Classical

トランキライザー

ここ数日、克哉は悩み続けていた。
カレンダーを見ては溜め息をつき、御堂の横顔を盗み見ては溜め息をつく。
時間は刻々と過ぎ、その日はいよいよ目前まで迫っていた。
もうこれ以上は、少しの猶予もない。
これだけ考えても何一ついい案が浮かばない自分が、ただただ恨めしかった。
(新商品の企画を考える方が、ずっと楽かもしれないなぁ……)
目の前にあるテレビの大画面には、今日一日のニュースを知らせるキャスターの姿が映っている。
それを見ている素振りをしながらも、克哉の頭の中は別のことで一杯だった。
(いったい、何がいいんだろう……?)
ローテーブルの角を挟んだソファでは、御堂がビジネス雑誌を読んでいた。
ワイングラスを手に取り、口に運ぶのを横目で眺める。
寛いでいる御堂の姿を見るのは好きだ。
心を許されているような気がして、自然と頬が緩む。
けれど今は、とてもそんな気持ちにはなれなかった。
「……どうした?」
「!」
突然声を掛けられて、克哉はびくりとする。
少しもこちらを見ていた様子はなかったのに、どうして気づかれてしまったのだろう。
また知らずに溜め息をついていたのだろうか。
「え? 別に、何も……」
「……」
誤魔化したつもりだったが、御堂には通用しなかったようだ。
読み止しの雑誌を置いて立ち上がると、御堂は克哉の傍までやってきた。
そして隣りに腰を下ろし、克哉の肩をぐいと抱く。
「ここ数日、どうも様子がおかしいな。他の誰かのことでも、考えているのか?」
「ちっ、違います! そんなことありません!」
「分かっている。そんなに、むきになるな」
からかわれたことに気づいて、克哉は僅かに唇を尖らせた。
御堂には、そんな表情さえ愛しくて堪らない。
克哉の頭を自分の胸へと引き寄せると、微笑みながら問い掛ける。
「では、どうした? 何か気に掛かることでもあるのか?」
「……」
もう、降参したほうがいいのかもしれない。
御堂に身体を預け、その温もりを感じているうちに、克哉はそんな気持ちになってきた。
情けない話だが、正直に言って限界だった。
「あの……今度の土曜日、御堂さんの誕生日ですよね……?」
腹を決めてそう切り出すと、御堂は一瞬考え込んでから答えた。
「ああ……言われてみれば、そうだな。それが、どうかしたのか?」
どうやら御堂は、自分の誕生日のことなどすっかり忘れていたらしい。
しかも散々頭を悩ませていた克哉に対して、御堂にとってそれはどうでもいいことのようだ。
なんだか御堂らしいなと思って、克哉は少しだけ笑った。
「それで……オレ、御堂さんに何かプレゼントしたくて、色々考えたんですけど…… どうしてもいいものが思いつかなくて……」
そう、克哉も色々と考えはしたのだ。
真っ先に思い浮かんだのは勿論ワインだったが、後に形が残らないのが少し寂しいなと思ってしまった。
それから、ネクタイ、万年筆、タイピン、財布……。
しかしそういった小物類は、高級でセンスのいい物を御堂は既に持っている。
しかも克哉には、御堂が身につけるに相応しいものを選べる自信がなかった。
御堂のことだから、どんな物でもそれなりに喜んでくれるだろうとは思ったが、 なんといっても最愛の恋人への初めての贈り物だ。
悩んで悩んで、どうしても決められないうちに、誕生日は二日後まで迫っていた。
(こうなったら、もう……直接聞くしかないよな)
本当は、それだけはしたくなかったのだ。
内緒で用意して御堂の驚く顔が見たかったし、なによりもちょっと……不安だった。
御堂がここぞとばかりに以前のいじめっ子気質を発揮して、無理難題を吹っかけてくるのではないかと。
恋人に対して酷い考えだとは思ったが、事実なのだから仕方がない。
しかし、もう躊躇っている余裕はなかった。
克哉は覚悟を決めて御堂から離れると、単刀直入に尋ねることにした。
「だから、御堂さん。何か欲しいものは、ありませんか? オレ、なんでもプレゼントしますから」
「欲しいもの、ねえ……」
考え込む御堂の顔を、克哉は不安げに見つめる。
しかし御堂はあっさりと言い放った。
「無いな」
「えっ」
御堂は腕を組み、ソファの背に身体を預けた。
「私は欲しいものは、自分で手に入れる主義だ。だから、君に貰いたい物は無い」
「でも……」
「それに、一番欲しいものは既に手に入れている」
「……っ」
御堂ににやりと笑われて、克哉は顔を赤くした。
けれど、ここで「はいそうですか」と引っ込むわけにはいかない。
「でも、それじゃ……オレの気が済みません……」
「そうか?」
不満げに呟く克哉を見て、御堂は改めて考える。
しばらくして、御堂は言った。
「それなら、君と行きたい店がある」



助手席に座った克哉は、幾度も不安そうに御堂の横顔を見た。
いよいよ今日は御堂の誕生日だ。
土曜日で仕事も休みだから、一日中一緒に過ごせるのが嬉しい。
天気も快晴だ。
けれど克哉がどんなに尋ねても、御堂は「行きたい店」について教えてはくれなかった。
行き先を告げないまま、御堂は車を走らせる。
どうやら銀座方面に向かっているらしいことだけは分かった。
「……御堂さん。そろそろどこに行くか、教えてくれてもいいんじゃないですか?」
「すぐに分かる」
この問答を何度繰り返したことか。
御堂はよく克哉のことを頑固だ、強情だと言うが、克哉にしてみれば御堂も大差無いと思う。
克哉は窓の外を流れる風景を見ながら、溜め息をついた。

しばらく行くと御堂はパーキングに車を止めた。
高級ブランド店が立ち並ぶ通りを二人で歩きながら、克哉の不安は増していく。
そして、その不安は的中した。
「ここだ」
御堂が足を止めたのは、ブランドにあまり詳しくない克哉でさえ、よく知っている名前の店だった。
(まあ、ある程度の覚悟はしていたけど……)
つい、自分の懐が心配になる。
確かにキクチからMGNに来て少しは収入も上がったが、それでもまだ御堂の金銭感覚には時々ついていけなくなることがあった。
けれど御堂はそんな克哉の戸惑いにも気づかず、躊躇なく店に入っていく。
「行くぞ」
「は、はい」
克哉は急いで御堂の後を追った。

高級感溢れる雰囲気に圧倒されながら、克哉は店内を見回した。
御堂と付き合うようになってから、こういった場所に足を運ぶことは以前より増えたものの、 やはり落ち着かない。
御堂はガラスケースの中に並ぶ、宝飾品をゆっくりと見て廻っている。
克哉は黙って、その後にくっついて歩いた。
「……これが良さそうだな」
不意に御堂が立ち止まり、傍にいた店員に声を掛ける。
白い手袋を嵌めた女性店員は、御堂が指したガラスケースの鍵を開けると、そこにあったリングを取り出した。
「こちらで宜しいでしょうか」
「ああ」
御堂はクッションに乗せられたリングを指先で掴むと、突然―――克哉の手を取った。
「は?!」
克哉は思わず、素っ頓狂な声を上げる。
何が起こっているのか分からないうちに、そのリングは左手の薬指に嵌められてしまった。
細いプラチナの、シンプルなデザインのそれは、どう見てもマリッジリングにしか見えない。
御堂は満足そうに、克哉の手を眺めて言った。
「サイズもちょうど良さそうだな。気に入らないか?」
気に入るとか気に入らないとか、そういう問題ではないだろう。
「あ、あの」
「文句は無いようだな。では、これにしよう」
克哉が口をぱくぱくさせている間に、御堂は指からリングを抜き取り、クッションに戻す。
そして財布からカードを取り出して一緒に渡すと、店員は頭を下げながら、それを持って奥に行ってしまった。
なんなんだ。今、何があったんだ。
克哉はほとんどパニックに陥っていた。
「御堂さん! どういうことですか?!」
ボリュームを控えつつも、強い口調で克哉は問い質す。 しかし御堂は平然としていた。
「何がだ」
「だって、あんな……今日はオレが、御堂さんにプレゼントしようと思って来たんじゃないですか!」
「ああ、そうだな」
「だったら、どうして!」
必死な様子の克哉を見て、御堂はくすりと笑いを漏らす。
「あれは、虫除けだ」
「虫除け……?」
意味が分からずに、克哉は首を傾げた。
「ああ。君があの指輪をしていれば、他の連中は君が結婚しているか、もしくは決まった相手がいるのだと思うだろう?  そうすれば私の心配も少しは軽減される。君は無防備すぎるからな」
「で、でも……」
「私は君から、”安心”をプレゼントしてもらうことにしたんだ」
「……」
別に、指輪をすること自体に抵抗はない。
周囲にどう思われても構わない。
しかし誕生日のプレゼントがこんな形になってしまって、本当にいいのだろうか。
考えているうちに、さっきの女性店員が小さな袋を手に戻ってきた。
克哉の頭の中に、ひとつの考えが思い浮かぶ。
「あ、あの、すみません!」
「……克哉?」
気がついたときにはもう、克哉はその考えを口にしていた。



助手席に座った克哉は、膝の上に乗っている袋をしょんぼりと見つめていた。
「まったく、君には驚かされるよ」
「すみません……」
我ながら大胆なことをしでかしたとは思う。
店員は普通に対応してくれたが、それでもやはり思い出すと、あまりの恥ずかしさに頭を抱えたくなった。
「でも、オレだって……安心したかったんです」
あの後店員に、御堂の為に同じ物を、と克哉が言いだしたときには、さすがの御堂も慌てたようだった。
克哉が言い訳すると、御堂は反論する。
「しかし、私は君に心配させるようなことは無いだろう?」
「そんなことないですよ! オレだって、いつも……」
「だからと言って、君にまで買わせることになるとは」
そこまで言って、御堂は口を噤んだ。
結局、なんだかんだ言いながらも、嬉しかったのはお互い様だ。
「……まあ、いい」
それきり、二人は黙り込む。
お互いのことが好きすぎて、ぎこちない雰囲気になるのはいつものことだ。
始まりが始まりだっただけに、ややもすればこの気持ちを持て余してしまう。
それでもやっぱり幸せなのだと、克哉はしみじみ思った。

しばらく走るうちに、克哉は肝心な言葉を言っていないことに気がついた。
「御堂さん」
「なんだ?」
「あの……お誕生日、おめでとうございます」
何故か克哉は、ぺこりと頭を下げながら言う。
「ああ。ありがとう」
「それから……指輪、ありがとうございました」
「ああ。私もだ。ありがとう」
「大事にしますね」
「ああ。私もだ」
「それから……」
「まだ、あるのか?」
とうとう呆れたように笑い出した御堂に、克哉は恥ずかしさを堪えて言った。
「……大好き、です」
あまりに率直な告白に、御堂の顔が微かに赤くなる。
それから彼にしては珍しく、歯切れの悪い口調で答えた。
「……私も、だ」

- end -
2007.09.29



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