10 10 years
※このSSは私が2007年に書きましたSS【最高の贈り物】の内容とリンクしています。
夕食を済ませた後、リビングのソファで寛いでいるところに御堂が一通の封筒を差し出してきた。
なんとなく見覚えがあるそのアイボリーの封筒は普通より少し大きめのサイズで、
表には非常に達筆な字で御堂の名が書いてある。
「これを覚えているか?」
御堂から手渡されたその封筒を裏返してみて、克哉は思い出した。
「これ……! 昔、御堂さんのお父さんから頂いた……」
「そうだ」
裏面に書かれていた差出人名は御堂の父の名だった。
それは以前、御堂の父親からクリスマスに送られてきたグリーティングカードだった。
「中を見てみてくれ」
そう言われて、カードを開いてみる。
そこには―――。
『孝典へ
お前とは親子の縁を切る。
今後一切、連絡はしない。
お前もしてくるな。
だが十年後もお前達の意志が変わらなかったときは、二人で顔を見せに来い。
それが、縁を切る条件だ。』
それを読んで、克哉はあの日のことをまざまざと思い出していた。
御堂の父に呼び出され、息子と別れてくれと言われたときのことを。
決して頭ごなしな要求ではなかった。
それは我が子の幸せを願う親として当然の心配と、世間一般の大多数の人がするであろう反応から来る、致し方ない申し出だった。
けれど、克哉はそれに頷くことは出来なかった。
御堂とは別れないと宣言をし、そのあとのクリスマスの日に送られてきたのがこれだったのだ。
「下にある日付を見てみてくれ」
「日付……2007年12月……あっ……」
そう。
まさにこのカードを貰ってから、十年の月日が流れていた。
「孝典さん、これ……」
御堂がふっと笑いながら頷く。
「今年の正月は私の実家につきあってもらおうか」
「はい……!」
克哉が満面の笑みで頷く。
あのときの選択を間違っていたとは思わない。
けれどその所為で御堂が父親と没交渉になってしまったことにはずっと責任を感じていた。
御堂の母は二人のことを認めてくれているらしかったが、やはり父の手前あまりおおっぴらには出来なかったようだ。
御堂の父は嘘をつかないだろうから、きっと今度こそ認めてもらえるはず。
それを考えるだけで、克哉の心は弾んだ。
「もう、あれから十年も経ったんですね……」
克哉がカードを見つめながら感慨深げに呟くと、御堂が軽く咳払いをする。
「そうだな……。だから、克哉。その……いいタイミングではないかと思うのだが」
「え?」
なんとなくいつもと違う様子を感じて克哉は顔を上げる。
しかし、御堂は前を向いたままだった。
その横顔が少しだけ強張っているように見える。
「タイミング、ですか?」
「ああ……。私達が付き合ってもう十年になる。その記念に……結婚式をするのはどうだろうか」
「えっ、結婚式ですか?!」
驚く克哉に御堂がやや慌てたように説明する。
「何も正式なものでなくていい。人前式というものがあるだろう?
何処か場所を借りて、互いの家族や友人、世話になった人達を呼んで……」
そこでようやく御堂が克哉のほうを向く。
そして真剣な表情で言った。
「そこできちんと私達のことを知ってもらうんだ。そして私と君が生涯を共にするパートナーであることの証人になってもらう。……まぁ、今更ではあるがな」
「……」
克哉が俯く。
その克哉の顔を、御堂が不安そうに覗き込んだ。
「……やはり、嫌か?」
「っ……」
克哉は強く首を振った。
そして半分涙声になって―――。
「……はい。やりたいです、オレも。みんなの前で貴方がオレのパートナーだってこと、ちゃんと知らせたいです……」
「そうか……!」
御堂の声が一気に晴れやかなものになる。
そして勢いよく克哉の身体を抱き寄せた。
「良かった……。正直、断られるのではないかと気が気でなかった」
「孝典さん……」
「そうと決まれば、早めに具体的な計画を立てなければならないな。
ハネムーンも込みで予定を組むとなると、今から仕事を調整していく必要がある。
場所に関しては内河達にも相談してみよう。当日の司会は本多に頼んでやってもいい。
ああ、白のタキシードも作らなくては。やることが山積みだな」
「そうですね」
どんどん話を進める御堂に、克哉がクスクスと笑う。
さすが仕事の出来る男は、プライベートでもその能力を遺憾無く発揮してくれるらしい。
克哉に笑われて、御堂はわざと拗ねてみせた。
「私がはしゃいでいるのが可笑しいのだろう? だが、別に笑われても構わない。今は誰に何を言われようと許せる気分だからな」
「そうなんですか?」
「ああ。試しに何か言ってみたまえ」
「ええと……」
克哉は少し考えてから、自分も御堂の背中に手を回して言った。
「……孝典さん。この十年間、オレのことを心から愛してくれて、大切にしてくれてありがとうございました。
不束者ではありますが、これからもどうぞ宜しくお願いします。オレも孝典さんに相応しくあれるように、これからも頑張りますね」
「……」
どうやら予想外のセリフだったのか、御堂が固まる。
それから僅かに赤くなった顔を、克哉の首筋に埋めた。
「……君は狡いな」
克哉がえへへ、と照れて笑う。
そんな克哉を御堂はますますきつく抱き締めた。
「私こそ、この十年間傍にいてくれた君に心から感謝している。十年と言わず、これからもずっと私の傍にいてくれ」
「はい。もちろんです」
幸せすぎて涙が溢れそうになる。
十年前は不安ばかりで、こんな日が来るなんて想像もしていなかった。
けれど今は違う。
きっと今から十年後も二人で笑いあっている。
そんな未来が信じられる。
だから、心から伝えたい。
十年分の「ありがとう」と「愛してる」を、あなたに―――。
- end -
2017.09.25
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