませた。
御堂の突き刺さるような視線を感じながら、シャツを脱ぎ捨て、ズボンと下着を下ろす。
羞恥に火照った肌は汗ばみ、露わになった中心は、既に半ば勃ち上がっていた。
指示された通り、克哉は御堂の膝の上に座る。
すぐに御堂の手が前に回り、克哉の胸の尖りを撫でてきた。
「あっ……御堂、さん……」
快感に、克哉が仰け反る。
指先が円を描くように胸を這い、背中に御堂の唇が触れるたび、克哉の中心は硬さを増していった。
首を捻り、くちづけを求めれば、御堂もそれに応える。
「んっ……ふ、ぁ……あ……」
唇を貪り合いながら肌を弄られ、克哉は悦びに悶える。
次第に両脚が開いていくのを止められない。
主張しだした御堂自身が双丘に当たり、克哉の腰が揺れた。
克哉は布越しの昂ぶりに尻を擦りつけながら、息を弾ませる。
びくびくと脈打つ屹立は、透明な雫を零し始めていた。
「はぁっ……み、どうさん……御堂、さんっ……」
既に克哉の中心は、腹につくほど反り返っている。
触れられないままの場所が痛いほどに疼いて、克哉の目尻に涙が滲んだ。
我慢出来ずに思わず中心に手を伸ばすと、御堂がそれを阻む。
「君は私が貰ったんだ。勝手なことをされては困るな」
「あっ……そん、な……」
「それとも……君も、私が欲しいのか……?」
耳元で囁かれ、体温が一気に上昇する。
克哉は身体をくねらせ、我を忘れて懇願した。
「……ほし……欲し、い…っ……孝典、さんが……」
「そうか……」
御堂が喉の奥で笑い、ようやく自分も前をくつろげる。
そして克哉に向かって、当然のことのように言い放った。
「自分で、挿れられるな?」
「……っ」
克哉は小さく息を呑んで、それでもこくりと頷く。
腰を浮かせ、自ら尻肉を開くと、御堂のものに手を添えて後孔にあてがった。
それから少しずつ腰を落として、熱い塊を飲み込んでいく。
「あっ……ん、あぁっ……」
溜息のような声を漏らしながら、克哉はゆっくりと御堂を自分の中に収めていく。
内側を満たしていく感覚に、目眩がするほどの悦びを覚える。
そして互いが完全に繋がった瞬間、御堂は克哉の片足を抱え上げ、激しく揺さぶった。
「はっ! ……ああぁっ…! うぁ……!!」
不安定な体勢のまま、克哉は御堂の律動を受け止める。
がくがくと震える片足で自分を支えながら、少しでも深い場所で御堂を感じたくて腰を振った。
御堂が中を掻き回すたびに、全身を焦がすような快感が走り抜ける。
克哉は自分の膝裏を抱えている御堂の手に縋りつき、嬌声を上げ続けた。
「あっ、あぁっ……いい……孝典、さん……!」
「克哉……」
うっすらと汗に濡れた背中に、御堂は舌を這わせる。
普段は恥らってばかりいるくせに、少し触れるだけで乱れてしまうこの恋人が、堪らなく愛しかった。
愛しいからこそ、必要以上に嫉妬してしまう。
初めて覚えるその感情を持て余しながらも、御堂は克哉に溺れていくことを止められない。
そんな自分が何処か悔しくて、それが克哉をつい虐めてしまう理由のひとつなのだということだけは、 絶対に克哉には知られたくなかった。
「かつ、や……」
解放の予兆を感じて、御堂は更に激しく克哉を揺さぶる。
克哉もまた同じく、込み上げてくる衝動に耐え切れないとでもいうように、顔を振った。
「孝典さん……もう、イく……イかせて…くださ、い……っ」
「まだだ……まだ、もう少し……」
「ダメっ……もう……イくッ……あっ…あぁぁっ……!」
克哉の身体ががくんと仰け反り、腰が大きく跳ねる。
その瞬間、中心から勢いよく精が噴き出し、辺りに散った。
「く、っ……」
びくびくと震える克哉の中で、御堂もまた吐精する。
「……っ……かつ、や……」
克哉を背中からきつく抱き締めたまま、御堂が欲望を注ぎ込む。
胸に触れた掌には、克哉の激しい鼓動が伝わっていた。
「…あ……はぁ……孝典、さん……」
克哉がうわ言のように呟く。
欲望を受け止めた克哉もまた、御堂の激しい愛情を感じていた。



結局、問題は何一つ解決していなかった。
目の前には相変わらず、チョコレートの山がある。
克哉は御堂に凭れかかり、御堂は克哉の肩を抱きながら、二人してそれをぼんやりと眺めていた。
「……オレ、責任もって食べますから。それしか、ないですよね」
確かに、それ以外に方法はないだろう。
食べきれずに捨ててしまう分が出るのも、それはそれで止むを得ないと思うしかない。
落ち込んでいる様子の克哉に、御堂は溜息をつきながらも、諦めたように言った。
「そうだな……。私も少しは協力しよう」
「本当ですか?」
「ああ。仕方あるまい」
「……ありがとうございます」
克哉が嬉しそうに笑うので、御堂もつい微笑んでしまう。
そのまま二人は、触れるだけのキスを交わした。
けれど御堂は克哉に、きちんと釘を刺すことも忘れない。
「これに懲りたら、来年からははっきりと断るように」
「は、はい。分かりました。努力、します……」
限りなく頼りない返事に、御堂はまた溜息をつく。
これはやはり、何か対策を立てる必要があるようだ。
「ふむ……」
今からでも、克哉は甘いものが苦手だという噂を流しておくか。
いや、苦手などという程度では生温い。
甘いものを憎んでいる、ぐらいのことは言っておいたほうがいいだろう。
とにかく来年もまた、同じことで克哉に振り回されるのは真っ平御免だ。
早くもあれこれと考えを巡らせている御堂を、克哉はただ不思議そうな顔で見つめていた。

- end -
2008.02.14

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