快感指数
シャワーを浴びてベッドに入ると、克哉は大きなあくびをした。
その無防備な顔を見て、御堂がクスリと笑いながら克哉の下に腕を差し入れる。
克哉はみっともないところを見られてしまったと、まだ半開きだった口を慌てて閉じた。
「疲れているのか?」
「……そうかもしれません。たいして動いてないはずなんですけど、ね」
「毎日、暑いからな。仕方あるまい」
そうは言っても、MGNに来てからは、キクチにいたときのように外回りに出ることは無くなったのだから、楽になっているはずだった。
しかし冷房の効いたオフィスにばかりいるのが返って良くないのだろうか、ときどき妙に身体がだるいことがある。
室内にいても、猛暑の影響は少なくないようだった。
「明日も暑いんでしょうね」
「三十五度になると言っていたな」
「うわ……」
聞いただけでうんざりして、克哉は御堂の腕に顔を擦りつけた。
シルクのパジャマの心地良い肌触りと、その奥にある御堂の体温に、憂鬱な気分が少し和らぐ。
しばらく目を閉じて、その感覚に浸っていると、不意にあることを思い出した。
「そういえば……不快指数って言葉、最近あんまり聞きませんよね」
以前ならこの時期の天気予報では、気温や降水確率と一緒に不快指数何パーセントなどとよく知らせていたはずだ。
しかしここ数年だろうか、めっきり聞かなくなった気がする。
克哉に言われて、御堂も初めてそのことに気がついたようだった。
「そういえば、そうだな……。まあ、それだけ重要な数値ではなかったということだろう」
「そうですね。それに、名前が悪かったと思うんですよね。どれぐらい不快か、なんて数値で示されても」
「そうかもしれないな」
克哉の発想に、御堂がククッと笑う。
克哉のほうは何故そこで笑われるのかよく分からなかったが、一応は同意してもらえたのだなとだけ思った。
だからこそ、余計なことを言ってしまったのだが。
「どうせなら、どれぐらい気持ちがいい日かを教えてくれたらいいのに……」
「……気持ちがいい日?」
「えーと、だから……今日の快感指数、とか」
それは、単なる思いつきだった。
しかし次の瞬間、御堂が肩を震わせて笑い出したので、克哉はおろおろしながら御堂の顔を見る。
「え? え? オレ、何か変なこと言いましたか?」
「君は……本当に面白いな」
御堂は克哉をぐいと自分の方に引き寄せると、鼻の頭が触れ合うほどに顔を近づけて、からかうように言った。
「そこは『快感』ではなく、『快適』と言うべきじゃないのか?」
「あっ……」
言われてみれば、その通りだ。
確かに少し違和感があったのだが、あまり深く考えずに言ってしまったのがいけなかった。
しかもよりによって、『快感』などと。
思わず顔を赤くした克哉を、御堂は心底愉快そうに覗き込む。
「君の場合は、そちらのほうが相応しい言い回しかもしれないがな」
「相応しい、って……」
「いつも、快感を得ることばかり考えているだろう?」
「そっ、そんなことありません!」
必死で否定するも、御堂の笑いはなかなか治まらない。
とうとう克哉は唇を尖らせた。
「御堂さんこそ、すぐにそんなことばっかり言うじゃないですか……」
反論する克哉に、御堂はわざとらしく目を見開いてみせる。
「そんなことばっかり、とは心外だな。今だって、君が疲れているようだから、今夜はこのまま何もせず眠らせてやろうと考えていたところだというのに」
「え」
咄嗟に、残念そうな声が出てしまった。
慌てて表情を作り直しても、もう遅い。
互いの間に流れる空気が変わり、御堂は克哉の髪にそっと触れながら、低い声で囁く。
「どうした? 君もその方がいいだろう?」
「……」
本当に、御堂は狡いと思う。
髪を梳く指先はやがて克哉の頬に落ち、思わせぶりにそこを撫でていく。
柔らかな感触に克哉はうっすらと目を伏せ、それでも僅かな意地を見せて答えた。
「そう、ですね……。そうします」
「ふうん……? なら、今夜はキスだけにしておこう」
「はい……キス、だけなら……」
恨めしげな上目遣いは、返事とは裏腹に不満を訴えているようにしか見えない。
御堂は内心ほくそ笑みながら、克哉にくちづけた。
いつものように激しいものではなく、啄ばむような軽いキスを幾度も繰り返す。
舌先が少し触れたと思った途端、すぐに離れていってしまった。
「……これだと、どれぐらいだ?」
「……何がですか?」
「快感指数」
「……!!」
まだその話を引っ張るのか、とばかりに克哉は口をへの字に曲げる。
そのまま無言でもぞもぞとシーツに潜り込むことで、答えを拒否したつもりだった。
しかし、御堂は諦めない。
克哉の顔を隠しているシーツを引っ張って、強引に捲ってしまう。
「それぐらい教えてくれてもいいだろう」
「……そんなの……分かりません……」
「君の感覚でいい」
「……」
オレはなんてバカなことを言ってしまったんだろうと、克哉はほとほと後悔していた。
仕方なく、適当な数字を答えることにする。
こんな恥ずかしい遣り取りは、早く終わらせてしまいたかった。
「……四十パーセント……ぐらい……?」
「今ので四十パーセントか。なるほど」
御堂は相槌を打ちながら、克哉の髪に顔を埋め、頬をすり寄せる。
じゃれるような仕草がくすぐったくて、克哉は首を竦めた。
こうしていると、やはりさっきのキスじゃ物足りなくなってくる。
克哉がおずおずと顔を上げると、御堂も同じように思っていたのか、もう一度唇が降りてきた。
今度は自然と互いに唇が開き、舌が絡み合う。
頬に添えられた手のひらに顔を引き寄せられ、更に深く口内を掻き回された。
克哉は思わず喉の奥から声を漏らす。
「ん……ぅ……」
触れている足が、もどかしげに蠢く。
やがて互いの身体に手が回り、背中を抱き締めると、下肢が触れ合った。
唇が幾度も離れかけては、また重なり、呼吸は少しずつ乱れていく。
「……これだと、どれぐらいだ?」
「えっ……」
キスの合い間に尋ねられ、克哉は焦れる。
今は、話などしたくないのに。
御堂の首に手を回して引き寄せると、キスの続きをする為だけに、またしても適当な数字を答えた。
「七十パーセント、ぐらい……」
「キスだけでか?」
「だって……」
御堂さんのキス、好きですから。
恥ずかしくて口には出せないけれど、心の中でそう続ける。
御堂は背中に置いていた手をするりと滑らせると、克哉の双丘を柔らかく撫でた。
「あっ……」
「なら、これは?」
「やっ……」
「答えるんだ、克哉」
「分かり、ません…っ……」
「そうか」
途端に御堂が酷くあっさりと手を放したので、克哉は思わず御堂の胸にすがりついた。
「御堂さん……?」
「ん? キスだけ、ということになっていただろう?」
「……」
確かに、そうだ。
けれどこんな風に中途半端に煽ってから放り出すのは、意地が悪すぎる。
火照り始めていた身体が素直に強請れと言っているが、さすがにそれは悔しかった。
「……もう、いいです」
克哉はくるりと寝返りを打って、御堂に背中を向ける。
そんな克哉の態度を、御堂は意外に思った。
てっきり涙目にでもなると思っていたのだが、今夜は随分と様子が違う。
部屋は空調が効いていて暑いということはないはずだったが、これも不快指数の影響なのだろうか。
しかし本格的に拗ねてしまった克哉の後ろ姿はなんとも可愛らしくて、つい口元が緩む。
御堂は克哉を宥めるために、その身体を背中から緩く抱き締めた。
「悪かった。そんなに拗ねるな」
「……」
「少し、からかいすぎたな」
「……少しじゃないです」
「そうだな。君の反応が可愛らしいものだから、つい」
言いながら、御堂は克哉の髪にキスをする。
克哉は肩越しに、少しだけ御堂を振り返った。
「……そんなことで、誤魔化されませんから」
「誤魔化そうなどと思っていない。本当のことだ」
「もう……」
御堂の手が、克哉のパジャマのボタンを外していく。
克哉の機嫌はまだ直っていなかったが、だからといって抵抗する気は無いようだった。
指先が忍び込んで胸を弄ると、克哉の身体がぴくんと跳ねる。
「克哉……」
首筋にわざと吐息をかけながら、御堂が克哉のうなじに舌を這わせる。
ぞくぞくと背中が粟立って、克哉は唇を噛んだ。
指先は胸の尖りをゆっくりと捏ね、摘み、時に押し潰す。
うなじから離れない唇と吐息に相俟って、克哉の体温は次第に上がっていった。
「ん……ぁ……」
喉の奥で微かに呻きながら、克哉が身を捩る。
御堂の手は肌の上をゆっくりと滑り落ちて、やがてパジャマのズボンの中に入り込んでいった。
まだ完全には勃ち上がっていないそこを下着の上からゆるゆると揉まれ、克哉の腰が淫らに揺れ始める。
「……あっ……ぁ……」
結局、自分から強請るような態度になってしまっていることが、克哉には情けなくて堪らない。
それでも御堂に触れられると、どうしても我慢が出来なくなってしまうのだ。
付き合いはじめて時間が経つにつれ、以前よりもゆったりと御堂に身も心も預けられるようになったからかもしれない。
今では御堂も克哉がどうされると悦ぶのかを良く分かっていたし、克哉もまた同様だった。
だから克哉は御堂の愛撫に、安心して溺れることが出来た。
「あっ……孝典、さん……」
布地越しに先端を抉られ、滲み出た雫が下着を濡らす。
腰を揺らすと、後ろにぴったりとくっついた御堂の下肢も熱を持っているのが分かった。
克哉はそこにわざと腰を押し付け、御堂を煽ろうとする。
「……疲れているんじゃなかったのか?」
「大丈夫……です……。だから……」
「無理はするな」
御堂は克哉の下着を少しだけ下ろし、すっかり硬くなった屹立を直接握り締めた。
「ああっ……」
「今日はこれで我慢するんだ」
「そん、な……っ」
御堂の手に扱かれて、克哉は堪らずに息を荒らげる。
首筋を舐められ、与えられる刺激に、早くも堪らない快感がつま先からせり上がってきた。
「ダメ……孝典、さん……っ」
「いいから、このまま出してしまえ」
「やっ……」
克哉は御堂を止めようとしたが、御堂は手を放さない。
克哉の意に反して、そこはクチュクチュといやらしい音を立てながら脈打ち始めていた。
御堂の手の動きは的確に克哉を昂ぶらせ、追い詰めていく。
「あっ…あ……やだ……そんなに、したら……」
このままでは、本当に御堂の手の中で弾けてしまう。
なんとか気を逸らせようと、自分の手の甲を噛んでみるが思うようにはいかない。
首筋に歯を立てられた瞬間、克哉の背中がびくんとしなり、指先は縋るものを探して空に踊った。
「あっ……! 本当に、ダメ……孝典さん………っ……!」
一瞬の緊張の後、克哉は御堂の手の中で吐精してしまった。
止めようとしても止まるはずがなく、克哉はびくびくと腰を震わせながら白濁した液体を迸らせる。
それでも御堂はしばらく手を動かし続けていたから、きっとシーツも汚してしまったことだろう。
射精を終えた克哉は息を弾ませながら、すぐ後ろにある御堂の顔を振り返った。
「孝典…さん……」
ひどい。
自分だけイってしまったことが恥ずかしいような、申し訳ないような気もするが、こんな形は克哉自身も望んではいなかった。
しかし御堂はそんな克哉の気持ちに気づいているのかいないのか、何食わぬ顔で克哉の頬にキスを落としてくる。
「どうだ? 機嫌は直ったか?」
「……」
直るはずがない。
むしろ、腹立たしくさえなってきた。
ただ気持ち良くさえしてもらえれば満足すると、本気で思っているのだろうか。
御堂はベッドサイドに置いてあるティッシュを取ると、濡れた手を拭う。
克哉はその隙に、御堂の腕の中からガバッと起き上がると、御堂の上に圧し掛かった。
「克哉?」
さすがの御堂も驚いていたが、克哉は構わず御堂の下肢に手を掛ける。
「克哉、何をする気だ?」
「オレだけなんて……そんなの、イヤですから」
「こ、こら、そんなことはしなくていい……!」
慌てて制止しようとする御堂を振り切って、克哉は御堂のパジャマのズボンを下着ごと引き下ろす。
そしてまだ硬さを持ったままのそれを手に取ると、顔を落として唇を寄せた。
「克哉……っ」
克哉は舌を伸ばして先端を舐めながら、ゆるゆると手を動かし始める。
根元までの輪郭をゆっくりと舌で辿り、愛する恋人の形をしっかりと確かめた。
それから唇を被せ、少しずつ奥まで飲み込んでいくと、御堂のそれは次第に容量を増していく。
克哉は幾度も大きく舌を動かし、出来る限り根元までそれを含むと、口内で御堂を存分に味わった。
「……っ…」
頭の上の方から、御堂の吐息が弾みだすのが聞こえてくる。
克哉は欲望を咥えたまま、上目遣いで御堂を見上げた。
御堂の顔が、快感に僅かに歪んでいる。
そんな御堂の表情を見ただけで、自分のものまで再び熱を持ち始めてしまいそうになった。
だらだらと溢れる唾液に塗れ、御堂のものが張り詰めていくのが分かる。
息苦しささえ、愛しさで消えてしまうほどだ。
ストレートに感情を表すことの少ない御堂だけれど、その場所は素直に感じていることを教えてくれている。
だから克哉は嬉しくなって、ますます熱心にそれをしゃぶった。
「克哉……」
熱の篭った声が、克哉を呼ぶ。
それに答えるように克哉の顔の動きが速くなり、水音が大きくなる。
克哉の髪に触れていた御堂の手は、いつの間にか力がこもり、押さえつけるようになっていた。
「んっ……ぅ……」
自分が御堂を愛撫しているのか、御堂が自分を犯しているのか分からなくなってくる。
克哉は目尻に涙を滲ませながら、夢中で舌を動かした。
与えられるだけでは、満たされない。
自分も、御堂を悦ばせたい。
御堂が感じてくれているのが、克哉には嬉しくて仕方がなかった。
「……克哉……そのま、ま……」
押し殺したような声を合図に、克哉は御堂のものを強く吸った。
同時に先端の亀裂を舌で抉ると、御堂の腰がびくりと跳ねる。
口内に形容しがたい苦味が広がり、喉の奥を打った。
御堂の放った欲望を嚥下しながら、克哉もまた悦びに身体を震わせる。
奔流が治まっても尚、克哉は残さずそれを吸い上げ、丹念に舐め取っていった。
「気持ち……良かった、ですか……?」
ようやく顔を上げた克哉の腕を掴んで、御堂が乱暴に引き寄せる。
そのまま御堂の胸の上に倒れ込んだ克哉の耳には、御堂の激しい鼓動の音が聞こえていた。
「まったく、君は……これでは私が、君の身体を気遣った意味がないだろう」
「だって……」
御堂と触れ合うのが好きなのは、お互いが気持ち良くなれるから。
自分一人だけでは、なんの意味も無くなってしまう。
そう反論しようとする克哉を遮るように、御堂は克哉をきつく抱き締めて囁いた。
「だが……たまには、こういうのもいいかもしれないな」
その言葉に、克哉の機嫌がようやく直る。
克哉は微笑みながら、御堂の身体にしがみついた。
「……オレ、分かりました」
「なにがだ?」
「幸せ指数、にしたらいいと思います」
「……ああ」
とうにその話を忘れかけていた御堂は、曖昧な声を出す。
そんな御堂に少しばかり呆れつつも、克哉は言った。
「それなら、いつも百パーセントでいられますよね?」
「そうだな」
クスクスと笑いながら、シーツの上でじゃれあう。
明日の不快指数が幾つであれ、そんなことはもうどうでも良くなっていた。
- end -
2008.08.21
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