Classical

LOVE LETTER

午後一で御堂に呼ばれて執務室を訪れると、午前中に提出したばかりの資料の束を突き返された。
「すまないが、さきほど大幅に修正が入った。修正箇所には私が赤入れをしたから、それをもとに作り直してくれ」
「かしこまりました」
この程度のことは珍しくもないので、克哉はただ頷いて資料を受け取る。
「何時までに出来る」
「そうですね……」
修正箇所がどれぐらいあるのかを確認するために、克哉は資料をパラパラと捲った。
ざっと見ただけでもかなりの量だったが、御堂の口調からは可能な限り急いでほしいという気持ちが感じられた。
克哉は既に入っている予定と合わせて、頭の中で即座にスケジュールを組み直す。
「このあと営業企画部の安井さんと打ち合わせがありますので、それが終わってからになりますが……。遅くとも3時半までには仕上げられると思います。それで大丈夫でしょうか?」
「問題無い。では、宜しく頼む」
「はい、かしこまりました」
やや安堵を滲ませた御堂に軽く微笑みながら、頭を下げる。
それから克哉は資料にびっしりと書き込まれた赤いボールペンの文字を改めて目で追った。
数値の訂正から、分析項目の追加、企画内容の微細な変更……。
それらは普通ならば面倒としか思えないはずのものだった。
それなのに資料を見つめている克哉の口元がいつまでも僅かに緩んでいるのを、御堂が見逃すはずもなかった。
「……どうした? 何かおかしなことでも書いてあったか?」
「えっ?! い、いえ、そんなことは……」
「だが、なにやら笑っているように見えたが」
「それは……」
訝しげに尋ねられ、途端に克哉は顔を赤くしながらもごもごと言い訳をする。
「その……オレ、御堂さんの字が好きなので、つい」
「私の字が?」
「はい」
真面目で几帳面な御堂の性格が表れた、とても綺麗な字だと思う。
けれどただ綺麗なだけではなく、よく見るとところどころ独特な癖があった。
漢字とカタカナはシャープなのに、ひらがなは少し丸みを帯びることとか、数字の2がなんとなくカッコイイとか、それはひどく些細なものではあったけれど、きっと自分ならばそれが御堂の字だとすぐに判別出来るだろう自信が克哉にはあった。
「最近は、直筆の字を見る機会も少ないので貴重だなと思って」
「確かにそうかもしれないが……それは殴り書きのようなものだぞ?」
「それでも、です」
「……そうか」
御堂は少しばかり気恥ずかしそうに呟く。
それから甘くなりかけた空気を打ち消すように、わざと軽く咳払いをした。
「ところで、時間は大丈夫なのか?」
「あっ」
その指摘で我に返った克哉は慌てて頭を下げる。
すみません、失礼致します!と言いながら急いで執務室を出て行く克哉の後ろ姿を、御堂は苦笑混じりに見送った。

営業企画部の安井は、例え話が多いせいで話が無駄に長くなる―――。
そう周りから聞かされていたとおり、予定よりもだいぶ長引いてしまった打ち合わせをようやく終えてオフィスに戻ると、デスクにいた藤田が声を掛けてきた。
「佐伯さん、お帰りなさい。お疲れ様でした」
「うん。ただいま」
克哉は答えながら、藤田の隣りの席に荷物を置く。
いよいよ御堂に頼まれた資料の修正に取り掛からなければならなかった。
約束した時刻まで、あと一時間。
少し急がなければならなくなったものの、出来ないことはない時間だ。
克哉がパソコンを起動させたところで、隣りから藤田が二つ折りにされたメモのようなものを差し出してきた。
「そうだ、佐伯さん。これ、さっき御堂部長から預かりました。佐伯さん宛てだそうです」
「ありがとう。御堂さんは?」
「ラボに行ってくるそうです。3時半までには戻るって言ってましたよ」
「そうなんだ」
話しながら克哉は、そのメモ用紙を開く。
もしや追加の修正でも出たのかと思ったけれど、そこに書かれていたのはたった3行の短い文章のみだった。

ラボに行ってくる。
3時半までには戻る。
資料の件、宜しく頼む。

そして右隅にT.Midoと綺麗な筆記体でサインが入っていた。
克哉はそれを見てしばらくぽかんとしたあと、堪えきれず吹き出した。
「え、どうしたんですか? 何が書いてあったんですか?」
「ああ、いや……」
書かれていた内容は、たった今藤田から聞かされたのと全く同じことだった。
そうでなくても、いつもならばこの程度の用件は伝言かメールで済ませているはず。
要するに、わざわざメモにする必要などないのだ。
それをこうして文字にしてまで渡してきた理由は、間違いなく数時間前のやり取りがあったせいだろう。
(孝典さんってば……)
御堂の字が好きだと克哉が言ったから。
最近は直筆の字を見る機会が少ないので貴重だと言ったから。
(ああ、ほんと……)
御堂のこういうところが大好きだ、と思う。
真面目で、優しくて、意外と茶目っ気があって。
毎日毎日言葉や行動で、自分はこの人に心から愛されているのだと実感させてくれる。
克哉は今すぐこの場で御堂に抱き付いてキス出来ないことが、もどかしくて堪らなかった。
「なんですか、佐伯さん、ニヤニヤして~。俺にも見せてくださいよ」
「うーん、ごめん。これはちょっと見せられないかな」
「えーっ! あやしい! ますます気になるじゃないですかー!」
「あはは」
強引に覗き込もうとする藤田からメモを隠して、克哉は笑う。
御堂にもらったこれは自分にとってはラブレターのようなものだ。
他の誰にも見せたくはない。

今夜、家に帰ったら自分も何かを書いて渡そうか。
もしもラブレターを書いたなら、御堂は返事をくれるだろうか。
そんなことを考えながら、克哉はメモを大切に畳んでスーツのポケットに仕舞い込んだ。

- end -
2019.04.10



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