鬼畜部長 22 【最終話】

あの雨の日からしばらく経ったときだった。
その日、出社早々に御堂のオフィスへと呼び出された克哉の反応はおおむね予想通りだった。
「えっ……オレが、MGNにですか……?」
上擦る声で聞き返してくる彼の表情に表れていたのは、驚き、戸惑い、疑念。
その中に僅かにでも歓喜の色が含まれていてくれればという期待は、残念ながら叶わなかった。
人は急に変われるものではないと分かってはいるけれど、さりとてこちらも引き下がる気はない。
目の前で呆然としている克哉を、御堂は机越しにじっと見つめた。

克哉をMGNに呼ぶことは、少し前から考えはじめていたことだった。
プロトファイバーの生産と販売はすでに軌道に乗っており、今回のプロジェクトは大成功に終わったと言える。
しかしながらいつまでもそこに留まっているわけにはいかず、開発部はすでに新商品の企画に向けて動き始めていた。
企業にとってもっとも重要な課題のひとつは、優秀な人材の確保だ。
その点において今回の彼の活躍は言うまでもなく、克哉はその成果に対する正当な評価と待遇を得るべきだというのが御堂の考えだった。
彼を子会社の一営業マンにしておくのはもったいない。
だからこの提案は御堂にとって、至極当然のことでもあったのだ。
けれど。
「……」
克哉は困惑しきった様子で、眉を八の字にして俯いている。
もちろん大喜びするだろうとまではさすがに思っていなかったけれど、ここまでただ困らせるだけになるとも思っていなかった。
御堂は軽い溜息を吐きながら机の上で組んでいた両手を解くと、椅子の背もたれに体を預けた。
そして努めて冷静に話を続ける。
「もちろんこの場で即返事をしなければならないということではないから、よく考えて、君自身で決めるといい。 これはあくまで提案であって、指示や命令ではないのだからな」
「は、はい……」
<指示や命令>という言葉に動揺したのか、克哉の視線が咄嗟に泳ぐ。
つい最近まで御堂に出され続けてきた<指示や命令>の具体的な内容を思い出してしまったのかもしれない。
意図的にそうなるよう仕向けたのだから当たり前なのだが、狙い通り頬を染める克哉を見て、御堂は口の端に意地の悪い笑みを浮かべた。
「とにかく、そういうことだ。いい返事を期待している」
言葉とは裏腹に有無を言わせぬ口調でそう告げる。
克哉は最後まで戸惑った表情のまま、ぺこりと頭を下げて御堂の執務室を後にした。



その日の晩、御堂がリビングのソファで明日の会議用の資料に目を通していると、バスルームのドアが開閉する音がした。
やがてスリッパの軽い足音とともに克哉がリビングに姿を現す。
「あの……お風呂、ありがとうございました」
「ああ」
「……」
返事をしたものの、妙な間が空く。
不審に思って手元の資料から顔を上げると、バスローブ姿の克哉は所在無さげに立ち尽くしていた。
「……どうした? 座らないのか?」
「あ、は、はい」
御堂に促されて、克哉はようやく隣りに腰を下ろす。
どうやら彼はこの部屋で過ごすことにまだまだ慣れないらしい。
いくら御堂が「ここを自分の家だと思ってくれて構わない」、「なにをするにも私の許可を得る必要はない」と言っても、 克哉はいつもどことなく緊張している様子で、なににつけても遠慮がちな態度を崩さないのだ。
御堂にはそれが少々気に入らない。
克哉は客ではなく恋人なのだから、御堂がいいと言ったことには素直に甘えればいいのだし、なんなら少しぐらい我が物顔に振舞ってもいいぐらいだと思っている。
もちろんそんなことが出来るはずもないのが克哉らしさであることは百も承知だけれど、 それにしたって声を掛けるまで座ることすら出来ないのでは、あえて距離を取られているようでこちらまで落ち着かなくなってしまう。
御堂は思い切って資料を片付けると、キッチンへと向かった。
「寝酒はどうだ? ブランデーで良ければ」
「あ……じゃあ、お願いします」
「分かった」
二つ並べたグラスに氷を入れる。
少し疲れている様子の克哉には、ロックのほうがいいだろうという判断だ。
キャビネットからボトルを取り出し、琥珀色のそれを注ぐとテーブルまで運ぶ。
「……ありがとうございます」
御堂が再びソファに腰を下ろすと、二人同時にグラスを掲げ、口をつける。
濃厚なアルコールの香りと、少しの苦みが舌の上に広がった。
そのままもう一口、唇を湿したあと、克哉がぽつりと呟く。
「あの……昼間のお話なんですけど……」
曖昧な切り出し方ではあったものの、克哉がなにを聞きたいのかはすぐに分かった。
「その話は今しなければならないか?」
「すみません、出来れば……」
「……」
御堂は溜息をつく。
本当ならばいつでも出来たはずの話をわざわざオフィスに呼んでまでしたのは、公私の区別をつけるためだった。
ただしそれはポリシーなどの問題ではない。
克哉にこの引き抜きが御堂の私的な心情からきたものではなく、あくまでも克哉の能力を評価した結果であるとアピールしたかったからだ。
だから御堂は今この自宅のリビングで、その件について話すのはあまり気乗りしなかった。
とはいえ、克哉としては心に引っかかるものがあるまま週末を過ごすのも苦痛だろう。
その気持ちも分からないでもないと理解した御堂は、それを受け入れることにした。
「分かった。それで? 何が聞きたい?」
「聞きたいというか……驚いてしまって」
「驚く? 何故?」
「そ、それは驚きますよ! だって、どうしてオレなんかがMGNに……」
「また、それか」
「あっ……」
克哉は慌てて口を噤む。
御堂に何度も自分を卑下するような言葉は慎むよう言われているのに、その癖はなかなか治せなかった。
「す、すみません。あの」
「過剰に謝るのもよせと言っている」
「はい……」
次々と先を塞がれて、克哉はとうとうしょんぼりと俯いてしまう。
克哉のことを大切に思っているのに、つい萎縮させてしまうことが御堂自身も不本意だった。
御堂は気を取り直して続ける。
「もちろん、このことは私の一存で決めたわけではない。専務をはじめとした上役達も、異論はないと言っている。 意外でも、驚くことでもない」
「で、でも、あれはオレ一人の力でやったことではありませんし」
「キクチの連中に気兼ねしているのか?」
「そういうわけでは……」
克哉が口ごもる。
それだけが理由ではないだろうが、それもあるのだろうということは想像出来た。
けれどそんなことで自分の可能性を諦めてほしくない。
御堂は改めて克哉に伝えた。
「君が言いたいことは分かる。しかし何度も言っているが、今回のプロジェクトの立役者は間違いなく君だ。 君はもっと視野を広げて、もっと大きな仕事に取り組むべきだし、その能力がある。 我が社の今後のためにも、君にはMGNに来てもらいたい」
「……」
「それとも君はまだ責任を負うことを恐れているのか?」
「……! そ、それは……」
克哉は唇を噛んだ。
こればかりは御堂に出来ることはなにもない。
克哉自身が決めてくれなければならないことだった。
御堂は克哉を見つめる。
「……すぐに答えを出さなくてもいいと言ったはずだ。もう少しよく考えてみたまえ。ただ、私は君を信じている」
「御堂さん……」
克哉が顔を上げる。
その喜びと戸惑いに揺れる瞳が愛しくて、御堂は克哉の頬に触れた。
まだ手にしていたグラスを取り、テーブルに置く。
それから克哉の唇に唇で触れた。
予感とともに吐き出された甘い吐息に、アルコールの香りが微かに漂う。
それを味わうように舌を絡めると、自然と克哉の手が御堂の腰に回った。
待ちわびていたくちづけはすぐに深いものへと変わっていく。
鼓動が速まり、呼吸が乱れる。
「んっ……」
思わず零れた甘い声に、御堂はさらに克哉の身体を抱き寄せた。
きつく抱きしめ、唇を貪る。
息が苦しくなったのか、克哉が喘ぐように唇を離すのを、追いかけてさらに塞ぐ。
「ん……はっ……」
隙間から息を弾ませる克哉に、御堂はようやくくちづけを解いた。
「……ベッドに行こう」
囁きに、克哉は小さくうなずいた。

ベッドに横たわる克哉に覆いかぶさると、キスの続きを味わう。
もう遠慮なしに奪っていいのだとばかりにくちづけは長く続いた。
すでにはだけて乱れたバスローブの胸元から手のひらを差し入れると、克哉は期待に身体を震わせる。
滑らかな肌をすべる指先に小さな尖りが触れ、迷いなくそこを摘まんだ。
「んっ……」
克哉は確実に欲に濡れた声を喉の奥から漏らしながら、身体を薄く仰け反らせる。
吐息も喘ぎも飲み込みながら指先で転がしていると、そこはどんどん硬く尖りはじめた。
すぐに反応する身体が愛おしい。
御堂は唇を離し、克哉の表情をまじまじと見下ろした。
「……もうそんな顔をしているのか」
嘲笑交じりに言われて克哉は頬を染める。
「ど、どんな顔でしょう……」
「いやらしい顔だ」
「っ……そんなこと……」
「たまらないな」
御堂は顔を下ろすと、反対の尖りにちゅ、と音を立てて口づける。
克哉の身体が再び跳ねた。
「あっ……」
唇が塞がれなくなったせいで、快楽の声はかえってはっきりと零れてしまう。
それが恥ずかしいのか克哉は口を手で覆う。
けれど御堂の舌と指先で両方の乳首を弄ばれると、やはり声を我慢しきれなくなった。
「はっ……あ、あぁ……」
言葉にならない声の中に、もっと欲しいという欲望を感じる。
押し付けるように突き出された胸を御堂はさらに愛撫した。
恋人は痛いぐらいが好きなことを知っているから、軽く歯を立て、強く捻る。
「あっ……!」
克哉の声がひときわ大きくなったことに、御堂も喜びを感じる。
「やっぱり君は痛いのが好きなんだな」
「ち、ちが……」
「違わないだろう」
バスローブの裾が捲れ、剥き出しになった両足が落ち着きなくシーツを掻いている。
その中心は触れていなくても、硬く膨らんでいるのが分かった。
反応の良さはいつものことだけれど、それにしても今日は早い気がする。
「……我慢していたのか?」
「……!!」
先週の週末は互いに先約があったために会えなかったのだ。
そのうえ今週は平日も仕事が立て込んでいたせいで、ろくに顔を合わせることもなかった。
だからきっと今夜に期待していたのだろう。
御堂はわざと触れるか触れないかの強さで、克哉の下肢を指先でなぞった。
「君の身体は本当に素直だな。それに……淫乱だ」
「っ……」
その言葉に克哉はいつも強く反応する。
認めたくないのだろう。
それを分かっていて、御堂はわざとその事実を突き付けるのだ。
「ずいぶんと溢れているな」
「っ!」
猛った屹立の先端を、バスローブの布越しに指先で擦る。
それだけで克哉のものがすっかり蜜を湛えているのが分かった。
ぬるぬると滑る感触を楽しむように動かされる手に、克哉がもどかしげに身を捩る。
「あっ……み、どうさん……あぁ……」
蕩けきった声で名を呼ばれると、御堂の下肢も重く疼きはじめる。
それでもまだ焦らしたくて、手を動かしたまま顔を寄せた。
「……どうした? 随分と腰が揺れているようだが」
「や…もう、出ちゃいます……イキ、そう……」
「これだけでか?」
「これ、だけ、で……あっ、あ、ほん、とに……」
御堂の手の動きに合わせて、克哉が腰を揺らす。
あと少し力を入れれば本当に達してしまいそうだ。
克哉の呼吸が短く弾んで、それを知らせている。
「みどう、さん……いくっ…出るっ……」
泣きそうな顔と声で克哉がそう言った途端、御堂はぱっと手を離した。
「ひっ……!」
すんでのところで放り出された克哉の唇から悲壮な声が漏れる。
は、は、と息を吐き出しながら、克哉は御堂に縋るような目を向けた。
「やだっ……ひどい、御堂さん……!」
「ひどい? ひどいのは君だ」
御堂もすでに我慢の限界だった。
乱れたバスローブを脱ぎ捨てると、痛むほどに張り詰めた自身が下着を押し上げている。
それをも見せつけるように脱げば、克哉の喉がごくりとはしたなく鳴った。
「私を置いて勝手にいこうとするなど……許さない」
「あっ……」
まだ射精してもいないのにすっかり濡れてしまった下着を剥ぎ取られ、大きく足を開かされる。
指で慣らすのもじれったいとばかりに、性急に御堂自身が克哉の中に侵入を始めた。
「ん、うぅっ……!」
苦しさと快楽と痛みと悦びと、あらゆる感覚と感情の波に飲み込まれ、溺れそうになる。
じりじりと中を穿てば、克哉の苦し気な吐息は瞬く間に甘い色を帯びてきた。
赤く上気した顔を見下ろしながら、御堂は支配欲とは違った熱で胸が熱くなっていくのを感じていた。
「克哉……」
泣かせたい。
悦ばせたい。
苛めたい。
甘やかせたい。
あらゆる欲が彼に向かっていくのが分かる。
自分がこんなにも感情に振り回される人間だとは思ってもみなかった。
克哉に向き合うと、知らなかった自分を思い知らされる。
すべてが暴かれていく。
奥深くまで繋がりながら唇を重ねると、克哉はいじらしく舌を絡めてきた。
縋る指が腕を辿り、足が腰を引き寄せようとする。
全身で御堂を欲する姿が、御堂を幸福にする。
「克哉……」
御堂は克哉の足を抱え上げ、これ以上は無理だというところまで深く突き入れた。
克哉は白い喉を見せながら喘ぎ、快楽に身悶える。
「私を……受け止めろ……」
「御堂、さんっ……」
唇の端に笑みを浮かべながら、克哉は御堂の顔に手を伸ばす。
その手のひらに頬を摺り寄せて、御堂もまた微笑んだ。
凶暴なまでの欲望がこみ上げ、ただひたすらに御堂は克哉を突き上げる。
何もかもかなぐり捨てて、互いを求めることだけに二人は没頭した。



克哉が御堂のオフィスを訪れたのは、それから一週間ほどが経ったころだった。
「先日いただいたお話の件ですが……」
そう切り出したあと、僅かに息を飲んでから。
「―――宜しくお願いいたします」
途中で言い淀むことがないようにと思ったのか、早口でそう告げながら勢いよく頭を下げた。
克哉はこの話を必ず受けるだろうと信じてはいたものの、やはり安堵する。
御堂は気づかれぬように小さく息を吐くと、口角を上げた。
「ようやく覚悟が決まったか」
「はい……まだ自信はありませんが……それでも……」
克哉はぐっと拳を握ると、御堂をまっすぐに見つめながら言った。
「御堂部長の期待に応えられるよう、全力で頑張ります」
「……なるほど」
御堂は立ち上がり、克哉の傍に立つ。
「私の君への期待は、君が感じている以上に大きいものだと思うが……大丈夫か?」
「あっ……は、はい……頑張ります!」
「そうか。ならば」
御堂は克哉に手を差し出した。
「こちらこそ宜しく頼む」
「……! はい!」
そして二人は固く手を握り合った。
こんなことを言いながら、本当は御堂のほうこそこれからのことを考えて浮かれているのだ。
公私混同はしていないつもりだったけれど、恐らくそれは言い訳だ。
克哉をいつでも手の届く場所に置いておきたいという気持ちがまったくないはずがない。
御堂は握ったままの手を強く引いた。
「あっ……!」
もつれるように腕の中に飛び込んできた身体を抱き寄せる。
ようやく、手に入れた。
彼のすべてを。
「み、御堂さん……これは公私混同では……」
「君に関して公私の区別は必要ない。仕事でもプライベートでも、君が私のものであることに変わりはないのだからな」
「それは……」
克哉は困惑を隠せずにいながらも、御堂を否定をするわけでもなく、逃れるわけでもなく、抱かれたままでいる。
そんな様子がたまらなく愛しくて、御堂は克哉の耳元に唇を寄せて囁いた。
「もう、離さない」
それは揺るぎない決意であり、誓いの言葉でもある。
そしてそれはきっと現実になるだろう。
これからの自分たちの歩んでいく未来を想像して、御堂は胸を躍らせた。

- End -
2024.11.19

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