Classical

GIFT

鍵を回すと、カチリと音がして引き出しが開いた。
その音は誰もいない執務室にやけに大きく響いて、悪いことをしているわけでもないのに、少しだけドキドキしてしまう。
一番上に乗っていた茶封筒を取り出し、中の書類を確認する。
「菅原商事……これだな」
目当ての物を見つけて、克哉はほっとした。
少し遅い朝を迎えた休日、洗濯や掃除を済ませて、さて昼食はどうしようかと考え始めた頃、克哉は御堂に頼み事をされた。
月曜日の打ち合わせに持っていくはずの資料を、オフィスに忘れてきてしまったらしい。
御堂はこれからどうしてもやらなければならない仕事があるので、克哉に取ってきてもらいたいとのことだった。
勿論、そんなことはお安い御用だ。
ついでにMGNの近くにあるリカーショップに寄って、注文してあったワインを取ってきてほしいとも言われた。
克哉は茶封筒を手にしたまま、なんとなく無人の執務室を見渡す。
ブラインドの下りた窓から射し込む暖かな光と、穏やかな静けさが部屋を満たしていた。
こんな風に一人でここにいることが、なんとなく不思議な気持ちがする。
ちょっとした悪戯心が湧いて、克哉は御堂がいつも座っている椅子に腰掛けてみた。
「ふふっ」
その座り心地の良さに、まるで自分が偉くなったような気がして、つい笑みが零れる。
調子に乗って背凭れに身体を預け、ふんぞり返ってみた。
普段はこの大きなデスクの向こうに、自分が立っているのだ。
(御堂さんはいつも、ここからオレを見ているのか……)
そういえば御堂と初めて出会ったのも、この場所だった。
MGNの花形部署の部長という立派な肩書きに対して、その若さに驚き、迫力に圧倒された。
御堂は冷徹で、合理的で、常に畏怖の対象だった。
ここに来るのも、怖く、辛いことだった。
その頃と今とを思い比べて、克哉は感慨深げに微笑む。
まったく人生とは、何が起こるか分からないものだ。
「……さて、と」
いつまでも油を売ってはいられない。
克哉は立ち上がると、そっと椅子を元に戻す。
けれど月曜日、御堂は何も知らずにここに座るのだと思うと、やはり可笑しくて笑ってしまった。

次はリカーショップだ。
その店には、今までにも何度か足を運んだことがあった。
店主がワイン好きなこともあって、御堂もこの店は気に入っているらしい。
いいワインが入荷されると、常連である御堂に連絡をくれることもあるほどだ。
決して広くはない店内に入ると、克哉は奥にいた店主に声を掛けた。
「あの……み」
言いかけて、ハッとする。
「み、御堂ですけど……ワインを取りに……」
御堂の名を自分が名乗ることが、こんなにも照れ臭いことだとは思わなかった。
これではワインを買う前から、酔っているようではないか。
しかし真っ赤になっている克哉の顔を、店主も覚え始めていたようで、すぐに笑顔を見せてくれた。
「ああ、はい。御堂様ですね。少々、お待ちください」
既に初老と言ってもいいぐらいの年齢だろうか。
店主は穏やかな口調で言いながら、一度奥に引っ込む。
それから細長い箱を手に戻ってくると、それをレジの横に置いた。
「こちらで宜しかったでしょうか?」
蓋を開けてラベルを確認させてもらうと、確かにラトゥールの2003年物だった。
これで御堂に頼まれた仕事は終わりだ。
克哉は書類とワインを手に、マンションへの帰路についた。



部屋のドアを開けたとき、何かいい匂いがしていることに克哉は気づいた。
不思議に思いながらキッチンへと向かい、その光景に驚く。
「御堂、さん……?」
「……!!」
エプロン姿の御堂が、皿を手にしたまま固まっている。
克哉は我が目を疑った。
「あの……な、なに、してるんですか?」
唖然として尋ねると、御堂は気まずそうに顔を顰める。
「……随分と早かったな」
答えにならないことを言って、御堂は皿をテーブルに置いた。
見ると、そこにはパスタとサラダが二人分並べられている。
どうやら克哉が留守にしている間、昼食の用意をしてくれていたようだ。
「まさか、これ……御堂さんが?」
「そうだが。文句があるか?」
「いえ、文句なんて……」
ぶっきらぼうに答える御堂の顔が、微かに赤い。
普段、御堂は皿を並べたり片付けたりといった手伝い程度のことはしてくれるが、料理を作ったことなど一度もなかった。
元々、家事はハウスキーパー任せで、一切しなかった人なのだから仕方がない。
それなのに、これはいったいどういう風の吹き回しだろう。
嬉しいけれど、戸惑ってしまう。
「すごく嬉しいです。でも、どうしたんですか? どうして、急に?」
「……君は今日が何の日か分かっていないんだな」
「今日……?」
克哉は、日付を思い出してみる。
「今日は、三月十四日ですけど……」
「だからだ」
「えっ?」
「お返しをする日なんだろう?」
「え……ああっ……!」
言われてみれば、今日はホワイトデーだ。
昨日、藤田にお返しを渡した時点ですっかり終わった気になっていた。
「とすると、これがバレンタインのお返し……?」
「……借りたぞ」
相変わらずぶっきらぼうに、無関係なことを言いながら、御堂はエプロンを外して克哉に放り投げる。
そしてそれを受け取ったものの、感激のあまり呆然と立ち尽くしている克哉を尻目に、自分だけさっさと席に着いた。
「私は腹が減っているから食べるぞ。君は好きにしろ」
「……あっ、オ、オレも頂きます!!」
克哉も我に返り、慌てて席に着こうとしたところで、頼まれていた件について思い出す。
「あの、これ、資料とワインです」
「ああ、ありがとう。向こうに置いておいてくれるか」
「はい、分かりました」
克哉は言われた通り、荷物をリビングに置きに行く。
そこで初めて、これはただ自分を外出させる為だけの口実だったのかもしれないと気づいた。
(どうしてもやらなければいけない仕事って……これのことだったのかな)
そう考えると、微笑ましくて、嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。
克哉がテーブルに戻ると、御堂は既に食事を始めていた。
メニューは、トマトとモッツァレラチーズのパスタだ。
初めて作ったであろうにしては、盛り付けも綺麗で、美味しそうに見える。
「いただきます」
席に着き、わくわくしながら胸の前で両手を合わせる。
なんとなく御堂がこちらの様子を伺っている気配を感じながら、克哉はフォークに巻きつけたそれを口に運んだ。
「……美味しい」
一口食べて、克哉は目を輝かせた。
「……お世辞はいい」
「本当に美味しいです! 本当に!」
お世辞ではなく、本当に美味しかったのだ。
そもそも失敗のしようがない料理ではあるが、惚れた欲目を差し引いても、美味しいと思った。
案外、御堂は料理のセンスがあるのかもしれない。
けれどこれ以上誉めると、返って御堂がへそを曲げそうで、克哉はただ料理を堪能することだけに集中した。
そして御堂もまた、気恥ずかしさからか無言を貫いていた。
会話はなかったけれど、それでも食事の間中、克哉は幸せな気持ちでいっぱいだった。

食事が終わり、御堂が席を立つ。
さすがに今度こそ、克哉は慌てた。
最後の一口を急いで飲み込み、自分も立ち上がる。
「御堂さん! 後片付けぐらい、オレにやらせてください」
「いい」
「でも」
「いいから、最後までやらせろ」
御堂の口調は、まだつっけんどんだ。
よほど照れ臭くて気まずいのだろう、さっきから目を合わそうとすらしない。
シンクに皿を積む御堂の傍で、克哉は手持ち無沙汰に立ち尽くしていた。
(御堂さん……)
プライドの高いこの人が、こんな柄にもないことをするなんて、どれほどの勇気がいったのだろう。
ただ自分にお返しをする為だけに、ただ自分を喜ばせたいが為だけに、慣れない料理までしてくれて。
たかがホワイトデーのお返しにしては、ちょっと贅沢すぎるぐらいだ。
そんなことを考えていたら、なんだか堪らなくなって、克哉は御堂の背中にそっと寄り添った。
「……いつもとは逆だな」
「……そうですね」
二人して、クスリと笑い合う。
克哉が台所仕事をしていると、御堂がよくちょっかいを出してくるからだ。
それならばいっそとばかりに、克哉は御堂の背中に額を押し付け、するりと身体に手を回す。
そのまま御堂を緩く抱き締めると、胸が熱くなった。
「誘っているのか?」
「そ、そんなんじゃ……!」
からかうように言われて、けれど否定しきれなかった。
水の流れる音に混じって、自分の鼓動が高鳴っていくのが分かる。
どうすればいいのか分からない。
ただ、御堂が好き好きでどうしようもない。
御堂の髪が鼻先をくすぐり、首筋に視線を奪われる。
克哉は堪えきれず、そのうなじにそっと唇で触れた。
「……オレから誘うなんて……ダメ、ですか……?」
「……」
恥ずかしさに、御堂を抱き締める手に力がこもる。
水が、止まった。
「駄目なはずがないだろう?」
御堂の冷たい手が、克哉の指先を優しく解く。
そのまま振り返ると、恥ずかしさに俯いている克哉の頬に手のひらを添えた。
「だが、まだ随分と明るいが?」
「……そう…ですけど……」
「我慢出来ない?」
「……」
克哉が小さく頷くと、御堂が微笑む。
「行こう」
耳元で囁き、御堂は克哉の手を引いて寝室へと向かった。

まだ冷えたままの手のひらが、熱を帯びた肌の上を滑っていく。
捲くり上げられたシャツの下にある小さな尖りを舌の先で転がされると、 それだけで克哉の唇から甘い吐息が漏れた。
「あっ……は……」
「……こんな昼間から……君は本当にいやらしいな」
「だっ、て……」
あなたが普段しないようなことをするから、オレまでおかしくなったんです。
そう思ったけれど、言葉には出来なかった。
御堂の舌に執拗に舐められた尖りは赤く立ち上がり、敏感さを増していく。
もう片方もきつく摘まれて、克哉はシーツの上で身悶えた。
「あ、もう……そこ、ばっかりは……」
「嫌、か?」
「んんっ……」
「なら……」
両足の間を割って入っていた御堂の膝が、ぐいと克哉の下肢に押しつけられる。
ジーンズの中の自身は、既に窮屈なほどに張り詰めていた。
「ああっ……!」
克哉が仰け反り、声を上げる。
痛みと、もどかしさと、快感が同時に走って、克哉は身体を震わせた。
「きついか?」
「は、い……」
「だろうな」
そう言いながらも、御堂は決してそこを解放してくれようとはしない。
更に太腿を押し付けて圧迫するばかりで、そのきつさに克哉はただびくびくと下肢を跳ねさせる。
御堂がクスクスと笑うたび吐息が肌をくすぐって、欲望を煽る。
「や、ぁっ……御堂、さん……早くっ……」
涙声になりながら、御堂の足に足を絡ませる。
するとようやく尖りを摘んでいた手が下りて、厚い布地越しの昂ぶりを撫でてくれた。
「そうだな……今日は君にお返しをする日だった」
わざとらしく呟くと、御堂は克哉の前をくつろげた。
それから身体ごと下にずれ、下着の上からそこに唇で触れる。
「ん、あぁっ……」
あんなことを言ったくせに、御堂はまだ克哉を焦らし続ける。
布地ごと屹立を甘噛みし、きつく吸い上げる。
湿った下着は色を変えて、そこに張り付いた。
克哉は腰を揺らしながら、両足の間にある御堂の髪を無意識に掴む。
「孝典、さ……お願い……っ…!」
こんなにももどかしいのに、それでもそこは今にも弾けそうなほどに脈打っている。
御堂の指先が下着の縁に掛かり、ほんの僅か下に引いた。
濡れた先端が外気に触れたと思うとすぐに、生暖かい舌にぐるりと舐められる。
その瞬間、克哉の下肢は大きく震えて、精を吐き出した。
「あっ、あぁッ……!」
「……」
びくびくと痙攣を続けたまま、克哉は真っ赤になった顔を、交差した腕で隠す。
御堂はその腕を無理矢理剥がすと、紅潮した頬や、荒い息を吐き出す唇に何度もくちづけた。
「どうしたんだ? やけに早いじゃないか」
「ごめ…なさい……。でも……」
「ん?」
克哉の腕が、御堂の首に回る。
しっかりと御堂にしがみつきながら、克哉は耳元で言った。
「オレ、嬉しくて……あなたの恋人でいられて、すごく幸せで……それで……」
「……」
うまく言葉にならない。
ただ幸せすぎて、それだけで胸がいっぱいだった。
身体はいつも心に正直で、ほんの少しの温もりだけでも鼓動を高鳴らせてしまう。
伝えきれない想いが、溢れてしまう。
御堂もまた同じなのか、克哉の頭をきつく抱え込み、掠れる声で答えた。
「……そんなことを言われると、君を焦らせなくなってしまうな」
「焦らさないで……早くあなたを…全部、ください……」
「まったく、君は……」
苦笑混じりに言いながら、御堂は身体を起こすと、克哉のジーンズと下着を脱がす。
それから自分も前をくつろげると、克哉の両膝をぐいと押し広げた。
ひくつく後孔が露わになり、御堂の先端が触れる。
「孝典、さ…っ……あぁッ……!」
熱い塊が、一息に克哉を貫いた。
突然の激しすぎる快感に、克哉は喉を見せて嬌声を上げる。
しかし御堂は克哉の望む通り、手加減せずに克哉を突き上げた。
まだ昼下がりの陽光が包む部屋に似つかわしくない、濡れた声と音が響く。
それでも二人は無我夢中で互いを求め、ベッドを軋ませた。
「これで……いいか…? 克哉……」
「んッ…あ……はぁっ……い、い……」
「ふ……」
いつだって、御堂だけが自分を満足させてくれる。
欲望は後から後から湧いてくるけれど、それを受け止めてくれるのは御堂だけだ。
そして、欲する以上の幸せを与えてくれるのも。
「孝典、さんも……いい、ですか……?」
「ああ……」
揺さぶられる視界の中で、御堂が笑む。
自分も、御堂を幸せに出来ているだろうか。
御堂の望む以上のものを、与えられているのだろうか。
そうであってほしい。
そうでありたい。
「孝典さん…っ……」
克哉は御堂の下肢に足を絡め、その腰を引き寄せた。
不意を打たれて、御堂の顔が快感に歪む。
「くッ……」
主導権を奪われまいと、御堂は更に激しく克哉を突き上げる。
身体の奥深くを掻き回す欲望の熱に、克哉のものは再び放出を求めて震え始めていた。
「あ…ダメ……また…っ……」
「駄目…じゃないだろう……?」
「……は…ん、ぁっ……」
克哉は御堂の腕に手を伸ばした。
もう、無理だ。
御堂の律動に合わせて腰を揺らしながら、克哉は喘ぐ。
「あっ……ほんと、に……ダメ……イく……ッ…!!」
爪が食い込むほどに御堂の腕を強く掴み、克哉の下肢が大きく波打つ。
二度目の絶頂に跳ねる身体の奥で、熱いものが注がれるのを感じた。
御堂が自分の中で達してくれたことが嬉しくて、克哉は息を弾ませながら微笑んだ。
「孝典、さん……」
硬くなった指先を解き、御堂の顔に手を伸ばすと、唇が下りてくる。
労わりあうようなくちづけを交わしながら、克哉は自分の中の波が、少しずつ引いていくのを感じていた。
「御堂さん……オレ、言い忘れてました」
「何をだ?」
「ご馳走様でした。パスタ、本当に美味しかったです」
「……それは、もういい」
御堂はまた、不貞腐れたような表情になってしまう。
よほど触れてほしくないのだろう。
けれど今度はすぐに気を取り直したのか、いつものようにニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「だいたい、今ご馳走様を言うのは私のほうじゃないのか?」
「……っ! そ、そんな……」
克哉が赤面すると、御堂は可笑しそうに笑う。
やっぱり御堂には適わないと思った。
「で、でも、誘ったのは、オレですから……」
「それもそうだな。だが……」
御堂は克哉の頬にくちづける。
「君はいつも私を誘っているぞ? 君は気づいていないようだが」
「そっ……! そんなこと……」
反論しかけて、ふと考える。
確かに、そうなのかもしれない。
いつだって御堂が欲しいのは、本当なのだから。
「……そんなオレじゃ、ダメですか?」
克哉が尋ねると、御堂は即答した。
「大歓迎だな」
その答えにほっとして、克哉ははにかみながら、御堂に思いきり抱きついた。

- end -
2009.03.16



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