二人のルール
ベッドの中に潜り込めば、一日で一番互いを近くに感じられる時間が始まる。
そういえば今日は忙しくて御堂の顔をあまり見ていなかったなと気がついて、克哉は御堂の頬を両の掌で挟み込むようにしてまじまじとその顔を見つめた。
「孝典さん……」
これがオレの好きな人なんだな。
そんな当たり前のことを考えて、当たり前なのに心の底から幸せを感じて、克哉はうっとりと微笑む。
その表情から克哉の気持ちがしみじみと伝わってきて、御堂まで笑ってしまった。
「どうしたんだ」
「だって……」
大好きな人に愛されて、傍にいられて、触れられるなんて、こんなにも幸せなことがあるだろうか。
囁きごと唇で塞がれれば、忍びこんできた柔らかな熱に舌を絡め取られる。
奪うのではなく、戯れるように。
唇の弾力を味わい、顔の角度を変えながら幾度も触れては離れるのを繰り返す。
欲望をぶつけるのではなく、愛しさを伝えようとするくちづけは何処までも甘く、どれだけ交わしても足りないような気がした。
掌は自然と互いの身体を抱き締め、探り、その肌に直接触れようとする。
さっき着たばかりのパジャマのボタンに指が掛かり、ひとつひとつゆっくりと外されていく。
少しずつ距離が縮まっていく時間をも楽しみたいから、その動作は酷くもったいぶっていた。
「は、ぁ……」
鼓動が速くなり、くちづけの合間に漏らす吐息も次第に熱を帯びてくる。
毎日毎日数え切れないほどキスをして抱き合っているのに、それでも毎回容易く高ぶってしまう自分が克哉は少しだけ恥ずかしかった。
そんな自分を御堂はどう思っているのだろうかと気になって薄く目を開けてみれば、不意に御堂も目を開けたので至近距離で見つめあうことになってしまった。
「あ……」
「だから、どうしたんだ?」
「いえ、その……」
孝典さんのことが好きすぎて―――。
小声で白状すれば「なんだ、それは」とクスクス笑われて、克哉はますます恥ずかしくなって顔を赤くする。
御堂は笑ったまま、肌蹴た克哉の胸元に手を滑り込ませた。
「あっ……」
指の腹が胸の尖りを掠めて、それだけで身体の奥がせつなく疼く。
何処が弱いかなんて知られ尽くしているから、あとはただ御堂の愛撫に身を任せるだけだった。
摘まれ、押し潰されて固くなっていくその場所から、じわりと全身に広がっていく快感。
気持ちがいいと言葉で伝えるよりも、克哉はくちづけで教えることにした。
「は……ぁ……孝典、さん……」
もっと強くしてほしいと強請るように、幾度も御堂の唇にくちづける。
求めに応じて御堂が少しきつく爪を立てると、びくんと克哉の身体が跳ねた。
その反応に気を良くした御堂は身体をずらすと、その赤く熟れた粒に吸いつく。
「あ、あぁっ……!」
胸に御堂の頭を抱えながら、克哉は堪え切れずに声を上げた。
舌の熱と滑りと吐息のくすぐったさとに身悶える。
時折立てられる歯の微かな痛みさえ快楽になって、克哉はびくびくと身体を震わせた。
(なんだか今日はいつも以上に敏感になっているかもしれない)
やはり忙しかった所為なのだろうか。
やがて身体を押されて仰向けにされると、御堂が覆い被さってくる。
互いにパジャマを脱がせあって素肌を晒し、改めて抱き締め合う。
その重みと熱はいつでも克哉を安心させてくれた。
暖かいを通り越して、熱いほどの肌。
息が苦しくなるぐらいきつく抱き締め合えば、また幸せを実感して克哉は深く息を吐いた。
「孝典さん……」
恍惚として呟くと、御堂もまた耳元に返してくれる。
「克哉」
その声に含まれた甘い響きだけで、腰の辺りが重くなる。
頭の中がぼうっとしてきて、ただ早く御堂が欲しくて堪らなくなっていく。
「孝典さん……好き……」
ほとんど無意識に零れる言葉は、それ以外考えられなくなっていることを示していた。
早く御堂と繋がりたい。
無我夢中になって、求め、求められたい。
腰を揺らしてそれを訴えれば、御堂の掌が克哉の下肢に伸ばされる。
けれど、すぐには望む刺激を与えられない。
御堂の指は太腿の内側から付け根の辺りを幾度も撫で、腰骨の形を緩くなぞる。
克哉が焦れて次第に身をくねらせていくのを楽しんでいるらしい。
堪らず克哉も御堂の下肢に手を伸ばせば、御堂のものもとうに熱くなっている。
詰るように見上げると、目が合った御堂がにやりと笑った。
「孝典さん……っ」
その意地の悪い笑みを見た瞬間、克哉は思わず御堂の手を掴んでいた。
そして誘うような眼差しを向けたまま、その手を自らの屹立に導く。
「意地悪……しないで、ください……」
「君は焦らされるのが好きなんだと思っていたが?」
「そ、それは……」
確かに嫌いではないけれど、御堂だって随分と我慢しているように見える。
まだ履いたままの下着の上からでも、その形はくっきりと浮かび上がっていた。
当然克哉も状況は同じで、やがて克哉が導いた御堂の手は克哉の下着を脱がし、既に先端の濡れたそれを柔らかく握り込む。
その刺激に克哉は熱い息を吐いた。
「あ、んっ……!」
「克哉……」
手を動かさればすぐに固さは増して、雫は次々と溢れ出す。
克哉も御堂の下着の中に手を入れようとすると、御堂は自らそれを脱いで下肢を露わにした。
そのまま覆い被さられると固くなった熱同士が触れて、かあっと頭に血が上る。
「ん、うっ……」
快感に跳ね上がった足が御堂に絡まる。
その足を御堂が抱え上げ、指先が克哉の後孔に触れようとした、そのとき―――。
「……あっ!」
突然、克哉が素の声を上げる。
いきなりのことに驚いて御堂も寸前で手を止めた。
「……どうしたんだ?」
「あ、あの、すみません。忘れてました……」
「なにを」
「孝典さん……明日、早朝会議でしたよね」
「……っ」
その言葉に御堂はがっかりして、大きな溜息をつく。
「それはそうだが……今、この状況で言わなければならないことなのか?」
「だ、だって! そういういときは、その、しないって決めたじゃないですか……」
翌日の仕事に差し障りそうな日には、挿入を伴うセックスはしない。
ともすればすぐ快楽に流されてしまうことを気にした克哉が言い出して、二人で決めたことだった。
この期に及んで、克哉はその約束を思い出してしまったらしい。
しかし、ここまできてそれを言われても御堂とて簡単には納得出来なかった。
「確かに決めたな。だが、そこまで厳守しなくてもいいんじゃないか?」
「でも、そうしないと結局うやむやになってしまいそうで……。決めたことですし……」
「……」
約束をしたのは事実だ。
克哉の提案はあくまで互いの身体を思いやることから生まれたものだし、今夜がそのルールに当てはまるものであることも理解出来る。
それでも御堂は腑に落ちないと言いたげに眉間に皺を寄せた。
そしてやや乱暴とも思える強さで、いきなり克哉の屹立を握る。
「あっ……!」
不意打ちの強い刺激に克哉が背中を反らす。
御堂は濡れた先端を押し潰すように指を動かして、わざと卑猥な水音を立てて克哉に聞かせた。
「こんなにしているくせに、本当にここでやめられるのか?」
「で、でも……決めた、こと、ですから……」
「それは誰の為のルールだ? このままでは君も私も苦しいだけじゃないか?」
「だけど……」
克哉が身をくねらせる様子は快感の所為にも見えるし、御堂の手から逃れようとしているようにも見える。
克哉の頑固さをよく知っている御堂も、さすがに苛立ちを隠せなくなってきた。
「君は……」
呟きとともに御堂は再び克哉の両足を担ぎ上げると、そこを大きく開かせた。
咄嗟に克哉は抵抗して足をばたつかせる。
「やっ……! 孝典さん! ダメッ……」
「うるさい」
冷たい声で言い放つと、御堂は自身の先端を克哉の後孔に押し付けた。
克哉はそれでもまだ抵抗を止めない。
「孝典さん、ダメ……孝典さん……!」
「っ……」
しかし御堂のものは少しずつ克哉の中に埋められていく。
嫌だと言い続ける克哉の後孔もまた、御堂を締めつけ、飲み込んでいく。
繋がってしまう。
ひとつになってしまう。
後ろめたさと期待が綯い交ぜになって、克哉を襲う。
「あっ……あ……ぁ……」
「くッ……」
「あぁっ……!」
最後は一気に貫かれた。
そのまま御堂は激しく克哉に腰を打ちつけはじめる。
急激に訪れた律動に翻弄されながら、克哉は喘いだ。
「あっ……ダメ……あ、ああっ……」
「本当に、ダメなのか……? 気持ちがいいのではないのか?」
「う、あぁ……」
「……克哉。どうなんだ?」
突き上げ、揺さぶりながら、弾む呼吸の合間に御堂が問い詰める。
内壁を擦り上げる熱と、奥を突かれるたびに全身を駆け抜ける痺れるような感覚。
頭の中まで蕩けそうなそれは、隠しようもない快感だった。
「孝典、さん……気持ち……いい……」
「克哉……」
「いいっ……」
とうとう本音を零して、克哉も自ら腰を揺らす。
しっかりと御堂の下肢に足を絡め、もっと奥へ来てほしいと強請った。
「孝典さん……孝典さん……好き……」
「克哉……」
身体の奥で、また少し大きくなった御堂のものが脈打っているのを感じる。
克哉の中はすっかり御堂の形を覚えてしまっていた。
繋がっているのはほんの一部分なのに、全てが溶け合っているように錯覚してしまう。
溶けて、混ざり合って、ひとつになれそうな。
そして、もう少しで果てる。
昇りつめてしまう。
ここまでくると、もう何も考えられなくなる。
身も心も御堂で満たされて、支配される瞬間がくる。
「あ……もう、ダメ……」
「克哉……」
「ああっ……イ、く……ッ……は、あぁっ……あッ―――!!」
「……すまな、い……ッ……克哉……!」
克哉の屹立から白濁した精が飛び散る。
全身が緊張し、きつく締め付けられて、御堂もまた克哉の中に欲望を注ぎ込んだ。
幾度も腰が震え、全てを残らず放ってしまった身体がゆっくりと弛緩する。
やがて御堂の身体は崩れ落ち、そのまま克哉の上に倒れ込んだ。
「孝典さん……?」
「……」
しばらくしてから克哉は、首筋に顔を埋めたまま動かない御堂に声を掛けた。
さっき御堂に謝られたような気がして、克哉はその理由を確かめたかったのだ。
克哉は御堂をあやすように背中を撫でる。
「孝典さん、どうしたんですか……?」
「……すまなかった」
やはり御堂は謝る。
訳が分からずに克哉は慌てた。
「どうして謝るんですか? さっきも謝ってましたよね?」
「約束を守れなかったからだ」
「あ……」
確かに御堂は二人で決めたルールを破った。
けれど、流されてしまったことはお互い様だ。
それに御堂が言った「誰の為のルールだ?」という言葉が、克哉の心に深く残っていた。
互いの為に決めたはずのルールが、互いを苦しめては意味が無いはず。
そのことに考えが至っていなかった。
「孝典さんが謝ることなんてありません。そもそもオレが勝手に言い出したことですし……」
本心では御堂は反対だったのかもしれない。
そう思って克哉が言うと、御堂が首を振った。
「……そうじゃないんだ」
御堂はいつになく躊躇いがちな口調になって言う。
「今夜はどうしても君が欲しかった……。君の中に入りたくて、我慢出来なかったんだ。だから、あんな強引な態度まで取ってしまって……すまない」
「孝典さん……」
克哉は驚き、戸惑う。
どうしよう。
嬉しい。
物凄く嬉しい。
そんな風に御堂が自分を求めてくれたことが嬉しくて堪らない。
我慢出来なくて、自制出来なくなって、余裕無く流されてしまうのは自分ばかりだと思っていたから。
「孝典さん……!」
克哉はぎゅっと御堂を抱き締めた。
今度は御堂が慌てる。
「な、なんだ。苦しいんだが」
「だって……オレ、嬉しいんです。孝典さんがそこまでオレのこと……」
「……何を言っているんだ、君は」
照れているのか、御堂はぶっきらぼうに諌める。
それから無理矢理身体を離すと、克哉の横に寝転んだ。
「とにかく、約束を守れなかったことは謝る。だが、これからはもう少し……」
「そうですね。オレも意地を張りすぎるのはやめるようにします」
先回りして克哉が答えると、御堂も少しほっとしたようにようやく笑った。
「そうだ。君は少し頑固すぎる。そもそも君があまりに可愛らしいことを言うから、私が我慢出来なくなったんだ」
「オレ、何か言いましたっけ?」
「……覚えていないのなら、別にいい」
「ええっ?! 知りたいです! オレ、何を言いましたか?」
「さあな。知りたければ、頑張って思い出したまえ」
「うう……そんな……」
克哉がしょんぼりすると、御堂が笑いながら顔を寄せてくる。
そして克哉の耳元でこっそりと囁いた。
―――どうやら私も君を好きすぎるようだ。
その言葉に克哉は自分の言ったことを思い出す。
嬉しくて、恥ずかしくて、でもやっぱり幸せで、微笑み合いながらキスを交わした。
いつでも、いつまでも、大好きでいられるように。
その為に努力することが、一番大切な二人のルールだから。
それが分かった今夜は、きっとぐっすり眠れる気がした。
- end -
2013.09.29
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