Classical

un・innocence -last-

翌朝、出社した克哉が廊下を歩いていると、後ろから同僚の藤田がやってきた。
「佐伯さん、おはようございます!」
「あ、藤田くん。おはよう」
彼はいつでも元気がいい。
昨日はバレンタインだというのに義理チョコを貰うことも出来なくて、少し落ち込んでいたようだったが、 今日はもう明るい表情に戻っている。
克哉がつられて微笑むと、藤田は何故かにやにやしながら、克哉の顔を覗き込んできた。
「佐伯さん、あれ食べてくれましたか?」
「あれって?」
「いやだなぁ。チョコレートですよ!」
「……へ?」
確かに、チョコレートは食べた。
とあるチョコレート専門店から取り寄せたシャンパン入りのトリュフを、御堂と二人で。
しかし藤田が言っているのは、そのことではないだろう。
きょとんとしていると、彼は不安げに表情を曇らせた。
「あ、あれっ……もしかして、気づきませんでした? 昨日、デスクの上に置いて帰ったんですけど……」
「……はぁ?!」
克哉は即座に、あの真っ赤な長方形の箱を思い出した。
そして掴みかからんばかりの勢いで、藤田に問い質す。
「え、アレって、まさか、ふ、藤田くんが、くれたの?!」
「そうですよ。……え、俺、名前書いてませんでした?」
「うん……」
あちゃーっと言いながら顔を顰める藤田を、克哉は呆然と見つめた。
なんということはない、あれは藤田からのチョコレートだったのだ。
しかし、それはそれで疑問が残る。
克哉は藤田に、更にその疑問をぶつけた。
「どうして、藤田くんがオレに……?」
「え? ああ、えへへ」
藤田は恥ずかしそうに笑いながら答える。
「いや、今年は逆チョコってのが流行りだって聞いて。それなら、いつもお世話になってる佐伯さんにも渡そうかなーなんて思ったんですよ。 でもなんか直接は恥ずかしかったんで、こっそり置いて帰っちゃったんですけど」
そういえば克哉が御堂の執務室に行く前、オフィスにはまだ藤田が残っていた。
けれど、まさか彼がチョコレートをくれるだなどと誰が思うだろう。
それに、問題はそこではない。
「藤田くん……逆チョコっていうのは、男性から女性に贈るから、そう言うんじゃないかな……?」
克哉が力無く教えると、藤田は目を丸くした。
「えっ?! そうなんですか?! あ、そっか……俺、何を勘違いしてたんだろう……。だから原田さんも、変な顔してたのかぁ」
「……」
克哉は頭を抱えたくなった。
所詮、蓋を開けてみればこんなものなのだ。
まったく人騒がせにも程があるが、けれど藤田という人間はどうも憎めない。
原田もさぞかし困惑しつつ、それでも素直に受け取ったのだろう。
その光景が簡単に想像出来て、なんだか可笑しかった。
「あのメモも、藤田くんが自分で書いたの?」
「そうですよ」
「ハートマークなんか書いてあるから、てっきり女の人からだと思ったよ」
「あ、あはは。あれはちょっとやりすぎたかなって、自分でも後で思いました」
藤田は気まずそうに頭を掻く。
あの字の可愛らしさから、くれたのは間違いなく女性だと勝手に思い込んでいた。
仕事の書類関係は全てパソコンで作っているし、直筆の文字を見る機会がなかったから、藤田があんな字を書くとは知らなかったのだ。
それにしても、可笑しくてたまらない。
結局、御堂のプロファイルは見事に外れたのだ。
「佐伯さん……。もしかして俺、変な期待させちゃいました?」
ふと、藤田が心配そうに言う。
「え? ううん! ありがとう、すごく美味しかったよ」
「ほんとですか? 良かった。俺、余計なことしちゃったかと思って」
「そんなことないよ」
「そうですよね。どうせ佐伯さんなら、ちゃんと本命チョコも貰ってるんでしょうし」
「な、何言ってるんだよ。貰ってないよ」
「またまた~」
「ほんとだって」
チョコレートではないけれど、一番欲しかったものはしっかりと貰ったよ。
そんな言葉を、心の中で続けてみる。
さて、このことを御堂に告げるべきか否か。
告げたら、御堂はどんな顔をするだろう。
想像して克哉はくすくすと笑いながら、藤田とともにオフィスへと向かった。

- end -
2009.02.19



←Back

Page Top