TWISTED 03

隣りの部屋から聞こえはじめた物音にも、克哉は何も感じてはいなかった。
悲しいとか、寂しいとか、そんな感情を抱くことすら馬鹿げていると分かったからだ。
実の兄である孝典に対して、許されない気持ちを持っていると認めるのがずっと怖かった。
それを過剰な憧れや畏怖の念だと誤魔化してきたけれど、一度自覚してしまえば不思議なぐらい冷静な自分がいた。
認めようが認めまいが、何も変わらなかった。
孝典が自分をどうでもいいと思っていることも、この気持ちが報われる日は永遠に来ないのだということも、 全ては初めから分かっていたことだし、これからも変わることはないだろう。
あれから二週間以上が経っても孝典自身から引越しの話を打ち明けられることはなく、それどころか一言も会話は無かった。
寂しさはずっと前からあったもので、悲しむ理由はひとつも無い。
だから克哉はかえってすっきりしたような気さえしていた。
「……」
克哉はふと思い立ち、自分の部屋を出て孝典の部屋へと向かった。
廊下を出てすぐ隣りにあるドアをノックすると中の物音が止み、内側からドアが開く。
「……なんだ」
顔を出した孝典は、やや不機嫌そうだった。
いつもならそれだけで怯んでしまうはずだったが、克哉はこのときも何も感じず、部屋の奥にちらりと視線を送っただけだった。
「片付け、手伝おうかと思って……引越しの」
「……」
克哉の視線に倣って、孝典も同じようにそちらを一瞥する。
開いたクローゼットと幾つかのダンボールが、この部屋を出て行く準備をしていることを示していた。
休日である今日のうちに、来週に向けておおまかな荷造りを済ませておこうと考えたのだろう。
本当のことを言えば、荷物の量などを考えても克哉が手伝う必要などないことは克哉自身もよく分かっていた。
それでも孝典の部屋を訪れたのは、気持ちが落ち着いている今なら自分の中で決着をつけられるかもしれないと思ったからだ。
ここで普通に孝典と接することが出来れば、いつかは蟠りもなくなり、ただの兄弟に戻れるかもしれない。
そう思った。
孝典は少し黙り、克哉の真意を探るようにその表情を伺う。
その結果がどんなものだったのかは分からないが、とにかく孝典は何も答えないままドアを大きく開けて、克哉に中に入るよう態度で促した。
「……お邪魔します」
家族の部屋に入るのに相応しいとは思えない言葉を口にしながら、克哉はそこに足を踏み入れる。
思えば、この部屋に入るのは初めてのことだった。
高校時代に孝典が寮に入っていた時期を除いても、この家で十年以上は一緒に暮らしている。
それなのに孝典が出て行くまであと一週間という今になって初めて部屋に入ったなど、 どれだけ自分達兄弟には距離があったのだろうと克哉はなんだか笑いたいような気持ちになった。
克哉はゆっくりと孝典の部屋を見回す。
机、ベッド、本棚。
クローゼットの中はだいぶ片付けが済んでいるのか、数着のスーツ類だけを残してがらんとしている。
本やCDが整然と並べられている棚は、持ち主の几帳面さを表しているようだった。
なんの変哲も無い部屋だったけれど、孝典が長い時間を過ごしてきたこの場所を克哉は忘れないよう目に焼きつけておきたいと思った。
「……その棚にあるものを、箱にしまってくれ」
「あ……はい」
孝典からの指示に克哉はダンボールを足元に引き寄せると、改めて棚を眺める。
並んでいる本のほとんどはビジネス書だが、中には洋書らしきものもあった。
CDはクラシックのみで、あとは有名な洋画のDVDが数枚。
そのどれもこれもが克哉の趣味とはかけ離れている。
克哉はそれをひとつひとつ手に取っては、興味深そうに眺めてから丁寧に箱にしまっていった。
(兄さんは、こんな本を読んでたんだ……)
こうしていると、自分がいかに孝典のことを知らなかったのかということに気づかされる。
どんな本を読み、どんな音楽を聞いているのか。
何が好きで、何が嫌いなのか。
一番身近なはずの兄弟なのに、家族なのに、なにひとつ知らなかったのだ。
(それなのに……好きだなんて……)
何も知らない相手のことを好きもないだろうに、それでもやはり孝典を好きだという気持ちは否定出来ない。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
たとえ仲の良い兄弟になれなくても、普通の家族でいられたのならこんなに苦しむこともなかったのに。
もしくは、いっそ嫌いになれたら良かったのだ。
そうすれば出て行く孝典を笑って見送れたかもしれない。
けれど何も知らなくても、何も出来なくても、この気持ちはもう誤魔化しようもなく確かにここにあった。
(どうしようもないな、オレは……)
克哉が思わず漏らした自嘲の笑みに、孝典が目敏く気づく。
「……何が可笑しい」
冷たい声で尋ねられ、克哉は止まっていた手を再び動かした。
「いえ……オレ、兄さんのこと何も知らなかったんだなと思って……」
「……」
克哉の言葉に孝典は一瞬眉を顰めた。
しかしすぐにチェストのほうに向き直ると、その表情を見せないまま呟く。
「そうだろうな。お前はずっと私を嫌っていたのだから、当然だろう」
「えっ……」
孝典の思いがけない返事に、克哉は心臓に冷たい氷を落とされたような気がした。
―――誰が、誰を嫌っているって?
―――オレが、兄さんを?
―――兄さんは、ずっとそんな風に思って……?
本を持っていた克哉の手が細かく震え出す。
さっきまで凪いでいた心にざわざわと波風が立ち始めるのを感じて、克哉はそれを必死で抑えようとした。
「……ど、どうして? オレは兄さんのことを嫌ってなんか……」
「別に気を遣わなくてもいい。私は構わない」
「でも、本当に……!」
「いいと言っている」
「……っ」
誤解を解くことさえ拒絶されて、克哉の中で何かが爆ぜる。
悔しさと悲しさが同時に込み上げてきて、克哉は無意識に持っていた本を置いて立ちあがっていた。
「嫌っていたのは……兄さんのほうじゃないか……」
「……なに?」
「兄さんはオレが嫌いだから……! だから、あんなことをしたんでしょう?! 引越しのことだって、オレには知らせてくれなかった!!  オレは兄さんを嫌いだと思ったことなんて一度もない!!」
声を震わせながら克哉は叫んだ。
思えば孝典に向かってこんな風に感情を剥き出しにしたのは初めてだったかもしれない。
今にも泣き出しそうになっている弟を、孝典は驚いた表情で見つめている。
二人はしばらく無言で睨み合っていたが、先に視線を逸らしたのは意外にも孝典のほうだった。
「……私も、お前を嫌いだと思ったことなど一度もない」
「……嘘、だ……」
「本当だ」
「なら……どうして……」
「……」
いきなりそんなことを言われても簡単には信じられない。
まだ疑いの眼差しを向けている克哉の前で、孝典はベッドに腰を下ろすと小さく溜息をついた。
「……私は昔、お前を殺そうとしたことがある」
「えっ」
突然の物騒な告白に克哉は戸惑う。
いったい、どういうことだろう。
孝典は少しだけ俯くと、抑揚の無い声で淡々と話しはじめた。
「まだお前が赤ん坊の頃だ。少しの間だけお前を見ていてほしいと母さんに頼まれた。 軽い気持ちで引き受けたが、二人きりになるとお前はすぐに泣き始めた。私は必死でお前をあやした。 けれど、お前は泣き止まなかった。そのとき……急にお前が憎らしくなったんだ。お前は私が嫌いなのだと思った。 そして私は部屋にあったクッションをお前の顔に押しつけた」
克哉が赤ん坊の頃というと、孝典もまだ小学生だ。
その行動に明確な殺意はなかったに違いない。
けれど、孝典はそう思っていないようだった。
「もちろん、すぐに我に返ってクッションは外した。時間にして数秒足らずのことだっただろう。しかし当然、お前はますます激しく泣いた。 そしてその後に帰ってきた母さんに抱かれると、お前はぴたりと泣き止んだ。 ……私では駄目なのだと思った」
「そんな……それは……!」
「分かっている」
孝典は克哉の言葉を遮る。
それはあくまでも乳児の習性でしかないのだと、今の孝典は理解していた。
それでもまだ子どもだった彼は、自分自身の取った行動によほどのショックを受けたのだろう。
話しを続ける孝典の横顔は、まだ自分を責めているように克哉には見えた。
「……それから私はお前と接するのを避けるようになった。そしてお前も物心ついてきた頃には、既に私に怯える様子を見せていた。 そういうお前の態度を見るたび、きっとお前自身は覚えていなくても、お前の身体は私に殺されそうになったことを覚えているのだろうと思った。 そのうち、私はお前とどう接していいのか本当に分からなくなってしまった……」
「兄さん……」
長い間の蟠りが、ゆっくりと解けていく。
嫌われていたのでも、どうでもいいと思われていたわけでもなかった。
それどころか、孝典のほうこそ自分に嫌われていると思い込んでいたのだ。
まさかそんなことがあったなんて、何も知らなかった。
赤ん坊の頃のことなんて、知るはずもなかった。
「そ、それなら、あんなことをしたのは……どうして……」
体中の力が抜けていきそうになるのを堪えながら、今なら聞けるとばかりに克哉はもうひとつ残った疑問を口にする。
克哉の言う「あんなこと」が何を示しているのか、孝典に分からないはずがなかった。
微かに顔を赤くしている克哉に、孝典は緩く首を振って答えた。
「さぁ……よく分からない」
「分からない……?」
「お前の身体から、あの忌まわしい記憶を追い出したかったのかもしれない。……だが、それも言い訳に過ぎないな」
孝典は細く息を吐き出して、顔を上げる。
長年抱いてきた胸のつかえが取れたからなのか、その表情は何処か穏やかで、微笑さえ浮かんでいた。
「お前には悪いことをしたと思っている。だが、お前が私を嫌っていたわけではないのなら……良かった」
「兄さん……!」
微笑みと同じぐらい優しい声でそう呟かれて、克哉は堪らなくなる。
今更そんなことを言うなんてずるい。
もう、出て行ってしまうくせに。
オレを置いて行ってしまうくせに。
克哉の目からとうとう大粒の涙が零れ落ちた。
「……何故、泣く?」
「だって……」
孝典に嫌われていなかった。
けれど、それがどうだと言うのだろう。
自分の孝典に対する気持ちと、孝典の自分に対する気持ちは違う。
自分は兄弟としてではなく、孝典のことが好きなのに。
けれどもしも本当に嫌われていないのだとしたら、最後にひとつだけ我侭を言ってもいいだろうか。
孝典は聞いてくれるだろうか。
「兄さん……」
克哉は孝典の前に立つ。
それから、溢れ続ける涙を拭いもせずに言った。
「もう、兄さんと一緒には暮らせないから……もし本当にオレのことが嫌いじゃないなら……最後に……」
呟きながら、震える指先でゆっくりとシャツのボタンを外していく。
軽蔑されるかもしれないけれど、それでも良かった。
それでも、もう我慢出来ない。
全てのボタンが外れ、シャツが床に落ちる。
克哉の滑らかな胸板が露わになる。
それからジーンズのファスナーを下ろすと、克哉は孝典に無防備な自分を曝け出した。
「最後に……もう一度、オレに……触れてください……」
「克哉……」
孝典は呆然とした声を出して、咄嗟に克哉から目を背ける。
「馬鹿なことを言うな。お前は何を言って……」
「バカなのは分かってます!」
克哉が悲鳴のような声を上げる。
「オレは……おかしいんです……。兄さんがオレを弟としか思っていないのは分かってます……。 でも、オレは……オレは……もう、兄さんじゃないとダメなんだ……兄さんじゃなきゃ……」
「……」
もはや克哉には羞恥も躊躇いもなかった。
ずっと抑えこんできた気持ちが溢れ出して止まらない。
震えたまま俯いている克哉の手を、孝典がそっと取る。
それに促されるようにして、克哉は孝典の前に跪いた。
「……何故、そんなことを言う? お前は嫌がっていたのではないのか? 私はお前を傷つけていたはずだ」
「違う!」
克哉は必死に首を振った。
「オレは……オレは、嬉しかったんです……。兄さんがオレに触れてくれることが、兄さんがオレを見てくれることが……。 兄さんはオレにとって、ずっと憧れの人だったから……」
「克哉……」
「―――?!」
掴まれていた手を突然引き寄せられ、孝典の顔が鼻先まで近づく。
孝典の顔は苦しそうに歪み、それでいて眼差しには熱のようなものが潜んでいた。
その熱に囚われて、克哉は目を逸らせなくなる。
孝典は低く、押し殺した声で呟いた。
「お前は……私がどういうつもりでお前に触れていたか、本当に分かっているのか?」
「え……?」
「私はお前に憧れられるような人間ではない。……確かに、始めは私を嫌っているお前に対する意地のような気持ちもあった。 だが、それだけではなかった。私はお前が欲しくなってしまったんだ。お前の身体も、心も、全て。 私は実の弟に欲情するような、狂った人間だ」
「兄さん……」
克哉は耳を疑った。
本当なのだろうか。
弟としてではなく、孝典は本当に自分を欲しいと思って触れてくれていたのだろうか。
「兄さん……兄さん!」
克哉は両手を伸ばし、孝典の首にしがみついた。
ずっとこうしたかった。
抱き締めあいたかった。
何かをされるばかりなのではなく、自分の手で孝典に触れたかった。
克哉は孝典の首筋にしっかりと顔を埋め、答える。
「兄さんが狂ってるなら、オレも狂ってる。でも、自分ではどうしようもないんだ。 オレは兄さんが欲しい……兄さんのものになりたい……」
「克哉……」
克哉が顔を上げ、二人の視線が絡み合う。
近づいてくる孝典の唇に、克哉は目を伏せた。
「ん……」
唇が塞がれた。
熱く濡れた舌が克哉の唇を舐める。
ゆっくりと解かれるように唇を開くと、孝典の舌が忍び込んできた。
克哉はそれに自分の舌を夢中で絡める。
「んっ……ふ……ぅ……」
初めてのくちづけだった。
今まで幾度も下肢を嬲られ、弄ばれても、キスだけは決してしてくれなかった孝典が、今自分にくちづけている。
それだけで克哉は意識が遠のきそうになるほどの幸福を感じていた。
「に……いさん……」
「……お前は馬鹿だ」
「馬鹿でもいい……。オレは、兄さんのことが……」
最後まで言い切らないうちに、また唇を塞がれる。
克哉は縋りつくように孝典のシャツの袖を掴み、身を乗り出した。
そのまま縺れ合いながら、二人してベッドの上に倒れ込む。
「兄さん……オレも、兄さんにもっと触りたい……」
覆い被さってきた孝典の頬に、克哉は恐る恐る触れた。
ようやく届いた孝典の存在を、克哉はその手のひらと指先でしっかりと確かめる。
頬から首筋、それからシャツの開いた胸元へと。
「あっ……!」
おかえしとばかりに、孝典の手もまた克哉の肌を這う。
すっかり尖った乳首に爪を立てられ、克哉は甘い声を上げた。
「……お前はここが好きだな」
「あっ……好、き……好きっ……気持ち、いい……」
真っ赤になった小さな尖りを舌で弄ばれると、克哉は獣のように身悶える。
肌に触れる孝典の髪さえも快感になった。
まだ下着の中に収められたままの屹立は、今にも弾けてしまいそうなほどに硬く脈打っている。
それを知ってか知らずか、孝典の手がそこを布ごと包みこんだ瞬間―――。
「あ、あぁッ―――……!!」
克哉は全身を強張らせて、呆気なく射精してしまった。
びくびくと下肢が痙攣するごとに、薄いグレーの下着がじわりと色を変えていく。
「あ……ぁ……ごめ、んなさい……」
乳首を弄られ、ペニスに触れられただけで達してしまうなんて。
恥ずかしさと情けなさで、また泣きたくなってくる。
しかし孝典は布地越しにも伝わるぬるりとした感触を楽しみながら、克哉の耳元に唇を寄せると喉の奥で笑った。
「触れただけでイってしまったのか? 随分、早いな」
「ごめ……なさい……。ずっと、イけなかった、から……」
「自分で慰めても?」
「……」
克哉は顔を真っ赤にしながら頷く。
きつく目を閉じていたせいで、そのとき孝典が嬉しそうに笑ったことには気づかなかった。
「兄さん……兄さん、オレ……」
「……分かっている」
これだけでは満足出来ない。
克哉の想いは言わずとも伝わり、孝典に濡れた下着を引き摺り下ろされる。
寒さからか期待からか、ぶるりと身体を震わせる克哉を見下ろしながら、孝典もまた前をくつろげた。
そのとき孝典の屹立がさっきの自分と同じように硬く猛っていることに気がついて、克哉はうっとりと目を細めた。
本当に欲情してくれているのだ。
本来ならば気持ち悪いと思わなければならないのかもしれないが、克哉にとっては嬉しくて堪らない。
嬉しくて、嬉しくて、そして幸せだった。
「……本当に、いいんだな?」
服を脱いで覆い被さってきた孝典が、改めて問い掛けてくる。
後悔なんてするはずもない。
克哉がまっすぐに見つめ返しながら頷くと、孝典はそっと克哉の後孔に指を伸ばした。
「あっ……!」
初めての感覚に驚いて、思わず声が出てしまう。
克哉が慌てて口を結ぶと、孝典は丁寧にその場所を解し、奥に指先を沈めていった。
「あっ……あ……あ……」
まるで内臓を探られているような、とてつもない異物感。
けれどそれがあれほど焦がれていた孝典の指なのだと思うと、それだけで射精したばかりの克哉のペニスは再び硬くなりはじめた。
つい閉じてしまいそうになる足を孝典に押し開かれ、指は更に奥へと入っていく。
「あ……に、いさん……っ……」
「……痛むか?」
「痛く、ないっ……あッ……?!」
何が起きたのか分からなかった。
ただ孝典の指がある一点に触れたとき、突然異物感が強い快感へと変わったのだ。
孝典がそこに触れるたび、克哉は目を見開いて下肢を弾ませる。
「あっ、や、だ……! そこ、なに……?!」
怖くなって、孝典に手を伸ばす。
孝典はその手のひらにくちづけてくれたが、克哉の奥を掻き回すことは止めなかった。
「ここがいいようだな。だが……もう少し声を抑えてもらわないと困る」
「……!!」
そうだった。
一階には母がいるのだ。
克哉は唇を噛んだが、それでも喉の奥からくぐもった声が漏れてしまうのをどうすることも出来なかった。
「んっ……ぅ、ぐ……にい、さん……ッ……」
どれぐらいそこを弄られていただろう。
いつの間にか指は二本に増やされ、緩く中を往復されるたびに腰の辺りが痺れたように重くなっていく。
屹立はすっかり硬さを取り戻して、先端から雫を垂らしていた。
もう一度、イきたい。
今度は指じゃなく、孝典自身で。
大きく足を開いた、これ以上ないほどの恥ずかしい格好をさせられながら、 克哉の身体と頭の中はその欲求だけでいっぱいになっていた。
「に、いさん……もう……もう……」
息を弾ませ、頬を真っ赤に紅潮させながら、克哉は途切れ途切れの声でその先をねだる。
それを受けて孝典が指を引き抜く感触にさえ腰が跳ねた。
「克哉……」
「あ……兄さん……はや、く……」
まだ躊躇っているかのような孝典を、克哉はあえて急かす。
孝典は何かを言おうとして止め、それから自身を克哉の後孔にあてがった。
ようやく訪れたのは、身を引き裂かれるような痛み。
克哉は歯を食いしばってそれに耐えた。
「う……ぐっ……」
孝典が心配そうな顔をして動きを止める。
けれど克哉は孝典の腰に足を絡め、その身体を引き寄せた。
「い、いから……そのままっ……」
「っ……」
「―――……ッ!!」
孝典がぐいと腰を進めると、克哉は喉を見せてのけぞった。
確かに激しい痛みはあったけれど、そんなことはどうでも良かった。
孝典と繋がっている。
それだけが大切で、それしかいらなかった。
兄弟であることも、これが最後の交わりになるかもしれないことも、今は何も考えたくない。
ただ孝典の存在だけを感じていたかった。
少しずつ、少しずつ、孝典のものが克哉の奥へと入ってくる。
やがて全てを収めてしまうと、孝典もまた震える息を吐いた。
「克哉……」
名前を呼ばれて、克哉は弱々しく微笑みながら孝典に手を伸ばす。
「にい、さ……孝典、さん……」
「―――!」
「……っ?!」
克哉が孝典の名前を呼び返した途端、身体の奥で孝典自身がびくりと脈打ち、硬さを増したのが分かった。
孝典は微かに目尻を赤くしている。
その初めて見る表情に底知れぬ愛しさを覚えて、克哉はもう一度孝典の名を呼んだ。
「孝典、さん……好き……」
「克哉……っ……」
「ぅ、あッ……!」
孝典が激しく克哉を突き上げはじめる。
奥を突かれるたび、漏れそうになる声を克哉は必死で堪えた。
「……っ! ……っ!!」
ギシギシとベッドが鳴り、克哉の身体が揺さぶられる。
決して離れるまいと孝典の腕に爪を立てながら、克哉もまた律動に合わせて自ら腰を揺らした。
繋がった部分は焼けるように熱く、その熱で頭の芯まで朦朧としてくる。
もう、何も見えない。
何も聞こえない。
たとえこれが罪深い行為であったとしても、今の克哉の中には悦びしかなかった。
「かつ、や……」
孝典の息が弾み、動きが更に激しくなる。
痛むほどに腰を強く打ちつけられて、全身に汗が浮かんだ。
柔らかな内部が孝典自身にきつく絡みつく。
「ッ……オレ……また、イきそう……」
「……イけば、いい」
「あっ……あぁッ……!」
孝典は克哉を貫きながら、さっきからトロトロと蜜を零している克哉の屹立を握り締めた。
そうして自分の律動と同じようにそれを扱いてやると、克哉がせつなげに顔を振る。
「も……ダメ……イく……出るッ……」
「克哉……かつ、や……!」
「――――……ッ!!」
克哉は咄嗟に両手で口を覆った。
孝典の欲望が注がれるのを感じながら、自分も二度目の射精に身体を震わせる。
今までにこんな快感を味わったことはなかった。
頭の中が真っ白になって、何がなんだか分からなくなる。
ただ、幸せだった。
夢を見ているようだった。



意識を失っていたのか、眠っていたのか分からない。
気がつけば孝典は身支度を整え、さっきと変わりない様子で窓辺に立っていた。
起き上がってみるといつの間にか自分の身体も綺麗になっていて、下着さえ履いていなかったものの、 上はシャツを着ていてボタンもきちんと留められている。
「兄さん……」
無意識に呼ぶと、孝典が克哉を振り返った。
その表情は暗く、克哉の胸が痛む。
「ごめんなさい……」
謝ったのは、孝典が後悔しているのだろうと思ったからだ。
けれど、もう孝典はこの家を出て行く。
こんなことは二度と無いだろう。
虫がいい話かもしれないが、だから許してほしいというのが克哉の本音だった。
「……来週の日曜には、私はここを出る」
「うん……」
今日の思い出があれば、きっと乗り越えられる。
始めは辛くて寂しいかもしれないが、少なくとも互いの誤解は解けたのだから、 いつかは普通の兄弟のように笑い合える日も来るだろう。
今日起きた出来事は一生、大切に胸に仕舞っておこう。
孝典が小さな紙切れを手渡してくるまで、克哉はそう考えていた。
「……なに?」
折り畳まれたそれを開くと、中には孝典の字で何処かの住所と電話番号らしき数字が書かれていた。
克哉の心臓がまたしても鼓動を速める。
「これ……」
「新しい住所と、私の連絡先だ。お前さえ良ければ……連絡してくればいい」
「兄さん……」
これきりではないのか。
これきりにしなくてもいいのか。
克哉は信じられない気持ちでそのメモと孝典の顔とを交互に見つめた。
「でも……迷惑じゃ……」
「迷惑ではない。私は新しい部屋に、他の誰も入れるつもりはない。……お前、以外は」
「兄さん……!」
克哉は孝典に抱きついた。
孝典の手もまたしっかりと克哉の身体を抱き締める。
この先、どうなるかなんて分からない。
これを恋愛と呼んでいいものなのかも分からない。
こんな関係はきっと間違っていて、いつかは恐ろしい罰が下るのだろう。
けれど今は、ようやく届いたこの手を絶対に離したくはなかった。
世界中が許してくれなくても構わない。
どれだけ謗られても、罵られても、この人がいてくれれば生きていける。
今の二人に恐れるものなど、何も無かった。

- end -
2010.10.29

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