THE FINAL JUDGEMENT【13】  -誓い-

「御堂部長。さきほどのミーティングの議事録と販促企画書をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
御堂は書類を受け取ると、そこに書かれた文字を細かく追っていく。
そして、やや浮かない顔をした。
「どうも、いまひとつだな」
「そうですね……」
ビオレードのプロジェクトは発売に向けて着々と進行していた。
今は各部署との打ち合わせを重ね、販売促進に関する企画を煮詰めている段階にあったが特に目新しい案は出ていなかった。
御堂にはプロトファイバーの実績があるだけに、今回の商品に対する上からの期待も大きい。
もう少し何かが必要であることは、誰もが感じていたことだった。
「あの……これを見ていただけないでしょうか?」
克哉はおずおずと別の書類の束を御堂に差し出す。
そこには今までの商品コンセプトに基づく企画とは、まったく真逆の案が記されていた。
「これは?」
「御堂部長のイメージするところとは、だいぶ違っているということは分かっています。 ただ、このままだとやはり商品に隙が無さ過ぎるような気がするんです。 イメージに多少のギャップを持たせることで、インパクトを与えるという効果が期待出来るのではないかと……」
「ふむ……」
克哉の提案した企画は以前に御堂が「安っぽい印象を与える」として却下したノベルティ案と、 テレビCMとはまったく違った方向のインターネット広告に関するものだった。
各小売店の飲料水の売り上げ状況や、マーケティング調査の結果を分析した考察と共に書かれたそれは、 ざっと目を通しただけでもかなり練られた説得力のありそうなものだと分かる。
御堂は一通り目を通した後、克哉を見てにやりと笑った。
「分かった。とりあえず、これは預かっておく。後ほど改めて検討してみよう」
「ありがとうございます」
克哉は深々と頭を下げる。
そんな克哉を御堂は満足げに見つめていた。

あれから二週間しか過ぎていないことが、克哉にはときどき信じられない。
それほど日常は穏やかに、そしてしっかりと二人に戻りつつあった。

あの日。
気がついたときには御堂と二人、御堂のマンションの部屋に戻っていた。
ご丁寧なことに克哉のカバンも一緒に。
しかもあれほど辛く、長い時間をクラブRで過ごしたような気がしていたのに、御堂の有休がたったの五日しか消化されていなかったことに二人は更に驚いた。
それから話し合いの結果、克哉は突然御堂の元に戻ってきたかと思うと、失踪していた間の記憶を全て失っていた―――ということにしたのだった。
かなり無理があることは分かっていたが、他にうまい言い訳が思いつかなかった。
下手にあれこれ嘘をつくよりは、全部分からないと言ってしまったほうがいいだろうという結論に達したのだ。
それからしばらくは、とにかく忙しかった。
なによりもまずは克哉の両親に連絡を入れると、両親はすぐに克哉の元に飛んできた。
喜びに泣き崩れる母と、何も聞かずひたすらに身体の心配をしてくれる父を前にして、克哉もまた罪悪感を抱きながら涙を浮かべて再会を喜んだ。
そして落ち着いたら改めて御堂と共に実家に挨拶に行くことを約束した。
警察と興信所にも連絡を入れた。
警察では軽い事情聴取を受けたものの、盗られた物や克哉に大きな怪我も無いことから、特に問題は無いとして無事に捜索願は取り下げられることとなった。
本多や太一、四柳らにも克哉が戻ってきたことを電話で伝えた。
御堂は勝手に病院を抜け出したことで四柳に多少の文句を言われはしたが、彼らもまた同様に克哉の無事を喜んでくれた。
四柳に克哉の記憶が無い話をすると、念のため検査入院を勧められたがそれは断った。
克哉が身体の傷を見られることを恐れたからだ。
本多はすぐにでも御堂のマンションに押しかけようとしてきたが、克哉が落ち着いてからにしてくれと御堂が素っ気無く断ってしまった。
一方で太一に対する御堂の態度が、本多へのそれとは全く違っていたことに克哉は戸惑っていた。
詳しくは話してくれなかったけれど、彼には特別世話になったらしい。
どうして太一なのだろうとなんとなく不思議に思いつつ、克哉も太一に謝罪と礼を言い、今度二人で店に行くからという約束をして電話を切った。

一番の問題は当然会社だった。
克哉が不在にしていた一ヶ月半という期間は休職に加えて、定休と有休を合わせて処理することになった。
そしてその後、克哉の今後の所属をどうするかが専務を交えて話し合われた。
克哉は頭を下げ、あえて一室に戻ることを希望した。
このまま退職したり異動したりするのは、かえって余計な憶測を呼びかねないと判断したからだった。
そしてなにより御堂が決して公私混同で克哉を一室に引き抜いたわけではないことを証明したかった。
一部からは克哉が失踪している間にどんなことに関わっていたか分からない以上、そのまま勤務させるのは危険ではないかという意見もあったものの、 御堂からの熱心な説得や、なんといってもあのプロトファイバーの功労者であることなどから、克哉は無事に一室に戻れることとなった。
一室のみんなの前で深々と頭を下げた克哉に、真っ先に歓迎の意を示したのは藤田だった。
喜びのあまり、半泣きで克哉にしがみついた藤田の姿に、他の者達の視線が一斉に御堂に集まったことは言うまでもない。
そのときの御堂の表情が「パーツは笑顔の形を作ってはいるものの、目がまったく笑っていない」というそれはそれは恐ろしいものであったことは、後々一室の中での語り草となる。
それでも無邪気に克哉の帰りを喜ぶ藤田につられたのか、一室は一気に佐伯克哉という重要な戦力が戻ってきたことを祝うムードに包まれた。
御堂とのことも、克哉が心配するようなことは一切無かった。
もちろん表立ってその話題に触れるようなことは誰もしなかったし、陰では色々と言われているに違いないとは思う。
実際、克哉と御堂が話していると、興味津々といった視線を向けてくる者も中にはいた。
しかし、それもじきに慣れてしまう程度のものだった。
そもそも今は仕事が忙しくて、みんな他人のプライベートに構っている暇などないのだ。
そうして時間が経つにつれて、緩やかに現実は流れていく。
まるで、何事も無かったかのように。
それでも克哉は今回のことで、これほど多くの人達に心配を掛けたことを本当に申し訳なく思うのと同時に、 こんなにも自分を必要としてくれている人達がいたのだと知った。
誰もが、克哉の帰りを喜んでくれた。
自分が逃げ出すことは御堂だけではなく、その人達をも裏切ることになる。
だから克哉は改めてもう二度と誰をも裏切らないと心に強く誓った。



克哉がシャワーを終えて寝室に戻ると、ベッドに腰掛けた御堂が苦虫を噛み潰したような顔で携帯電話のディスプレイを睨みつけていた。
克哉が入ってきた事に気づくと、まるで何かを隠すかのように電話を伏せる。
「……どうしたんですか?」
「いや……」
なんでもない、と言いかけて御堂は思い直す。
もう克哉に隠しておく必要は無かったのだ。
「……本城だ」
「あ……」
そういえばクラブRに行ってしまう前、克哉にも本城からの留守電やメールがしつこく入っていた。
克哉のほうにはもう連絡は来ていなかったけれど、御堂のことはまだ諦めていないらしい。
「……孝典さん。オレが口出しするようなことじゃないとは思うんですけど……」
「なんだ」
「本城さんと一度話し合われてみたほうがいいんじゃないでしょうか?」
「……」
御堂は顔を顰める。
確かに、難しいことかもしれない。
けれどこのままではお互いにとっても良くないような気がした。
「……オレも似たようなことがあったんですよ」
克哉は御堂の隣りに腰を下ろす。
そして思い出したばかりの、あの出来事について話をした。
親友だと思っていたのに、知らずに相手を傷つけていたこと。
そして、そんな友人から酷い裏切りにあったこと。
取り戻した過去の記憶を、全部。
「そのときのオレはそいつの気持ちが理解出来ませんでした。でも……今では、とてもよく分かるんです。 きっとそいつも本当にそんなことがしたいわけじゃなかった。でも妬む感情を抑えきれなくて、何処にもやり場がなくて、それで……」
「……だからといって、やっていいことではないだろう」
「そうですね」
御堂の言うことは正論だ。
御堂が自分を思って腹を立ててくれていることは嬉しかったけれど、人の感情は正論だけでは片付けられない。
「きっとそいつが本当に嫌いだったのは、オレじゃなくて自分自身だったんじゃないかと思います。オレがずっとそうでしたから」
自分の力不足を分かっていながら、膨らみ続けていく身勝手な欲望。
それは時に暴力的なまでの力を持って、自分でもコントロール出来ないほどになる。
まして子供だった彼なら尚更だったろう。
「本城さんも自分の気持ちを持て余してるんじゃないでしょうか。いまだにこうして孝典さんに執着しているあたり、本城さんの中の劣等感はまだ解消されていないんだと思います。 向かい合って話をしない限り、執着は続くような気がします……」
「……」
御堂はしばらく黙り込んでいたが、それから大きな溜息をついて言った。
「そうだな。あいつが話し合いに応じるかどうかは分からないが、やってみる価値はあるかもしれん」
「はい」
このままでは御堂もきっと辛いはずだ。
自分は親友だった彼と話をすることはもう出来ないけれど、せっかくそれが出来る環境にあるならばそうしてほしい。
そしてまた二人がいい友人に戻ってくれたら嬉しいと克哉は思っていた。
「……ところで、克哉」
「はい?」
「まだ無理そうか?」
「あ……」
克哉が顔を赤らめる。
御堂が何を言いたいのかはすぐに分かった。

こちらに戻ってきてからずっと克哉は御堂に抱かれることを拒んでいた。
決してしてほしくなかったわけではない。
ただ何食わぬ顔でまた御堂に愛されてもいいのか、その躊躇いがどうしても拭えなかったのだ。
せめて身体の傷が消えてからという克哉の頼みを御堂は了承し、それからは毎晩抱き締め合って眠るだけの夜が続いていた。
「もう自分を責めるな。それに……私の方も限界だ」
「孝典さん」
御堂が半分おどけたように言って、克哉はますます顔を赤くする。
本当は克哉自身もいつそれを切り出そうか迷っていたのだ。
けれど自分から言い出したことだけに、どうにもタイミングを掴めずにいた。
それにしても本当ににいいのだろうか。
御堂は気にならないのだろうか。
「……克哉。君の気持ちにまだ整理がついていないというのならば、もちろん無理強いはしない。だが私のことを気遣っているのだとしたら心配は無用だ」
「はい……」
克哉はゆっくりと御堂のほうに身体を向ける。
久し振りなせいか妙に気恥ずかしい。
初めてするわけでもないのに、羞恥と期待に身体が震えるのを抑えられない。
「あの……その前にひとつだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「あのとき、もしもオレがあの場に残ると言っていたら……あなたはどうするつもりでしたか?」
「……」
御堂は自分の意志を尊重してくれると言った。
それならもしも自分が帰ることを拒否していたなら、どうなっていたのだろうか。
克哉はそれが知りたかった。
克哉の質問に、御堂は少し考えてから答える。
「想定していなかったな」
「え?」
「君は必ず私と帰ると信じていた。だから、そのときのことは考えていなかった」
「孝典さん」
克哉は嬉しくなって御堂の胸に縋りついた。
それでこそ御堂だ。
だからこの人に支配されたいと思う。
離さないでほしいと思う。
「して……ください。孝典さん……」
もう、一秒だって待てない。
口にしただけで、かあっと身体が熱くなる。
御堂は待ちきれない様子で克哉の肩を抱くと、忙しなく唇を重ねた。
「んっ……」
それだけで頭の芯が痺れてくる。
押しつけられた唇は熱く、くちづけはすぐに濃厚なものへと変わっていった。
舌を絡めあい、口内をぐるりとなぞられ、克哉はたまらず御堂の腕にしがみつく。
触れ合っている膝が、それだけで欲望を伝えていく。
御堂の指先が克哉の頬を撫で、それから首筋、肩先へと落ちていった。
「あっ……!」
手のひらがパジャマ越しの胸板を滑り、小さな尖りに触れた。
その瞬間、克哉がびくりと身体を震わせる。
「……やはり、嫌か?」
「違います……。そうじゃ、なくて……」
感じすぎてしまいそうで怖かった。
御堂は克哉の様子を伺いながら始めこそ遠慮がちにそこを撫でていたが、克哉が嫌がっているわけではないと分かって次第に動きを大きくしていく。
強く押し潰され、爪の先で引っかかれると克哉は息を弾ませて身悶えた。
「……これだけで感じているのか?」
「は、はい……」
御堂は指の腹でそこを円を描くように撫で続ける。
そのたびに克哉の喉から掠れた短い声が漏れて、御堂の頬にかかった。
御堂は克哉の中心が既に反応を見せていることに気づいて、今度はそこに手を伸ばす。
「もう、こんなにしているんだな」
「……っ」
御堂が下着の中に手を差し入れる。
その指が先端に触れただけで、克哉の腰がぶるりと震えた。
「あっ、ダ、ダメ……!」
「少し触っただけだぞ?」
「だ、って……」
克哉は御堂の手がそれ以上入り込むのを押さえようとするが、それでも御堂は強引に触れようとしてくる。
手のひらが熱い幹を握り、濡れた先端に親指が触れると、克哉の腰がびくびくと跳ねた。
「あっ……! あぁっ……!」
中心から濃い精が溢れ出す。
あまりの早さに御堂もさすがに少し驚いたようだった。
「これだけでイってしまうとはな……」
「ごめ…なさい……」
あまりの恥ずかしさに、克哉はぎゅっと目を閉じたまま御堂の胸にすがりついて謝る。
御堂はそんな克哉の瞼に優しくくちづけを落とすと、濡れたズボンと下着を下ろしてやった。
「我慢が足りないな。いや……我慢しすぎていたせいか?」
「う……」
御堂は笑いながら克哉をシーツの上に押し倒した。
それからパジャマのボタンを外しながら、克哉の額に、頬に、何度もくちづける。
「気にするな。何度でもしてやる。君が満足するまでな」
「孝典さん……」
パジャマを脱がせると、御堂はまじまじと克哉の身体を見下ろした。
もう傷も痣もほとんど分からなくなっている。
そのことに御堂は些かほっとした。
「安心したまえ。君の身体はとても綺麗だ」
「孝典さん……良かった……」
首筋に埋めてきた御堂の頭を抱き寄せながら、克哉は嬉しさに微笑んだ。
こうしているとまるであのときのことが全て夢だったように思える。
けれどあれは確かに現実に起きた出来事なのだ。
だからこそ自分が自分を取り戻した感覚が、今も克哉の中には残っている。
御堂は克哉の両足の間に手を潜り込ませた。
薄い尻を撫で、その狭間に指先を滑らせる。
そして早くもひくついているそこにそっと触れた。
「……私も君のことは言えないな。済まないが、これ以上は我慢がきかないようだ」
克哉の太腿のあたりに御堂の熱が触れている。
克哉もたまらなくなって御堂に手を伸ばした。
「はい……来て、ください。孝典さん」
御堂が自分のためにずっと我慢してくれていたことを知っている。
だから今は早く御堂が欲しかった。
早く繋がりたい。
ひとつになりたい。
克哉は足を御堂の下肢に絡ませた。
御堂は忙しなく前を下ろすと、既に勃ち上がっていたそれを克哉の後孔にあてがう。
「克哉……」
「は、あぁっ……」
御堂が入ってくる。
久し振りに御堂を受け入れるそこは、まだ慣らされていないせいもあってきつく、狭い。
それでも御堂は遠慮しなかった。
克哉の内壁がいやらしく蠢き、御堂をどんどん奥へと招き入れる。
早急に上りつめていく快感に全身が汗ばむ。
「克哉……克哉…っ……」
切羽詰ったように名前を呼んでくれる、御堂が愛しい。
労わる余裕さえ無いように、御堂は克哉を激しく揺さぶった。
あのクラブRで抱かれていたときより何倍も気持ちがいい。
自分が確かに御堂と繋がっていると実感出来る今の方がずっと良かった。
「孝典さん……もっと……!」
克哉もまた貪欲に御堂を求める。
セックスは身体が繋がるだけのものではないのだと分かる。
相手を愛しいと思う気持ちがあるから、こんなにも感じるのだ。
だから、いつでも御堂が欲しい。
自分だけを見ていてほしい。
克哉は御堂の動きに合わせて腰を振った。
必死で御堂の腕を引き寄せ、もっとひとつになりたいとせがむ。
オレを支配して。
何も考えられなくなるぐらい。
何も分からなくなるぐらい。
その欲望を御堂は受け止めてくれると信じている。
御堂はそれに応えるように、更に激しく克哉を突き上げた。
「克哉……!」
御堂にもすぐに絶頂は訪れるだろう。
それでも克哉は御堂を離すつもりはない。
まだ、もっと、御堂が欲しい。
この欲望の全てをぶつけるまでは離れたくない。
「孝典さん……」
克哉は御堂に手を伸ばし、その背中を抱き寄せた。
繋がったまま唇を重ね、鼻先が触れる距離で見つめあう。
「愛しています、孝典さん……」
「……私もだ。君を愛している」
この人に出会えて良かった。
この人を選んで良かった。
悦びに身体が震える。
御堂が再び腰の動きを速める。
「克哉……も、う……」
「孝典さん……!」
「ッ……!」
最奥に放たれた熱を感じる。
この幸福をどうして手放せると思ったのだろう。
もう二度と離さない。
離れない。
御堂の身体をきつく抱き締めながら、克哉はもう一度囁く。
「孝典さん……愛しています……」

二人はその後も、幾度も身体を重ねた。
すれ違っていた時間を埋めるように、互いが互いを支配していることを確かめるように。
そろそろ夜が明ける頃だろうか。
二人は抱き合ったまま、心地好い気だるさに包まれていた。
さすがに疲れ果て、今にも眠りに落ちてしまいそうになったところで克哉がふと思い出したように呟く。
「孝典さん……オレ、英会話を習いに行こうかと思うんですけどいいですか?」
「英会話?」
「はい」
MGNは外資系の企業だ。
本社はシカゴにあり、支社は海外にも多数存在している。
これから自分に何が出来るかを考えた結果、克哉なりに出した答えのひとつがそれだった。
御堂は少し意外そうな顔をしていたが、すぐに克哉に賛同してくれた。
「なるほどな。もちろん構わない。私が教えてやっても構わないが……そもそも君の英語力はどれぐらいなんだ?」
「えっと……」
MGNで働くようになってから、英語を聞く機会が増えたおかげでリスニングは多少出来るようになった。
しかし自分が喋るとなるとまだ自信が無い。
学生時代に英語は得意科目ではあったが、そんなものが実践の場で通用するはずがないということぐらい克哉にも分かっていた。
当然、御堂の足元にも及ばない。
急に恥ずかしくなって口ごもる克哉に、御堂はこっそりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「では、テストをしてみよう」
「テスト?!」
いきなり言われて、眠気も吹っ飛ぶ。
目を丸くしている克哉を前に、御堂はわざと真剣な表情を作ってみせた。
「まずは私が英語で質問をするから、君も英語で答えてみてくれ」
「は、はい」
克哉は身構える。
いったい、何を聞かれるのだろう。
御堂はそんな克哉の耳元に唇を近づけると、流暢な英語で何かを囁いた。
その途端、克哉は顔を赤くする。
それはさすがの克哉にも聞き取れるレベルのものだったし、なにより何処かで聞き覚えのあるフレーズだった。
あれは確か洋画で見た結婚式のシーンだっただろうか。
「……簡単だろう?」
意地悪く笑いながら御堂は答えを待っている。
本当にずるい人だ。
だけど、とても愛しい。
克哉は真っ赤になって答えた。
「あの……YES、です」

『Do you promise to love me ‘till death do us apart?』
(死が二人を別つまで、私を愛することを誓いますか?)

YES以外の答えなど、あるわけが無いと知っているくせに。
けれどそれは神様にも悪魔にも誓わない。
誓うのは御堂にだ。
そして自分自身に。
「その返事では中学生レベルだな」
しかし克哉の答えに御堂が笑う。
一生懸命答えたのにと克哉は恨めしげに御堂を睨みつけたが、その顔が可愛いと言って御堂はますます笑った。
最後には克哉もつられて、二人して笑い合った。



もう桜は散ってしまったけれど、来年こそは御堂と桜を見に行こう。
御堂の腕の中で目を閉じると、薄桃色の花びらが空一面に舞い散るのが見えた。
それはまるでライスシャワーのように、克哉と御堂の上に降り注ぐ。
微笑む自分の隣りで、やはり御堂も微笑んでいる。
暖かな陽射しが二人を包む。
その祝福を浴びながら、克哉は幸せな眠りに落ちていった。

もう、何も怖くない。
これからもずっと、共に生きていく。
死が二人を別つまで。
春になって、桜の花が咲く限り。

- end -
2017.07.19

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