Classical

Autumn Sky

その日は、文句無しの秋晴れだった。
雲一つない青空はどこまでも高く、陽射しは暑さを感じるほどに照りつけている。
清々しい空気の中、御堂と克哉は会場となっているグラウンドに辿り着いた。
「わぁ、盛り上がってるなあ」
万国旗の下、トラックではキクチの社員達がハチマキ姿で走っている。
誰かが誰かを抜かすたび、周囲を取り囲むギャラリーからは応援と歓声があがった。
休日の為に家族連れも多く、絶好の運動会日和となったようだ。
「結構、本格的だなぁ……」
目を輝かせている克哉の横で、御堂は仏頂面で鼻を鳴らした。
「フン。いまどき、社内運動会とは時代錯誤も甚だしいな」
「でも、毎年やってるわけじゃありませんから」
キクチの社内運動会は五年に一度の行事だ。
だから、克哉は一度も参加したことがない。
MGNとは違って小さな会社なので、皆それなりに楽しんでいるように見えた。
「よぉ、克哉!」
本部になっているテントの方から駆け寄ってきたのは、やはりハチマキにジャージ姿の本多だった。
克哉はそちらに向かって、手を上げて答える。
「本多、お疲れ。見に来たよ」
「おう。晴れて良かったぜ」
「そうだね」
「あーっと……」
不意に本多は笑顔を引っ込めて、克哉の背後を気まずそうに見た。
「……御堂部長も、どうも」
とりあえずは頭を下げる本多に、御堂はつっけんどんに答える。
「安心したまえ。そんな顔をせずとも、すぐに帰る」
「御堂さん」
朝から、御堂はずっと不機嫌だった。
克哉から「今日はいい天気ですし、キクチの運動会でも見に行きませんか?」と誘われ、御堂は何度も拒否したのだ。
しかしどうしても克哉は諦めず、とうとうこんな不似合いな場所まで連れてこられてしまったのだから無理もない。
一方、克哉にも、しつこく御堂を誘った理由があった。
この運動会のことを知らされたとき、珍しく本多が「御堂と一緒に来いよ」と言ってくれたからだ。
本多がどういうつもりでそう言ってくれたのか、真意の程は分からなかったが、少しでも二人が仲良くなってくれたら、という淡い期待を克哉は抱いていた。
「でも、すごいな。こんなに、ちゃんとした運動会だとは思わなかったよ」
「そりゃあな。なんてったって、俺が実行委員長だからな」
「そうなんだ」
「休日に社員を拘束してまでやるようなこととは思えないがな」
雰囲気を和ませようとした克哉の気遣いも虚しく、御堂の水を差すような発言に、本多がむっとする。
「こういうコミュニケーンも大切な仕事のうちなんですよ。大会社の部長さんには、分からないと思いますけどね」
「コミュニケーションなら、就業時間内でも取れる。それが出来ないのは、君達の意識が低いせいだと思うが」
「……うるせえなあ。あんた、わざわざ嫌味を言うために来たのか?」
「私がそんなに暇な人間だと思うか?」
「ちょ、ちょっと待って! こんな日に喧嘩しないで」
克哉が慌てて割って入ると、二人は不満げに口を噤む。
やはり、こうなってしまうのか。
どうやら二人は引き離しておいたほうが良さそうだと克哉が考えたところで、本多がニヤリと笑った。
「なあ、克哉。次の競技、お前も出ろよ」
「はぁ?」
突然の誘いに、克哉は困惑する。
「いや、だって、オレは見に来ただけで……」
「いいから、いいから! 実行委員長の俺が出ろって言ってるんだから、出るんだよ。ああ、あんたはもちろん出ないよな?」
本多は克哉の腕を引っ張りながら、取ってつけたように御堂にも声を掛ける。
「……当然だ。断る」
「よしっ。じゃあ行こうぜ、克哉。出たかったんだけど組む相手がいなかったもんで、ちょうど良かったぜ」
「いや、でも……」
「なんだよ。イヤなのか?」
「イヤっていうわけじゃないけど……次の競技って、なんなんだ?」
「二人三脚!」
「……!」
それを聞いて、御堂の顔が引き攣った。
克哉はどうしたものかと幾度も御堂を振り返っているうちに、本多に肩を抱かれてどんどん連れて行かれてしまう。
彼はああ見えて体育会系の人間だし、本当は参加したかったのかもしれない。
それにしても本多は、克哉にくっつきすぎだ。
そんなことを考えながら、御堂はその場に立ち尽くしたまま、しばらく二人の後ろ姿を睨みつけていたものの、とうとう堪りかねたように後を追いかけた。
「……待ちたまえ!」
「御堂さん?!」
そして本多は、してやったりの笑みを浮かべた。

列に並ぶと、渡された細い布で足首を縛る。
足元にしゃがみ込んでいた克哉は、御堂を見上げた。
「御堂さん、痛くないですか?」
「大丈夫だ。きつく縛っておけ」
「はい。……すみません、こんなことになってしまって」
「まったくだ」
御堂はかなり怒っている様子だが、克哉は可笑しくて笑いたくなるのを必死で堪えていた。
御堂が運動会で、しかも二人三脚を走る。
あまりにも似つかわしくなくて、微笑ましい光景だ。
恐らく本多は、これを狙っていたのだろう。
御堂を煽って、競技に出場させること。
その目論見の良し悪しは別として、御堂には申し訳ないけれど、克哉はこの状況をかなり楽しんでいた。
口元を緩ませながら立ち上がった克哉を、御堂は睨みつける。
「……何が可笑しい」
「いえ、別に。頑張りましょうね」
「フン」
競技は3チーム対抗だ。
各チームは二手に別れ、リレー形式でトラックを半周ずつ走る。
御堂と克哉は、青チームのアンカーになっていた。
スタート地点に立つと、御堂は克哉の肩を抱き、克哉は御堂の腰に手を回す。
「……行くぞ」
「はい」
赤チームと競り合いながら入ってきた前走者に、タッチされると同時に、二人が走り出した。
御堂は最高に頭に来ていた。
本多の策略に嵌ったことも、こんな無様な姿を晒すことも、不本意で不愉快極まりなかった。
しかしこの立場を本多に譲るのはもっと嫌だったし、やるからには負けたくない。
だから、御堂は本気で走った。
克哉はそのスピードに驚きつつも、歩調を合わせ、どちらももつれることなく軽快にゴールに飛び込む。
見事一位になった二人に、チームメイト以外からも盛大な拍手が浴びせられた。
「やるじゃねえか!」
ゴール地点に本多がやってきて、克哉の肩を叩く。
「さすが、息が合ってるな」
「あはは……」
その賞賛に、克哉は苦笑いするしかなかった。
「御堂さん、お疲れ様でした」
「ああ」
まだ仏頂面の御堂にやはり苦笑しながら、克哉は足を結んでいた布を解く。
そうしているうちに、いつの間にか二人の周囲にはキクチの社員達が集まってきていた。
どうやら本多が、あの有名なMGNの御堂部長が飛び入り参加したと触れ回ったらしい。
「御堂部長、もうひとつ出てくれませんか?」
「なに?」
「借り物競争なんですけど、ひとり欠席したので出場者が足りなくて」
「いや、私は……」
「お願いします、御堂部長!」
「お願いします!」
よほど物珍しいのか、キクチの社員達は女性陣を筆頭に、御堂の活躍に大はしゃぎだ。
御堂も周囲を取り囲まれて圧倒されたのか、言葉を失くしている。
御堂は助けを求めるように、克哉に視線を寄越した。
「御堂さん、頑張ってください!」
「?!」
無責任な克哉の応援に、御堂は目を見開く。
結局御堂は、キクチの社員達に引きずられるようにして、次の競技へと連れて行かれてしまった。

借り物競争が始まる。
御堂はしかめっ面に腕組みをして、スタートラインに立っていた。
ジャージ姿の社員達に対して、普段着の御堂はただでさえ浮いている。
克哉は応援席で、そんな御堂を不安そうに見つめていた。
(御堂さん、怒ってるだろうなぁ……)
それでも、こんな機会は二度と無いだろう。
せっかくの運動会日和なのだから、御堂にも存分に楽しんでほしかった。
というよりも、克哉自身が楽しかっただけなのかもしれない。
ちょっと調子に乗り過ぎたかな、と思っているうちに、ピストルが鳴り、一斉に走者がスタートする。
しかし御堂だけはやる気無さそうに、普段のスピードで歩き出しただけだった。
(うわぁ……本当に怒ってる……)
この後のことを考えると、かなり怖い。
コースの途中にはテーブルがあり、その上に箱が置いてある。
御堂は当然ビリの状態でそこまで辿り着くと、借りてくるものの指示が書かれている紙を、箱の中から一枚取り出した。
そして折り畳まれたそれを広げた途端、顔を顰める。
(御堂さん……大丈夫かな?)
いったい何を借りてくるように書かれていたのだろう。
心配して見ていると、御堂は不機嫌な顔のまま、ずんずんと克哉のほうに向かって歩いてきた。
「……え? なに?」
周囲も不思議そうに、御堂と克哉を交互に見ている。
そんな中、御堂は克哉の腕をぐいと掴んで引っ張った。
「来い」
「え? え? オレ?」
克哉は御堂に腕を引かれ、コース内に入る。
訳が分からないままに二人揃ってゴールすると、御堂は足を止めることもなく、手にしていた紙を近くにいた本多に押し付けた。
「帰るぞ」
「え? でも」
「いいから、帰るんだ!」
「あ、あの」
ぽかんとしている周囲を無視して、御堂は克哉を引っ張っていく。
克哉は仕方なく皆に手を振って、グラウンドを後にした。
「……御堂さん。あの紙、なんて書いてあったんですか?」
「そんなことはどうでもいい。とにかく、運動会など二度と来るものか」
「……ごめんなさい」
「いいや、許さない。今夜は、覚悟しておけ」
「うっ……」
克哉は思わず、身を震わせる。
しかしそれが恐怖の感情からだけではないことに、御堂も克哉自身も気がついていた。
来た道を二人で戻りながら、克哉は呟く。
「でも……オレ、嬉しかったです。人前であんなに堂々と、あなたとくっつけることなんてないから」
克哉が言っているのは、二人三脚のときのことだ。
あのとき克哉は嬉しくて、ほんの少し泣きたくなった。
御堂はしばらく無言でいたが、やがてぽつりと答えた。
「……その点にだけは、同意する」
その返事に、克哉は微笑む。
ちらりと盗み見た御堂の横顔は、さっきよりも少しだけ和らいでいた。

ゴールでは呆然としていたキクチの社員達が、ようやく我に返っているところだった。
8課の女性社員が、本多の手元を覗き込みながら尋ねる。
「本多君。結局それ、なんて書いてあったの?」
「ん? ああ……」
本多はくしゃくしゃに丸められた紙を広げる。
そしてそこに書かれていた文字を見た途端、勢い良く吹き出した。
「こ、こりゃあ……」
「なになに? なんだった?」
「あ、ああ、大丈夫だ。ちゃんと合ってる。順位は、ビリだけどな」
本多は彼女に見せないよう、すぐに紙を丸めて、ジャージのポケットへと突っ込んだ。
その紙に【可愛いもの】と書いてあったことは、御堂への参加賞として黙っておいてやろうと思った。

- end -
2008.11.01



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