WILD OBSESSION
あと一時間十分。
時間を確認して、克哉は絶望的な気持ちになる。
さっき時計を見たときから、僅か五分しか経っていなかった。
午後九時になろうとしているオフィスには、克哉以外に誰もいない。
八時頃に帰った片桐を最後に、8課のメンバーはとうに帰社してしまっていた。
他の課にも、もうほとんど人は残っていないだろう。
静まり返ったオフィスで、克哉はパソコンを前にしながら、ただ早く時間が過ぎてくれることだけを願っている。
キーボードの上に置かれたままの指先は、微かに震えていた。
やはり、今日は一日中仕事が捗らなかった。
出社早々、本多や片桐を含む8課の皆から「今日はいつもと雰囲気が違う」などと言われてしまった。
なんとか意識しないようにしてみるも、周囲の視線がそれを許してはくれない。
しまいには、顔が赤い、熱があるんじゃないかと余計な心配までされる始末だった。
そんな状況に耐えられず、担当していたショップへ逃げるように挨拶回りに出たものの、
そこでもやはり似たようなことを言われてしまい、なんの解決にもならなかった。
どこにいても、何をしていても、自分の全身を包み込んでいるそれから逃れる術はない。
シャツにも、スーツにも、ネクタイにまで染み込んでいる、御堂の香り。
ほんの少し身体を動かすだけで、それは否応無しに克哉の鼻腔をくすぐった。
肌に触れている場所の全てに、御堂の存在を感じる。
一日中、御堂に抱き締められているような感覚。
こんな状態で、仕事になるわけがなかった。
昂ぶる熱を、何度自分で追い出そうと思ったか分からない。
しかしそれは今朝御堂から言われた言葉に阻まれて、決して実行されることはなかった。
―――絶対に、自分でするんじゃないぞ。私に会うまで、我慢するんだ。いいな。
上から下まで御堂の服を纏った自分を眺めながら、御堂は満足げにそう囁いた。
十時にキクチの前まで迎えに行くから、それまでは思う存分仕事をしていろと。
実際、仕事はたっぷりとある。
けれどこの状態でそれを命じられるのは、ほとんど拷問に近かった。
八時を過ぎて一人きりになってからの克哉は、ますます追い詰められていた。
無音のオフィスに、自分の鼓動が鳴り響いているのではないかという気さえしてくる。
本当に熱が出ているかのように、身体は熱く火照りきっていた。
「ハ、ァ……」
克哉は震える息を吐いて、俯く。
早く御堂に会いたい。
早くこの熱から、解放されたい。
せつなさにきつく目を閉じると、脳裏に昨夜の出来事がありありと思い出されて、克哉は息を飲んだ。
「……っ」
掌に残る、汗ばんだ肌の感触。
奪われた唇の熱さ。
そして、身体の奥に注ぎ込まれた御堂の欲情。
幾度も抱き締めあい、繋がり、激しく貫かれた記憶を、身体中が思い出していく。
肌に触れている御堂の服が、ただそれだけで愛撫にも似た感覚を呼び起こす。
「…あ……」
目眩がした。
全身に散っていた甘い疼きは、次第に克哉の下肢へと集中してくる。
鼓動が速まり、息をするのも苦しい。
克哉はなんとか気を逸らせようと、パソコンの画面を凝視した。
しかしそこに並ぶ文字の群れは、未知の記号としてしか、克哉の目には映らない。
克哉はとうとう耐えきれず、そっとデスクの下に手を忍ばせた。
戦慄く指先が、太股の付け根をゆっくりと滑り、やがて緩く開かれた両脚の間に落ちていく。
微かに触れたそこは、既に形を変え始めていた。
「んっ……」
僅かな刺激にさえ、つい漏れてしまう声に、克哉は唇を噛む。
硬くなりだしている膨らみに掌で触れると、今度は腰がびくりと震えた。
―――ダメだ。
御堂に言われたのだ。
絶対に自分でしたらいけないと。
そう思っても、身体は勝手に更なる刺激を求めて動いてしまう。
腰が揺れ、掌にそこを押し付けるようになっていく。
与えられる振動に、克哉の中心はすっかり勃ち上がり、布地を押し上げていた。
「みど、う…さん…」
このまま、あと一時間も我慢出来るはずがない。
この場にいない御堂に泣き声で助けを求めながら、克哉は手を止めることが出来ずにいた。
ぶるぶると震える指で、ファスナーを下ろし始める。
こんなところで何をする気なんだと、僅かに残っている理性がそれを制止しようとしているが、敵わない。
朦朧としてくる意識の中、克哉はとうとう下着の中からその強張りを引き出した。
「……っ…!」
冷たい指先がそれを捉えた瞬間、克哉はひくんと背中を反らせた。
もう、止められない。
既に溢れていた蜜を先端に塗りこめるようにしながら、指先を動かしていく。
心臓は破裂しそうなほどに鼓動を打っていた。
大丈夫。誰もいない。
そう自分に言い聞かせながら、克哉は手を動かし続ける。
デスクの下でクチュクチュといやらしい水音が響き、細かく揺れる身体の所為で、椅子が軋んで微かな音を立てていた。
いったい、自分はどうしてしまったのだろう。
御堂の服を着ているというだけで、こんなにも欲情して、我慢出来なくなっている。
絶対に自分ではしないという約束さえも、守れなくなるほどに。
「……御堂、さん……」
短く、荒い息を吐き出しながら、克哉は呟く。
もしも問い詰められたら、嘘をつける自信はない。
約束を破ってしまったことが知れたら、御堂は怒るだろうか。
もしかしたら、酷いことをされるかもしれない。
しかしそんな想像にさえ、克哉は異様な興奮を覚えていた。
溢れる先走りは掌全体を濡らし、今にも床に零れ落ちそうになっている。
「みど…さ……御堂……さん…っ……」
押し殺した声で呟く克哉の目尻に、涙が滲んだ。
早く、オレを抱いてください。
滅茶苦茶に掻き回して、突き上げてください。
そうでなければ、もう気が狂ってしまいそうなんです。
狂いそうなほど、あなたが欲しいんです。
あなた、だけが―――。
「……ぁ……は……―――ッ…!」
息を詰めた瞬間、中心から欲望が迸る。
その快感に克哉はぶるりと身体を震わせた。
椅子の上で幾度も腰が跳ね、先端を覆った掌から白濁した液体が溢れる。
それはぱたぱたと音を立てて床に落ち、克哉の足元を白く濡らしていった。
御堂は腕時計を見ると、デスクに広げていた書類を纏め始めた。
今から出れば、ちょうど約束の時間にキクチの前に着くだろう。
克哉は今頃どんな顔で仕事をしているのかと想像して、御堂は口元を歪ませた。
昨夜ベッドで言ってやった通り、今日は上から下まで自分の服を克哉に貸した。
始めは多少抵抗していたものの、最終的にはおとなしくそれを着て克哉は出社していった。
シャツ一枚であれほどの反応を示したのだ、克哉が今日一日をどう過ごしたのか興味がある。
わざと待ち合わせの時間を遅く設定したのも、絶対に自分ではしないと約束させたのも、全ては克哉の欲望を煽る為だ。
しかし彼のことだから、我慢しきれないかもしれない。
もしも約束を違えたのだとしたら、お仕置きを施す必要があるだろう。
―――それはそれで楽しみだ。
そんな風に考えているうちに、御堂は不意に自嘲の笑みを漏らした。
克哉に自分の服を着せ、一日中自分の存在を感じ続けさせる。
そこまでして自分を求めさせたいのかと、自分自身の執着に半ば呆れてしまうほどだ。
まだ、欲しい。
まだ、足りない。
他人に対してこんな感情を抱いたのは、生まれて初めてのことだった。
引継ぎ業務を大量に抱えている克哉に、集中して仕事をさせてやりたいと思う気持ちが無いわけではない。
そもそも彼をMGNに呼び寄せたのは、自分なのだ。
それなのに彼を前にすると、欲望を抑えきれなくなる。
コントロールが効かなくなる。
どうしてこんな風になってしまったのか、自分でもまだよく分からない。
けれどその変化は御堂にとって、決して不愉快なものではないことだけは確かだった。
「克哉……」
無意識にその名を呟いて、御堂は克哉を迎えに行くため、足早に自分のオフィスを後にした。
約束の十時になると、克哉は待ち兼ねたように会社を飛び出した。
凍てつくような外の冷気が、今はかえって心地いい。
しかし止まっている御堂の車を見つけた瞬間、克哉の心臓が大きく鳴る。
ウィンドウが下りて、御堂が克哉に声を掛けた。
「乗れ」
「は、はい」
克哉は縺れそうになる足で、助手席に乗り込んだ。
ドアを閉めると同時に、ウィンドウが上がる。
狭い密室となった車内には、一瞬にして濃密な空気が充満した。
「……克哉」
「……!!」
ぐいと身体を抱き寄せられ、あっという間に唇が奪われる。
ぶつけるように重ねられた唇から、二人は性急に舌を差し出し、絡めあった。
「…んッ……ふ………ぁ……」
鼻に抜ける甘い声を漏らしながら、克哉は御堂の腕に縋りついた。
ずっと、ずっと待っていた。
一日がこれほど長く感じられたことはない。
唾液と吐息が混ざり合って、頭の奥がじんと痺れてくる。
このまま溶けてしまいそうだ。
「御堂……さん……」
まだ唇が触れ合ったままの距離で、克哉が強請るように御堂の名を呼ぶ。
さっき解放したばかりの身体は、既に新たな熱を含み始めていた。
克哉の潤みきった瞳を覗き込みながら、御堂は目を細める。
「気持ちは分かるが、ここでこれ以上は無理だ。それとも君は、そういう趣味か?」
「あっ……」
ここは路上で、車内だ。
克哉は我に返ると、縋りついていた御堂の腕から名残惜しそうに手を離した。
「……君の家は、どちらの方向だ」
車を発進させないまま突然尋ねられて、克哉は戸惑う。
「えっ? オレの家、ですか……?」
「そうだ」
「あの……どうして……」
てっきり御堂のマンションに行くのだとばかり思っていた克哉は、訳が分からずに尋ねる。
御堂はハンドルに手を置いて、前を見つめたまま答えた。
「君が置いていったスーツは、クリーニングに出してある。だから君の着替えは、君の家にしかない。
明日も私の服を着て出社したいというのなら、私は別に構わないが」
「そっ、それは……」
克哉は顔を真っ赤にしながら俯いた。
また明日も同じ想いをするなど、とても耐えられそうにない。
克哉の様子を横目で見た御堂が、喉の奥で笑う。
「分かったなら、ナビをしたまえ。早くその服を脱ぎたいんだろう?」
「……っ」
御堂の視線が、克哉に刺さる。
服の下に隠されている肌の熱さまで見抜かれているような気がして、克哉は激しい羞恥に襲われた。
「……分かりました」
克哉は答えながら、膝の上でぎゅっと拳を握り締めた。
自分の部屋の前まで来ても、克哉はまだ躊躇っていた。
鍵を開けると、すぐ後ろに立っている御堂の様子を伺いながら言う。
「あ、あの……」
「なんだ」
「オレ、着替えてきますから……御堂さんは、ここで……」
「……なんだと?」
克哉の言葉に、御堂はあからさまに機嫌を損ねた表情を見せる。
恋人に部屋に入ることを拒否されたようなものなのだから、当たり前だ。
しかし、克哉は怖かったのだ。
この部屋に御堂を入れてしまえば、今度こそ本当に逃げ場は無くなる。
御堂のベッドで眠れないように、自分の部屋にいてさえも御堂の存在を感じて眠れなくなってしまうかもしれない。
これ以上、御堂を欲しがる自分になってしまうことが怖かった。
けれど御堂は、それこそを望んでいる。
みすみす克哉を逃がすような真似をするはずがなかった。
「ここまで来て、私を部屋に入れない気か? まさか、見られたら困るようなものでもあるのか?」
疑うような眼差しに、克哉は慌てて御堂の言葉を否定する。
「ちっ、違います! そうじゃ、ないんですけど……」
「なら、なんだ」
「その……御堂さんの部屋と違って狭いですし、恥ずかしくて……」
しかし克哉の苦しい言い訳を、御堂は鼻で笑い飛ばした。
「フン。私がそんなことを気にすると思うのか? くだらない。いいから、早く開けたまえ」
「はい……」
克哉は諦めて、ようやくドアを開けた。
「どうぞ」
灯りをつけながら先に立って歩く克哉の後について、御堂も部屋に足を踏み入れる。
初めて見る恋人の部屋を、御堂は興味深そうに眺め回した。
「確かに広くは無いが、綺麗に片付いているじゃないか。君らしいな」
「あ、ありがとうございます……」
誉められて嬉しいはずなのに、自分の部屋に御堂がいることが落ち着かない。
どうすればいいのか分からず、所在無さげに立ち尽くしていると、御堂の視線を感じた。
「……やはり、よく似合っている」
「……!」
御堂はにやりと笑いながら言って、克哉に近づいてくる。
そして顔を赤くして俯いている克哉の肩に、そっと手を置いた。
「着心地は良かっただろう? これは、いい物だからな」
低い声で言いながら、御堂は克哉を包んでいる服を指先で撫でる。
その手は肩から腕を滑り、脇腹を下りて、克哉の身体の輪郭を確実に辿っていった。
「み……どう、さん……」
「今日一日、どう過ごしたんだ? 私の服に、上から下まで包まれていた感想は?」
「……あ、あの……オレ……」
「どうした。早く答えたまえ。まさか、一日中……ここをこんなにしていたわけではあるまいな?」
「……っ!!」
御堂に中心を掴まれ、克哉の身体は大きく跳ねた。
そこはすっかり熱くなって、布越しにも形をはっきりと現している。
「まったく、君は……」
「あっ……」
震えながら後退ろうとする腰を、もう一方の御堂の手が引き寄せる。
密着したに等しい距離に、克哉は急激に身体の熱が上がるのを感じていた。
「克哉……」
唇が重なるとすぐに、御堂の舌が歯列を割って入ってくる。
克哉は御堂の胸に縋りついた。
「……ん……ぅ…ふ………」
今日一日の飢えを満たすかのように、二人は幾度も角度を変えながらくちづける。
緊張に乾ききっていた口内が、溢れる唾液で潤っていった。
膝ががくがくと震え、今にも崩れ落ちそうになる。
早く、御堂が欲しい。
中心に添えられたままの御堂の掌に、克哉は腰を揺らして昂ぶりを押し付けた。
「御堂、さん……」
これ以上、待てない。
けれど覗き込んだ御堂の瞳には、意地の悪い光が宿っていた。
「ところで……私の言いつけは、きちんと守れたんだろうな?」
「……!」
低く囁かれた問い掛けに、克哉は息を飲む。
そしてつい一時間ほど前の自分の痴態を思い出すと、羞恥に身体を強張らせた。
「……やはり、な」
「ごめんなさい……! ごめん、なさい……オレ……」
御堂は、怯えたように俯く克哉の顎に手を掛ける。
「いつだ? 何処でした? 私の服を着たままするのは、気持ち良かったか?」
「…や……」
「答えろ。約束を破った罰だ。何処でしたんだ?」
「あ……」
そうだ。
自分は御堂との約束を破ってしまったのだ。
その後ろめたさが、克哉の口を開かせる。
「……さっき………じ、自分の…デスク……で……」
御堂が一瞬、言葉を失う。
それから克哉の腰を、更にきつく抱き寄せた。
「君は……本当に、淫乱なんだな」
「……ご、めん……なさい……」
「誰にも見られてはいないだろうな?」
「は、はい……」
答えながら、克哉は自分の下肢に押し付けられている御堂の中心もまた、熱を持っていることに気づく。
克哉の淫靡な告白は、御堂自身にも火をつけるには十分過ぎたようだ。
御堂の膝が、克哉の両脚を割って入る。
ぐいと押されてよろめいた克哉は、そのまますぐ後ろにある自分のベッドに腰掛ける形になった。
「御堂……さん……」
不安そうに見上げる克哉の目の前で、御堂が上着を脱いでネクタイを解く。
「……そんなに私の服が気に入ったのなら、着たままで抱いてやる」
「えっ」
克哉は肩を突かれ、仰向けに倒れる。
御堂はその上に圧し掛かると、克哉の頭の上で両腕を纏めあげ、手首をネクタイで縛りつけた。
「御堂さん…っ……」
両手の自由を奪われ、克哉がもどかしげに身体をくねらせる。
御堂は克哉に跨って、その姿を愉しそうに見下ろした。
「……いい格好だ」
「…スーツが……」
「そんなもの、どうにでもなる」
愛おしげに克哉の頬を撫で、そのまま指先を滑らせていく。
首筋を通り過ぎ、ワイシャツに覆われた肌の上を探ると、胸の突起を見つけだした。
「……硬くなっているな」
「やっ……」
小さな尖りを、指の腹で円を描くように撫でる。
それから布地ごと指先できつく摘まみ上げると、克哉は細かく震えながら背中を反らせた。
「あっ…! は………」
「服の上からでも、そんなに感じるのか?」
ククッと喉の奥で笑いながら、御堂が克哉に覆い被さる。
そしてワイシャツの上から、その突起に舌を這わせた。
「んんっ!」
薄い生地越しにも、その生暖かい感触が伝わる。
時折歯を立てられ、もう一方を指先で弄られながら、克哉はびくびくと身体を痙攣させた。
直接与えられない刺激は酷くもどかしく、それがかえって欲望を煽る。
唾液で濡れたシャツは胸に貼りつき、その色が透けて見えるほどになる。
下着の中で、中心から蜜が溢れるのを感じた。
「み、どう…さん……!」
克哉は腰を上げ、御堂の身体になんとかそこを押し付けようとする。
けれど御堂は腰を引いて、それを許さなかった。
「……こっちも、してほしいのか?」
「……は…い……」
意地の悪い問い掛けに、克哉は真っ赤になりながら頷く。
御堂は克哉の下肢に手を伸ばした。
すっかり熱を持ち、勃ち上がっているそれを、やはり布地越しにきつく握り込む。
「ん……あぁっ……」
触れてもらえた悦びはあっても、その刺激は満足とは程遠い。
それでも克哉のそこは、御堂の手の中でびくびくと脈打っていた。
御堂は手を動かし、熱い屹立を擦り上げる。
「フッ。随分と零しているようだな。中はグチャグチャだぞ」
「やっ……言わない、で……」
克哉は羞恥に顔を振る。
スーツを着込んだままの身体は、燃えるように熱い。
汗ばんだ額に前髪が貼りつき、シーツを髪が打った。
御堂が手の動きを速めると、腰の辺りに甘い痺れが走る。
克哉は慌てて身を捩った。
「御堂、さん……! もう……もう、やめて……ください…っ……」
「やめる? 何故だ? そんなに気持ち良さそうにしているくせに」
「だって……こんな……」
こんな形で果ててしまうのは、嫌だった。
欲しいのは、御堂だけ。
御堂自身が、欲しかった。
けれど、恥ずかしくて口に出せない。
そんな克哉の気持ちを察しながら、御堂は尚も克哉を追い詰める。
「君は私の服を着ていると感じるのだろう? なら、このままイけばいい。何が不満だ?」
「そんな……オレは……」
克哉の目に涙が浮かぶ。
はっきりと口にするまで、きっと御堂は許してはくれない。
克哉は羞恥を堪えて、震える唇を開いた。
「お願い、です……。孝典…さんを……ください……」
「……」
泣き声の懇願を聞いて、御堂は再び克哉に覆い被さった。
その頬に手を添え、低い声で囁く。
「私が……そんなに、欲しいか?」
「はい……」
「ずっと、欲しかったのか?」
「は、い……ずっと……一日中、ずっと……」
御堂の顔が、今にも唇が触れそうな距離まで近づいてくる。
御堂が、欲しい。
それしか考えられない。
克哉の目尻から、涙が一粒零れた。
「あなたしか、いらない……あなただけが……欲しいんです……」
「克哉……」
唇が塞がれる。
くちづけを交わしながら、御堂が克哉の手首の戒めを解く。
両手が自由になった瞬間、克哉は御堂の背中を強く抱き締めた。
「孝典、さん……好き……」
何度も何度も、好きと呟く。
きっとどれだけ言っても足りないし、どれだけ言っても伝えきれない。
それでも克哉は、言わずにいられなかった。
あなたが、好き。
誰よりも、何よりも、好き。
呟きは飲み込まれ、呼吸さえ忘れそうになる。
ワイシャツに包まれたままの御堂の背中に、少しでもその距離を縮めたくて、克哉は必死で爪を立てる。
やがて御堂は克哉の腰を抱え込むと、くるりとその身体を反転させた。
「孝典さん……?」
御堂は四つん這いになった克哉の後ろから手を回すと、ベルトを外し、ファスナーを下ろす。
それからズボンと下着を一度に引き下ろし、克哉の双丘を剥き出しにした。
御堂も前を寛げ、その滑らかな丸みに手を掛ける。
「あっ……」
熱い掌の感触に、克哉の身体が期待に震える。
ひくつく後孔に御堂の屹立が宛がわれた。
「孝典さん……っ…」
質量を持った熱が、ゆっくりと克哉の中に入ってくる。
痺れるほどに疼いていた場所を擦られ、望んでいた快感に克哉は身悶えた。
「あっ……ああっ……!」
シーツに額を押し付けて、克哉は喘ぐ。
絡み付いてくる潤んだ内壁に、御堂もまた眉根を寄せた。
離れていた時間の分だけ、味わうように克哉の中を進んでいく。
根元まで収めてしまうと、一気に腰を引き、今度は一息に貫いた。
「や、あぁっ……!」
克哉は背を弓なりに反らせて、せつなげな悲鳴を上げる。
締め付けるその場所のきつさを愉しみながら、御堂は克哉に腰を打ちつけた。
「あっ……あっ……あ……」
突き上げられるたび、克哉は短く声を漏らす。
繋がっている快感だけが、意識を支配していく。
ベッドがぎしぎしと音を立て、先端から零れた雫がシーツを濡らしていった。
今日一日、どれほどこの瞬間を待ち望んだことだろう。
いや、今日だけではない。
毎日、求める気持ちが止むことはない。
それは御堂も同じことだった。
ようやく手に入ったお互いを、獣のように貪りあう。
汗に濡れたシャツが肌に貼り付くのも、気にならなかった。
「あ、は……孝典、さん……孝典さん……っ」
せり上がってくる射精感に、克哉がシーツを握り締める。
御堂の突き上げは次第に激しさを増し、克哉を大きく揺さぶった。
「も、もう……ダメ…ですっ……オレ……」
触れていない克哉の中心が、今にも弾けそうになっている。
克哉を貫いている御堂の額にも、汗が浮かんでいた。
「克哉……もっとだ……もっと、私を、求めろ……」
「孝典、さん……」
その要求に応えるように、克哉は御堂の動きに合わせて腰を揺らす。
決して離すまいとでも言いたげに、御堂自身をきつく締め付けた。
「……っ……かつ、や……」
「あぁ……も…ダメ……イク……っ……」
「克哉……」
「孝典さ……イ、ク……もう……あ、あぁぁっ……―――!」
掠れた声を上げながら、克哉が限界を迎える。
びくびくと身体が跳ね、迸った欲望がシーツを濡らす。
飛び散った雫が、着込んだままのスーツの上着を僅かに汚した。
きつくシーツを握り締めながら、その快感に溺れている克哉の中で、御堂もまた達する。
「……っ……くっ……」
「あ……ん、ぅ……」
身体の奥に、大量に注ぎ込まれたそれにさえ感じてしまう。
二人は息を弾ませながら、しばらくその余韻に浸っていた。
スーツは、見るも無残なことになっていた。
クリーニングに出せばなんとかなるだろうが、それでも克哉はしゅんとしていた。
「別に気にすることはない。どうせそれは君にやるつもりだった」
「そう……なんですか?」
「ああ」
御堂に言われ、克哉はほっと胸を撫で下ろす。
しかし克哉には、到底これを着られる日が来るとは思えなかった。
着れば、今度は今日のことを思い出してしまう。
それではまた仕事にならないだろう。
それでも御堂の気持ちが嬉しくて、克哉は頭を下げた。
「ありがとうございます。あ……でも……」
「なんだ?」
克哉はまじまじと御堂の姿を見つめる。
御堂は上着を脱いでいたからスーツの被害はたいしたことはないが、シャツは汗で濡れてしまっていた。
このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。
「あの……オレの着替え、貸しましょうか?」
克哉の申し出に、御堂は目を丸くした。
「いっ、いや。いい。大丈夫だ」
「そうですか……?」
御堂が慌てたように身形を整え始めるのを、克哉は不思議そうに眺めた。
「ところで……」
「はい?」
「私はこれから自分のマンションに戻るつもりだが……君はどうする?」
「えっ……」
克哉は考える。
今夜、このベッドで一人で眠れるだろうか。
たった今まで、御堂に抱かれていたこの場所で。
「あ、あの、オレ……」
多分、無理だ。
もう逃げる場所は何処にも無い。
いや―――本当は、逃げたくなど無いのだ。
ずっと御堂に囚われていたい。
身も、心も、全て。
「あの、オレも……行っていいですか……?」
顔を赤くしながら尋ねてくる克哉に、御堂は笑って答える。
「ああ。勿論だ」
「……すぐ、着替えますね」
その返事に、克哉の胸が高鳴る。
尽きることを知らない欲望に恐怖を覚えながらも、絶対に手離したくないとも思う。
溺れてしまいたい。
何処までも、堕ちてしまいたい。
夜はまだ、終わりそうになかった。
- end -
2008.01.10
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