Classical

不埒な休日

夕陽が沈んでいく。
訪れつつある夜の色が、二人を包むシーツにまで手を伸ばしはじめる。
抱き締めあったまま、二人は言葉も無く互いを見つめていた。
克哉は御堂の腕に抱かれ、御堂は空いた方の手で時折克哉の髪や背を撫でる。
どちらともなく思い出したように唇を啄ばみあっては、微笑みを浮かべながら、また同じことを繰り返した。
―――幸せだ、と克哉は思った。
今は御堂のことだけを考えて、御堂のことだけを見ていられる。
仕事のことも、食事のことも、眠ることさえ考えたくはない。
愛し合った余韻に、気怠い身体を投げ出して抱き合っている今が、一番幸せな時間だった。

けれど、一日は確実に過ぎていく。
すっかり暗くなってしまった寝室に、克哉はほんの少し後ろめたさを感じた。
(また今日も、ほとんどベッドの中だったな……)
ここのところ、休日といえばこんな状態だ。
御堂と一緒に過ごせるのならそれだけで幸せではあるけれど、いくらなんでも不健康すぎやしないだろうか?
天気のいい日ぐらい、二人で外出してみることがあってもいいような気がする。
(そういえば、御堂さんと普通のデートってしたことないよなぁ……)
考えて、克哉は少しだけ苦笑した。
デート、という言葉が、なんだか自分達には妙に似つかわしくないように思えた。
「……何を、考えている?」
「えっ?」
「今、何かよからぬことを考えていただろう」
御堂に意地の悪い笑みを浮かべながら言われて、克哉は慌てた。
「そっ、そんなことないですよ! よからぬことなんかじゃなくて、その……」
「では、なんだ?」
御堂はぐいと克哉を抱き寄せる。
御堂の胸にほとんど顔を押し付けられるようになって、嬉しい息苦しさに克哉は身じろぎしながら答えた。
「あの……たまには御堂さんと、出かけたりしてみたいなぁと思って……」
「ほぉ? どこへ?」
「別にどこでも……か、買い物とか」
「何か欲しい物でもあるのか?」
「ええと……あ、スーツが。冬物のスーツ、新しいのがそろそろ欲しいかな……」
「ふぅん」
克哉は必死で思いつきを並べ立てた。
しかしその間も、御堂はちゃんと聞いているのかいないのか、 克哉の髪にくちづけたり、腰の辺りを撫で回したりしている。
「ちょっ…御堂さん……オレの話、聞いてます?」
克哉はくすぐったさと照れ臭さに、笑いながら身を捩った。
「もちろん、聞いている。君がそうしたいと言うなら、私は別に構わないが」
「本当ですか?」
「ああ」
もしかしたら渋られるのではないかと思っていた克哉は、あっさり承諾した御堂の言葉に顔を輝かせた。
「じゃあ、明日は一緒に出かけましょう。約束ですよ?」
「ああ、分かった。約束する」
それぐらいのことで声を弾ませる克哉に、御堂はくすりと笑いながら答えた。

翌日、御堂はちゃんと約束を守ってくれた。
午後になって車で外出した二人は、一軒の店に立ち寄った。
「どう……ですか?」
「なかなか、いいじゃないか」
フィッティングルームから出てきた克哉は、いつもと少し違って見えた。
御堂は克哉の肩を掴むと、改めて鏡の方に向かわせる。
そこにはほぼ黒に近いダークグレイのスーツに身を包んだ克哉と、 その後ろに立つ御堂の姿が映し出されていた。
「君は印象が優しすぎるからな。これぐらいの色の方が、少しは貫禄が出るだろう」
御堂に言われて、克哉ははにかむ。
確かに手持ちのスーツは、もう少し明るい色合いのものが多い。
御堂の見立てでこれを試着してみたのだが、自分ひとりで買いに来たなら、こういう色を選ぶことはなかっただろう。
「なんだか、仕事が出来そうに見えますね」
「実際出来るだろう、君は」
冗談めかして言ったつもりが、真面目に返されて克哉は照れてしまう。
昨日、スーツが欲しいと言った克哉の言葉を覚えていた御堂が、 いつも自分が利用している店に連れてきてくれたのだ。
オーダーメイドも勧められたが、さすがにそれは服に負けてしまいそうな気がして断った。
それでも御堂が贔屓にしているだけあって、どれも質の良い品であることはすぐに分かった。
生地も上等だし、着心地もいい。
今まで着ていた量販店のスーツとは、比べ物にならなかった。
「ついでに、ネクタイも買ったらどうだ?」
御堂は売り場から見繕ったネクタイを手に取ると、再び克哉の後ろに立つ。
それを胸元に当ててやりながら、肩越しに鏡を覗き込んだ。
「そう、ですね……」
正直な話、克哉はこういったセンスにはあまり自信が無い。
これが本当に自分に似合っているのかどうか分からず、曖昧な返事しか出来ずにいる克哉の耳元で、不意に御堂が囁いた。
「せっかくいいスタイルをしているのだから、少しは服装にも気を使いたまえ。勿体無いぞ」
「えっ」
その言葉に心臓を跳ねさせた克哉の腰を、御堂の手が引き寄せる。
完全に御堂の腕に抱き込まれた形になって、克哉は一気に顔を火照らせた。
「……どうだ? 予算オーバーになるようなら、この分は私がプレゼントしても構わないが」
「えっ、あの、えっと」
もう、それどころではない。
背中にぴったりと密着した御堂の体温や、腰に回された手の感触、フレグランスの香り、 それらに意識が集中してしまって、何も考えられなくなってしまった。
いいスタイルをしている、などと言われた所為か、頭の中には、昨夜御堂と抱き合った記憶ばかりが甦ってくる。
鏡に映る自分達はきちんと服を着ているというのに、それを見るのさえ恥ずかしくて、克哉は顔を真っ赤にしながら俯いた。
「あ、あの、御堂さん……」
「どうした?」
しどろもどろになっている克哉を更に煽るかのように、御堂が再び耳元で囁く。
「……早く決めないと、不審に思われるぞ? いつまでこうしているつもりだ?」
慌てて顔を上げると、自分達の後ろの方に立つ店員の姿が、鏡に小さく映っているのが見えた。
「こっ、これで、いいです…!」
克哉が答えると、御堂は喉の奥で笑いながら、ようやく体を離した。

買い物を終えても、まだ時間はたっぷりとあった。
けれど「次はどこへ行きたいんだ?」と御堂に尋ねられ、克哉は何も考えてこなかったことを後悔した。
誘ったのは自分の方なのだから、きちんと考えてくるべきだったのだ。
結局思いついたのは「映画を観る」という、ひどくありきたりなものしかなく、それでも御堂が快諾してくれたことに克哉はほっとしていた。
開演のベルが鳴って、ゆっくりと照明が落ちる。
スクリーンに映像が映し出されると同時に、大音量の音楽が流れ始め、その音に紛れるようにして克哉はそっと溜め息をついた。
(さっきは、参ったな……)
気分を変えるために外出したはずなのに、御堂に触れられると、どうしてもおかしくなってしまう。
腰に回された御堂の手の感触や、耳元で囁かれた声が、今もまだ残っているようだ。
克哉は隣りに座っている御堂を、ちらりと横目で盗み見た。
スクリーンからの明かりに照らされた御堂の横顔は、いつもと変わらない。
いつもと変わらずに、綺麗だ。
冷たいとさえ感じることもある、厳しい眼差し。
通った鼻筋と、引き結ばれた薄い唇。
この人が自分の恋人なのだと思うだけで、胸が熱くなる。
その瞳が自分を映し、唇が自分の名を囁いてくれることが嬉しい。
思わず肩に凭れてしまいたくなる衝動をなんとか堪えて、克哉は視線を前に戻した。

映画は、有名なイタリア人監督の作った話題作だ。
特別観たいと思っていたわけではなかったが、評判どおりなかなか面白い。
しばらくスクリーンに見入っていると、それまでじっとしていた御堂がほんの少し体を動かした。
僅かに克哉の方に体を傾けるようになって、御堂との距離が縮まったことに克哉は気づいた。
(あ……)
シートのアームに乗せている肘が、微かに触れあっている。
ただそれだけのことなのに、克哉の胸はまたしてもざわめいた。
―――ダメだ。
またさっきのようなことになったら、今度こそ自信が無い。
早く離れなければ。
しかしそう思ったときには、既に遅かった。
アームから下ろそうとした手は御堂にしっかりと握られ、そこから逃げることは出来なくなっていた。
「……」
どういうつもりなのかと御堂の顔を見てみるが、御堂は相変わらず正面を向いたままだ。
仕方なく克哉もスクリーンに視線を戻してはみたものの、もう映画の内容は頭に入ってこなかった。
御堂の掌に包み込まれた指先が熱い。
鼓動が速くなっていく。
こんなことでドキドキするなんて、高校生……いや、中学生のようだ。
こんなの、たいしたことじゃない。
どんなにそう自分に言い聞かせてみても、気持ちは乱れていくばかりだった。
「―――!」
そのうちに、御堂の手がゆっくりと動き始めた。
克哉の指の形を楽しむかのように、御堂はその輪郭を辿っていく。
爪の表面を撫で、間接を軽く引っ掻き、そこからまた柔らかな指先へと戻る。
やがて克哉の人差し指と中指を握りしめた手が、それを擦るように緩やかな往復を始めた。
「……っ」
克哉は思わず、きつく目を閉じた。
その動きが、別の行為を思い出させたからだ。
昨日の今頃、御堂がベッドの中で自分にしていたことを、頭ではなく体が思い出してしまう。
視界を遮断したことで、かえって意識はそこに集中する。
体の奥が、甘く疼き始めるのが分かった。
「みど、う…さん……」
震える声で、呟いた。
それが聞こえたのかどうかは分からないが、御堂は克哉に顔を寄せる。
「……出るか?」
囁かれた言葉に、克哉は小さく頷くしかなかった。

ふらつく足で、車を止めてある地下駐車場まで戻る。
車に乗り込んだ途端、克哉は御堂の腕に縋りついた。
「……どうした?」
分かっているくせに、そんなことを尋ねる御堂が憎らしくて、克哉は拗ねたような上目遣いで御堂を睨む。
「ヒドイです、御堂さん……」
恨み言を口にしても、もう我慢の限界だった。
克哉は御堂の首に両手を回すと、自分から御堂にくちづけた。
「…んっ……」
御堂も克哉のうなじを引き寄せ、更に深く唇を奪う。
堪えていた衝動が溢れ出して、克哉は夢中で舌を絡ませた。
車内に水音が響き、唇の端から甘い吐息が漏れ出す。
「ん…ふ………」
「……っ…」
「…は…っ……」
くちづけを続けたまま、御堂の指は克哉の髪を梳き、やがて首筋から鎖骨へと動いていく。
そしてそのまま下へと降りていくと、シャツ越しに胸の尖りを探して当てた。
「ん…っ」
少し触れられただけで、克哉は喉の奥で声を上げた。
御堂は指先で円を描くように、ゆっくりとそこを撫でる。
いつものようにきつく摘まんだりすることはなく、僅かな刺激を与えるだけだ。
ただでさえシャツ越しなのに、その頼りない感覚に克哉はもどかしく身を捩る。
「ん、ぅ……っ……」
もっと強くしてほしいと強請るように、克哉は更に深く御堂の舌を吸った。
その要求は伝わっているはずなのに、それでも御堂は弱々しい愛撫を変えようとはしない。
克哉の中心は既に、ジーンズの中で窮屈なほどに膨れ上がっていた。
もう、待てない。
克哉は我慢出来ず、御堂の下肢に手を伸ばした。
「……っ」
御堂が小さく息を呑む。
自分がしようとしていることがたまらなく恥ずかしくて、けれど自分ではもうどうしようもなくて、 克哉はおずおずとスラックスの上から御堂のものに触れた。
それだけで体の奥がきゅうっと締め付けられるように疼いて、下着の中で自分の先端から蜜が滲んだのを感じる。
まだ熱くなりきっていないそれを握ると、克哉はゆるゆると上下に手を動かした。
始めは遠慮がちだったものの、御堂のものが硬さを増していくにつれ、克哉の手は明らかにそれを求めるような動きになる。
とうとう克哉は唇を離し、潤んだ瞳で御堂を見上げた。
「御堂、さん……っ…」
息も切れ切れに名を呼ぶと、御堂が喉の奥で笑った。
「……そんなに、これが欲しいのか?」
「……」
克哉は顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに頷く。
「だが、君は今日は私と外出したかったんだろう? それに、こんなところで……いいのか?」
「そ、それは……!」
そういえばここが駐車場であることを、すっかり忘れていた。
休日ということもあって、周囲にはたくさんの車が止まっている。
いつ隣りの車の持ち主が戻ってくるかも分からない。
地下とはいえ蛍光灯がついているのだから、車内は丸見えだ。
「あの……オレ……」
心臓が激しく鳴っている。
本当なら、マンションに戻るべきなのだろう。
けれど御堂が目の前にいて、狭い車内に二人きりで、思わせぶりに煽られた体はとっくに我慢の限界を超えている。
克哉は御堂にしがみつき、その胸に顔を埋めた。
「ごめんなさい……。オレ……我慢、出来ません……」
泣きそうな声で降参の白旗を揚げた克哉に、御堂は満足したように笑う。
「……自分で脱いで、私の上に来るんだ」
「は…い……」
言われるがままに、克哉はジーンズと下着を脱ぐ。
こんな場所で何をしているのだろうと思うも、自分が止められない。
克哉はシートを倒した御堂の上に跨ると、震える手で御堂のベルトを外し、スラックスの中から御堂のものを取り出した。
硬い屹立を自ら後孔に押し当て、ゆっくりと腰を落としていく。
「あっ……」
入り込んでくる熱い塊に、克哉はせつなげに眉を寄せる。
待ち望んでいた圧迫感と快感に、喉を見せて喘いだ。
「は……ぁ……あぁっ……」
飲み込むほどに、そそり立つ克哉の中心がぴくぴくと跳ねるのを、御堂は楽しげに眺めている。
やがて深く繋がると、克哉は御堂の上に覆い被さるようにして、腰を揺らし始めた。
「あっ……御堂、さん……御堂さんっ……」
克哉の動きに合わせて、ぎしぎしと車が揺れる。
狭い空間では前のめりになるしかなく、自然と御堂に抱きつくような姿勢を取ってしまう。
密着した互いの体の間で自分の中心が擦れるのが気持ちよくて、克哉はますます淫らに腰を振った。
御堂は克哉の腰を掴み、それを手伝うかのように克哉を揺さぶる。
「君は…本当に……淫乱、だな……」
「そん、なっ……こと……」
煽ったのは、御堂だ。
けれど傍にいれば触れたくなるのは、克哉も同じだった。
休日に、二人でいるのに堂々と寄り添えないという状況が、かえって欲望に火をつけてしまうことになるとは思わなかった。
淫乱という御堂の言葉を否定出来ないような気持ちになる。
羞恥と快感が綯い交ぜになって、克哉は目尻に涙を滲ませた。
「はっ…あ……あっ……気持ち、いい……」
「もっとだ……もっと、動け……」
「…んっ……あっ、あっ、あぁっ……!」
高まっていく快感に、克哉は激しく尻を上下させる。
御堂のものが内壁を擦る感覚だけを、無我夢中で求めていた。
やがて御堂の手が克哉の中心を握り締め、解放を促していく。
くちゅくちゅと音を立てて扱かれ、先端の亀裂を親指で割られると、克哉は身悶えした。
「あっ、あっ、あ……もう、ダメ……ッ―――!?」
掠れる声を上げながら精を放とうとした瞬間、視界の端に人影が映った。
中年の男がこちらに向かって歩いてくるのが見える。
「やっ……あ、ああッ……」
けれど訪れた絶頂を止めることなど出来ない。
克哉はしっかりと御堂に抱きつき、中心を覆った御堂の掌に勢いよく精を迸らせた。
どうか気づかれないようにと祈りながら、きつく目を閉じる。
御堂の肩に額を押しつけたまま、克哉は幾度も下肢を震わせた。
「……はぁっ、はぁっ、は、ぁ………」
全てを出しきってしまうと、克哉は恐る恐る顔を上げて周囲を見回した。
少し離れた場所からエンジンが聞こえ、それが遠ざかっていく。
「……行ったか?」
「あ……」
克哉のほっとした様子に状況を察したのか、御堂は思い切り克哉を突き上げた。
「あッ! ん、あぁッ……!」
達したばかりの敏感な体を貫かれ、克哉は再び嬌声を上げる。
締め付けられた感覚に、御堂もすぐに解放を迎えた。
「…っ……く……」
御堂は高く腰を突き出し、喘ぐ克哉を見上げながら、その熱い中に己の欲望を注ぎ込んだ。

走り出した車の中で、克哉はぼんやりと窓の外を眺めていた。
あれから駐車場を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
(こんなことになるとは、思わなかったんだけどな……)
求める気持ちが強すぎるのか、ただ自分が流されやすいだけなのか。
なんとなく自己嫌悪に陥りながらも、それでもいいかと開き直っている自分もいる。
―――やっぱり幸せだ、と克哉は思った。
周りにどう見られようと、映画の結末が分からなかろうと、そんなことはどうでもいい。
御堂といられれば、それでよかった。
御堂と一緒に過ごせれば、それだけで最高の休日だ。
車窓を流れる街の明かりを見ながら、克哉は幸せを噛み締めていた。
「……さて、食事はどうする? 何か食べたいものはあるか?」
信号が赤に変わり、御堂は車を止めながら尋ねる。
けれど克哉からの返事はない。
「克哉?」
訝しく思って助手席を覗き込むと、克哉は眠っていた。
その穏やかで幸せそうな寝顔に、御堂は思わず微笑む。
「まったく……呑気なものだ」
信号が青に変わる。
マンションまでの僅かな時間、克哉が目を覚ましてしまわぬよう、御堂の車は静かに走り出した。

- end -
2007.10.26



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