Make a wish
肌を重ねた余韻の中、御堂は腕に抱いた克哉に改めて囁いた。
「今日はありがとう。いい誕生日になった」
その言葉に、克哉はただ微笑みで答える。
素直に感謝を口にするのは、少しばかり照れ臭かったけれど、彼の笑顔が見られるのならばそれで良かった。
肩を抱く手に力を込めると、首筋に深く顔を埋めてくる。
薄茶色の髪に頬をすり寄せながら、御堂は克哉と二人でいることの幸せを実感していた。
「……御堂さん」
「なんだ」
「あの……ひとつ、お願いがあるんですけど」
「お願い?」
おずおずと上目遣いで見上げてくる克哉に、聞き返す。
御堂は思わず噴き出してしまった。
「今日は、随分とお願いが多いんだな」
「そっ、それは……!」
さっきも克哉から、「今度、両親に会って欲しい」とお願いされたばかりだ。
確か、今日は私の誕生日ではなかったか?
そう考えると、可笑しくて堪らない。
しかしいつまでも笑っていた所為か、克哉はしゅんとしてしまった。
「そうですよね……。すみません、あなたの誕生日なのに……」
「いや。いい」
御堂は笑いを止めて、克哉の額に軽くくちづける。
こうしてお願いされることに自分がどれほどの喜びを感じているのか、彼には分からないのだろう。
愛する人の為に何かが出来ることが、こんなにも嬉しいことだと克哉は教えてくれた。
だからそんな彼からのおねだりと、それに応える喜びは、充分誕生日のプレゼントとして相応しいのだ。
その代わり、前もって牽制しておくことも御堂は忘れなかった。
「ただし君の願いを叶えてやれるのは、私だけの特権にしておいてもらうぞ。
……それで? お願いとは、なんだ?」
「……ありがとうございます。実は、その……」
克哉はもごもごと口を動かす。
「もう一度……て、くれませんか……?」
「ん? なんだ?」
よく聞き取れず、御堂は克哉の口元に耳を近づけた。
「だから、その……もう一度、言ってくれませんか……?」
「言ってほしい? なにを?」
「さっきの……例のセリフ、ってやつ……」
「……」
「……」
克哉はうなじまで真っ赤に染めて、俯く。
克哉の望みを理解した御堂もまた、珍しく顔を赤くした。
もともと自分から口にした言葉なのだから、照れる意味が分からない。
けれど、もう一度言ってほしいなどと言われてしまうと、妙な恥ずかしさが込み上げてきた。
「……そのお願いは、聞けないな」
「えっ?! ななななんでですか?!」
つい断ってしまうと、克哉が弾かれたように顔を上げる。
その勢いには、さすがの御堂も気圧されてしまった。
「どうして、どうして、ダメなんですか? さっきは言ってくれたのに」
「だ、駄目なものは駄目だ。そもそもアレは、君に言うセリフじゃないだろう」
「でも、あの、練習っていうか……」
「練習など必要ない。駄目だと言ったら、駄目なんだ」
「そんな……」
克哉は酷く残念そうに、しょんぼりと眉尻を下げる。
その顔が可哀想だけど可愛くて、御堂の決心はすぐに鈍った。
(ここは、やはり言ってやるべきなのか……? いや、だが、しかし……)
さっきは冗談めかしていたからサラリと口に出来たが、今度はそうもいかない。
期待に満ちた目で見つめられれば、恥ずかしくてとても言えそうにはなかった。
「……だいたい、あのセリフはそう易々と口にしていいものじゃない。
大切なときの為に、取っておくべきではないのか?」
「あっ……」
克哉はハッとしたように、御堂を見つめた。
「そう、ですよね。ごめんなさい。オレ、考え無しで……」
「いや。分かってくれれば、それでいい」
ようやく納得してくれた様子の克哉に、御堂は胸を撫で下ろす。
思いつきの言い訳にしては、説得力があったようだ。
しかも驚いたことに、自分は本気でそう思っていたらしい。
克哉に言ってから、御堂はそれに気がついた。
「……克哉。私からもひとつ、君に頼みたいことがあるんだが」
「はい。なんですか?」
御堂は克哉の頭を、胸に抱え込みながら言う。
「もしも、あのセリフを言う機会が一生訪れなかったとしても、
決して気に病まないと約束してほしい。あのセリフを言おうが言うまいが、
君が私のものであることに変わりはないのだからな」
「御堂さん……」
克哉は、御堂にしがみつく。
たとえ両親に、自分達の関係について話すことが出来なくても、自分を責めたりしないで欲しい。
そんな御堂の願いは、克哉に痛いほど伝わっていた。
「……分かりました。約束します」
少し自信は無さそうだったけれど、克哉はそう答える。
彼はいつもこちらの想いに対して、努力してくれる人間だ。
そんな彼の姿が誰よりも愛しくて、何よりも大切だった。
御堂は満足そうに微笑み、克哉の顔を覗き込んだ。
「……ところで、君も男なのだから、同じセリフを私の両親に対して言ってくれてもいいんだぞ?」
「同じセリフ、というと……」
克哉はぼんやりと考えながら、呟く。
「孝典さんを、オレにくだ……っ!」
しかし克哉は途中で何かに気づき、咄嗟に口を噤んだ。
そのセリフが全く別の意味に取られるであろうことを察したからだった。
少々残念な気持ちになりながらも、御堂はククッと喉の奥で笑う。
「どうやら、引っ掛からなかったようだな」
「引っ掛かりませんよ! もう……」
僅かに頬を膨らませて、克哉は恨めしげに御堂を睨みつける。
そんな顔も可愛くて、御堂はますます笑った。
いくらでも与えたい。
いくらでも欲しい。
そんな想いに突き動かされて、御堂は克哉にそっとくちづけた。
- end -
2008.10.27
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