Classical

レッスン

御堂の部屋の前で、克哉は僅かに緊張した面持ちで立ち尽くしていた。
ここに来るのは勿論初めてではない。
それどころか最近では自分のアパートで過ごすよりも、こちらに居る時間の方が長いぐらいだ。
御堂と恋人になって早一ヶ月、週末は勿論のこと、平日でも仕事が早く終わった日には大抵ここに来ている。
いや、仕事が早く終わらない日でも……どれだけ遅くなっても構わないから、どんなに僅かな時間でもいいから会いたいと思ってしまうせいで、二人で過ごす時間はどんどん増えていった。
仕事帰りに待ち合わせをして、外で一緒に食事をして、けれど結局それだけでは我慢出来ず、最後にはどうしても二人きりになりたくなってここに辿り着いてしまう。
それならせめて今日は泊まらずに帰ろうと思うのだけれど、一旦部屋に上がってしまえばますます離れがたくなるだけで、気付けば御堂の腕の中で迎える朝を繰り返すばかりだった。
それでもやはり着替えや郵便物のことなどもあってアパートにまったく帰らないというわけにもいかず、克哉は頻繁に自宅と御堂の部屋とを行き来していた。
もちろん、それを億劫に感じたことなど一度も無い。
寧ろ落ち着きなくたびたび出入りすることを、御堂に申し訳ないとさえ思っていた。

そして今日もまた、克哉はアパートから御堂の部屋にやってきたところだった。
手にしているバッグの中には数日分の着替えと、月曜日の出勤時に持っていかなければならない仕事の資料が入っている。
いつもならば御堂が車で迎えに来てくれるのだが、今週はあえてそれを断った。
土曜日の午前中に実家から荷物が届くこと、幾らあの部屋で過ごす時間が減ったとはいえ、そろそろ掃除をしたり布団を干したりもしたいこと。
あれこれと理由をつけて、この週末は自分の足で御堂のマンションへ行くことにさせてもらったのだった。
(御堂さん、待ってるかな……)
克哉は腕時計をちらりと見る。
時刻は既に二時を回っていた。
本当はもっと早くここに来ることも出来たのに、精一杯時間を稼いだ結果がこれだった。
御堂の迎えを断った数々の理由は決して嘘ではなかったけれど、それが全てというわけでもなかった。
ここに来る時間を少し減らしたほうがいいと思ったのだ。
違う、減らさなければいけないのだと思った。
それなのに月曜日の朝、ここから直接仕事に行けるよう準備をしてきているなど酷く矛盾しているのだけれど。
(……よし)
今日こそはと気を引き締める。
克哉は短く息を吐くと、ドアノブの上部にあるカードリーダーにキーをかざした。
合い鍵を使うことにはまだ少し抵抗があったけれど、さっき連絡を入れたときにこれで勝手に入ってくるよう御堂から指示されていた。
ドアの向こうから微かな金属音がして、鍵が開く。
おずおずとドアを開け、そっと中を覗き込んだ。
「……あのー……っ?!」
驚いた。
開いたドアのすぐ目の前に御堂が立っている。
しかも腕を組み、眉間に皺を寄せ、明らかに怒っている様子で。
「あ、あの、御堂さん……?」
「遅い」
低い声でぴしゃりと言い放たれ、克哉は怯えたように身を縮ませる。
しかし御堂が怒るのも無理はなかった。
あと十分ぐらいで着きますと克哉が連絡を入れてから、ゆうに三十分近く経っていたのだから。
それにしてももしかして御堂は、その間ずっとここで待っていたのだろうか。
「す、すみません。ちょっと買いたいものを思い出して、コンビニに行こうとしたんですけど……」
「買いたいもの?」
「はい。あっ、あの、でも、やっぱりいいやと思って、結局引き返してきて」
「……」
御堂は冷めた目つきのまま克哉をじっと見つめている。
咄嗟に嘘をついてしまったのだが、やはり不自然だっただろうか。
けれど本当のことを言えるはずもないのだから仕方がない。
ここに来ることを躊躇っていた所為で遅くなったなど、言えばきっと喧嘩になってしまうだろう。
「……まあ、いい。早く入りたまえ」
ようやく御堂の眉間の皺が消えて、克哉はほっと胸を撫で下ろす。
しかし、それもほんの束の間のことだった。
「おかえり、克哉」
「はい。お邪魔します」
そう言って克哉がぺこりと頭を下げると、御堂の顔は再び不機嫌に歪められてしまう。
「……」
「御堂さん……?」
しかし御堂は何も言わず、そのまま克哉に背を向ける。
だから克哉も黙り込んで、ただ御堂の後についていくしかなかった。

「わぁ……」
リビングに通されると、思わず感嘆の声が漏れる。
今日は雲一つない快晴だ。
広々としたリビングは午後の明るい光に満たされていて、大きな窓ガラスの向こうには真っ青な空とミニチュアのような街並みが広がっている。
いつ見てもここからの景色は素晴らしくて、克哉はしばしそれに見惚れた。
「いい眺めですねぇ……」
「そうか? 私はもう見飽きてしまったが、君が喜んでくれるなら良かった」
キッチンから御堂が答える。
どうやら何か飲み物を準備してくれているようだ。
部屋のインテリアと同じくダークブラウンで纏められたシステムキッチンは広くて使い勝手も良さそうなのに、あまり活用されていないのが勿体無い。
御堂は食器棚からグラスを出してカウンターに二つ並べると、今度は冷蔵庫を開けた。
「ところで、もう昼食は済ませてきたんだろう?」
「あっ、ええと……まだです」
「そうなのか?」
驚かれて、後悔する。
嘘でも済ませてきたと言ってしまえば良かった。
あまり食欲が無くて食べそびれてしまっただけなのだが、きっと御堂に余計な気を遣わせてしまう。
案の定、御堂は冷蔵庫の中を覗き込みながら思案を始めた。
「そうか……。それなら私も待っていれば良かったな。デリバリーのオードブルならあるが、それでは足りないだろうし……」
「あ、あの! オレ、それで大丈夫です! そんなにお腹空いてませんし」
克哉は慌てて自分もキッチンに向かう。
普段から御堂は自炊を一切しないから、冷蔵庫の中にはミネラルウォーターや炭酸水、克哉の為のビール、あとは酒のつまみになるようなものしか入っていないのだ。
「オレ、本当に大丈夫ですよ。それに、今たくさん食べたら夕飯が入らなくなっちゃいます」
「それも、そうだな。それじゃあ、軽くつまめるものだけでいいか?」
「はい。オレも手伝います。……あっ、その前に洗面所をお借りしてもいいですか?」
先に手を洗ってこようと思っただけだった。
けれどそんな克哉の何気ない一言にも、御堂の顔は再び強張ってしまう。
「あの……御堂さん?」
「……克哉」
「え?」
「この家の中で君が取る行動について、いちいち私の許可を得る必要はない。分かったな?」
「あ……はい……?」
御堂の目は真剣だ。
克哉は必死に今の自分の言動を思い返して、どれが御堂にこの言葉を言わせたのか考えた。
この家で取る行動について許可を得る必要はないと、御堂は言った。
ということは、洗面所を借りていいかと尋ねたのがいけなかったのだろうか。
でも、何故?
「えっと……じゃ、じゃあ、ちょっと手を洗ってきますね」
「……ああ」
戸惑いながらも言い直すと、御堂はなんとか納得してくれたようだった。
そのまま克哉は足早に洗面所へと向かう。
まるで逃げ出すように見えてしまったのではないかと、自己嫌悪に陥った。



冷たい水に手を晒しながら、克哉は長い溜息をついた。
最近の御堂は突然あんな風に不機嫌になってしまうことが多い。
その原因がはっきりと分からないせいで、今の克哉は御堂との距離を掴み兼ねていた。

始めはただ無我夢中で、昂ぶるばかりの感情に流されて、溺れていたように思う。
ここでの時間があまりに心地良くて、夢を見ているみたいで、ただずっと続いてくれることだけを願っていた。
けれど、いつからだろう。
この部屋で二人で過ごしているときに限って、突然さっきのように御堂が機嫌を損ねてしまうことがたびたび起こるようになったのは。
そんなときはどうしたのかと幾ら理由を尋ねても、御堂は絶対に答えてはくれなかった。
だから克哉は自分で考えるしかなかった。
考えて考えて、結局思い当たったのはたったひとつ。
それは、自分は幾らなんでもここに入り浸りすぎなのではないだろうかということ。
御堂の恋人であることに甘えて、知らぬ間に厚かましくなってきているのではないかということだった。

今回、克哉が御堂の迎えを断ったとき、御堂にはその申し出を随分と訝しがられた。
少しぐらい待たされても構わない、待たれるのが嫌なら全部の用件が済んでから連絡をくれればいいじゃないかとしつこいほどに食い下がられ、次第に険悪な空気が漂いはじめても尚、自力で行くからと譲らない克哉に、御堂はとうとう不審をも口にした。
―――私に迎えに来られては困ることがあるのか?
―――何か後ろめたいことでも?
そんなことあるはずがないし、御堂も本気で疑っていたわけではないと克哉も分かっている。
だから克哉は根気強く説明を続け、時間は掛かったけれど最終的には御堂が渋々折れる形となったのだ。
その経緯を考えると、少なくとも御堂は克哉がマンションに来ること自体を嫌がっているわけではないのだろう。
それでもここで過ごしていると、頻繁に御堂は不快そうな顔になってしまう。
だとしたらやはり、ここでの克哉の言動が御堂を苛立たせているのだとしか考えられなかった。
家とはいうのは極めてプライベートな領域だ。
生活スタイルも人それぞれだから、自分にとっては普通のことでも相手にとっては失礼なことだったり、気分を悪くさせてしまうことだったりもするのだろう。
そもそも御堂と克哉の生活レベルにはあまりにも差が有り過ぎた。
ここの一部屋は克哉のアパートの部屋全部を合わせたよりも広かったし、置かれているインテリアは一見して分かるほど高級なものばかりだ。
それ以外にもバルコニーに布団を干してはいけないとか、家事の為にハウスキーパーを雇うとか、ここには克哉が今までに経験したことのないような暮らしがあった。
そんな環境を自らの力で手に入れた御堂のことは心から尊敬するし、憧れるし、本当に凄い人だと思う。
素敵すぎて、自分とはとても釣り合わないのではないかと不安になってしまうほどに。
(御堂さん……)
御堂はなんでも持っていて、きっと誰からも必要とされる人だ。
そんな御堂が自分のような人間を選んでくれただけでも奇跡なのに、御堂は心から自分を愛してくれている。
だから、せめて足手纏いにだけはなりたくなかった。
ただでさえ御堂は七つも年上で、あれだけの人なのだ。
恋愛においても仕事においても、克哉との経験の差は大きい。
そんな御堂に相応しくなれるまでにはまだまだ時間が掛かるだろうから、そのときまでは少なくとも迷惑を掛けたり、重荷になったりすることのないようにしたかった。
けれど、現実はどうだ。
気づけば御堂の優しさにすっかり甘えてしまっているではないか。
このままではきっと調子に乗って、甘えすぎて、やがては鬱陶しい奴だと思われてしまう。
こんなはずではなかったと、御堂をがっかりさせてしまう。
そして最後にはきっと―――嫌われてしまう。
「―――っ」
考えただけで怖くなって、克哉はきつく目を閉じた。
二人きりで過ごす時間が増えるほどに、御堂のことを好きになっていく。
歪んだ関係から始まって、それなのにいつの間にか恋に落ちていて、たくさん辛い想いをしてようやく結ばれた相手だ。
絶対に離れたくないし、離したくない。
それにはきっとお互いがちょうどいい距離を保つことが必要なのだ。
その「ちょうどいい距離」を自分が間違えたとき、御堂は腹を立てるのだろう。
だから何処かで一線を引いて、けじめをつけなければいけない。
ここはあくまでも御堂の家であって、どれだけ過ごす時間が長くなったといっても決して自分の家ではないのだから。
(御堂さんに嫌われたくない……)
御堂に嫌われることだけが、克哉にとっては何よりも怖かった。
鏡の中には臆病者の顔。
傷つくだけ傷ついて、堕ちるところまで堕ちたくせに、まだ傷つくことに怯えているのかと思うと我ながら情けなかった。



克哉がリビングに戻ると、御堂は克哉が持ってきたバッグを見下ろしていた。
「ところで、荷物はこれだけか?」
「はい」
「そうか」
突然、御堂は克哉のバッグを手に取り、リビングを出ていく。
慌ててそのあとを追う克哉の前で、御堂は廊下に出てすぐ左手にある部屋の前で立ち止まった。
「御堂さん?」
「ここを君の部屋として使ってくれ」
「えっ……」
御堂がドアを開けたそこは、がらんとして何もない部屋だった。
それでもやはりかなりの広さがあり、日当たりもいい。
御堂は床の上に克哉の荷物を置くと、クローゼットの扉を次々と開けた。
「ここは使い道が無くて、ずっと空き部屋だったんだ。別に君の為にわざわざ空けたわけではないから気にするな」
「でも……」
「見ての通り、クローゼットの中も空だ。収納スペースはたっぷりあるから、好きなだけ荷物を持ってくるといい」
「あの、御堂さん、オレ」
「それ以外にも必要なものがあれば、少しずつ揃えていけばいいだろう。……そうだ。明日は買い物に行くか」
「御堂さん……!」
克哉は焦って声を上げる。
御堂の気持ちは嬉しかったが、そこまでしてもらうわけにはいかない。
「だ、ダメですよ、そんな! だって、ここは」
「何がいけない? 毎回荷物を運ぶのも面倒だろう。ここに置いておけばいい」
「いや、でも」
「それとも、この部屋が気に入らないのか?」
「そ、そうじゃありません!」
一緒に暮らしているわけでもないのに、部屋を一つ貰うなど余りにも図々しいではないか。
それに、こんなことをされたらますます甘えてしまう。
際限がなくなってしまう。
ここまでされて一定の距離を保つことなど、とても出来そうになかった。
「そうじゃなくて、いくらなんでもオレが一部屋を占領してしまうなんて……。ここは御堂さんの家であって、オレは」
「君は私にとって客じゃない。まだ分からないのか?」
「そう言って頂けるのは嬉しいです。でも」
「私の家では寛げないか」
「違います! だから……」
「……っ」
御堂は苛立ちが募ったように、克哉を突き飛ばして壁に押しつけた。
背中を打った鈍い音がしても、克哉の肩を押す御堂の手の力は緩まない。
「御堂さん……!」
「君は私の恋人だという自覚はあるのか?」
「も、もちろん、あります」
「私にはそうは思えない」
御堂が噛みつくように克哉にくちづける。
乱暴な、けれど何処か縋るようなくちづけだと感じたのは気の所為だっただろうか。
「んっ……ど、さん……」
「……君は私に遠慮ばかりしている。何故だ? 何が不安だ?」
「それは……」
問い掛けておきながら、答えは聞きたくないとでもいうようにまた唇を塞がれる。
舌が絡んで、軽く歯を立てられて、肌がぞくりと粟立った。
どうすれば御堂にこの気持ちが伝わるのだろう。
ただ嫌われたくないだけなのに。
好きすぎて臆病になっている、この気持ちを。
「……ここでも君を抱けばいいか?」
「えっ……」
「気づいていないのか? 以前、玄関で君を抱いたことがあったな。リビングでも、バスルームでも、もちろん寝室でもある」
「……御堂、さん……っ」
「君を抱いたことのない場所がこの家からなくなれば、君はここを自分の家のように思ってくれるのか? ここにずっといてくれるのか?」
「えっ……? 御堂さん、今、なんて……あっ…!」
ここを、自分の家のように?
克哉はその言葉についてきちんと尋ねたかったのに、御堂の手に忙しなくシャツを捲り上げられて続けられなくなってしまう。
少し冷えた指先で肌を撫でられると、克哉の身体はぶるりと大きく震えた。
けれど唇を塞がれたままに胸の尖りを掠められれば、体温はすぐに上がっていく。
触れられた場所から痺れるような疼きが広がって、腰の辺りが重くなった。
「あ……は、あっ……」
「克哉……」
せつなげに呼ぶ声に、求められていることを感じる。
ふと、さっきの問い掛けは御堂自身にも向けられたものなのではないかと思った。
―――何が不安だ?
分からない。
何がそんなにも不安なのだろう。
こんなに傍にいるのに、こんなに愛しているのに。
言葉に出来ない不安は次々と湧き上がって、抱き合わずにはいられなくなる。
いつしか厚いデニム越しにも熱を持っているのが分かるほどになって、無意識に互いの腰を押しつけ合っていた。
待ちきれないようにベルトを外され、下着ごと脱がされてしまえばあっという間に下肢が露わになる。
まるで恋人になる前の行為のような、遠慮のない掌が克哉の双丘を強く鷲掴んだ。
「っ、あぁっ……」
「思う存分乱れていいぞ。防音はしっかりしているからな」
「やっ……う、ん……」
御堂の指が克哉の後孔を探る。
ひくつくその場所は指をなんなく飲み込んで、きつく締め付けさえした。
「ふ……凄いな。指が千切れそうだ」
低く笑いながら、御堂は指を増やしていく。
中を押されるごとに克哉の屹立からは透明な雫が溢れて、幹を伝っていった。
「あっ、や……あっ、あ、御堂、さん……」
克哉は御堂に必死でしがみつきながら、腰を揺らす。
前を御堂に擦り付け、後ろは御堂の指を咥え込みながら。
その痴態に思わず御堂の喉がごくりと鳴った。
「君は……本当に淫乱だな……」
「や、だ……」
そんな風に言わないで。
あなただけが、あなただからこんなにも欲しくなるのに。
克哉の目尻に涙が滲む。
その涙を御堂の唇が優しく吸った。
「克哉……泣くな」
「だって……」
「……もう、欲しいか?」
「……」
克哉が小さく頷くと、指が抜かれ、御堂が前を寛げる。
片足を担ぎ上げられてすぐ、後孔に御堂の熱が触れた。
そして克哉が呼吸を整える間もなく、強引に中を穿ってくる。
「あっ……う、ああぁっ……!」
思わず悲鳴のような声が上がる。
狭いそこは引き攣るような痛みを伴って、それでもその熱を受け入れていく。
柔らかな内側を擦られるたびに、満たされていく快感が克哉を支配した。
「御堂、さん……!」
不安定な体勢で突き上げられ、克哉は御堂の首にしっかりと腕を回した。
もっと欲しい。
もっと奥まで突いてほしい。
御堂をきつく咥え込んで離さない克哉に、御堂もまた恍惚とした表情を浮かべる。
「この部屋にも、犬のように君の印を蒔き散らせばいい……そうすれば、ここも君の場所になる……」
「御堂さん……! 御堂、さ……」
恥辱を煽るような言葉にさえ、克哉の体はどんどん昂ぶっていく。
御堂の言うとおり、もうこの家に抱かれた記憶が残っていない場所など無いのかもしれない。
それなら守るべき一線など、とうに無くなっていたのだろうか。
もっとここにいても、御堂の傍にいてもいいのだろうか。
「克哉……私の名を呼べ……」
「あっ、や、は、ぁっ……」
「克哉」
「……孝典、さん……あっ……もう、もう……!」
「克哉……」
足元から射精感が競り上がってくる。
御堂の突き上げが激しさを増して、頭の中まで熱くなってくる。
「孝典さん……もう、オレ……」
「イけばいい……イけ……!」
「あっ……や、……あぁ、ぁああっ―――……っ!」
「……っ!」
殊更奥を突かれ、そこに御堂の欲望が注がれるのを感じると同時に克哉の屹立からも精が迸る。
幾度も痙攣しながら吹き出したそれは御堂の下肢を濡らし、フローリングの床にも白く散らばった。
「……かつ、や……」
「孝典さん……!」
克哉は身体を震わせたまま、御堂にきつくしがみついた。
「孝典さん……オレ、あなたが好きです……大好き、です……」
「…っ……克哉……」
「好き……大好き……」
克哉は譫言のように何度も呟く。
どうすればいいのかは分からなかったけれど、ただこの気持ちだけは確かなのだと伝えたかった。
その言葉に御堂の瞳が僅かに揺れて、御堂もまたきつく克哉の身体を抱き締め返した。



ようやく冷静さを取り戻した二人は、しばらく無言でリビングのソファに腰掛けていた。
午後の陽射しはだいぶ和らいで、空の色も僅かに濃くなりはじめている。
御堂はグラスに注いだペリエをおもむろに飲み干すと、溜息交じりに言った。
「……すまなかった」
思いも寄らなかった謝罪に、克哉が慌てる。
「あ、謝らないでください。御堂さんは別に何も……」
「いや、私としたことが……少々焦っていたようだ」
御堂は気まずそうに、乱れた前髪を掻き上げる。
そのあまり見たことのない横顔に、克哉はつい見惚れた。
「私は自分のスペースに他人を入れることに慣れていない。この部屋にも、友人を招いたことはあっても泊めたことは一度もなかった。 一人で過ごすのが当たり前だった。それなのに……今ではここに君がいないことのほうが落ち着かない。 こんな気持ちになるのは初めてで、どうすればいいのか分からなくなった。君の気持ちを考える余裕がなくなっていた」
「御堂さん……」
意外な告白に、克哉は目を丸くする。
きっと御堂はなんでもスマートにこなす人なのだろうと思っていた。
それなのに、そんな御堂が自分とのことで「どうすればいいのか分からなくなった」と言っている。
御堂には申し訳ないけれど、それがなんだかたまらなく嬉しくて、克哉は御堂にそっと寄り添った。
「それじゃあ、オレ……ここにいてもいいんですか?」
「当たり前だ。いてもらわなくては困る」
「でも、ここにいると御堂さんが突然不機嫌になるから……」
「あれは……! あれは、君が……他人行儀な言い方をするからだ」
「他人行儀?」
「そうだ。私がおかえりと言っても、君はお邪魔しますと答えるじゃないか。……そういうことだ」
「あ……」
御堂にしては珍しく歯切れの悪くなったその言葉で、ようやく克哉にも分かった。
―――ここを、自分の家のように。
きっと同じだったのだ。
互いの距離を掴み兼ねていたのは、克哉だけではなかった。
相手を好きすぎて臆病になるあまり、克哉は少し距離を取ろうとして、御堂は少しでも早く距離を縮めようとしていた。
そうと分かれば、克哉も簡単に素直な気持ちになれた。
「……ごめんなさい。オレ、御堂さんの気持ちと反対のことをしようとしていたみたいです。 あなたにどこまで甘えていいのか分からなくて、嫌われるのが怖くて、もっと距離を置かないといけないんじゃないかと思ってました。 調子に乗って、ここに入り浸りすぎて、あなたの邪魔になってしまわないようにって……」
「克哉」
御堂が克哉の手を握る。
そんなことはないと言ってくれているのが分かって、克哉は微笑んだ。
「……恋愛って、難しいですね」
克哉が照れ笑いしながらそう言うと、御堂もようやく頬を緩ませた。
「そうだな。どうやらお互い、もう少し勉強が必要なようだ」
「はい。なので、これからはお手柔らかにお願いします」
「それはこっちのセリフだ。君は手強すぎる」
「そんなこと……」
クスクスと笑いながら、啄むように口づけを交わす。
ともすれば激しい欲望の波に翻弄されそうになるけれど、それでももう少しだけ時間をかけて、もう少しだけゆっくりと進んでいきたいと思う。
これからの長い長い人生を共にするパートナーとなるために。

- end -
2014.11.29



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