Classical

小さな束縛

気がつけば、左手の薬指に触っている。
そこにはあの日、御堂から贈られた指輪が嵌められていた。
「肌身離さず、つけておくんだぞ」と御堂からは再三念を押されたけれど、言われなくても外すつもりなど無い。
不安になったり、緊張したりするたび、克哉は無意識にその指輪に触れていた。
それはいつの間にか癖になってしまい、その指輪はそこにあるのが当たり前で、 まるで自分にとっての御堂の存在のようになっていることに気づく。
硬くて冷たいその感触が、穏やかで暖かな気持ちを克哉に運んでくれた。

ソファに腰掛けながら、克哉は隣りにいる御堂に視線を向ける。
御堂の指には、何も嵌められてはいない。
その代わり、胸元から除く銀色のチェーンの先にその指輪はあった。
出来れば御堂にも同じように指に嵌めてほしい気持ちもあったけれど、やはりそれには無理があった。
御堂は責任ある立場だし、社外の人間と会うことも多い。
まして同じ部署で働いていれば、それが克哉とお揃いであることに気づく者も出てくるかもしれない。
それでも御堂は構わないといった様子だったけれど、余計な面倒事を増やしてしまうようなことは、克哉もしたくはなかった。
結局、御堂自身の提案で、指輪は鎖に通され、首から掛けられることになったのだ。
これなら傍目からは見えないうえに、いつでも身につけていられる。
二人だけが知る、約束の証。
克哉は知らず知らずのうちに、微笑んでいた。
「……どうした?」
御堂が克哉の視線に気づいて、尋ねる。
「えっ、あの、なんでもないです」
「……」
咄嗟に克哉は誤魔化したけれど、御堂には既にお見通しだったようだ。
「……これが気になるのか?」
笑いながらそう言って、首筋のチェーンを摘まみあげる。
シャツの中に隠れていた指輪が、襟元から姿を見せた。
「……はい。つい、見ちゃって」
「そうか」
はにかむ克哉を、御堂は愛おしげに見つめる。
けれどその克哉の笑みは、どこか心からのものではないように、御堂には感じられた。
克哉は自分の欲を、あまり口にしない。
以前はそんな克哉に苛立つことも多かったけれど、それを見抜けるようになった今は、苛立つことも減った。
だから御堂は、素知らぬ顔で首からチェーンを外してみせた。
「……御堂さん?」
訝しげにしている克哉の目の前で、御堂はするりと指輪を抜き取る。
そしてそれを掌に乗せると、克哉に向けて差し出した。
「君が私の指に嵌めてくれ」
「えっ? でも……」
突然の申し出に、克哉は驚く。
確かに御堂の誕生日以来、御堂がこれを指にしているところを見ていない。
戸惑っている克哉に、御堂は微笑みながら言った。
「仕事以外のときは、指にしていたい。だから君が、嵌めてくれ」
「御堂さん……!」
嬉しくて、克哉は顔を輝かせる。
ドキドキしながら指輪と、御堂の左手を取ると、その薬指にそっと指輪を嵌めていった。
「御堂さん……ありがとうございます」
御堂の顔を見つめながら、克哉が言う。
同じ指に嵌められた、同じ指輪。
そのことは勿論、御堂が自分の気持ちを察してくれたことも嬉しくて、克哉は頬を染めた。
「でも……つけたり外したり、面倒じゃありませんか?」
ふと心配になって尋ねるが、御堂はそれを笑い飛ばす。
「私は別に面倒なことはない。私の指にこれを嵌めるのは、君の役目だからな」
「えっ」
言われて、克哉も思わず笑い出す。
この幸せな作業を、これから何度も繰り返せるのかと思うと、嬉しくて仕方が無かった。

夜、眠る御堂の左手に、克哉は自分の左手をそっと重ねてみる。
指輪同士がぶつかり合い、小さな音を立てた。
幸せで、幸せで、涙が零れそうになる。
克哉は御堂の背中に抱きついて、その肌に唇を寄せた。
御堂は自分から安心をプレゼントしてもらうのだと言ったけれど、それは自分にとっても同じだったと思う。
薬指に絡みつく小さな束縛が、大きな愛情を確信させてくれる。
愛している。
愛されている。
その悦びに満たされながら、克哉は穏やかな眠りへと身を委ねていった。

- end -
2007.11.27



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