Classical

re - LOVE

食事を終えて店を出ると、アルコールで火照った頬を冷たい風が打つ。
克哉はコートの前を合わせながら、隣りに立つ御堂に小さく頭を下げた。
「今日は、ご馳走様でした。すごく美味しかったです」
「ああ。君が喜んでくれたのなら、それでいい」
嬉しそうに微笑む克哉を見て、御堂が満足げに答える。
克哉の誕生日を祝う為、吟味に吟味を重ねて選んだ店なのだから当然だ、とでも言いたいのだろう。
そしてそのまま二人は身を寄せ合って、大晦日の街を歩き出した。
「……今年も、あと三時間で終わりですね」
ビルに取り付けられた電光掲示板の時計を見上げながら、克哉が呟く。
振り返れば、あっという間だった。
きっと今年も変わり映えのしない一年になるだろうと思っていたのに、まさかこんなことになるとは誰が予想出来ただろう。
あの不思議な男に眼鏡を渡された瞬間から、克哉の人生は大きく変わった。
いや、眼鏡の所為だけじゃない。
御堂に出会えたから。
御堂の存在があったからこそ、自分は変われたのだと克哉は思っていた。
「一生、忘れられない年になりました」
「……そうだな」
今年一年のことを思い返して、幸せそうに言った克哉の言葉に対して、御堂は酷く暗い声で答える。
それを聞いた克哉は、ふと隣りを見た。
白い息を吐く御堂の横顔は、何処か憂鬱な翳りを帯びている。
「御堂……さん?」
自分は何か、マズイことを言ってしまったのだろうか。
克哉は不安になって、御堂に声を掛けた。
「……まだ……」
「えっ?」
何かを呟いて、御堂が足を止める。
そして心配そうな表情を浮かべている克哉に向かって、珍しく躊躇いがちに言った。
「君と行きたい場所がある。……少し、いいか?」
「はっ、はい」
なんとなく、胸がざわめく。
御堂が自分を何処へ連れて行こうとしているのかは分からなかったけれど、しかし克哉がそれを拒否するはずもなかった。

タクシーを降りた瞬間、克哉は息を飲む。
いざその場所に辿り着いてみると、さすがに戸惑いを隠せなかった。
「御堂さん……ここ……」
「やはり、嫌か?」
「い、いえ……嫌、というわけではないんですけど……」
克哉は目の前にそびえる建物を見上げる。
それは以前、御堂との<接待>の為に訪れていたホテルだった。
御堂と付き合い始めてから、この場所に足を運んだことは一度も無い。
お互いの気持ちを考えれば、来られるはずがなかった。
「……部屋は取ってある。だが、どうしても気が進まないというのなら、無理強いはしない。どうする?」
「あの……」
何故、御堂は今更ここへ来ようと思ったのだろう。
それも、克哉の誕生日であるこんな日に。
克哉が当然戸惑うであろうことも、御堂には分かっていたはずだ。
克哉はその意図を推し量ろうとして、御堂を見つめる。
眉根を寄せて克哉の返事を待っている御堂の顔は、何かの痛みを堪えているかのように見えた。
(……そうか)
この場所が辛く感じるのは、きっと御堂も同じこと。
それに気づいた克哉は、御堂の真意を知りたいと思った。
辛くても尚、克哉と二人で再びここに来ようと思った、その意味を。
「……オレ、大丈夫ですよ。行きましょう、御堂さん」
笑顔で答えた克哉に、御堂は僅かに安堵の色を示した。

久し振りに訪れたその部屋は、当時と少しも変わっていなかった。
御堂は窓際に立つと、カーテンを開け、夜景を見下ろす。
「……綺麗ですね」
克哉もまた、その隣りに立って呟く。
あの頃はここから、景色を楽しむような心の余裕は無かった。
「この部屋から、こんなに綺麗な夜景が見られるなんて、知りませんでした」
「……そうだろうな」
何気無く言った一言が、御堂の顔を曇らせてしまったことに気づいて、克哉は慌てる。
「あっ、あの」
「いや、分かっている。ここでは、嫌な想いばかりさせていたからな」
「いえ、そんなことは……」
確かに、あの時は辛かった。
惨めで、悔しくて、情けなかった。
けれどそんな想いをすることになった原因は、御堂にばかりあるわけではない。
元はと言えば、あの眼鏡に頼ってしまった自分の弱さの所為でもあるのだ。
それにここで起きたことは、嫌な思い出ばかりでもない。
だから克哉は、もう御堂に気に病んだりしてほしくなかった。
そう思っているのに、上手く言葉が出てこなくて口篭っている克哉から、御堂はそっと目を逸らした。
「……私には、今でもよく分からない。何故、君にあんなことをしたのか。何故、あんなにも君に執着したのか。 いつから私は、君に囚われていたのか……」
「御堂、さん……」
それは、お互い様だった。
克哉自身、自分がこんな気持ちになるなど夢にも思わなかったのだから。
御堂を恨むどころか、こんなにも好きになってしまうなんて。
御堂は窓の外に向けていた視線を、克哉に戻す。
その真剣な眼差しに、克哉の胸は鈍い痛みを覚えた。
「君には一度、きちんと謝罪をしなければならないと思っていた」
「そんな……! そんな、やめてください」
今にも頭を下げそうな御堂の腕に、克哉は必死で縋りつく。
御堂が自分をここに連れてきた意味が、漸く分かったような気がした。
こんな日だから。
克哉の誕生日で、明日から新しい年が始まる、こんな日だからこそ、御堂はもう一度ここに来ようと思ったのだろう。
あの時のことが、二人の間で話題に上ることは今まで無かった。
寧ろ、意識的に避けてきたと言ってもいい。
御堂は自分の中に残る蟠りに決着をつけたくて、それには何であれ、きっかけが必要だった。
克哉の誕生日という、きっかけが。
御堂はカーテンから手を離すと、改めて克哉の方に向き直る。
「……いや。やはり、謝らせてほしい。あの時は、本当に……―――!」
しかし御堂が発しようとした言葉は、克哉からのくちづけによって遮られてしまう。
克哉は御堂の首に手を回し、甘えるように舌を差し出した。
戸惑っている御堂の舌を絡め取り、吸い上げる。
もう、何も言わないで欲しいとでもいうように。
「……お願いです。謝ったり……しないで、ください」
唇が離れると、克哉は僅かに声を震わせながら言った。
「オレは、あの時のことを忘れたいとか、無かったことにしたいとか、思ったことはありません。 あれはきっと……オレとあなたにとって、必要な出来事だったんだと思っています」
「必要……?」
聞き返されて、克哉は小さく頷く。
「オレはずっと、変わりたいと思っていました。でも、変われるはずがないとも思っていました。 あなたはそんなオレの中から、オレさえ知らなかったオレ自身を引きずり出して、見せてくれた……。 あれぐらいされなかったら、きっとオレは今でも変われずにいたと思うんです」
「克哉……」
克哉は笑みを浮かべていたが、御堂はまだ納得がいっていない様子だった。
眉間に皺を作って、克哉のことをじっと見つめている。
きっと今でも御堂にとって、克哉の考えは理解し難いものなのだろう。
常に自信に溢れ、他人に対して高慢ともいえる態度を取ってきた御堂に、 あれほどの辱めを受けて尚、それは自分にとって必要なことだったのだと言い切る克哉の気持ちが、分かるはずも無い。
しかも、そんな相手に好意まで寄せるなど尚更だ。
御堂の戸惑いを察して、克哉は御堂の頬におずおずと手を伸ばした。
「それに、あの時……あなたもオレを、求めていてくれたんですよね……?」
「……」
御堂が言葉に詰まる。
そんな御堂が、克哉には愛しくて堪らない。
表立って優しい言葉を吐いてくれたりするような人ではないけれど、それでもこの人は誰よりも自分を愛してくれている。
二人で過ごす時間が増えれば増えるほどに、克哉はそれを実感していた。
「オレは、嬉しかったんです。どんな形であれ、あなたがオレに執着してくれたことが……。 だから、もう謝ったりしないでください。オレは、そんなこと望んでいません。それよりも……」
「……それよりも?」
「あの……」
克哉はちょっと口篭って、それから御堂の肩に額を押し付けた。
顔を見られるのが、恥ずかしかった。
「それよりも……もう一度、オレを抱いてほしいです。この部屋で……」
克哉の赤く染まった首筋を見つめながら、御堂が小さく笑う。
この一見控えめすぎる恋人は、いつもこうして自分を最大限に翻弄してくるのだ。
そのことに全く気づいていない克哉を、御堂は時々忌々しくさえ思う。
思いながらも、囚われていく快感に抗えない。
御堂は克哉の腰をぐいと抱き寄せ、その色素の薄い髪に顔を埋めながら囁いた。
「……勿論、そのつもりだった」
「御堂さん……」
顔を上げ、蕩けるように笑んだ克哉にくちづけながら、御堂は克哉の服に手を掛けた。

立てた両膝が、がくがくと震える。
ともすれば閉じようとするそれは、御堂の手によってしっかりと押さえつけられていた。
「あっ……みど、う……さん…ッ」
克哉は両脚の間にある御堂の髪を、無意識に掻き回しながら喘ぐ。
熱く濡れた御堂の口内に含まれた克哉自身は、今にも弾けてしまいそうなほどに脈打っていた。
御堂が顔を動かすたびに卑猥な水音が響き、克哉の羞恥を煽る。
先端を舌で突付かれ、大きく腰が跳ねた。
「やッ……! ダメ、です……もう、離して……っ」
解放が近づいてくる気配に、克哉は慌てて御堂の頭を押し退けようとする。
しかし御堂は意に介さず、尚更深くその亀裂を舌先で抉った。
「や、ぁっ……あぁぁッ……!」
克哉の背が白いシーツを離れ、弓なりに反り返る。
高く突き出された中心は震え、白濁した欲望が御堂の口内に溢れ出た。
幾度も吐き出されるそれを、御堂は躊躇いなく嚥下していく。
克哉は絶頂の余韻に全身を細かく震わせたまま、ようやく顔を上げた御堂を見下ろしていた。
「ごめ……なさい……御堂、さん……」
口に出してしまったことが余程申し訳ないのか、それとも快感が強すぎたのか、克哉は涙を浮かべながら言う。
御堂は身体を移動させると、克哉の上気した頬にくちづけた。
「気にすることはない。何度でも、イかせてやる」
「……っ」
囁きにさえ感じてしまうのか、克哉は小さく息を飲む。
その緩く開かれた唇の隙間に、御堂は自分の指先を差し入れた。
「んっ……」
歯列をなぞる指を招き入れるかのように、克哉は口を開け、舌でそれに触れる。
ゆっくりと奥へ進んでいく指先に軽く歯を立て、唇を窄ませた。
もっと欲しいと言わんばかりに、御堂の手首を両手で掴み、指をしゃぶる。
「……ぅ……ん…っ……」
克哉はうっとりと目を細めながら、蠢く指に舌を絡ませる。
その恍惚とした表情を見て、御堂は薄い笑みを浮かべた。
「……いやらしい顔だな。私の指が、そんなに美味しいのか?」
「ん……ふ………」
「そんな顔、私以外の誰にも見せるんじゃないぞ」
「う……」
御堂の指を咥えたまま、克哉は何度も小さく頷く。
解放したばかりの下肢は、早くも熱を取り戻し始めていた。
「んっ……ん……」
克哉は強請るように、御堂の足に自分の足を絡める。
互いの中心が触れ合い、克哉はますます腰を突き出した。
御堂の硬い屹立が、克哉のものを刺激する。
早く、御堂が欲しい。
克哉は全身でそれを訴えていた。
「克哉……」
御堂が、指を抜く。
そして唾液で濡れそぼったそれで、克哉の後孔にそっと触れた。
「あっ……!」
その感触に克哉は喉をひくつかせ、短く声を上げる。
しかし指先は周辺を撫でるばかりで、それ以上進もうとはしない。
「みど…さん……」
克哉は震えながら、御堂の胸に縋りつく。
もどかしさに、涙が滲む。
そんな克哉を、御堂は何処かせつなげな表情で見つめていた。
「克哉……本当に、私が欲しいか?」
「は、い……」
「これからも、私は君を苛めてしまうだろう……それでも?」
「はい……それ、でも……」
克哉は苦しげに息を吐きながら、それでも微笑みを浮かべて答える。
「あなたを……愛して、います……」
「克哉……」
御堂の指先が、窄まりに埋められる。
中の熱さを確認するかのように、指の腹が内壁を擦りあげていく。
「はっ……あ……んんっ……」
御堂の腕の中で、克哉はぴくぴくと身体を痙攣させた。
指が踊るように蠢き、ある一点に触れる。
「あッ! ああっ!!」
克哉が嬌声を上げる。
先端からはだらだらと蜜が溢れ、御堂の太腿を濡らした。
「ダ、ダメ、です……また、……」
「……何度でも、イかせてやると言ったろう?」
「嫌……孝典、さん……孝典さんが、ほし……」
「……克哉」
零れそうになっている涙に、御堂が唇を寄せて吸い上げる。
今日は優しく抱いてやろうと思っていたのに、克哉を見ているとつい焦らしたくなる。
しかし、そろそろ御堂も限界だった。
御堂は指を抜いて起き上がると、克哉の両脚を膝裏から抱える。
そして剥き出しにされた後孔に、自分の欲望を突き立てた。
「う…あぁっ……!」
息をつく間も無く、ぐうっと屹立を押し込められる。
その熱さと質量に、克哉は目眩を覚えた。
こじ開けられたのは身体だけじゃなかったのだと、今ならはっきりと分かる。
確かに、始まり方は歪つだったかもしれない。
それでも今、こうして繋がっていることが、こんなにも嬉しい。
だからきっと、全ては必然だったはず。
克哉はそう思っていた。
「孝典、さん……あぁッ!」
御堂に感じる場所を突き上げられ、克哉は堪らず喉を見せる。
「……ここが…いい、のか……?」
「はっ…ぁ、ソコ……いいッ……気持ち、いい……」
「……っ…」
御堂は腰をグラインドさせ、克哉の中を掻き回す。
乱れていく呼吸に、肌が汗ばむ。
克哉はきつくシーツを握り締め、御堂に合わせて自らも腰を揺らした。
もう、何も考えられない。
律動は激しさを増し、身体はただ上り詰めることだけを求めていた。
「孝典、さ……」
「克哉……」
御堂が身体を倒し、克哉に覆い被さる。
突き上げられながら唇を奪われ、克哉は御堂の背中を掻き抱いた。
「んっ、……っ…う……」
硬い腹で擦られている中心が、解放を訴えだす。
克哉は御堂の舌をきつく吸い上げながら、御堂の腰に足を絡ませ、更に奥へと招き寄せる。
御堂がそれに応えて最奥を突いた瞬間、克哉は御堂の背中に爪を立てた。
「う、んんッ―――!!」
克哉の全身が強張り、爪先が反り返る。
同時に互いの間に挟まれた中心から、二度目の精が迸った。
放つたびにびくびくと痙攣する克哉の中で、御堂も欲望を解放する。
「……う……ッ…」
全身を貫く快感に、御堂が掠れた呻き声を上げる。
くちづけを交わしたまま、二人の身体が幾度も震える。
射精を終えてからもしばらく、その唇が離れることはなかった。
「……克哉………」
息を弾ませながら、御堂は克哉の濡れた前髪を掻き分けてやる。
それから汗ばんだ赤い頬を愛しげに撫で、これまでにないほど優しく微笑んだ。
「……これで、ようやく言える」
「え……?」
御堂は克哉に触れるだけのキスをしてから、囁く。
「誕生日おめでとう、克哉。君に出会えて、本当に良かった」
「御堂さん……」
そういえば食事のときにも乾杯をしただけで、その言葉はまだ言われていなかった。
あの時のことを詫びてからではないと、言えないとでも思っていたのかもしれない。
そんな御堂の気持ちが嬉しくて、克哉は御堂の背中を引き寄せる。
二人は抱き締めあい、幾度も唇を重ねた。

気がつけば、今年ももう残り僅か五分になっていた。
もうすぐ、新しい年が始まる。
克哉は御堂の腕の中で、その裸の胸に頬を押し付けながら、ふと呟いた。
「……御堂さん」
「なんだ?」
「オレ、明日の朝はオムレツが食べたいです」
「……オムレツ?」
「はい。ルームサービスのオムレツ。すごく、美味しかったので」
「……」
克哉がそっと顔を上げて見ると、御堂はなんともバツの悪そうな表情をしている。
てっきりもう忘れているかと思ったのだが、自分のしたことはちゃんと覚えていたらしい。
「……そんなくだらないことまで、覚えている必要は無い」
怒ったように言う御堂が可笑しくて、克哉は思わず噴き出しそうになるのをなんとか堪えた。
「くだらなくなんかないです。オレには、大切な思い出ですから」
「……フン」
本当のことを言ったのに、御堂は鼻を鳴らして僅かに顔を背けてしまう。
克哉はたまらず身を乗り出して、その頬にキスをした。
それでも機嫌が直らないのか、御堂はじろりと横目で克哉を睨む。
「……君は、よほど私に苛められたいようだな」
「え、えっ?」
そんなつもりは、と反論する隙さえ与えられず、克哉は御堂に圧し掛かられてしまう。
御堂はうろたえる克哉を見下ろしながら、喉の奥で笑った。
「安心しろ。君の期待には、今後も充分応えるつもりがある」
「期待って……」
「ああ、0時を過ぎたようだぞ」
「えっ?」
御堂の視線の先にある時計を克哉も見ようとして、首を捻る。
その途端、今度は御堂が克哉の頬にキスを落とした。
「みっ、御堂さん」
「明けましておめでとう。今年も、よろしく頼む」
「は、はあ……こちらこそ……」
なんだか間の抜けたやりとりに、少し間があって、それから互いにクスリと笑いあう。
きっと今年も、幸せな一年になるだろう。
そう二人は確信しながら、今年最初のキスを交わした。

- end -
2008.01.21



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